第2話 お披露目パーティ

「かっかわいいい!!」

「アリス、貴方が着るのよ?」

「わたしが!?」

「ええ。」

「ママじゃなくて!?」

「私には小さいわ。ほら着替えて着替えて」

パーティー当日。朝早く起こされ、母が訪ねてきた。

大きな大きな自室は、ここでパーティーもできるぐらいで、私と母が居ても唖然とする広さだった。

母は時間を見つけては私の部屋に来る。用事がなくてもあっても。

でも今日は、私に今日のドレスを持って来てくれたのだ。

そのドレスはとても可愛く、私は一目で気に入ったのだった。

母に着替えを手伝ってもらい、私はお姫様のようなドレスを身につけ、くるりと回ってみせた。

「気に入ってくれたかしら?」

「うん!これすき!」

よかったわ、と母は笑った。普通はドレス選びも見た目を整えるのもメイドがするのだが。

「きょうはメイドさんは?」

「準備で忙しいもの。だから私がアリスの準備を手伝うって申し出たのよ」

既に母の準備は終わっている。

「ママしゅごい…」

「そう?うふふ、ありがとう。でもアリスも凄いのよ?3歳でお披露目だもの。ママの自慢の娘よ」

ぎゅう、と抱きしめられ、私も抱きしめ返した。

いい香りがする。母は私を大事にしてくれるのがよくわかる。

「髪の毛も可愛くしちゃいましょ?メイドも驚くぐらいにね?」

母は悪戯っぽく笑った。


「アリス!今日は一段と可愛いじゃないか!」

「ママがやってくれたの!」

「そうか、よかったなー!」

父のいる場所に母と行くと、厳しかった父の表情は一転し、綻んだものに変わった。

「ママにお礼を言ったか?」

「ママありがとー!!」

「あらあら。どういたしまして。私達邪魔じゃなかったかしら」

「大丈夫だよ。丁度ひと段落ついたところだ」

「よかったわ。ほら貴方も身だしなみを整えて。」

父は半ば追い出されるようにして自室に戻っていった。


「きんちょうしてきた」

「大丈夫ですよ。いつも通りで」

「うう、こわい」

「大丈夫ですって」

ステージ横で私はメイドや執事に励まされていた。

緊張で手が震える。大丈夫、大丈夫…

そうだ、手に人と書いて飲み込もう。人、人…

「お嬢様?」

「ひゃっ」

声を掛けられ変な声が出た。

「そろそろですよ」

「みんなカボチャカボチャカボチャ」

「えっと、お嬢様?」

「大丈夫」

私は顔を上げてステージを見た。

「いつでもどうぞ」

「…行ってきます」

歩き出す。少し歩きづらいものの、足は震えてない。

そこで気づいた。

さっき手に書いたの、「人」じゃなくて「入」だ…


漢字の間違いに気づき、何故か逆に落ち着いた。

そういえば、学校の何かの作文発表会でも同じ間違いをした気がする。恥ずかしいことだ。

ステージに立ち、正面を見る。ほうっ、と声が聞こえた。

すう、と息を吸って、吐く。

再び吸って、私は挨拶を述べる。

「こんにちは。わたしはアリスといいます。きょうは、わたしのパーティーにきてくださって、ありがとうございます。きょうはたのしんでいってくだしゃいね」

噛んだ。くだしゃい。くっそぅ。

私は顔を赤くしながら、精一杯笑顔を浮かべた。

一瞬の間。そして、拍手が起こった。

唖然としていると、視界の端でメイドが手招きしているのが見えた。そうだ、退場。

私は震え始めた足をなんとか進め、ステージ端へと移動した。

「お見事でした。お疲れでしょう、今お食事を…お嬢様」

私の足は限界を迎え、その場にぺたんと座り込んでしまった。

ステージでは父がスピーチらしきことをしている。私は執事に抱き上げられる。

「お部屋までお運びいたします」

「ええ…おねがい…」

人前に立つのが、あんなに緊張するとは。


部屋に運ばれて私は、椅子に座った。

「落ち着きましたか?」

「おちついた」

執事が紅茶を淹れてくれた。

苦いのはあまり好きじゃないので砂糖を入れ、飲む。

「お食事を持ってきますね」

私はそう言って部屋を出て行こうとする執事を呼び止めた。

「じぶんでいく」

「でも」

「わたしだってたのしみたいもん!」

執事が笑顔をみせた。

私はその後、執事に連れられ、会場へと戻った。

「アリス!…大丈夫…?」

「もうだいじょーぶだよ!」

会場に戻るとすぐ来てくれた母を抱きしめ、私は賑やかにざわめく会場を見渡す。

「お姫様も来ているわよ」

「えっ」

「あそこ」

母が指差す方向を見やる。成る程確かに人だかりができている。

「挨拶しに行く?」

「うん」

私は母に手を引かれ、人だかりへと進む。

人は自然と道を開けてくれ、王女様のまえまでスムーズに行けた。

「あら、今日の可愛い主役が来てくれたのかしら?」

王女様はやはりというか、期待を裏切らないというか、超のつく美少女だった。

ふんわりと柔らかな笑みを浮かべ、私を手招きする。

「アリスちゃんだったわね。何歳?」

「さんさい!」

本来の私と同い年ぐらいだろうか。彼女は16歳かその辺りか。

「三歳でお披露目なのね。私は5歳だったわ。」

「おひめさまはなんしゃい?」

噛んだ。顔が熱くなる。どうかロリの可愛いところと捉えられていますように。

「私は17ですわ。それよりアリスちゃん、良ければ私とお食事でもなさらない?」

「いく!」

お姫様とお食事だぁ。緊張はするが。

「リリー様、よろしいかしら?」

「ええ、もちろん。よろしくお願いしますね、王女様」

リリーというのは母の名前だ。

そういえば、王女様は母の姪に当たるのか?いや、従兄弟の娘だから、ええと。

まあいいや。私は王女様の手を握らせてもらい、王女様が呼んだメイドの持つお皿に食べ物を入れてもらう。

「アリスちゃんのあの挨拶は、覚えたの?」

「ええと、そのばでかんがえた」

「えっ。頭が良いのね。羨ましいわ」

そうか。私三歳だった。

「だいじょぶだったのかな」

「立派だったわ。心配なさらないでも大丈夫よ」

安心した。王女様は人気の少ないベランダに出て、机に座る。

ひとつひとつの仕草が美しく、絵になる。

「もし何かあったら私を呼ぶなりしなさいね。いつでも助けてあげるわ。」

「なにか、って?」

「アルフ様は騎士団長ですもの。犯罪者に恨みを持たれることもあるでしょう。あなたになにかする輩が出て来てもおかしくありませんわよ」

アルフというのは父の名前だ。

そうか、犯罪者か。一番ありがちなのは身代金目的の誘拐だな。人気のないところには極力行かないようにしよう。

「こわいねー」

「ええ、怖いわ。だからお気をつけなさいね。」

「わかった!」

姫様、と会場の方で呼ぶ声がした。

王女様は短く返事をし、寄って来たメイドとなにやら話を始める。

私はその間、ケーキを食べたりして時間を潰す。ケーキは甘くて美味しかった。甘いのは当たり前だけれど。

「アリスちゃん」

「ふぇっ」

「クリームが付いているわよ。それと、ごめんなさい。そろそろ帰らなくてはいけないの」

王女様は私の口元を布で拭ってくれながら言った。

そうか、帰っちゃうのか。楽しかったから少し名残惜しい。

「そっか…。また来てくれる?」

「ええもちろん。必ず来るわ。」

王女様は帰ってしまった。


さて困った。見た所、同年代…というか、子供が居ない。夜も遅くなりつつあるし、帰ってしまったのかな。

大人はお酒を飲み始めているし、私も少し眠くなって来た気がする。

「アリスさん」

「えぁ?」

変な声が出た。声をかけてくれたのは、子供ではないが大人とも少し言い難い青年だった。顔は…失礼だけどイケメンではないな。父や母、王女様を見た後だからかもしれない。感覚が麻痺してそうだ。

ていうか、誰だ?

「私はヒンと言います。」

変な名前だな、と反射的に思ってしまう。いけない、失礼なことばかり考えてしまうっ!

「そろそろ星が綺麗に見える時間でしょう。私も少し居づらいので、ベランダに行きませんか?」

星か。ロマンチックなことを言う。暇だった私は遠慮なく差し出してくれた手を取った。

この世界の星は綺麗だ。地球で見れる星とは明らかに違うが、星が綺麗ということはなにも変わらない。

私はヒンさんが持って来てくれたジュースを受け取る。

「星の名前はご存知で?」

「ううん、わからない」

「では教えましょうか。あの1番明るく光っているのがフェルニーと言います」

フェルニー。可愛らしい名前ですこと。

ジュースを飲む。オレンジジュースだろうか、甘いが少しの酸味が美味しい。

「その隣が、ゲルーです。」

「へんななまえね!」

「そうですね。ちなみにフェルニーとゲルーを延長線上で結んだ先にある星は私の名前と同じヒンですよ」

星から取った名前か。ありがちだな。

その後もヒンさんは星の話を続けてくれる。私は少し眠くなってしまった。

「それが…アリスさん?」

「ん…」

「もう時間ですからね。お部屋まで運びますよ。」

私はその好意に甘え、眠ってしまった。

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