第4話


いやぁ〜よく晴れたねぇ。センター分けにされた髪の毛がつんつん立つほどきつく巻いたタオルを差し置いて流れ落ちる汗を、別のタオルで拭いながら青山さんが言う。直撃した台風から遠くない日。計画はすぐ実行された。

どれだけ入るのかサイズも分からないクーラーボックスが同じ大きさで赤と青に分かれて並ぶ。

食材用とは別に同じ大きさのアルコール用のボックスが今日1番の役立ちアイテムだ。

誰も開けない赤のボックスから早速キャベツを取り出す。塩を振ってくしゃくしゃに揉み込み、ほんの少しの降ろしニンニクで香り付け。ごま油を回し掛けたらさっとまた塩を振り掛け青山さんの元へ。

キンキンに冷やしたトマトを手早く切り、モッツァレラチーズとバジル、オリーブオイルで仕上げる。今日くる招待客がどの時間帯に現れるかだいたいの予想はつく。

テントを立て終え、ひと泳ぎしてきた翔太が手伝う。手にはしっかり瓶ビール。仕入れ値なんかいつまで経っても気にする様子はない。

余ったモッツァレラチーズをつまみながら、昨日から漬けておいたキュウリを丁寧に叩き割った。リーフレタスは彼女が来るまでまだ出さない。後でブルーチーズとパルメザンで和えたて出してやろう。

大きなサングラスを掛けたリカがやってきた。手にはキラキラしたなにやら尖ったビスが並ぶリードを引いている。

来たか。

だーいークソまーん!翔太が叫ぶと嬉しそうに尻尾を振りながら近寄る。くりくりの目がなんとも愛らしく、こいつを憎むやつなんてこの世にはいないだろう。と見て見ぬ振りをする。

早速フリスビーを持った翔太は胡瓜を盛り付けないままビーチ前にある芝生へと走って行ってしまった。代わりばんこにリカが手伝う。口にはしっかり大好物のトマトとモッツァレラチーズが入っている。

もごもごと何やら言いながら左手にはしっかりワイングラスを指に挟んでいた。どうやら僕に巡り合う人達はアルコールと人が好き。その共通点しかないらしい。そもそも、お酒を扱う商売でお酒を飲めないのは僕だけなのかもしれない。僕がアルコール嫌いだなんて、誰も知らない。わざわざ言う必要もないのだ。

この日の為に取り寄せたとっておきの軟骨をいい加減で乗せるべく炭火を仰ぐ。

ジューッと甘くて香ばしい醤油の香りが僕を振り向かせる。

リカ特製の焼うどん。余った切れ端野菜に冷凍うどん。溶け出した固まりはいい塩梅にその最後の醤油をどんどん吸い込み上げる。何故この味が出せるのか。僕の修行はその一皿を前になんの意味もなくなる。

待ってました。匂いを嗅ぎつけた翔太が帰ってくる。当店まかないNo.1メニュー。鉄板で焼いただけのうどんをぺろっと平らげまた芝生へと戻っていった。

瓶ビールはもう忘れたようだ。

軟骨に焦げ目が入ってきた頃ハイウエストの広がったパンツに真っ白なティシャツをインした女性が現れた。こんにちはー。先日見た面影はなく、同一人物かと疑うくらいの微笑みで日傘を折り畳んだ。おかーさーん!およいできていー?いいー?はしゃいだ口調で準備運動は家でしてきたと伝えられる。おじちゃーん一緒にいこうよー!私もー!と立て続けて青山さんの背中に飛び乗る姉妹。1番下の子は置いていかれまいとせっせと既に膨らまし終えた浮き輪を潜る。

肩から大きな荷物を下げたヒゲヅラの男がこんちゃー。と一足遅れて到着した。

お隣の新井山さん夫婦だ。謎に満ちていたこの夫婦も今では気の知れたご近所さん。もとより、うちの店の大家さんである。

この夫婦との出会いは僕が物件探しに苦労してた頃。駆け出しで金もない僕の望みは勿論、最安値!設備にも贅沢な要求はしなかったが、なかなかコレといった物件には巡り会えなかったのだ。あれこれ提案してくれる僕担当の不動産屋さん。いつも困った顔で橘さん絶対ここ逃したら次はないですよ!いいですね!そう言いながら案内される。そこがこの家族の住む部屋の隣の一室であった。そこはだれが見ても民家で、ここで串焼きやを開こうなんて誰もが無防な話だ。と言う程民家だった。外観からは見なくていいと思う程興味はなかったが、鍵を開けて中へ入るとキッチンを見る事もなく、ここだと決めたのだ。

そこはただの一室ではあったが、なんだか、凄く、物凄く落ち着いたのだ。どこか懐かしく、昔隠れたタンスの中のような、スーッと安心出来る場所だった。見た目は古く、少し暗い。

入るとカウンターがL字に並び、カウンター上にはグラス掛けが残っている。音響と映像の設備は素晴らしく、キッチンは手狭。トイレはどこかのバーのようなスタイルだった。入り口付近は開放感を感じる窓。その脇にちょっとしたテラス席があった。その場所は、お隣さんの所有なのか、はたまた此方で使わせて貰っていいのだろうか。そう思う程お隣さんとの距離は近かった。内装をわくわくしながら既に考えていた時、彼女が現れた。葵色ライン入りパジャマ姿。昼を回っていたが、眠そうな顔の彼女はおはようございます。内覧ですか?と声をかけた。一歩後ろへ下がる。不動産屋さんが新谷山さん!こんにちは!さらっとお昼の挨拶を返す。気に入って頂けたようなので、これから詳しい契約内容などお伝えします。橘さん!こちら、大家さんさんです!新井山です。あ、よろしくお願いします。軽く挨拶を済ませ、忘れぬうちにと、このテラスの使用権について聞く。全然、借りてくれるなら使って〜っ。へらへらと即答するその様は掴めない変わった人だという印象だ。その印象が変わることのないまま部屋へと戻っていった。

契約も無事終わり、隣の全住人と会ったのは鍵を受け取った日。窓をあけ、何から始めようかと考えていた頃、だめーー!おいてかないでーー!外からわーわーぎゃーぎゃー走る声が聞こえてきた。だんだんだんだんと階段を踏むその音は此方へ近づく。窓から目をやるとあんただれーーー??

おかっぱの女の子が不思議そうに此方を向いて言う。遅れてきた第二のおかっぱの子がお兄ちゃんだーれー?とまた同じ事を聞く。質問の違いはあんたとお兄ちゃん。第一印象でこの子達の関係性と人間性を掴んだ。隣で焼き鳥やさんを開く事になった橘です!よろしくね!窓からてをだした。ふーぅん。そーいった最初のおかっぱの子は隣の玄関へすぐさま消えていった。

後ろにいた二番目のおかっぱの子は物凄い笑顔でお菓子もってるー?と尋ねた。差し出した手でお菓子をつかみまた差し出す。窓越しに僕らはお菓子という最強のアイテムで友達になった。

しょーぉ!宿題ーー!隣から大きな声が聞こえてきた。慌てて口を拭き、ありがとうございますと丁寧にお辞儀をして彼女も隣の玄関へ消えた。

拭き掃除も終え、ある程度片付いた頃に大きな業務用冷蔵庫を運び入れる。業者なんて雇えない僕の最大の味方は地元の同級生。大人の男3名で狭い階段からロープと板を使って運び混む。バランスを崩すと命とり。このバカ高い冷蔵庫。そしてこの人体までもが大変な事になる。僕らは慎重に運びこんだ。上から合図するなおきと下から支えるりょうた。バランスをくずすまいと一生懸命にロープを引く僕。いつからかそのロープは軽くなり、無事玄関前まで搬入。後はローラーのついた台車に乗せてキッチンまでもう少し。こんばんは!髭面の男も一緒に腰を落とした。りょうたがありがとうございました!と丁寧に礼を言う。おとーうさんー!おっかえりーーー!先程見た仏頂面のおかっぱ娘が天使の笑顔で駆け寄る。慌てて立った僕は一足遅れて自己紹介をした。いつから開くの?大家さんが言う。順調に行けば、来週末には…開店楽しみにしてるよ!頑張って!爽やかな髭面で娘と共に帰っていった。


今ではこうして、海にもご一緒するウチの常連さん。いや。大切なお隣さん。いやいや。大家さんだ。




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