魔王様はチューハイがお好き。

石動なつめ

第1話 魔王様はチューハイがお好き。

 異世界召喚、なんてものに憧れていたのは、俺がまだまだ子供の頃の話だ。

 誰も見たことが無い異世界で、剣と魔法を駆使して戦う勇者様。そんな格好良いものになれたらいいなと思ってから十年ちょっとたった今では、異世界召喚はそんなに珍しいものではなくなっていた。

 理由は異世界絡みの召喚魔法の多様によるものだ。

 彼らにとって異世人とは、困った振りをすれば助けてくれる使い勝手の良い人材だった。その上、国の利益を倍増させるようなチートな技能や知識までも持ってくる。ちょっとチヤホヤして待遇だけ良くしておけば万事オッケー。そんな都合の良い存在である異世界人を手当たり次第に呼びまくった結果、数多の世界は荒れに荒れたらしい。

 さすがにその現状に頭を痛めた神様は、しぶしぶ検閲に入った。だがしかし、神様が幾ら検閲に入っても、異世界人は来るわ来るわで、神様なのに過労死寸前であった。

 神様も過労死するなどという物騒な知識を知った時は心底驚いたものだ。世も末である。

 しかし、まぁ、しかし。神様だって死にたくないよね。

 検閲に苦労した神様は、最終的に召喚魔法に制限をつける事で、この騒動を納めたそうだ。 


――――なんて話を、俺はその異世界にある魔王城で、そこの城主こと魔王様と、桃のチューハイを飲みながら話していた。


 何でこんな事になっているのか。それは俺もまた、魔王様によってその異世界に召喚されたからである。

 ゲームや小説にあるような可愛い女の子に「この世界を助けて下さい」と頼まれたわけでもなく、トラックに轢かれて死んだわけでもなく、ただ単にコンビニでチューハイを買って家に向かって歩いていたら、ひょいっと異世界に召喚されて魔王城にいたわけだけだ。

 しかも特に必要されて呼ばれたはなく、寝ぼけた上に二日酔いでぼうっとした魔王様が水と間違えて召喚してくれたようだ。少しはドラマっぽい何かが欲しいものである。


 だがこの魔王様、意外と良い魔王様で、俺を召喚した事を直ぐに謝ってくれた。頭に角を生やした厳つい魔王様が、弱り切った顔で頭を下げるなんて姿をこの目で見る事になるとは思わなかった俺は、正直どうしたもんかと困って、


「いえいえ、逆に俺なんかが召喚されてしまってすみません!」


 などと、魔王様相手に謝っていた。だけど魔王様も魔王様で、


「いやいや、我の方が悪い、申し訳ない!」


 と謝ってくれて、やがてお互いに謝罪合戦が勃発。どうにもこうにも行かなくなった時に、俺は手に持っていたチューハイを思い出した。


「……とりあえず、お互いに落ち着くために、これ飲みません?」


 そうして俺は魔王様とチューハイを飲む事になったのだ。


「あーうまー。何この甘いの、我、超好き。あんまりアルコールが強くないのがまた良いわぁ」

「でしょでしょー? 甘いのいいでしょ? 俺も甘いのしか飲めなくてですねぇー」


 魔王様と話しながら、チューハイの入った缶をぐいっとあおる。

 ビールとか日本酒とか、世の中には色んな酒があるけど、俺はそのほとんどが苦手だ。アルコールが飲めないなんて事はないんだけど、苦いのがどうにもね。ジュースみたいに甘いものしか飲めないんだ。

 大の男がガキくさいって言われるかもしれないけど、苦手なもんは苦手です。

 でも俺だって、たまにはアルコールが飲みたい。酔っぱらって良い気分になりたい。そんな俺にとって、甘くてジュースのように飲めるチューハイやカクテルはとてもありがたい存在だった。


 けれど、意外とそれが分かってもらえないんだよねぇ……。

 会社の上司や同僚と飲みに行っても、みんな美味しそうにビールだの冷酒だのを飲むでしょ? それを俺にも「飲め飲め」って勧めて来るでしょ? そこで「苦いから飲めません」なんて言い辛いくてさ……。

 まぁ苦いのを我慢して飲むんだけど、俺みたいな奴が飲むよりも美味しいって思って飲める奴らに飲まれた方がビールだって幸せだと思うんだよねぇ。


「つーかさ、祝勝会とかでさ、お酒すすめられるじゃん?」

「あー」

「我、苦い酒飲めないって言ってんの。でもさ、わいわい賑やかな中で、延々と注がれるわけじゃん?」

「あるある」

「飲まないわけにはいかなくね?」

「分かる。祝いの席だからって、別に酒飲ませなくても良いですよねぇ?」

「だよね」


 魔王様と俺は頷き合う。こんな異世界で話が合う相手に出会えるのなら、召喚されるのも悪くはないってちょっとは思うね。

 

「そう言えば魔王様、この世界って魔王と人間って喧嘩してないんですか?」

「んー? まぁ、そこそこはしてるけど」

「こんな所でチューハイ飲んでだべってて良いんですか?」

「だって人間と戦うのってメンドイじゃんよ」


 メンドイんだ……。

 魔王様から聞いた意外な言葉に、俺は少し驚いた。ゲームでも小説でも、魔王というのは大体好んで人間と戦っているか、戦いを仕掛けていたからだ。


「何だ、意外か?」

「ええ、まぁ、それなりに」


 素直に頷くと、魔王様はくつくつ笑ってチューハイを飲み干した。


「戦いを始めたのは先代だ。我はあまり興味が無い。それに戦いというのは費用がかかるのだよ。食糧にしろ、武器にしろ、な。魔王城の財政を考えると、長い年月無駄にそんな事をしていられるものか」


 まったく先代は面倒な事をしてくれたものだ、と魔王様は肩をすくめる。


「じゃあ止めれば良いのに」

「止めたいんだけど、止めたくない派が強くてさぁ……」

「あー……」


 魔王城の中でも戦いを止めたい派と、叩き潰すぞ派がいるらしい。

 魔王様によると若い世代は前者で、先代と共に戦いを経験していた世代は後者が多いそうだ。戦いで家族や友人を失ったからこそ、後には引けない、引きたくないという状況らしい。


「分からなくもないですけど……大変ですね」

「全くだ」


 魔王様は肩をすくめて、空になったチューハイの缶を見ている。

 もう一本欲しいのかな……って、あ、しまった。自分の分だけ買ってきていたから、もうストックがない。


「すみません、もうないです」

「そ、そうか……」


 目に見えて魔王様はガッカリとした顔になる。

 何だか申し訳なくなってきたので、俺が「また買って来ますよ」と言うと、


「うむ! よろしくたのむ!」


 と魔王様は目を輝かせた。この人、厳つい顔をしている割には結構子供っぽいよねぇ。


「……む、いかん。そろそろお前を元の世界へ戻してやらないとだな」

「え? ああ、そうですね……そろそろ戻らないと、明日仕事だ」


 腕時計を見れば、時計の針がそろそろ午前0時を指す頃だ。さすがにそろそろ寝ないと、明日の仕事をこなす体力が回復出来ない。

 魔王様は立ち上がると、脇に置いてあった杖を手に取った。そして杖の先端でコンコンと床を叩くと、グインとドアのようなものが競り上がって現れた。

 おお、びっくりした。

 俺が驚いて目を丸くしていると、魔王様はドアに掛けられたプレートを指差した。


「ここに住所を書いてくれ」

「住所ですか?」

「ああ。ここに書いた住所と魔王城を繋いでおけば、行き来は楽だろう?」

「え、それって神様の検閲的にオッケーなんですか?」

「………………」


 俺の質問に魔王様は微妙な笑顔になった。どうやらグレーなラインらしい。

 検閲に弾かれたら弾かれたでその時だし、まぁいいか。そんな事を思いながら、俺は自宅の住所をプレートに書いた。

 ……つーか、家に親父やお袋、妹もいるんだよな。変な所で繋がってしまっても困るから、住所に俺の自室って追加しておこう。


「出来ました。この後はどうすれば良いんですか?」

「あとはドアを開けて帰れば問題ない」

「ラクチンですね」

「魔王だからな。では、またな」

「はい、また」


 得意げに笑う魔王様に挨拶をして、俺はドアを開ける。

 魔王様の言う通り、ドアの向こうは俺の部屋のど真ん中。試しにドアを閉じた後に、もう一度開けてみたら、ちゃんと向こう繋がっていた。

 うわぁこいつはすげぇわ……。

 異世界召喚すごいのよ! なんて自慢していた幼馴染の言葉が今なら分かる気がする。

 遅れてやってきた感動にニヤニヤしながら、風呂に入ろうと一階に降りて行った所で妹と遭遇し「お兄ちゃん、いつ帰って来たの!?」と驚かれた。

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