第2話 魔王様の秘書さんもチューハイがお好き。

 初めての異世界召喚から三日後。

 俺は目が覚めると直ぐにコンビニに向かい、チューハイを大量に購入した。理由は一つ、あっちの世界に遊びに行くためである。

 素晴らしきかな二連休。もともと休日は楽しみだけど、異世界に行けるという事で楽しみは倍増だ。

 フンフン鼻歌を歌いながら、俺は大量のチューハイを手に異世界へのドアを開いた。


「ちゃんと聞いてらっしゃいますか、魔王様!」


 意気揚々とドアを開けた先で目に飛び込んで来たのは、目を吊り上げて怒る褐色肌の美女と、その目の前で正座させらている魔王様の姿だった。


 ……ナンデスカコレ? 修羅場ですか?


 何だかとても不味い所に来てしまった気がする。

 これはいったん帰った方が良いのでは、などと思っていると、魔王様と美女が揃って俺の方を見た。

 魔王様、めっちゃ助けてって顔してるんだけど、どうしたらいいんだこの状況は。


「アナタが魔王様が召喚したという異世界の人間ですか」


 美女はカツカツと靴音を響かせて俺の方へとやって来る。近くでみると、またすんごい美人さんだ。


「え、ええ、そうです、けど。あなたは?」

「ワタクシは魔王様の秘書です」


 すげぇ、秘書って初めて見た。

 いや俺の世界にもいる事は知っているけどね? 実際に見た事はなかったんだよ。


「アナタ」

「は、はい」

「アナタがコレを持ちこんだのですわね?」


 そう言うと、秘書さんはチューハイの空き缶を突き出した。

 ああ、しまった。全部持ち帰ったつもりでいたんだけど、どうやら残っていたらしい。


「え、ええ、そうですが……」

「ずるいですわ!」


 秘書さんはビシリと指差すと、そう言った。

 唐突に「ずるい」と言われてしまったのだが、何がずるいのかサッパリ分からない。

 俺が思わず首を傾げると秘書さんは、


「二人だけで、こんなに美味しそうなお酒を飲んでいたなんてずるいですわ!」


 と、わなわな震えてそう言った。


「そっち!?」

「そっちもこっちもありません! ずーるーいーでーすーのー!」


 そう言うと、秘書さんはチューハイの空き缶をぶんぶん振って、いかにずるいかマシンガントークを繰り出した。

 要約すると秘書さんも俺や魔王様と同じく苦いお酒が飲めないのだそうだ。けれど秘書さんは魔王様の秘書だ。アルコール自体も結構飲める方なので、付き合いで飲めない、なんて事が言えるわけもなく。昨日の宴会でも接待で苦いお酒を飲んでいたのだそうだ。

 そんな時、魔王様がぽつっと「甘いチューハイ、また飲みたいなぁ」などと呟いた。

 甘いチューハイというものが秘書さんには何なのか分からなかった――それはそうだよね――のだが、部屋に戻った魔王様が落ちていたチューハイの空き缶に水を注いで、ちょっとでも味わえないかを試していたのを目の当たりにした秘書さんは、僅かに残る香りから「甘いチューハイ」が「甘いお酒である」と理解したのだそうだ。

 その結果が、俺が扉を開けた時に見た魔王様の正座である。


 空き缶に水って、魔王様、あんた……。 


「だって、美味かったからつい……」


 俺が言いたいことが分かったのか、魔王様はしょんぼりと肩を落としてそう言った。

 いや、俺もね? 飴玉の入った缶に水を入れて飲んだりはした事あるけどね? さすがに魔王様という立場でそれはどうかと思うの……。

 なんて事は口が裂けても言えないけど。


「ずるいですわ! ワタクシが苦いものを頑張って飲んでいるのに!」

「我だって苦いもの飲んだし!」

「甘いものを飲んだからチャラですの!」


 魔王様と秘書さんはぎゃあぎゃあ言い合いを続けている。

 うーん。チューハイは何と罪深い。さすがチューハイ。

 さて、まぁ、それは置いておいて。チューハイが原因でこうなっているならばチューハイで何とかなるだろう。


「あの、チューハイなら山ほど買ってきましたけど」


 俺がそう言うと、二人はピタリと喧嘩を止めた。そしてバッと俺の方を振り向く。

 二人の顔にはしっかりと「飲みたい」と書かれていた。

 たぶん二人とも俺より年上なんだろうけど、何か可愛いよな。

 俺は小さく笑うと、両手に持った大量のチューハイ入りのビニール袋を「じゃーん!」と見せた。

 みるみる笑顔になっていく魔王様と秘書さんに、歓声と拍手を貰った俺は、何かちょっと良い事をした気持ちになったのだった。

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