第1話 転生、天性
とく、とく、と心臓の音が耳に届いた。
なんだ、生きてるじゃん。
手を動かす。
動かしにくいが、動かせないことはない。
足を動かす。
何かに当たった。柔らかいものだった。
目が開かない。
人の声がくぐもってきこえる。
誰の声だろう。
私はすぐに睡魔に襲われた。
寝て起きて、寝て起きて、寝て起きて、と繰り返すと疑問に思い始めた。
ここはどこ?
私は、死んだんじゃないの?
と。
その答えは、どうやら狭いこの場所ではわかりそうになかった。
数日たって理解した。
その日は頭が異様に締め付けられ、悲鳴をあげた。
いや、あげようとした。
声も出なかったのだ。そう、この場所じゃ出せなかったのだ。
続いて頭がひんやりとした空気に晒されたと思ったら、掴まれ、引っ張られた。
頭と体が引きちぎれるかと思った。
すぐに、泣き声が聞こえた。くぐもっているが、赤ちゃんの泣き声に違いない。
母親は何をしているのだろう。あやしてあげればいいのに。
暖かいものをかけられながら現実逃避に思考を巡らせていたが、諦めよう。
泣いていたのは、私だった。
数日経つと、視力も聴力もはっきりしてきた。
どうやら私は、前世の記憶を引き継いで転生したらしかった。
驚いたことはいくつかあった。
まずひとつ。
母親が美人。
金色の髪に、鮮やかな空色の瞳。白い肌。
整った顔立ちだった。
ふたつめ。
父親も美人。というかイケメン。
親二人が綺麗な顔をしていて、これは私も期待が持てるぞ、なんて思うぐらいだった。
みっつめ。
家が凄く豪華だった。
メイドや執事はもちろん、天井には大きなシャンデリア。窓には美しいステンドグラス等、なんだここはと思わせるようなものがいくつもある。
母親が私を抱いて家を歩き回ったが、金ぴかの鎧がズラリと並んでいたり、とりあえずお金持ちというのはまちがいなさそうだった。
そして一番驚いたことは、ここが日本ではないことは愚か、私が生活していた世界ではない、ということだ。
お約束の異世界転生。ファンタジーかよ、と一人突っ込むが「ふぁんあいーあうっ!」なんてことになってしまったので私はもう二度と喋らないと誓った。嘘です。
その日から発音はできるようになろう、と母が呼ぶ私の名前、言葉を漏らさず聞いて、理解しようとする努力も報われ、半年も経たずに理解することができた。
中身は高校生だが、脳みそは赤ん坊だ。吸収速度も凄いのだろう。助かる。
私の名前は、アリスというらしかった。
親の愛を一身に受け、私は育った。
生まれて三年。アリスという名の「私」は、三歳になった。
寝たり起きたり、ミルクを貰ったり、しているうちに私は三年もこの世界で過ごしたのだ。
早いものだ。
「お嬢様、どこに行くんですか!」
「そと!ふんすいのちかくにいりゅわ!」
いろいろわかったこともある。
やはりこの家は貴族、それも王族の親戚に当たるらしい。母の従兄弟が、現在の王に当たる。
父は騎士団の長で、かなりやり手だという。
私はそんな二人の長女。やっかいな運命を背負ったものだ。
そして一番嬉しかったことは。
そう、この世界には存在するのだ。
魔法というものが。
これには私も中二心を強く刺激されたものだ。
父が魔法を使うのは見たことがないが、母が使うのは見たことがある。頼めばやってくれた。
水のバラを作り、それを凍らせて私にプレゼントしてくれた。
コップに入れ、溶けてしまうまでの数日はそれを見て楽しんだものだ。
いつかもう一度やってとせがもうと、心に決めたものである。
次は私のことだ。
体がまだ小さいためか、それとも生まれか、この世界だからかはわからないが、体が軽い。
この感覚のまま大きくなれれば、ファンタジーお馴染みのアクションも夢じゃないかもしれない。
舌が上手く回らず、滑舌は悪いものの喋れるようになったことも進歩だろう。
どこに行くにもメイドがついてきて、毎回振りきるのに苦労することもある。
毎日、庶民暮らしだった私には怖いぐらいのドレスを着せられるのも、まあすこしは慣れてきた。今ではもうドレスで走り回れる。
「お嬢様、ドレスが濡れてしまいますよ」
「いいの、しゅこしあついぐらいだもん!」
「風邪を引いてしまいます」
「こどもはかじぇのこ!」
舌が回らないって恥ずかしい。
三歳の少女の言葉だ、少し多目にみてほしい。
「難しい言葉を知っていますね。ですが風邪を引かれては奥さまが悲しみますよ?」
「ままもあそんでおいでっていってたもん」
「では旦那様が」
「かぜひかないもん!」
我ながら上手く三歳を演じていると思う。
しかしそれでも、彼らは母や父と同じように恭しく私を扱う。
それがどうにもむず痒く、未だに慣れないままだった。
「アリス様〜」
遠くでメイドの声が聞こえる。
私は側に居た執事と同時に振り返る。
私に気づいたメイドが笑顔を浮かべて近寄って来た
「旦那様がお呼びですよ!」
「パパー!」
「おおアリス、やっと来たか〜」
書類を片付けながら、父が顔を上げる。
うーん、何度見ても美形だ。
母とは違う、ブラウンの髪色は整った顔をさらに引き立たせる。
ダンディ、ではなくイケメンの部類に入るであろう顔立ち。どうか私も美少女の部類に入りますように。
「パパ、おしごとてつだう?」
「はは、アリスにはまだ早い」
「じゃーなんで呼んだのー?」
父が仕事中に私を呼ぶのは非常に珍しい。一度呼ばれたことがあるが、母の誕生日パーティーにどうしても外せない用事が入って、遅れると母に伝えてくれないかという事だった。
「アリスも三歳だろ」
「うん」
「そろそろお披露目しようかなってね」
「おひろめー?」
「そうだよ」
話を聞くと、どうやらパーティーを開き、私を貴族にお披露目するらしい。お披露目というか、紹介だろうか。
「はやくない?」
「そうだね、普通は五歳にする。でもアリス、おまえはもうお披露目しても恥ずかしくないぐらい天才だ」
それはまた違うだろう。
「…わかった。わたしはなにするの?」
「挨拶だけでいいんだよ。こんにちは、私の名前はアリスです。今日はよろしく、ってね」
挨拶文かー。考えるの大変だな。
パーティーか。母の誕生日以来だし、楽しめるといいな。
「やってくれるか?」
「やるー!」
早いうちに貴族の顔を知ることができるというのは嬉しい。地位もあって、未来の旦那様がいるかもしれない。
それに。
そろそろ前世を悔やむのは止める時期だろう。
新しい母と父。彼らを受け入れよう。
私は新しい人生を歩むのだ。
ドッペルゲンガーという存在ではあるが、前世の世界には華という私がいる。彼女が上手くやってくれるだろう。
「いい子だ。愛してるよアリス」
父が私の額にキスをする。
私は笑顔を浮かべた。
父も笑顔を浮かべた。
私のお披露目パーティーは、来週行われることになった。
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