第5話 US
スカートの上で両手を握りしめる。
落ちつかない心臓を冷ますように唾を飲みこんだ。
椅子に腰を下ろした先生が、机に診断書を置くと笑顔を作った。
「二ヶ月ですね」
その瞬間、私は思わず自分のお腹をそっと押さえた。
ここに、命がいる―――。
「おめでとうございます」
先生の笑顔を見ながら、なぜか分からないけれど突然……胸の奥から涙がこみあげた。
嬉しいのか、怖いのか、本当に分からない。
それでも湧き上がるように言葉が生まれた。
「ありがとう……ございます」
震える声が温かい滴といっしょに零れ落ちていく。
……産婦人科の帰り道、穏やかな空の下を歩く。
なぜか慎重になってしまう歩調。
首筋に感じる暖かい陽ざしに呼ばれて、吸い込まれるような青を瞳に映す。
人生はこんな穏やかな日ばかりじゃない……。
焼かれるような暑さもあれば、身を切られるような寒さもある。
強い風に煽られる日もあれば、冷たい雨にさらされる日もある。
理不尽なことは道端に溢れているし、悲しみを一つも負わずに生きていくことはできない。
幸せになれるかどうかなんて、誰にも約束されていない。
(それでも……)
お腹を優しくさすった。自分のものではないかのように。
(それでも、あなたを授かったことは奇跡だと思うから)
知らず知らず、口元がほころぶ。
午後の歩道。
街路樹の葉がそよ風に揺れ、そこに太陽の欠片が戯れていた。
「……ようこそ、私達の世界へ」
US 仙花 @senka
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