クローバー

梓柚水

第1話

きっと君は覚えていないと思う。梅雨の始まりの雨の日、業後の図書室は穏やかな時間が流れていて、いつも通り数人が思い思い勉強や読書をしている。けれどその日は、君がいた。バリバリの体育会系で、今まで図書室にいるのは殆ど見たことがなかった。

「あ、佐藤さんだ、俺今日雨で部活無くなったから、ここで雨宿りしようと思って」

しがないクラスメイトの私を見つけて屈託なく笑って話しかけてくれる君が、とっても眩しかったんだ。

その日から雨の日が続くようになった。私は相変わらず毎日図書室に居て、君もよく図書室に来るようになった。少しつまらなそうに本のページをめくり、時にうとうとしている君、本棚の周りを歩き回っている君、そして時々、私に話しかけてくれる君。気づけば無意識に君を目で追っていた。

またある日のこと、その日も雨が降ったから、君は図書館のテーブルの片隅で、少しつまらなそうに文庫本のページをめくっている。私はいつもと変わらずに読書をしている。時折ページから視線を外して君の方を見つめながら、君と少し離れたテーブルで。ふと気づくと、君はこくこくと船を漕いでいた。外を見るといつの間にか雨が上がっていて、風になびくカーテンを通って差し込んだ夕日が、君のの髪をや優しく照らしていた。君の周りだけが、オレンジ色のベールに包まれているようで、とてもとても、美しかった。何故か胸がきゅっと締め付けられる。この気持ちが何なのか、私はずっと答えから逃げている。

君の顔がかくんと傾いて、目を覚ましそうになった。ふと無性に恥ずかしくなって、そっと席を立ち、平静を装って外へ逃げた。

その夜、私はニュースで梅雨が明けたことを知った。

その日から数日、一度も雨は降っていない。私は図書室でいつも通りの日常を過ごしていた。閉館時間になって外にでる。ちょうど部活終わりの時間で、あたりは帰路につく生徒達で溢れていた。一人で通学路を歩く。しばらくしてふっと顔を上げると、数十メートル前に、君と、隣を歩く女子の姿があった。ずっと、わかっていたことだった。君と図書室で出会う前から。君には彼女がいて、いつも一緒に帰っているってこと。図書室で雨宿りするのも、その子を待つためだって、この前クラスの男子が話すのも聞いた。わかってる。私なんて、君に釣り合わない。君は私のことなんて見ていない。わかってるけど…唇を噛んで下を向くと、道端にささやかに枯れかけのシロツメクサの花が咲いていた。

それでも。願ってしまうんだ。

シロツメクサの花言葉。「幸福」と、それからもう1つ。

「私を思って」

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クローバー 梓柚水 @azusa_yumi

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