兎と恋愛始めました①

 西日本弾丸ツアーから帰って来た翌日、どうしても店頭に出なければならなかった勝木かつきは、重い身体を引き摺って昼から出勤していた。

 流石に夕方になると疲労が絶望的で、また滋養強壮剤を一気飲みしてバックヤードで項垂れている所に、バイトの芹沢せりざわが入って来た。


 「大丈夫ですか?」と聞かれて虫の居所の悪い勝木は「あ?」と感じの悪い返しをしてしまい、ハッと我に返って芹沢を呼び止める。

 激務に加えて別れた女の鬼電とジュリエットメールにほとほとメンタルが疲弊していて、留守中店頭で頑張っていたこいつらに八つ当たりするのは筋が違うと思い直して頑張ってくれた事を褒めた。


 のに、芹沢は逆ギレしてきやがる。

 確かに弾丸ツアーに行く数日前に親が経営しているラブホテルに呼び出されて出向いた時、この芹沢が男と出てくる所を目撃していた。

 ぶっちゃけ「何でお前がここにいんだよ!?」と言う驚きで、顔が引き攣った。

 親がラブホテル経営している事は大神にしか教えてない。別に知られてもどうって事はないが、出来れば知られたくはないと思っていたのだ。

 なので勝木は翌日店で顔を合わせた時も気付かない振りをしていたし、弾丸ツアーで忙殺されている間にすっかり忘れていた。


「あんな軽蔑した目で見てた癖に――」


 芹沢のその科白に勝木はプッツリと糸が切れた。

 その程度の事で軽蔑する様な狭量な男だと思われていたと言う怒りが一番大きかったかもしれない。

 勝木は八つも年下の芹沢を壁際に追い込んで凄んでしまった事に、芹沢がバックヤードを出て三秒後には後悔していた。


「余裕が無さ過ぎるだろ……」


 ちゃんと話をしなければ、と芹沢をラブホに連れ込んで同じ土俵で話をしたつもりだったのに、当の本人はキョトンとしていた。

 この数か月後に、この芹沢と付き合う事になろうとは勝木自身知る由も無かった。


「月予算達成したし、今日は飯でも食いに行くか」

「勝木チーフ、驕りっすか? 焼肉が良いです!」

「真島、お前は遠慮と言うものを知れ」

「驕りで食べて一番旨いのは焼肉ですよ?」

「眠兎は? 焼肉で良いのか? 何か食いたいもの、ないのか?」

「え、あ、はい。俺は何でも……」


 勝木は男と付き合う事自体が初めてではあったが、今までにない執着をこの芹沢に感じている自覚はある。

 芹沢は元々奔放に遊んでいた割には恋愛に慣れて無い。

 その癖どうでも良い相手はサラッと躱すくらい要領が良い。

 そのアンバランスなギャップが勝木を引きつけていた。

 我を見失う程テンパる姿は、可愛いとしか言いようがないのだ。


「んじゃ、お疲れ」

「お疲れーっす!! ほら、眠兎! お疲れっ」

「お、お疲れ様です」


 ビールが零れる程ジョッキを突き合わせて真島は一人浮かれている。

 陽気でウザい位明るい真島と人当りの良さそうな芹沢は歳も近くて良く絡んでいる様だったが、三人で飯なんてあまりなかったので、勝木にとっては新鮮でもあった。


「そう言えば勝木チーフ、彼女とデートじゃ無くて良かったんですか?」

「は?」

「彼女、あんまりホッといたらフラれちゃいますよぉ?」

「そうだな」


 その、目の前にいるんだが。


「お、そうだ、眠兎。お前はどうなのよ? 彼女、いんの?」

「え!? 何で、俺っ!?」

「お前秘密主義だし、こう言う機会じゃないとなかなか聞けないじゃん。で? どうなのよ?」

「いますけど……」

「げ、マジか。ここ一人もん俺だけじゃん……」


 つか寧ろ、カップルにお前の構図だけどな。


「どんな子? ってか、眠兎ってどんな女の子が好みなんよ?」

「どんなって……好きになった人が好きな人ですよ」

「何それ、モテ男の常套句みてぇな事言いやがって! お前だっておっぱい大きい子とか大好きなくせにぃ」

「えー……、真島さんビール一口で酔わないで下さいよ。めんどい……」

「めんどいって酷いな、先輩に向かって!」

「真島さんはおっぱい大きい子が好きなんですか?」


 ほら、こうやって話を上手く誘導して自分の事は喋らない。

 勝木は二人の会話を聞きながら、慣れてんだか慣れて無いんだか、と苦笑する。


「だってさ、やーらけーじゃん。あれが女の子の醍醐味って感じじゃん!」

「手付きが怪しいっすよ! 真島さん。ここ公衆の面前ですからね!」

「勝木チーフは? どんな人がタイプっすか?」

「あぁ? 俺か?」


 勝木が芹沢にチラリと目線をやると、フイッと逸らされる。

 頬が赤いのは、ビールのせいか、この居た堪れない空気のせいなのか。

 

「俺は……そうだなぁ……」

「すっげぇ美人と付き合ってそうだよなぁ? 眠兎。だって、勝木チーフかっけぇもんなぁ」

「そ……そっすね……」


 あらー、そこは青くなっちゃうんだ。

 勝木は多分内心一人でいっぱいいっぱいになっているのに平常心を装おうと必死な可愛い恋人にフッと笑いが零れた。


「俺はそうだな。声、かな」

「声、すか?」

「イク時にエロい声聞かせてくれる子」

「ブッ!」

「眠兎、大丈夫か? ビール、零れてんぞ」


 芹沢にニヤリと視線を送ると、ギッと睨まれて勝木は笑いをこらえるのに必死だった。


「ちょ、すいません……ちょっと俺、オシボリ貰って来ます!」

「ぎゃははっ、眠兎のヤツ、動揺し過ぎだっつの! わーでも、やらしぃんだからチーフ、やらしぃ!!」

「意識すっ飛ばして、本能で喘いでる声ってエロいじゃん」

「ぎゃー! 大人の時間だー!」

「真島、お前はガキか。うるせぇよ」


 あー、帰ったら咽喉枯れるまで喘がせてぇ。

 でも、今日は帰ったらちょっとむくれてんだろうな。


「チーフ、ニヤニヤしちゃって……スケベなんだからぁ」

「真島、お前に言われたくねぇよ」

「も、戻りました……」

「おっかえりぃ! なぁなぁ、眠兎。お前は彼女のどこが好きなんよ?」

「その話まだ続いてんすか……」

「今日は洗い浚い吐かせるぞ!」

「何の使命感……」

「いいじゃんかぁ! 教えろよぉ」

「全部好きですよ。髪の先から足の爪の先まで」

「ブッ!」

「チーフ? どうしました?」

「あ? いや……何でもねぇよ」

「勝木さん、はい、オシボリ」


 真顔かよ。くそ、やられた。


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