第5話
さぁ。そろそろ肉でも焼くか…
肉こそ、海で食べて美味い物はない。幼い頃から知っている。夏になるとビーチで肉を焼いてはたべ、泳いでは食べ。そんな環境が日常だった。根っからの島っ子なので。
夏の海は島の住民が最も楽しみにしている行事の1つ。7月〜9月までの間、何件のビーチパーティに参加するか。週末の大イベントが重なり、どちらのパーティに行くか…優先順位を付けざる終えない状況はおそらく島の住民全員が経験した事があるであろう。
僕は着ていないエプロンを低い位置で気合いと共にキュッと締めた。
あの人がやってくる頃だ。身体は大きいのに食べる量は少ない。代わりに少ない量で満足できる物を出してくれと言う大きな身体の大崎さん。
声も大きくて、パワー漲る彼は、開店して初めてのお客だった。いい思い出ではない。
このタレは焦げた鳥には合わん。一口だけ食べた後帰っていったのだ。
しかし翌週また現れた。大きなボストンバッグをカウンターへ置き、席の3つ分は彼の領地となった。タンをくれ。そう言って地元特産のビールも頼んだ。緊張した。初めてだらけの僕は妙に焦った。なんでまた来たんだ。正直な所そう思っていた。焼きあがったタンを出す。
臭い。そういって、また帰っていった。
懲りることなく、その翌週も。
それが毎週続く事になるとは思わず、今では彼好みになったぼくの料理を求めてやってくる。
しかし、今日この日も彼のダメ出しは続くはずだ。
彼のためにも、いや。僕の為に肉1つ簡単に焼いてはいけない。そうやって愛される料理を作り続けていく。
発泡スチロールのキュッキュッキュッキュッという音が足音と共に聞こえてきた。
きたね。ぼくは今日1番の笑顔で迎える。
大崎さんきましたねー!抱えていた発泡スチロールを一緒にクーラーボックスの横へと運ぶ。
今日はまぁまぁだったな。
待ってました、とワクワクしながら大きな発泡スチロールの蓋を開ける。色鮮やかな魚がずらっと並んんでいた。
期待通りだ。いつも仏頂面の僕の顔が緩む。
嬉しくなった僕は特製ダレで漬けたバーベキュー用のお肉に地ビールを回しかけて焦げ目をわざとつけるよう焼き上げる。島マースだけで握ったおにぎりと共にすぐに差し出した。これで僕らの物々交換は成立だ。暗黙の了解である。
大崎さんは地元の漁師だ。海と魚が好きで漁師をやっているのは勿論だが、妻に先立たれ、自分で作れる唯一の魚料理を毎日毎日食べ続け、その食生活に飽き飽きしていた頃、歩いて来られる距離に僕らの串焼き屋がオープンすると楽しみにしていたらしい。
開店を待ち望んだ彼がお客様第1号になった理由だ。しかし、期待とは裏腹に、専門学校や職業として料理を学んだ事のない僕の出す料理に非常にがっかりしたそうだ。
僕は、佐々木さんから料理を学んだ。
あの時出かけたボランティアで道無き道を潜り抜け翔太と出会った場所まで連れていってくれた人だ。あの頃の話はまた後に書き記そう。
大崎さんにお肉のお代わりを求められる。
肉を焼く鉄板の横で、島そばも炒めた。
串で食べる予定だった三枚肉を串から抜き
半分の大きさに切り、肉汁がつかないよう、お肉の反対側へ置く。真ん中に挟まれたそばを裏返し、さっき余ったごま油をかけたキャベツも一緒に火を通す。
お肉を焼いている事も忘れてはいけない。
右側で島焼きそばを。左側ではお肉だ。
お代わりを届け、しんなり馴染んできたそばとキャベツにもやしを投入する。キラキラ光る黄土色の焦げ目が付いた三枚肉と共に。
だしの粉末をまんべんなくかけ、わざと焦がしたら皿に盛る。お代わり分の肉もサッと平らげた大崎さんは、島焼きそばを三分の一くらいの量食べた所で満足した。あの身体でこの量しか食べきれない。小学生の頃の僕の方がもっと食べてた。
職業柄か、元々なのか分からない黒さの肌で長身。波に鍛えられた太い腕と首筋から盛りあがる背筋。引退したお相撲さんのように、がっちりとしたその体型で。
ふぅー。一息ついて、美味かった。そう言った。
もう少しキャベツが大きい方がいいな。そうも言った。青山さんへ出した前菜の残りキャベツとは知らせず、はい。覚えておきます!僕は喜んで答えた。彼の好みを知る事で僕は成長出来ている。
それが僕の楽しみでもあるのだ。
経験もないまま3ヶ月程で決めた転職。
それまで包丁すら握った事のない僕が突如串焼き屋を開こうと考えたのは、ボランティア活動の中での出来事だった。
僕の一部 きいち @kiichi-
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