第2話 或る小説家志望者の独白(1)

 髪の毛が、細い。

 額から頭頂に左のてのひらを滑らせ、指と指の間に絡み挟まった幾本の毛髪を漠然と眺め、斧佑平おのゆうへいはそう感じた。

 此処ここ最近、以前から頼りない太さだった髪が、物凄い勢いでの横幅を失っていっている気がする。オマケに、昔から抜け易かった髪が、其の抜け易さに拍車が掛かっている様にも思える。うして指でくだけで数本が離脱していくのだ、5年もしたらツルテカの無毛スキン頭皮ヘッドっていかねない。

「ハハ」

 夜空に向かって、小さく笑った。思ったより笑えなかったのは、其の未来が案外現実的だ、と気付いたから――だけではない。

 最近、職場等の飲み会が終わると、タクシーを使わず徒歩で帰る様にしている。節約やたるみだしている身体の事を考えての事だが、どうも其れだけではない様に思える。自らの行動に対して「思える」とはちゃんちゃら可笑おかしいが、自分の言動が思考の奥底の深層心理に基づいていたとしたら、おのでは判然としない、と云う事もあるのではなかろうか。

「うーん……」

 どうも、考えが上手くまとまらない。27歳にして、年々飲酒アルコールに対して弱くなっている気がする。今年に入って4回有った飲み会の内、3回は悪酔いして帰宅後おうしたり翌日まで頭痛が長引いていたりする。本年5回目の今日の飲み会では、直近の連敗を反省し、吐く様な真似まねはすまい、と可成り律して酒量を調整コントロールしたが、それでも何だか思考の精度が甘い。二十歳はたち前後で酒を飲み始めた頃は、何杯飲んでもケロリとして、比較的酒豪ザルだった印象イメージが強いのだが。

 佑平の父親は自営の居酒屋をしている。居酒屋の店主マスターの息子、と云う事で自分の許容量キャパシティには多少の自負が有った。だが、よくよく考えたら――いや、よくよく考えなくとも、祖先から家業としているならまだしも、親父が居酒屋を稼業としている、と云う程度で遺伝的に酒類アルコールに強くなる、なんて訳が無い。抑々そもそも、代々造り酒屋、と云う家系が全員酒に強いか、と云えば恐らくそんな訳は無く、幾ら飲酒アルコールに対する許容量の多寡たかは遺伝に因る所が多いからと云って、職業と体質は基本的に関連する事は無い筈である。

「あぁ、駄目だな……」

 矢張り、思考の精度が鈍っている。まぁ、ひょっとすれば己の思考力と云うのは元来此の程度であり、本来ならもっと高次の思索が可能である、と思っている事自体が全くの買い被りであり、酔客すいかくの思い上がりであるのかも知れないが。

「ハハハ……」

 再び、夜空に向けて笑ってみる。通年雪が降らない地域まちでは、もうそろそろ北日本で初雪のしらせが届くはずの頃であっても、吐いた息が白む事すら無い。

 ふと、ジーンズの右ポケットから携帯電話を取り出す。二つ折りパカパカ式だが、基本ソフトにはAndroidアンドロイドが用いられている。所謂いわゆる「ガラホ」と云う奴だ。機種変更してみて分かった事だが、従来型携帯ガラケー高機能端末スマートフォンあいの子である此奴コイツは、ガラケーが長年築き上げてきた伝統的な機能を完全には引き継いでおらず、一方でAndroidならではのアプリ等は自由に取り込むインストールする事は出来ない。其れ等は購入前から承知の上ではあったのだが、何よりタッチパネル操作前提で作り込まれているオペレーティングシステムLINEラインをテンキーと方向キーのみで操るのは相当に無理がある。一応、物理キー部を疑似的にタッチパネルとして使える機能もあるのだが、いずれにせよ使い勝手に劣る事には変わりない。ガラケーからスマホへの架け橋と為るべく開発されたので、「此れで不便さを感じる様ならどうぞスマホへ移行して下さい」と云う意味合いメッセージすら含まれているのではないか、と勘繰ってしまう程度には難が有る。国内メーカーの開発力をもってすれば、もっとかゆい所に手が届く様な機種が造れる筈であるが、其処迄の費用対効果が見込めず御座成りな開発に終わってしまったか、将又はたまた携帯会社キャリアが「其処迄の完成度は要らないですよ」と注文オーダーを出したのかは定かではないが、利点総いいトコ取りを目指した挙句、双方に敵わず中途半端に為ってしまった感が否めない。

 此の、何方どっち付かずの宙ぶらりん感は、正に現状いまの俺だ、と佑平は思う。

 一旦歩みを止めて携帯を開く。1件のメールが受信されていた。差出人は父親だ。

<3万円貸してくれる>

 佑平は其の1行、全角かなでわずか9文字を一瞥いちべつすると、電源キーを押下し待ち受け画面にして携帯を畳む。返信はしない。

 溜め息が漏れた。此処1年程、此の様に父親からメールが定期的に届く。大抵は月に一度だが、期間スパンが短くなった事も数回有る。

 父親の自営の居酒屋は、繁華街から離れた、どちらかと云うと住宅街に位置し、余程の固定客を掴んでいなければ苦しい立地だ。通りすがりの一見いちげん客で商売が回る様な環境ではない。

 好景気を声高に叫ぶ与党の政治家共の言葉は、庶民層には一切響いていない。あのバブル景気の崩壊後、失われた10年と云われた世紀末の大不況から未だ地続きで底冷えが続いている気がするのが、我々中下流層の偽らざる実感ではなかろうか。統計データを見れば確かに、景気は右肩上がりかも知れない。だがどうも、数字の動向うごきと庶民の体感がかいしている様に思える。数字だけが上滑りしている感が否めないのだ。

 技術面テクノロジーは進化した。生活くらしは、間違い無く便利になっている。便利さは豊かさを肌感覚で肩代わりして呉れるかも知れないが、2つは本来、異なるものだ。便利になった事で、まやかしを見抜けなくなってはいないか? 其の便利さを一皮いだら、凄絶な現代の暗部が見えてきやしないか?

 大いに話は逸れたが、そんな底知れぬ不安、先の見通せない暮らしの続く中で、立地に恵まれず古臭い居酒屋が儲かる筈が無い。佑平は具体的な収支を見聞きした事も無いし、其処迄介入する気も無いが、毎月の様に息子から借入せざるを得ない程度には困窮しているのだろう。ちなみに此の「貸して」と云うのは、幼少期に正月の臨時収入おとしだまを親に預けた場合の、定番の笑い話と同様に、恐らく返還される事は無いのだろう、と佑平は確信している。

 そして、底知れぬ不安、先の見通せない暮らしの続く現代社会の中で、佑平の給料もまた、上がる筈が無かった。手取り15万強の中から、家に入れる分として母に2万円、そして父の回転資金で3万円。実家住まいの者が家に入れる額の平均値は知らない。ひょっとしたら家に入れる額は少ない方かも知れない。だが、偶に佑平は、自分が何の為に齷齪あくせく働き、賃金を得ているのか、分からなくなるのだった。

息子ガキに金借りる位なら遊技場パチ通い辞めろよ」

 只管ひたすら歩きながら、呟く。此の程度の愚痴は許して欲しい。

 もやもやとした、思考と呼ぶには取り留めの無さすぎるものをねくり回す内、自宅に到着した。高度経済成長末期かられ此れ50年近く此の地に在り続ける鉄筋コンクリート造の団地は、数年前に施工された再塗装リペアのお陰で、其の築年数を感じさせない。とは云え、何故こんな、悪目立ちする肌色ペイルオレンジで塗ったのか、と佑平はいぶかっている。

「ただいま」

 24時近い事も考慮し、静かにドアの開閉をし、申し訳程度に声を出す。居室リビングの電灯が点いているのが、三和土たたきからもうかがえる。

「お……帰、り」

 たった4文字を噛んだのは、リビングのくたびれたソファに鎮座する母親である。

「今日は……大丈夫、だった? 酔っ払って、ない?」

 時折、言葉が詰まる。慣れたものだが、偶にもどかしく思う。そして其れは、時に複雑な心情とあいって、さいな苛立ちに為り表出する。湧き上がる苛つきを抑え乍ら、佑平はぶっきらぼうに答える。

「……平気だよ。今日は自制セーブしたから。少なくとも吐き散らす事には為らないよ、今日は」

「そう……。あ、これ……綺麗にか……書、き直して202号室ニイマルニのドアのぽ……ポストにいれ……入れてきて」

 佑平は母親から一枚のメモ用紙を受け取った。下部に生命保険会社のロゴタイプが印字された、新書判の半分程度のメモには、文字の大きさもまばらな蚯蚓みみず書きがぬたくられている。横書きの列がガタついているのは、罫線が印刷されていない事も影響しているのだろう。佑平は外国人が見様見真似で写生した様な文字を見て、心の中で溜め息を吐いた。

「分かった。清書しとくよ」

「あ、別にあし……明日で良いから」

「はいはい」

 玄関の直ぐ横の自室に入り、佑平は今度こそ実際に溜め息を吐いた。かつて――5、6年前は、母の筆跡は此処迄乱れてはいなかった。れつだって数年前迄はしっかりしていて、年々日に日に悪化していっている。

 佑平の母親は、指定難病である脊髄せきずい小脳変性症をかんしている。遺伝性の強い病で、母方の祖母もかかっていたそうだ。佑平が物心付く頃には、既に祖母は寝たきりで話す事も出来なかったので、冷血ドライな言い方をすると、大して思い入れは無い。

 佑平の記憶では、母は車の運転が巧く、あらゆる知識が豊富で、自慢と迄はいかないが少なくとも尊敬に値する母親だった。2年程前、家族所有車ファミリーカーである薄紫ラベンダー色のDY型マツダ・デミオを運転する自信が無くなった、と言って自ら運転するのを辞めた。佑平が小学校に上がる頃に、父がバブル景気の余勢に乗って購入した、3人家族にはどう考えても不釣り合いな8人乗りのマツダ・ボンゴフレンディを手足の様に操る往年あのころの母は、もう居ない。テレビのクイズ番組を観つつ呟く答えがことごとく正解していて、手紙の送り先が個人の場合は「様」を、団体等の場合は「御中」を宛名に付けなさい、と教えて呉れた母も、誰にでも愛想良く応対し、資格を取得してデイサービスセンターに勤務し、其の後は区役所で要介護者の認定を行っていた母も、もう居ない。

 端的に言って、切ないのである。根本的な治療法の存在しない難病が日に日に母を衰えさせていくのをただ傍観するしかないのは、名状し難い感情を生ずる。徐々に自律歩行が困難に為っていく母を見ているのは、時折心に来るものが有る。

 其の上、更に悩ましいのが、佑平の母曰く“佑平が発症するかは半々”である事だ。主には遺伝性である此の病は、其の部分の遺伝子を母方から継ぐのか父方から継ぐのかに因って発症するか否かが決まる、と云う。飽く迄、専門的学術的な見地からの解釈ではないので可成りざっくりとした説明であるが、佑平は此の説明が何と無く腑に落ちていた。

 今現在、佑平に大した自覚症状は無い。だが、職場で何も無いのにつまづく度、家で態勢バランスを崩す度に、自分も因子を引き継いでいるのではないか、と云うそこはかとない恐怖に襲われる。現実として、10年後どうなっているのかが想像出来ないのだ。ついでに云えば、難病を子に引き継がせてしまうかも知れない、と云う懸念から、おちおち結婚も出来ない。

 ……まぁ此れは、単に佑平に相手が居ないだけでもあるのだが。

 一応、出費はかさむが、血液検査等に因って確定診断は可能らしいのだが、佑平は気が進まず、また母も積極的にすすめては来ないので有耶無耶にしている。佑平としては、母が罹っている、そして自分が罹る可能性のある病気の事から逃避していたい、と云う気持ちと、母を悲しませたくない、と云う気持ちから其れを避けている。

 万一、佑平が罹患していたとすれば、其れは母親からもたらされた、と云う事実が確定的に為ってしまう。其れに因り母に自責の念が芽生えてしまう事を、佑平は憂慮しているのだ。

「……はぁっ」

 酒臭い息を吐き、佑平はメモ紙を机上のノートPCの上に置いた。矢張り、年々酒類アルコールへの耐性が減衰している様だ。早く眠ってしまえ、寝れば全てが回復リセットされる。生来、佑平は悩み事が有っても寝て起きれば気分が楽に為っている性分タイプの人間だった。料理の油分と副流煙の臭いが染み付いた衣服を全て脱ぎ捨て、洗濯済みの下着パンツとTシャツを箪笥たんすから引っ張り出して、よろけ乍らも身に着ける。

 佑平は二段ベッドの上部分に上がり、ゴロンと横になる。佑平は一人っ子なので、二段ベッドとは云うものの下段部に寝台は組まれておらず、荷物置き場スペースと為っている。

 上段に敷いた、万年床と化した煎餅せんべい布団に横たわった佑平は、まるで背中から精気を吸収されていくかの様な感覚を味わいつつ、辛うじて天吊りの環形蛍光管を消灯し、眠りに落ちた。


 通信機能を喪失し、骨抜きと為ったSIMカードが残された、もう使わなくなった携帯電話ガラケーが鳴動した。佑平は耳元で鳴くT004を、クリアキーの長押しで黙らせる。通信の出来ない端末は、斯うして目覚まし時計として余生を送らせる位しか活用法が無い。都市鉱山の問題も有るのだから、資源回収リサイクルに出せば良いじゃないか、との意見もあろうが、唯物論だけじゃ語れないものが世の中には在る、との持論を掲げる佑平は、数年もの間手元に置き馴染みきって、外装交換に出した事で綺麗な外見を保っている愛機を、あっさり解体処理スクラップに回す事を躊躇ためらっている。

 時刻は午前10時前、日曜は此の位に起床するのが佑平の中では定番と化している。父母は家庭で用いる一週間分の食材と、父の居酒屋で使用する業務用の洗剤や大容量の調味料等の仕入れの為、10時頃に家を出る。子供の頃むかしは買い出しにいていったものだが、今は家で自由に過ごすに限る。最近は一層身体が思う様に動かせない母親の家事の負担を少しでも軽減させよう、と買い出しの序でにコインランドリーで洗濯をするのも定番と為った。寝間着パジャマ代わりだったTシャツを急ぎ脱いで、家を出ようとしていた父が持つプラスティック製の洗濯かごに放り投げる。

「ナイッシュー、裸んさん」

 父親が上半身裸でパンツ一丁の佑平に笑い掛ける。背後からは母親がたしなめた。

「そ……んな、は……半裸でげ……玄関に出ちゃ、恥ずかしい……でしょ」

 佑平は母親の喋りに、遣り場の無い苛立ちを覚え乍ら、「行ってらっしゃい」とだけ呟き、部屋に戻った。

 子供の頃から学習机として用いている、無機質な事務机の灰色グレーの天板に置かれた、東芝製のノートPCの上に放られたメモ用紙を手に取る。文面を一瞥し、溜め息を吐く。

「遣るか……」

 大した意味を持たない独り言を口にして、無音の部屋のにぎやかしに、テレビのリモコンを手にし、電源を入れる。肉体改造に勤しみ、染めた金髪と併せてキャラクターイメージの更新に成功した芸人が時事問題ネタにコメントをしている。同時間帯に犬猿の仲共演NGと噂される、時事漫才を得意とする別の芸人を起用した裏番組が編成されている事に思いを馳せつつ椅子に座り、四畳半の狭苦しい部屋には不釣り合いな32インチの東芝レグザを眺める。佑平は高校時代に東芝製の携帯電話を愛用して以来、東芝の製品を好意的に思っている。

 トークバラエティ番組に耳を傾けつつ、別のメモ用紙に文章を修正しつつ清書する。

「……出来た」

 再び独り言を呟いて、佑平は0.5ミリのボールペンをいた。テレビは点けた儘、一旦階段を下りて同じたてやの別の階段口から202号室の玄関扉の新聞受けに直接投げ入れる。此の団地には階段口にステンレス製の郵便受けが各分用意されているが、其方そちらに入れてしまうと住人が度忘れした場合、長期間目に触れられない可能性が有る。だから出来れば玄関に投函しておいて呉れ、と母親に言われていた。責務を果たした佑平は、3分弱で液晶テレビが受像しっ放しの自室へ帰還した。

さて、と……」

 佑平は椅子に腰を下ろし、一息吐くと、机上の東芝ダイナブックを開き、起動させた。此のPCには、本来ウィンドウズ7がプリインストールされていたが、無償アップグレード期間中にウィンドウズ10へ更新している。其のしわ寄せで、タッチパッドの無効と有効を切り替えられるボタンが機能しなくなる、などの弊害が出ている上に、此処最近は経年劣化も後押しして、起動時間が伸びている。疾うに買い替え時期は訪れているのだろう。

 暫くテレビを観ている内に、ダイナブックのデスクトップ画面上の矢印マウスポインタに同伴していた円環サーキュラーインジケータが消え失せたので、佑平は早速SDカードのアイコンをダブルクリックし、エクスプローラーを展開させた。幾つも並ぶフォルダの中から特定のものに矢印を合わせ、更に展開させる。やがて現れたのは、ワードの文字列だった。

 佑平は、小説家を志している。小説や種々の原作をあらわして、飯を喰っていきたい。そう思っている。だが、此処暫く佑平の手は止まっていた。

 自慢ではないが、構想アイディアは無尽蔵に湧いてくる。書きたい、創りたい、と思うネタは常日頃思い浮かび、留まる事を知らない。だが然し、其れ等を文章として形にする作業が追い付かない。自分の脳内で構築した話を、他者に伝達出来る体裁フォーマット出力アウトプットするのに、佑平の場合豪く時間を喰っていた。

 アイディアと云うものは、のうから文字列等の形式で実体化した其の瞬間から酸化しだす。頭の中で考えている間は「此れは滅茶苦茶面白いぞ!」と思ったものでも、いざ文章として可視化された途端、錆び付き劣化し始めるのだ。佑平の場合、文字に起こすのに人一倍時間が掛かるので、陳腐化し傷み果てた代物と対峙する期間も長い。嘗て脳内で光り輝いていたアイディアが、腐りきった小説まがいの文字列として液晶画面上に表示される。此の厳然たる事実は、佑平の作業を滞らせ、意欲を削ぐのに抜群の効果を誇っていた。

 ワイドショー的な番組が終わり、輝きに満ちた未来を嘱望される若きアスリートを紹介する番組と、大阪の地方ローカル局が巨大宗教団体の発行する新聞の提供スポンサードを受けて制作する5分番組も終わり、東京のキー局からの全国ニュースと地元局が流すローカルニュースが10分間に構成された報道番組をも観終える。

「……あー、何遣ってんだろ、俺」

 疾っくに節電スリープモードに入り、通電していない真っ暗な光沢グレア液晶に反射した自分の顔を眺めつつ、佑平は呟く。生きる活力も、夢も希望も何も無い様な眼をした、佑平の理想とは真逆の人物が、其処に居た。

「……こんなん、駄目だろ……」

 独りごち、散らかった学習机の右半分からウォークマンを探り出し、前面の適当な釦を押下する。暫く「データベース作成中」と銘打たれた画面を眺め、メイン画面の項目選択カーソルが示している「ミュージック」のフォルダの中の「ブックマーク」を選択し、「ブックマーク 5」にカーソルを合わせ、再生と一時停止を兼ねた中央センターの釦を押し、其の中から一曲を選び再生させる。佑平が最も気に入っており、生まれて初めてライヴを観賞しに行ったバンドの曲だ。

「……よし」

 ダイナブックに向かい、佑平は執筆を始めた。ウォークマンは聴覚を外界から遮断させる程度の効果しか生んでおらず、自らに鞭打つ為の切っ掛けトリガーにしか過ぎない。だが其の曲の歌詞は、自身の心を後押しして呉れている、と佑平に錯覚させるに足るものだった。

                                 〔続く〕

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