忘れてしまって

恋の話は、永遠に女子の大好物だと思う。それはもう、世界共通。

少女漫画みたいな、恋なんて魅力しかない。あんな、ドラマチックな恋ができたら、悩んだふりなんてしつつも、毎日が楽しくて仕方ないんじゃないだろうか?

「未央はいないの、好きな人?」

そして、友達の恋の応援もまた、楽しい。時には羨ましい、と思うこともあるけど、話を聞いてドキドキしたりするのは、女子ならではの特権。きっと男どもには真似できない。

「いつも言ってる通り。私は好きな人なんてつくらないの!」

だけど、彼女だけは、別だ。

私は、彼女の恋に、終止符を打ってあげるという使命がある。使命なんていうと、大げさな感じもするけれど、実はそれぐらい重要なことだった。

彼女以外は、みんな知っていた。ずっと待っている、その"彼"は、もう未央のことを忘れているということを。



四人で初めて遊びに言った日、人の多い通りで、すれ違ったカップルを、未央は呼び止めた。

「すいません! ……私のこと……覚えてるよね?」

おそるおそる、けれど自信を持ったように、彼女は聞いた。男は随分大人っぽくて、未央の幼馴染だと聞かなければ、大学生ぐらいだと思っていただろう。

彼から出た答えは、冷酷だった。

「え……誰? 覚えてる、って会ったこととかあったっけ?」

そう言うと、行こ、とつれていた女と歩いていった。

呆然と立ち尽くす未央に、なんと言葉をかけていいかわからず、私たちまで呆然としていると、いきなり彼女はくるっと振り向き

「よし、じゃ、これからどうする!?」

なんて明るく言う。

最初は空元気だと思っていた。

次の日も、月曜日になって学校が始まっても、彼女はいつも通りに笑っていた。その笑顔が私たちには悲しかったのを覚えている。

異変に気付いたのは、そのことがあってから四日後。お弁当の時間、しばらく避けていた恋の話題を、未央が始めた。

「ねー、のんちゃんは今、彼氏とどんな感じなの?」

私たちは三人で顔を見合わせた。そして、ホッとしたように笑うと、今までそうしていたように、話に乗っかって、騒ぎ始める。

吹っ切れたんだ、と皆が確信した。

「じゃ、未央は、気になる人とかできた?」

新しい恋でも始めたらいい。今度はもっと楽しくて幸せな恋を。そう思って私は聞いた。さすがにまだいないかな、とは思ったが。

「いないよー! 私の本命は、小さい頃から、あの人だけだっていつも言ってるでしょ!」

「……え?」

それは、予想していた返事のどれでもなかった。完全な想定外、である。

「『きっと忘れない、会いに来る』って、言ってくれたんだから。私が信じなくてどうするの、って話でしょ!」

それは、何の屈託もない、眩しすぎる笑顔だった。



その後、さりげなく探りを入れるような言葉をかけた結果、未央は"彼"に再開した時の記憶が消えている、と言うことがわかった。

四人で遊んだことも、あの人の多い通りを歩いたことも、他のことは全て覚えているのに。"彼"のところだけ、抜け落ちているのだ。

女子にとって、恋の話は大好物だけど、こんな悲しい恋は、好きじゃない。

忘れてるぐらいなら、幼い頃のその言葉も忘れてしまえばよかったのに。そうすればきっと、苦いだけじゃない恋ができるのに。待つだけじゃない、恋ができるのに。そうやって、信じてもいない神様を呪った。

「でもさ、『きっと忘れない、会いに来る』って言ってたからって、もう彼も忘れてるんじゃない?」

「新しい恋探したほうがいいと思うけどなー」

そうやって、勧めるということしかできない自分がもどかしい。どうも、その気持ちは二人も同じようで、揃って苦虫を噛み締めたような顔をしている。きっと私もそうなのだろう。

現実は少女漫画のようにはいかない。自分にだけ優しい男の子も、隣の席のイケメン男子も存在しないし、待っていたって王子様は迎えに来ない。

現実に生きる私たちは、強い女でないといけないのだ。自分で幸せを掴み取らなければ、誰が運んできてくれる?

だから、私は何回だって聞く。

彼女が"彼"を、過去の記憶として忘れるまで。何度も、何度も。


「未央はいないの? 好きな人」


私たちの話題は、いつも、恋の話。

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きっと忘れない 音奈 @otona

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