第8話:鬼の大工
俺は如月さんとの契約を果たすために街へ出ていた。
あの人の話によれば、家を直す代わりに対価を支払わなければならないそうだ。
俺は考える。金はどうだろうか?こういうときに一番使われる。……いや、そもそも家一つ建てるだけの金額はとんでもないものだろう。俺には集められない。ではやはり、何かしらの物だろうか?だが、一体何なら納得してくれるだろうか?
あれこれと悩みながら歩いていると、俺の前にふと見知った顔が見えた。俺は声をかけてみる。
「あの、すみません」
「ん?おお!あなたは!」
ピールの幼馴染、メガーサ・メルヨーナだった。
「どうしたんです?そんなしょぼくれた顔して?」
そうだ……もしかしたら、この人なら!時計なら、物によってはかなりの値段がする筈だ。
「いえ実は、ちょっと家と同じ位価値のあるものを探してまして……」
「家と同じ位?随分と変わったことをするんですね?」
「え、ええまあ……。あのメルヨーナさん、でしたよね?メルヨーナさんは何かそういう価値のある物作ったりしてませんか?」
「う~~ん……最近ので一番高かったのは、10,000リン位ですかねぇ」
「それって、家一つは建てられる値段ですか?」
「そんなもんじゃないですよ!家どころか宮殿が建てられますよ!」
これはいけるかもしれない。だが問題は、それをどうやって作ってもらうかだ。まさかタダ働きしてもらうわけにもいかないし……。
「何かお困りなんですか?私で良ければ聞きますよお金は取りません」
……ものは試しだ。一応、言っておこう。
俺は彼女に事情を説明する事にした。
「……なるほど。そんなことが」
「はい。それで家一つ分の価値がある物が必要なんです」
「……ん!分かりました!その話、このメルヨーナ時計店がお引き受けしましょう!」
「ですが、報酬は払えませんよ?」
「昔の誼みですし構いませんよ。ただ、ピール……あの子とまた昔みたいに遊びにいけたらそれでいいです」
まさか引き受けてくれるとは思いもしなかった。それに、こんな条件が緩くていいのか?
「いつまでに作ればいいんです?」
「なるべく、早めにお願いします。出来れば今日中で」
「よし分かりました!早速工房に戻ってきます!」
そう言うと彼女は人ごみの中へと駆けていった。
俺は一旦ピールの元へ戻る事にした。
ピールはまだグーロイネ先生の所にいた。その側には如月さんの姿はどこにもなかった。
「ピール。如月さんは?」
「如月さんなら家を見に行ったよ?」
「そっか。後は待つだけかな」
「対価は何にしたの?」
「ピールの幼馴染の、メルヨーナさんに頼んだ。なるべく早く仕上げてくれる筈」
「あの子が……」
「どうかした?」
「ううん。何でもない。ちょっと家の方を見てくるね」
そう言うとピールは病院を出て行った。何か、隠してるように見えたが……。
ピールを見送っていると、奥の病室からマルデダが姿を見せた。全身に包帯を巻いており、痛々しい姿だった。
「……世話になったな」
「もう大丈夫なのか?」
「……ああ、別に大した事じゃねェよ。それより、あの女どうしたんだ?」
「お前を守るために家が滅茶苦茶になったからな。今、業者に頼んで直してもらってるから、状況を見に戻ったんだよ」
「業者……?どんな奴だ?」
「何か、背が高くて、ガタイがいい人だったな。確か、如月さんだったかな」
「如月……?」
するとマルデダは慌てた様子で言った。
「お前、正気か!?あの如月に頼んだのか!?」
「何だよ……?何かマズイのか?」
「如月と言やァ、蒐建社の奴だろ……?あいつらは俺のとこの組織も危険視してたんだ」
「その……蒐建社はどうマズイんだ……?」
俺は嫌な予感がしていた。
「あいつら、対価として何かを貰うって言ってなかったか?何かって言ってるが、あいつらが求めてるものは一つしかない」
「何なんだ……?」
「人の魂だ」
俺の嫌な予感は的中していた。人の魂……あいつは初めからそれが目的で俺達に話しかけてきた……。
「……どうすればいいんだ?」
「分からねェ。俺が今まで見てきた奴らは皆、建物に閉じ込められた。文字通り、一体化したんだ」
俺はマルデダに背を向け、歩き始めた。
「おい!どこ行きやがるんだ!」
「あの子を助けに行く。今、あの家の近くにいるのはあの子だけだと思う。多分、狙われる」
「諦めろ!どうこう出来る相手じゃねェ!今まで俺の仲間も何人かやられてんだよ!」
「……お前達が本気で助けようとしなかっただけだろ」
俺は思ってもないことを口にしてしまった。少なくとも、この男は仲間を助けようとした筈だ。
俺の胸元にマルデダが掴みかかる。
「……知った風な口きくんじゃねェぞ。テメェに何が分かる……?」
「……お前と揉めてる時間はない。離してくれ」
「俺はなァ、お情けで言ってんだぞ?テメェには一度助けてもらった恩がある。だから言ってんだ!」
「あいつらは人間じゃねェ。あいつらの事、調べた事があんだよ」
「何……?」
「街の図書館にあった、とある国の伝承。2m以上はある身長。頭から伸びた角。人の願いを叶える異形。全てが一致した」
角……そうだ思い返してみれば、あの男はつばの広い帽子を被っていた。あれは角を隠すためだったのか。
「あれは『鬼』だ」
「『鬼』?」
「とある国に伝わる異形の存在だ。ただの、伝承じゃなかった。本当にいやがった」
異形の存在と言われても、ピンと来なかった。見た目は人間にしか見えなかったのだ。
とはいえ、相手が誰であろうと、ピールを助けない理由にはならない。俺はマルデダの手を振り解き、病院から飛び出した。あのまま、あの子を見殺しにするわけにはいかない。
俺は家がある場所へと辿り着いた。
そこには綺麗に戻っている家と如月の姿があった。
「メイさん、お待ちしておりましたよ」
「ピールはどこだ……」
「ご心配なく。我々の方で回収させていただきましたので」
すると、家の外壁の一部から聞き覚えのある声が聞こえた。
「助けて……オーア兄ぃ……」
「ピール!!」
「これで私共の仕事は完了致しました。それではこれで」
如月は帽子のつばを少し手で上げると、その場から立ち去ろうとした。逃がすわけにはいかない。
「待て!」
「何でしょう?何かご不満な点でも?」
「ふざけるな!対価なら今用意してる!ピールを解放しろ!」
「……何故でしょう?この方の魂は間違いなく、この家と同等の価値がありますよ?」
「その子は大事な家族だ。価値がどうとかそういう問題じゃない」
「……クレームは一切受け付けておりません。どうしてもと言うのであれば、追加のご注文ということにさせていただきます」
クソ……何がなんでも魂を閉じ込める気か……。
「じゃあ追加の注文といこうか?」
俺の後ろから声がした。俺は後ろを振り返る。
「注文の内容はこうだ。『今すぐそいつを解放し、てめェら全員あの世へ行け』」
そこにいたのはマルデダだった。
「マルデダ!何で!?」
「まだ、借りは返してないぜ……?それによォ、こういう奴気にいらねェんだよ。人質とって脅してよォ……昔の俺を見てるみたいで吐き気がするんだ」
「……そうかよ。邪魔だけはするなよ?」
「しねェよ……お前のやり方に合わせる」
「分かりました。いいでしょう。お二人がその気ならば、僭越ながらこの如月慙愧……お相手させていただきます」
俺達は臨戦態勢をとる。マルデダとの間に奇妙な共闘関係が生まれた。
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