宿屋繁栄の為に勇者よ来い!
西風遥
第1話 伝説の宿屋(観光名所)
フェリゲニー・テフィの家は宿屋である。
曽祖父から三代続いたこの家業は、とあるエピソードを語り継いでいる。
68年前、34次魔導大戦の末期。
時の勇者、グランロック・ガレガが数人の共を連れてこの宿屋に逗留し、その数週間後に戦争は終結したのだと言う。
つまりこの宿こそは、勇者が魔王を討ち果たす為、鋭気をやしない仲間と決意を固めた処である。
曽祖父から散々聴いた英雄譚の切れ端だった。
もっとも、どこの史書を紐解いてもこの宿に言及してるものは無い。
「勇者一行は人類領の最北端の地、メズィ荒野より魔境に侵入した」と書き記すものがほとんどで、宿に泊まったなどと記録してあるものは一冊も存在しないのだ。
曽祖父が証拠として幾度も語ったことによれば、古びた台帳に残る「グランロカ」の文字は、王都の神殿に残る勇者のサインと筆跡が一致し。
また広間の暖炉に残る斬撃痕は、硬い青花崗岩を鋭き断面で断ち割っていて、音に聞く聖剣のもの以外あり得ない切れ味である。と。
幾度も幾度も聞かされたこの物語。
宿屋の紹介本にも載せているこの物語。
ーーーでも私、テフィは思うのだ
「超うさんくさい。」と
確かにここはメズィ荒野の果てで、人類領の最北端だ。
魔境、ーーー魔の者たちの住まう領域は目と鼻の先で、ここから侵入するのが一番近いだろう。
でもそんなのは相手だって判ってることで、強固な防衛線、執拗な警戒網、幾重にも渡る罠などが張り巡らせてあった筈なのだ。
そこに勇者が正面からつっこむ?
ばかじゃないの、ありえないわ。
台帳に残る「グランロカ」の文字だってそうだ。
勇者「グランロック」を偽名にして「グランロカ」。
ーーーいやいやそれは無いでしょ偽名になって無いよ、自己主張強すぎ勇者様。三歳児だってわかるような偽名を宿帳に残すわけが無い。
そんなの書くくらいなら全然別の名前を書くべきで、少数で敵陣突入する予定だった勇者がそんな馬鹿をするわけが無い。
筆跡が一致?
王都の神殿に残されたサインは確かに宿帳に残されたモノに似ている。
けれどそれはどの石版を見ても一緒なのだ。
石版彫りの職人に聞いてみるといい。これは石筆体と言って石を掘って文字を描くとき専用の書体なのだ。微少な差異はあるけれどどの石版もこれで記されていて、これが勇者のであるなんてことには全くならない。
と言うか、若き日の曽祖父が必死でそれを真似た字を台帳に書き込んで偽造してる様がありありと思い浮かんでくる、はずかしい。
青花崗岩に残る斬撃痕。これは、正直説明が出来ない。
ここメズィ荒野の冬は厳しく、宿の広間には大きく立派な暖炉が設えてある。
大人が手を広げたより大きい太さの石柱を箱型に組み合わせた、総青花崗岩のとても立派な暖炉だ。
火をつけて熱が回ると、じんわりとした暖かさをずうっと放出し続ける優れもので、この宿で一番高価で一番重い財産であるだろう。
その暖炉の正面よりちょっと右。上から斜めに傷跡が残っている。
傷の深さは指がすっぽり入るほど。傷の幅は小指ほどで、肩から指先まで程の長さで亀裂が入って肉厚の剣で斬られたように見える。
青花崗岩と言うのはとても硬い石材で、ちょっとやそっとじゃあ傷なんか付かない。加工も困難極まるらしくこの暖炉も石柱状のモノを無加工で組み合わせて造られている。
この青花崗岩にこうも見事な切れ跡を刻むのは、勇者の聖剣以外あり得ないのだ。と曽祖父は言っていた。
でもよく考えてみて欲しい。
「宿屋に泊まって、暖炉を斬りつける人」の姿を。
怖いよ!なんでそんな事するの!普通そんな事する客が居たら出禁だよ。宿の設備を破壊するようなお客様は客じゃありません!次回からは「生憎と予約で満室となっていまして」とか言って泊めないよ!
とても勇者の行動とは思えない。
目立つ行為を避けなければならない点からもかけ離れてる。試し切りがしたいなら薪でも切ってれば良いのに。
とまあ、その様な疑念にまみれながらも「勇者が最後に泊まった宿屋」と言う名声は大きく。
どうにかこうにかこの宿はやって行けてる。
こんな荒野の果てで、厳しい吹雪が吹き荒れるにもかかわらず、勇者詣でのお客様は遠路をやって来てくださるのだ。
ありがたい。
今日も幾人かのお客様が暖炉の傷を触りながら暖を取っている。
聖剣の斬れ味に感心したり、太刀筋を再現してみたり。まあ見慣れた光景です。
たまに剣に覚えのある方々が、勇者の太刀筋を真似て剣を振るって、暖炉で剣を傷物にするところまでがお約束です。
言ったでしょ!やめて下さいって!
看板だって置いて注意してるのに、勇者詣でに興奮したお客様は時々やらかすのだ。
先にも言った通り、暖炉叩いて折れたり欠けたりした剣はウチでは一切弁償しませんからね、もう!
宿屋繁栄の為に勇者よ来い! 西風遥 @nisikazeyou
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