第10話:輝きを貰った少女

 俺はマルデダに連れられ、一つの病室の前に来ていた。

「ここだ。話は通してある」

「ありがとう。じゃあ入るか」

 俺は扉をノックする。

「入りな」

 中からグーロイネ先生の声が聞こえる。どうやら彼女もいるようだ。

 俺は扉を開け、中に入った。

 中には椅子に座っている先生とベッドに座っている少女がいた。

「どうも先生」

「……無茶しすぎるんじゃないよ。何があったかは聞かないが、もっと自分の体を大切にしな」

「す、すみません。どうしてもああしなくてはいけない事情がありまして……」

「……ふん、まあいいさ。しばらく外に出てるよ。聞かれたくないだろ?」

「すみません。ありがとうございます」

 グーロイネ先生は部屋から出て行った。冷たく見えてもあの人なりに気を使ってくれたんだろう。

 俺は少女の方に向き直る。

「さて、聞かせてくれないか?君の所属してる組織の事」

「……話す必要性が無い」

「まあそうだろうな。このガキに話す理由は無ェだろうよ。だが、俺には話す必要性あるんじゃねェのか?」

「お前にも、話す必要性は無い。お前はただの殺害対象」

「……いいから話せよ。恩を売るようだが、こいつがいなけりゃ、お前死んでたぞ?」

「そいつがいなければ、お前が死んでた。後少しだった」

「……おい、こいつどうする?口割る気無ェぞ?」

「……ねぇ君、もう喋ってもいいんじゃない?多分、君のとこの組織は君も排除対象にしてるんじゃない?」

「…………あり得ない。あの人がとりあってくれる筈……あの人が、私を裏切る筈がない……」

「上に親しい上司がいるのか?」

「あの人は……私を拾ってくれた。忌み嫌われた私の価値を見出してくれた……いつも優しくしてくれた……だから、きっと……」

「お前ェはあの組織を甘く見すぎだ。そんな生っちょろいもんじゃねェぞ、あれは」

 俺は視線を横に移す。そこには彼女が着ていたものと思われる服が置かれていた。これを見れば何か分かるかもしれない。

「マルデダ。これ以上聞いても埒が開かない。この服を調べた方が早いよ」

「やめろっ……!それは、あの人がくれた!私だけの特注品なんだっ……!触るな!」

「うるせェガキだ……とっとと調べるぞ」

 俺はまず服を広げてみた。何だろうかこの形?どこかで見た覚えがある……軍服、か?左肩には盾を模した模様が入っている。部隊章というやつだろうか?

 次に裏面を見てみる。一見何もおかしな所は無いように見えるが……ん?何か刺繍されてる?

「何か……書いてある……」

「どれ、見せてみろ」

 刺繍された箇所にはこう書かれていた


『は号部隊 副官 日ノ本輝子』


 これは……マカフシさんと同じ様な名前の付き方だ。ということは、こいつも同じ様な所から来たのか?

「やめろ!私の!私だけのなんだ!すぐに置け!そこに置け!!」

「うるせェな。オイ!お前、ここに所属してんのか?」

 マルデダが刺繍を指差す。

「……お前達に言う理由は無い」

「しらばっくれんじゃねェよ。お前が着てたんだろ。早く話せよ」

「……言わない。絶対に……言うわけにはいかない……。暴力には屈しない……!」

「俺もそこまで悪趣味じゃねェよ」

「日ノ本さん、話してくれない?君達の組織の目的はなんなの?」

「馴れ馴れしく呼ぶな!私を名前で呼んでいいのは、あの人だけなんだ……」

「はぁ……こいつホントめんどくさいな……」

「しょうがないよ。この子にも事情があるんだろ。今日は諦めよう」

「帰んのか?」

「ああ。皆も心配してるだろうし……」

「そうか。じゃあそうしろ。俺はしばらくここにいる。どうせあのセンセーは帰しちゃくれねェだろうしよ」

「あはは、そうだね。あの先生は怪我が治るまで帰してくれないかも」

「聞こえてるよ」

 っ!?あ、先生、扉の外にいたんだ……てっきりもっと離れた所にいるとばかり……。

「……まあその、何だ……何か分かったら連絡する……」

「あ、ああ、うん。頼むよ……」

 俺は冷や汗を垂らしながら病室を出る。まさか聞かれてたとは……。

「あんた」

「はいっ!?」

「……また何かあったら来な。死んでなけりゃ、治してやるよ」

「は、はい!ありがとうございます!」

 俺はそそくさと逃げる様に病院を後にした。




 俺は歩いて家まで戻ってきていた。まだ少し怪我が痛むが、皆の前では堪えよう。

「ただいま」

 俺がそう言って入るや否や、父さんとマティ姉がこちらに飛び掛ってきた。

「!!?」

「お前!お前なぁ!何で!父さん達に言わなかった!?」

「そうだよオーア!何でお姉ちゃんを頼らなかった!?」

「いやっ……ちょ……病み上が……病み上がりだから……!」

 二人に強く抱きしめられ、俺の体はさっきよりも痛んだ。こういう事、前にもあったな……。

「困った時は助け合う!それが家族だろう!?」

「年下が年上に頼る!当たり前のことじゃんかさぁ!!」

 父さん達の言う事も至極当然だ。納得出来る。でも、今は……苦し……!

「二人とも離れなさい」

 母さんの声によって俺は二人から解放された。

「オーア、大丈夫だった?」

「う、うん、何とか……。あの、母さん。俺、謝らないといけないことが……」

「何?」

「俺、緊急事態とはいえ、母さんの使ってる包丁勝手に持ち出した……ごめん……」

 すると、母さんは俺を優しく抱きしめて言った。

「いいのよ……。あなたがこうやって帰ってきてくれただけで、母さんは嬉しいの……。生きててくれて本当に良かった……」

 俺は自然と涙が出ていた。母さん達に悲しい思いをさせてしまったという罪悪感からでもあったが、それ以上に、これほどまでに愛してくれている事が嬉しかった。身元の分からない俺のことを愛してくれているのが嬉しかった。

「ありがとう……母さん……!俺……」

「謝らなくていいのよ。大丈夫。母さんはオーアの味方だからね。オーアが意味も無くそういうことする子じゃないって分かってるから」

「お、俺もオーアの味方だぞ!?」

「あ、あたしもだよ!?あたしも!!」

 母さんに張り合おうとする二人の様子が何だかおかしくて、今度は少し笑えた。

 この人達は本当に、俺の自慢の家族だ。



 一通り落ち着いた俺達は椅子に座って話をしていた。

「オーア、ちょっと左手見せて?」

「うん。いいけど……」

「ひゃぁ……痛そう……。よくこんなんやったね?」

「うん。他に方法が思い浮かばなかったんだ。ただ、俺の能力が上手く発動しなくてね」

「えっ……!?じゃ、じゃあ?」

「うん……尋常じゃないくらい痛かったよ……」

「う、うーむ……我が息子ながら無茶するなぁ……」

「今度からは母さん達を頼るのよ?」

「う、うん。それは分かったよ。今度から気を付ける」

「うん?そういやピールはどうした?オーアの所で看病してた筈だが……」

「あー、親父聞いてないの?メガーサちゃんに連れられて今デート中」

「デ、デートォ!?」

「あ、デートと言ったら語弊があるかな。実はメルヨーナさんに仕事を依頼した時、お金の代わりに交換条件ってことで取引したんだ」

「な、何だそういうことか……。マティ、脅かすなよ」

「え~?でもあの子は満更でもなさそうだけど?」

「メルヨーナさんが?」

「あの子さぁー、昔からピールに依存してたからねぇー。あたしとしてはもっとこっちにも甘えて欲しいんだけどねぇー」

「む、むぅ……ま、まあ人の趣味嗜好はそれぞれだからな……本人達が納得してるなら、父さんは何も言うまい……」

「いや、父さん?別に二人がそういう関係になってる訳じゃないからね……?」

「ほっときなってー。こういう話になると親父すーぐ落ち込むんだから」

「そうよ。落ち込むのはそういう話が来た時からでいいのに……」

「あはははっ!まっ!心配しないでよ親父!あたしはまだ結婚とかする気はないからさ!」

「マティ姉……もう成人してるんでしょ?それはそれでどうなのさ……」

 突然マティ姉が突っついてくる。

「ん~?オーアはあたしが結婚しても寂しくならないのか~?きっと泣くぞ~?『お姉ちゃーん!』って泣くぞ~~?」

 う、うざい絡み方してきた……。

「泣かないよ……祝福するって……」

「へへ!照れちゃって愛い奴よ~~!」

「はいはい……そうですか……」

「……ま!安心しなよ。オーアとピールがそれぞれ結婚するまで、あたしは二人の事、一人身でサポートするよ」

「……ありがとう」

 ありがとうと返事をしたが、俺は本当にいいんだろうか?ここはもしかしたら、俺が元いた世界ではないのかもしれないのに……。俺はこの世界で籍を入れてもいいのだろうか?俺は一人考えた。




 夜になるとピールが帰ってきた。へとへとになっており、普段は割りとしっかりしている彼女にしては珍しく、体がだらんとしていた。

「おかえりピール。……お疲れだね」

「う、うん……。メガーサちゃんがいつも以上にハイテンションでね……」

 あぁ……それは疲れそうだ……。

 母さんが奥から出てきた。

「おかえりなさい。ご飯は食べてきたの?」

「う、うん。メガーサちゃんの家で、ね……」

 あっ……これは、何かあったな……。

「じゃあお風呂入りなさい?」

「あ、それも……向こうで入ってきた……」

「そうなの?」

「うん……メガーサちゃんがずっと引っ付いてきて全然リラックス出来なかったけど……」

 あの子……思ったよりピールに依存してるんだな……。ていうか、そこまでしといて家に帰すのか……風呂に入った後って、もう体が寝る準備になってるから、そこで帰るのきついだろうな……。

「ご、ごめん……き、今日はもう、寝るよ……」

「そ、そう。お休みなさい……」

「うん。お休み……」

 ピールはふらふらしながら階段を上り、自分の部屋へと戻っていった。

 さて、俺もそろそろ寝ようか……。




 部屋に戻った俺は日記に三日前の事と今日のことを書いた。三日前のことを書くというのも、何だか不思議な感じだ。

 俺はベッドに寝転び、目を閉じる。

 そういえば、何故包丁を使ったあの時、痛みの完全な移譲が出来なかったんだろうか?前に刺された時は出来たと言うのに。もしかして、痛みが強すぎて集中が途切れたからか?だとしたら、この能力はあまり無理が出来ないと言うことになる。だとしたら、俺はどうやって家族を守ればいい?マルデダが所属していた組織は俺の事を殺そうとしている様だった。俺は……何をしたんだろうか。

 そんな事を考えながら、俺はまどろみの中に落ちていった。

 途中、マティ姉の喜ぶような声とピールの怒声が聞こえた様な気がするが、多分気のせいだろう。

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俺は知らない世界で痛みを知る 鯉々 @koikoinomanga

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