兎と恋愛始めました②

 あれから真島まじまの質問攻めにテンパったのかビールを煽り続けた芹沢せりざわは、見事に酔い潰れた。

 これまでだったら自宅に連れ帰るなんて事はまずないし、酔って纏わり付かれたら振り払ってでも帰って来た。

 でも目の届く所に置いておきたいと思う程度には、勝木かつきも芹沢に溺れている。


「ほら、眠兎。着いたぞ」

「寝ます……寝る……寝るぅ!」

「分かった分かった、寝ような」

「ヤダ……」

「あぁ?」

「する」

「……あのなぁ、お前足腰たたねぇ程飲んでって……脱ぐなっ!」


 足腰が立たないせいで床に座り込んだまま上着を脱ぎ去り、覚束ない手でジーンズを脱ごうと足掻いている。

 これまで、自分から脱ぐなんて事一度も無かった故に勝木の方が呆気に取られて酒の力ってすげぇもんだな、と呆然とその様を見ていた。


「んー……ぬげなぃ……」

「はいはい、脱がしてやるから、大人しく寝ろ」

「イヤだぁ……シて、シて、深夜……さん」


 首筋に縋り付いて甘く齧りついて来る。

 喉仏をベロッと舐められて、何処でそんな事覚えたんだか、と無性に腹が立って来た勝木は盛りそうになる自分と戦いつつ、一回大きく息を吐いた。


「甘えたかよ、っとに……」

「する?」


 耳朶を甘噛みされて、吐息の混じる芹沢の声は勝木の忍耐力を試している様にさえ感じられる。


「しない」

「イヤだぁ……」

「暴れんな、落っこちるぞ」


 成人男子を姫抱きする日が来るとは。

 勝木深夜かつきしんや、二十八歳。人生いろいろ過ぎる。


 寝室のダブルベッドに芹沢を降ろしたが、首に縋り付いたままの芹沢は諦める気はなさそうだった。


「眠兎、明日休みだし一回寝ろ」

「したくないの?」

「ちげーけど、今揺すったら気分悪くなるかもだろ」

「へーきだよ……触って、深夜さん」


 大人でいさせろよ、このヤロウ。

 内心そんな葛藤を呟いた勝木は、挿れなきゃいいか、と芹沢のジーンズに手を掛け脱がした。

 衣擦れだけでもビクリと慄える芹沢は、酒のせいもあって身体が火照ってひとみも潤んでいる。

 これでれずに済ませろって方が拷問だな、と勝木は己に苦行を課す気分で芹沢の唇を食んだ。

 珍しく酒の匂いのする熱の高い口内は、妙な興奮を誘う。

 必死に応える芹沢の口の端から漏れる甘い声に、勝木の自制心はジワジワと溶け出して行く様だった。


「今日は此処まで」

「ん……痛い……」

「……」


 下着の下で硬く腫れ上がったそれを押し付ける様に腰を寄せる芹沢に、勝木は初めて芹沢に触れた時の事を思い出した。

 自分が芹沢に対して少し執着している事に気付いて、本社に呼ばれた前日、グズグズに泣いたこの男を一人で帰す訳には行かないと思ってしまった。

 一人で帰せば、他の男に慰みを求めてまたホテルにでも行くんじゃないかと思ったら、自宅に連れ帰るしかなかった。

 触れてみたらハッキリするんじゃないかと思った勝木は、触れる前は半信半疑だったものが明確になって、自分から試した癖に焦燥感から背を向けてしまった。


 勃ってんじゃねぇよ、俺――――。


 二年と少し前、店長の大神が店頭を抜ける事が増えると言うので、裏で作業要員と言う形で雇ったのがこの芹沢だったのだが、大学の友達が付き合いで靴下やTシャツを買って帰ったり、何繋がりか分からない男がスーツを買いに来たりする事で、少しづつ店頭に出る様になって行った。


 作業は卒なく熟すし、何より要領が良い。

 ともすれば飲み込みの悪い真島より器用かも知れない。

 やれと言われた事はきちんと熟すし、喋りも下手では無いけれど、勝木は芹沢から意欲とか向上心なんてものを感じる事が一度も無かった故に、それ以上の距離を詰めようとは思わなかった。

 及第点はとっても、満点は目指さない。

 勝木から見た芹沢はそんな感じだった。今時の大学生ってヤツだろうと、視界の隅にギリギリ入っている様な存在だった。

 所詮はバイト。そもそも勝木に懐いてこない芹沢を可愛いなどと思う事も無い。

 芹沢は分かりやすく大神に懐いていたし、喋りやすい真島といる時が一番笑っていた。


「お前、いつから俺の事好きなんだよ」


 熱を持った芹沢のものを撫でる。

 鈴口を弄るだけで溢れて来る蜜のせいで掌の滑りが良くなり、芹沢の背が何度も仰け反った。


「すげぇ出てるけど……そんな気持ち良い?」

「んっ……イィ……」


 絞り出されて少し裏返る時の芹沢の声が勝木は好きだった。

 ゆるゆる、じわじわ、蕩ける芹沢を見ているのは悪くない。

 段階を追う様に荒くなって良く吐息の中に漏れる芹沢の嬌声は、静寂しじまの熱をジワリと上げて行く。

 セックスには慣れている様でも、酒の力を借りなければ自分から服を脱ぐ事も出来ない。

 艶めかしい顔をしていても、目を合わせるとフイッと逸らされる。

 純情なんだか、慣れているんだか、そんなアンバランスな芹沢を弄る事で勝木の嗜虐心と性欲は掻き立てられ、いつも自制しなければと思っているのに無駄な算段に終わるのだ。


「目、逸らしてんじゃねぇよ」

「や……握らないでっ……」

「イク手前の感じ、気持ち良いだろ。中弄ってやるから、良い声で鳴け」

「ひぁっ……」


 翻弄されて、困惑しながら、酔い痴れて行く芹沢を見ながら勝木は満足気に口角を上げる。

 淫靡な水音に呼応する様に芹沢の声は甘さを増していった。


「深夜……さん……もっと、好きに……なって」

「……?」

「俺の事……もっと……」


 イク時にエロい声聞かせてくれる子。

 勝木は自分が言った事をふと思い出して、その言葉を真に受けて普段なら自分から誘ったりしない芹沢がこんな事をしているのだと気付かされる。

 ガツガツ来られるとウザくなって、気分じゃない時に誘われれば面倒になって、まして酔った相手を介抱するなんて事すら無かった勝木は、もう十分に芹沢に色々持って行かれていると言うのに、芹沢はまだもっと、と強請って来る。


「ふはっ……お前、俺をどうしたいの」


 自分の熱を宛がって押し込んだ勝木は、一時の間、内壁から沁みて来る熱を味わった。いざなわれる様に波を打つ肉感に、競り上がって来る快感をグッと堪えて腰を引いて、またゆっくりと埋める。

 ゆっくり、ゆっくり、芹沢の声を聞きわけながらその白い肢体を愛おしげに眺めた。


 大神が言っていた言葉が過る。


「嫌だなって思ってた事があの人相手だと嫌じゃ無かったりするんだよな。それは自分でもちょっと意外だ」


 恋は盲目とはよく言ったもんだよな、と勝木は眉尻を下げて笑う。

 甘え下手な年下の恋人は息絶え絶えになりながらも、従順に絶頂を我慢して悶えている。

 苦しくなって最後はいつも泣いている芹沢に、勝木は生まれて此の方吐いた事のない甘い科白を囁いた。


 ――愛してる。

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