第3話 揃いも揃ってチューハイがお好き。

 休みのたびに魔王城に通うようになって、そろそろひと月経つ。

 毎回同じコンビニで大量のチューハイを買っているものだから、店員さんとも仲良くなって「来週から新作でるんですよ!」と教えて貰えるようにもなった。

 しかし、ここしばらくチューハイばっか買ってんな、俺。魔王様と秘書さんの消費量の方が多いから、俺が飲む分はそんなに多くはないんだけど……たまにはあの二人も含めて禁酒した方が良いかもしれない。

 なんて事を思いながら、俺は今日もチューハイを購入した。

 大丈夫、明日から本気出すよ!

 そんな言い訳をしながら、購入したチューハイを手に、俺は異世界へのドアを開いた。


「覚悟しろ、魔王!」


 開いたら再びの修羅場だった。

 怖い顔をした魔王様と秘書さんの前に、剣を構えたイケメンと魔女っぽい衣装の美少女がいる。


 ええ……ナニコレ……。


 イケメンの言葉から考えると魔王を倒しに来た勇者って感じなんだけど、俺が来る時に限ってこういうのホント止めて欲しい。


「おお、お前か。ちょっと待ってろ、直ぐに片づける」


 俺に気がついた魔王様は、にこやかに笑って手を振った。秘書さんもにこりと微笑んでくれる。うーん、美女の笑顔はやっぱりいいなぁ。

 何て俺が思っていると、イケメンと美少女が驚いた顔になった。


「人間が魔王城で何をしているんだ!?」


 チューハイを飲みに来ています。


「まさか魔王側に協力する人間がいたなんて……」


 まぁチューハイ的な意味で協力してますけど……。

 あながち間違った事を言われてはいないので、さてどうしたものか。

 そんな事を考えていると、魔王様と秘書さんは気合の入った顔になった。


「フン。ここで無駄な押し問答をしている時間が惜しい。とっとと終わらせるぞ」

「はい、魔王様。ワタクシも早く終わらせて楽しい時間を過ごしたいですわ」


 二人とも何やら格好つけた言い方をしているけれど、要はチューハイが飲みたいんですね。

 シリアスな雰囲気のイケメンと美少女を前に、ずいぶんな余裕である。さすが魔王様と秘書さんだ。

 なんて俺が感心していると、イケメンが剣の切っ先を魔王様に向けた。


「何が楽しい時間だ! こうしている間にも、多くの人々がお前によって苦しめられているんだぞ!」

「え? そうなんですか?」

「ないない。だって我、ここ最近執務をしているかチューハイ飲んでるかどっちかだもん」


 思わず尋ねると、魔王様はひらひら手を振ってそう言った。

 仕事かチューハイってあんた……それ俺と全く同じ生活だよ……。

 見れば秘書さんも大きく頷いている。どうやら秘書さんも同じらしい。世界が変わっても、変わらないものってあるようだ。


「大体、ここ最近はワタクシ達、アナタ達に攻撃はしていませんわよ」


 心外だ、と秘書さんは腕を組んで言う。


「下手な嘘を……」

「いや、嘘ではない。むしろ同族同士であーだこーだと言い争っているだけだ」


 ああ、前に魔王様から聞いた戦いを止めたい派と、叩き潰すぞ派のアレね。その二つの勢力が争っているために、人間相手にどうこうする余裕はないのだと魔王様は言った。


「……そう言えば、確かにここしばらくは、何もありませんでしたね」

「だが、この間、武器庫が襲撃を受けただろう?」

「そんな事していませんわよ」

「そうだそうだ。大体、うちの武器の方が優れているのに、何でわざわざ人間の武器庫を襲わにゃならんのだ」

  

 イケメンと美少女は困ったように顔を見合わせた。どうやら何か誤解があるらしい。

 こういうのってアレだよな。結局、お互いに話をしないから、すれ違いが起こってしまうんだよなぁ。

 俺も仕事で経験した事があるけど、どんな所にも合わない人っているでしょ? 無意識で避けがちになってしまうんだけど、そういう人相手でも報連相をちゃんとしていないと、変な所で話が行き違ってミスとかトラブルが起きるんだ。それで関係はさらに悪化の悪循環。

 大人になったらもっと上手く立ち回れるようになるのだと漠然と思っていたんだけど、こんなに悟りと我慢が必要になるとはなぁ……。

 放り投げられたら楽だけど、そうも行かないから、酒の力に頼るわけだ。


 ……って、ここでも酒の力に頼っちゃえば良いんじゃね?


 酒飲んで、どうでも良い事を楽しく話せば、お互いの事をちょっとは分かり合えるんじゃないのかな。俺も魔王様や秘書さんとそうして仲良くなったし。

 そんな事を思った俺はチューハイの入ったビニール袋を掲げ、イケメンと美少女に声を掛けた。


「なぁそこのお二人さん。あんた達、未成年?」

「え? いや、成人済み、だけど」

「ならちょうどいいわ。ここに魔王様と秘書さんオススメの、甘くておいしーいチューハ……お酒があります」

「酒? 甘い酒なんてあるわけ……」

「あるぞ」

「ありますわ」


 訝しんだ眼差しを向けるイケメンと美少女に、魔王様と秘書さんが俺の代わりに応えてくれた。

 二人の顔にはしっかりと「チューハイ」と書かれているのが見える。


「……そのお酒が何だと言うのですか?」

「うん、このお酒ね、たくさんあるんですよ」

「はあ」

「だから一緒に飲まない?」

「はい?」


 イケメンと美少女は俺の提案に目を丸くした。

 






 それから三時間ほど経った頃。


「だってさぁ、勇者勇者ってこき使われて、最後はテキトーな勲章を与えてポイッだよ?」

「うわ、それどんなブラック企業ですか。ひっでぇ」

「分かる分かる。人間っていつもそうだよな。我、人間のそういう所、好きじゃない」

「勲章よりも報奨金にすればよろしいのに」

「ホントですよ。勲章があっても生活出来ませんもの」


 なんて、そんな感じに俺達はイケメンや美少女と打ち解ける事に成功した。

 先ほどまではザ・シリアスって感じだった二人も、少しアルコールが入ったせいか、色々と話してくれた。

 最後には全員で肩を組んで、こっちの世界でポピュラーな歌を大合唱。歌声を聞きつけてやってきた魔王様の部下達が唖然とした顔をしていたのが印象的だった。


「じゃあ、そろそろ帰りますわ」


 一通りチューハイを飲み終え、時間もちょうど頃合いだったので、俺はそう言って立ち上がった。


「おーまたなー。新作楽しみにしてるわー」

「はーい」


 魔王様達は陽気に笑って手を振ってくれる。彼らに見送られながら、俺は自分の世界に繋がるドアを開けた。

 ドアの向こうにはいつも通りの世界が広がっている。


 ずっと異世界にいられたら楽しいのにな、なんて思うけど、こっちの世界で働いて給料を貰わないとチューハイが買えない。チューハイを買えないと魔王様達と飲み会もできない。それじゃあ面白くないし。


 ドアをくぐったところで、一度、異世界側に振り向いた。

 そこでは魔王様と秘書さん、イケメンに美少女が仲良く笑い合っているのが見える。

 子供の頃に憧れた『異世界を救う勇者』なんてものには、結局なれなかったけれど、これはこれで悪くないって思うんだ。

 にこにこ笑う魔王様達がとても微笑ましくて、何だかすこーし、ほんのすこーし誇らしく思いながら、俺はドアを閉じた。

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魔王様はチューハイがお好き。 石動なつめ @natsume_isurugi

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