おかえりにむかって

さらみ

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電柱と電柱と高架の隙間から一発だけ花火を見た。それ以降は、何度南の方角を向いても、花火が見える事はなかった。お尻に突き刺さる音の視線を感じながら、北へ向かって歩く。その間にも花火の音は鳴り止まなくて、でも何度振り向いても花火の姿を見る事はなくて。だから、頭の中で1回目に見た一発だけの花火よりももっときれいな花火を想像しながら、少しだけスキップしつつ家に帰る。

そんな、花火とか、空で何かが行われているときに限って、人目につかない月とか星とかがいつもよりもきれいに輝いていたりする。他の人は気づいていないだろうそれを、私だけが独り占めしているような気持ちになって、私だけは見てるよと言う気持ちになって、また、ちょっとだけスキップの高さが高くなる。

月の模様を、ウサギが餅つきをしていると例えた人は、なんて素敵な考えの人だろうと思う。他の国で言うところの、女の人の横顔とか、カニの姿に見えるとかじゃなくて、月にウサギが住んでいて、そこで餅つきをしているなんて、素敵じゃない。クレーターを臼にして餅をつくのかな。『月ノ石入リ御免!』とか書いてあるのかな。身近で遠いファンタジーが、毎夜ぽっかり浮かぶ国。いい国に生まれたものだ、なんてのは飛躍しすぎだな。

パン、パパパン。四発の号砲が鳴る。花火を間近で見ていた人たちはきっと、銘々家路につくのだろ。その背中は、何処と無く寂しそうで、物足らなそうで、隣の恋人とか友達に「綺麗だったよね。」って、わざわざ確認するんだ。言葉にしないと安心できないんだな。

わたしなら絶対こうする。

花火を見終えたら、しばらくそのまま動かないで、じっと河原に座り込む。人気もまばらになった頃、たまりかねた連れが「帰ろうか?」って訊いてきたら、『あとちょっと。』って目を見て言う。アイ・コンタクトで、わたしが絶賛上映中の花火大会グランドフィナーレだけ見してあげる。最後はシンプルに、しだれ花火で幕にして「帰ろうか。」『うん。』で終わり。

とっても素敵だと思わない?わたしはこれ大好き。花火見るたびこのお話が頭をよぎるんだけど、実現したことないのは内緒。

もう家に着く。小石を蹴ったら排水溝に落ちた。ぽちゃん、を皮切りに雨が降り始める。少し駆け足の10秒後には家について、どっかの隙間から晩御飯のにおい。好物の予感と歩き疲れた足を引き連れて、玄関を閉める。微笑がドアに当たって落ちた。

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おかえりにむかって さらみ @7039yuyu

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