第9話:狂痛回路の限界

マルデダは俺の横で包帯まみれの腕を構えている。敵ではあるが、一緒に戦ってくれるとなるとありがたい。

「おいオーア。俺はお前に合わせる。どうする?」

「……あいつがどんな攻撃してくるか分からない。マルデダは下から隙を窺ってくれ。俺が能力であいつに隙を作る。いけそうだったらやってくれ」

「おう……」

 そう言うとマルデダは轟音と共に地面に潜っていった。

「お話は終わりましたか?私はいつでも良いですよ?」

 如月はこちらを舐めている様だ。俺達にはやられないという絶対的な自信がある様だ。

 俺は目を閉じ、意識を地面の下に集中させる。

 下にはマルデダの気配があり、既に如月の真下に移動済みの様だった。

 やるなら、今しかない。

 俺は意識を如月の方に向け、目の感覚をリンクさせる。

「ほう……これがあなた様の能力ですか?興味深いです。あの少女よりも面白い能力です」

「そうかい。悪いけど、ピールを返してもらうぞ」

「……別にいいでしょう。代わりに、あなた様の魂を貰います。その方が私にとっても都合が良い」

 その直後、如月の足元が大きく跳ね上がり、如月の体を大きく浮かせた。

 如月は全くの無抵抗だった。俺は嫌な予感がしていた。

「なるほど。そちらの方も私共にとって都合の良い能力を持っているようですね」

 すると、如月の真下に突然墓の様な物が出現した。

「マルデダ・メニンゲンさんですか。面白い方です。面白い魂の形をしている。私共の役に立っていただきましょう」

 まさか、あの中に閉じ込められたのか……?

 俺は一度意識を地面の下に戻し、マルデダの気配を探した。

 すると、確かに先程までの位置に気配はあったが何やら様子がおかしかった。俺は体全体の感覚をマルデダにリンクさせ、状況を確かめることにした。

「っ!……これは……」

 俺がマルデダとリンクして感じたのは、何とも言えない窮屈さだった。これはやはり、閉じ込められたという事だろうか。

「どうしたのですか?メイさん。諦めるのですか?」

 マルデダが動けなくなった今、俺が一人でこいつを倒さなくてはいけない。だが、俺の能力ではこいつを直接攻撃することは出来ない。……どうすればいいんだ。


 俺はある方法を思いついてしまった。あいつを確実に殺す方法を。だが、もしこれをやってしまったら、俺は……。

 一応他の方法を考える。他のやり方でやれば、一応命は助かるかもしれない。

「メイさん。もう宜しいですか?私共は忙しいのですよ。いつまでもあなた様を待っている暇はないのです」

「いや、問題ないよ。お前を倒すための方法を今、一つ思い付いたところだ」

 俺は急いで家の中に走り出した。今の俺に必要な物は、あの中にある。

 家の中に入った俺は台所に向かった。確か、母さんがここら辺に置いていた筈だ。

「オーア兄ぃ……」

「……!……ピール、少し待っててよ。今すぐ助けるから」

 家の中からピールの声が響く。その声は弱々しく、痛々しかった。

 俺は目的の物を見つけ、それを掴み、急いで外に飛び出す。


「おや、何をしに行かれたのかと思えば……包丁、ですか?」

「ああ……料理に使う物をこんな事に使いたくは無いが、あの子を助けるためだ。仕方が無い」

「……無駄ですよ。見ていなかったのですか?私はその気になれば、メニンゲンさんの様に一瞬にして閉じ込める事が出来るのですよ」

「ああ……分かってるよ。だがな、止めといた方がいいぞ。もし俺を閉じ込めれば、お前も動けなくなる。それに……この包丁は初めからお前を殺すために使う訳じゃない」

 そうだ。こいつはもうどうしようもないんだ。俺を閉じ込めればあいつも動けなくなる。そして、俺を傷付ければ、あいつも痛みを感じる。もしもそれが、耐えられないような痛みだったとしたら……。

「この包丁は……こう使うんだっ!!」

 俺は左手首に包丁を振り下ろした。


 鋭い痛みが左手首に走る。包丁は俺の左手首の骨に止められており、完全に俺の左手を切断するには至らなかった。

 俺は即座に如月に感覚をリンクさせる。これで……いけるはずだ。

「……!?……何ですか……これはっ!?」

「うっ!ぐっ……あ……?」

 感覚をリンクさせ、更に痛みを移譲したにも関わらず、何故か俺の体から痛みは消えなかった。……どういうことだ?前にマルデダにやった時は出来たのに……?

「なる、ほどっ……こういう事も、出来るのですね……!」

「はぁっ……はぁっ……あ、ぐっ……!」

 俺は包丁を掴み、更に力を入れる。感覚の移譲は何故か出来ないが、リンクさせる事は出来ている。なら、こうするしかない。後は、我慢比べだ!

「ふぅ……ふぅ……っ!」

「忠告します……今すぐに、それを……止めなさい……!」

「止めない!お前が……あの二人を解放するまで……!」

 包丁の刃が骨に当たっているのが分かる。肉が切れるのが分かる。俺の体から生気が抜けていくのが分かる。だが……大切な物を失ってしまうよりかはマシだ。……俺はもう、失いたくない。失うのは俺の過去の記憶だけでいい……この場所で手に入れたものは失いたくない……。

「止め……なさいっ!!」

 如月がこちらに近寄ってくる。先程よりか、気持ちふらついている様だ。この調子なら……!

 如月の右手がこちらに伸び、俺の首を掴む。体から血が抜け、意識が朦朧としている俺からすれば、首を掴まれる程度、何てことはなかった。

「あなたをっ……生かしておく訳にはいかないっ……あなたの危険性を、改めて認識しました……!」

 如月の右手に力が入る。左手は俺の左手としっかりリンクしている様だ。

 俺の体から力が抜け、意識が飛びそうになる。まずい……このままだと、先に俺が倒れてしまう……。

 その直後、地面が裂け、地中から伸びた腕が如月の足を掴んだ。

「なっ……!?」

 そのまま如月は地中に引きずり込まれ、そのまま裂けていた地面が元通りに引っ付いた。俺は、この動きを見た事がある……そうか……あいつ……。

 俺のすぐ側の地面からマルデダが出てくる。動けなくなってると思っていたが……。

「てめェ……無茶苦茶しやがる……」

「マルデダ……ピールは……」

「安心しろよ。あの家の前に倒れてるのが見えるぜ。大方、如月が死んだから解放されたんだろ」

 顔を動かし、家の方を見るとピールが倒れていた。

 俺は鼻の感覚をピールの方へリンクさせ、呼吸を確かめた。幸いにも、息はしている様だ。俺は一応周囲の気配を探したが、俺たち以外にはいない様だった。如月は……死んだのか?俺はマルデダに確認をとる。

「マルデダ……如月は……?」

「俺が殺した。まぁ、地面の中で死んだから微生物とかに分解されるだろ。それに痕跡も無い。ばれる事はねェよ」

「そうか……」

 俺は安堵した。家は元通り。ピールも助かった。それに……マルデダも。誰も死なずに済んだ。その事実が俺を安心させ、無意識に強張っていた体から力が抜け、俺の意識は闇の中に落ちていった。







 俺は病院のベッドで目を覚ました。ここはグーロイネ先生の病院か……?

 俺は何とか起き上がろうとした。

「あ!オーア兄ぃ!駄目だよ!」

 ピールの声によって俺の体は起き上がるのを止めた。

「ピール……良かった……意識が戻ったか」

「こっちの台詞だよ!」

「心配しすぎだよ……たかが、数時間程度でしょ?」

「何言ってるの!オーア兄、もう三日も目を覚まさなくて……私、オーア兄が死んじゃうんじゃないかって……」

 俺は……三日も寝てたのか。どうやら、思っていたよりも重症だったようだ。ピールには……いや、父さんや母さん、マティ姉にも心配をかけてしまったな……。悪い事をしてしまった……。

「そういえば、マルデダは?」

「え?マルデダさんなら、病室の外に……」

「ごめん。ちょっと呼んできてくれない?」

「う、うん」


 ピールは部屋を出て、マルデダを連れて来た。

「起きたか」

「ああ」

 少し気まずい空気になる。

「ピール。悪いんだけど、ちょっと部屋を出ててくれない?」

「え、でも!」

「お願い。少しだけでいいんだ」

「……分かった」

 ピールは少し不服そうだったが部屋を出てくれた。

「……マルデダ、悪かった。お前がいないと死んでたよ」

「……そうだな。全く……無茶しやがる……」

「ごめん」

「別に構やしねェよ。それで?俺を呼んだ用事は何だ?礼を言うためじゃねェだろ?」

「そうだな……お前を殺そうとしてたあの子、どうなった?」

「意識は戻ってる。だが、毒の作用のせいか、まだ歩き回ったりは出来ないみてェだ」

「そうか。面会は出来るかな?」

「さぁな。あの医者センセーに聞いてみなきゃ分からねェ。俺の方から聞いてやろうか?」

「……お前らしくないな。そこまで気を利かせる奴じゃなかっただろ?」

「……知らねェよ。だがまぁ、あいつをお前らのとこまで連れて来ちまったのは俺だからな……。一応、責任はある」

「そう、か……じゃあ、頼むよ」

「おう。行って来らァ……」

 そう言うと、マルデダは部屋を出て行った。それと入れ替わるように、ピールが部屋に入ってきた。

「オーア兄、何を話してたの?」

「マルデダを殺そうとしてたあの子の事をね」

「そう……。ねぇオーア兄、お願いだからもう無茶しないでね?今回は何とか無事で済んだけど……」

 俺は左手に視線を移す。そうか、一応引っ付いたか。

「ごめんごめん。でも、あの時はピールを助ける事で頭がいっぱいだったからさ」

「お父さんもお母さんもマティ姉も心配してたんだよ?」

「そういえば……皆は?」

「一応家に戻ってもらってる。皆凄く動揺してたから……」

「そっか……。じゃあ、早く退院しないとね」

 そんな事を話していると、部屋の扉がノックされた。誰だろうか?マルデダか?随分早いな。

「どうぞ」

 俺がそう言うと、扉が開き、一人の少女が姿を見せた。あれはメルヨーナさん?

「オーアさん!大丈夫ですか!?何やら入院されたと聞いて飛んできましたよ折角お仕事を依頼されていたのに途中で死なれたら時計の行き先が無くなっちゃいます!あ!そうそうこれどうぞ完成しましたよ!!」

「メガーサちゃん……ちょっと静かに、ね?」

「あはは……ありがとう。ありがたく貰っておくよ」

「え、でもオーア兄……これ、もう……」

「いやぁ、ありがとう!助かったよ!」

 流石にもういらないと言う訳にはいかなかった。彼女なりに、頑張ってくれたんだ。これは、如月を倒した戦利品としておこう。

「お役に立てました?それなら良かったです私が力になれたとあれば祖父も天国で喜んでくれますよところでオーアさんあの時の約束ですが忘れていませんよねちゃんと覚えていますよね?」

 メルヨーナさんは捲くし立てる様に話し始めた。

「あ、ああ。そうだね。ちゃんと覚えてるよ」

「そうでしたかそれは良かったです!ではその約束今果たしてもらっても良いですよね?今はまだ朝ですしあの約束を果たしても大丈夫ですよねよし大丈夫それじゃあ行こうピール今日は一日中一緒に遊ぼう!!」

「え、え、え?な、何……?」

「それではオーアさん!お大事にっ!」

「え、ちょっと!?メガーサちゃん!?ど、どういうことぉ!?」

 ピールはメルヨーナさんに引っ張られるようにして部屋から出て行った。ピール、ごめん……伝えるのを忘れてた……。


 少しすると、マルデダが部屋に入ってきた。

「ノック位してくれよ」

「文句言うな。一応センセーから許可は出た。どうする?今から行くか?」

「……そうだな。早めに行っとくか」

 俺はベッドから起き上がり、立とうとした。だが、足に上手く力が入らなかった。

 すると、マルデダが手を伸ばしてきた。

「おい。掴まれよ。肩貸してやる」

「……悪い。助かる」

「今回だけだ」

 少し気まずい空気の中、俺達はあの少女の病室へと向かっていった。

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