産めよ増やせよ……

白川津 中々

第1話

「あの」


 退勤途中に声をかけてきたのは若い女だった。それも、とびきりの美人である。


「なんでしょうか」


 冷静に対応してみたが内心では様々な考えが頭を巡りシナプスが渋滞を起こしていた。そういや今日は昼に餃子を食ったなとか、オーデコロンを切らして振っていなかったとか、昨晩女房に付けられた悍ましいキスマークがまだ残っているなとか、パンツのゴムが緩んでいたなとか、最近陰嚢が群れて汗疹ができていたなとか、そもそもこんないい女が俺のような中年を相手にしてくれるのだろうかとか、コンドームを買わなきゃいかんなとか、でもちょっとくらいならコンドームなしでも大丈夫だろうとか、万が一できちまっても20万も渡せば済むだろうとか、もしこの女が本気になったら今の女房と別れるのも手だなとか、慰謝料はどれくらい取られるのだろうかとか、養育費とは別に月15万くらい入れてやれば向こうも何もいうまいとか、あの中古のなんの魅力もないババアに月15万払うのも馬鹿らしいなとか、いっそ殺しちまうかとか、死体をどうするかとか、バラすのがいいかなとか、埋めるのがいいかなとか、ともかく色々と思案していた。その中で最も強く考えていたのは……



「神を信じますか?」


 ほらきた。こんないい女が俺のような脂ぎった中年に好き好んで声をかけるわけがないのだ。何のことはない。宗教の勧誘だ。女は張り付いたような笑顔を向け、「神は見守っています」とか「贖罪の時です」とか、聞いているだけで頭の痛くなる言葉を次々と可愛らしい唇から発している。あぁ、この唇にむしゃぶりつきたい。小さな舌に俺の牛のようなベロを絡ませ互いの唾を交換しあいたい。あぁやりたい。この女とSEXがしたい。だいたい何だこの女は。人が疲れて帰ろうとしているところに突然話しかけてきて。なにが「神を信じますか?」だ。信じるわけないだろう。もし神がいたらもっとまともな女と結婚していたし、子供だって俺に似て頭がよく生まれてくるはずだったし、嫌味な上司や取引先の、あのヒキガエルみたいな顔をした資材部長は死んでいなきゃおかしいじゃないか。段々と腹が立ってきた。俺はこの女を抱かなきゃならん。もしそれができんなら恥をかかせてやる。この淫売め!


「……というわけで、あなたも神の僕として私達と祈りを捧げて頂きたいのです」


「分かった」


 俺はろくに内容も分からないまま即答した。女の方は意外な返答に驚いている様子である。勧誘をやっているんだろ。この程度の事で固まるな馬鹿。


「ほ、本当ですかぁ!」


「本当だとも。ただし条件がある」


「はぁ……なんでしょうか」


「君とSEXがしたい。そうしたら神でもなんでも信じる」


 どうだ売女め。あまり中年をなめるなよ。どうせ夜毎に宗教家連中に回されているくせに。


「分かりました。では、ホテルに行きましょう」


 ほら見ろやっぱりとんだ淫乱じゃないか!……なんだと。


「ちょっと待て。君はその、わ、私と寝てくれるのかい?」


「もちろんです。私の身体が信仰の普及に繋がるのなら、喜んで」


「ほ、ほ、ほ、本当なんだろうね君。い、今更冗談でしただなんて、そ、そんな事、君、す、す、す、済まないんだよ」


「大丈夫。神に誓って嘘をつきません」


「ほ、本当かい? 本当にかい? う、うひひひひひひひはははひふ! よし行こう! すぐ行こう! あはははは、あは、あは」


 俺は女の手を握り、タクシーに乗っていつもデリヘルを呼ぶホテルに入った。陰茎は爆発寸前。が、我慢できん!


「あ、ちょ、待ってください……シャワーを……」


「いらんいらん。これも神の試練だ。ニンニクの匂いがするキスも、腋臭も、よれたパンツも、ぜ、全部神様からの贈り物だよ。ひ、ひひ」


「あ、あ、そうなのね、そうなのね、ぜ、全部神の思し召しなのね」


「そうだともそうだとも。つまりは君は、俺の中年腹に、高血圧に、脂顔に、水虫に、す、すべてに愛を捧げなきゃならん」


「あ、あ、好き、好き、愛してるわ愛してるわ。神よありがとうございます神よありがとうございます、あ、あ、あ……」








 こうして俺は宗教家になった。あの娘とは毎晩のように身体を交わしたし、他の女とも何度も寝た。そして気がつけば、俺はこの宗教が母体の政党に属していて、しかも大臣の席に着いていた。選挙で与党になれたのは、日本の8割の男が教徒になっていたからである。(ちなみに残りの二割はインポテンツとゲイである)

 そんな俺が大臣として抱えている案件は至極単純なものであった。丁度、テレビでそのニュースが流れている。


「日本の多子幼少化問題についてですが……」


 アナウンサーがニュースを読む中で、多子幼少化対策大臣として俺の顔がアップで映されるのを見ると責任感が湧く。しかし……


「大臣。お茶をお持ちしました」


「そうか」


 俺はお茶を持ってきた秘書の尻や乳を揉みしだき、しきりに接吻を繰り返した。


「あ、あ、駄目です駄目です。今日は危ない日なんです」


「構うもんか。子供ができるのはめでたい事なんだから。めでたいめでたいあっはっはー!」




 結局、嫌がりながらもさして抵抗しない秘書と3回した。歳が歳だけにあまり無理はしたくないのだが、いやはや、性欲というのは、如何ともしがたいものだ。


 しかし、やはり神は信じられんなと思った。もし神がいるとしたら、俺の元女房と息子が未だに金をせびりに来たりはしないはずだからである。

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