7
「先生、こっちー」
「はいはい」
土曜日の午後。成子の家に来るのは変わらなかったが、子供の数が三倍に増えていた。噂を聞いた人が、「私もできればお願いしていいですか」と言ってきたのだ。まあ何とかなると思ったけれど、想像以上に大変だった。子供同士の対局はすぐ終わってしまうし、教え始めても集中力が持たなくて別のことをしたがるし、将棋以前に普通に目を行き届かせるだけで大変だ。
逆に言えば、いっそちゃんとした将棋教室を開いた方がいいのかもしれない。このまま生徒が増えていくと場所的な問題もあるし、ボランティアでやる域を超えてしまう。
ただ、楽しい。僕自身はもう上達とかは諦めていて、勝負に熱意を見出すことはできない。けれども子供たちに教えなきゃ、と思うと気合が入る。強い人に勝つためではなく、他人を強くするために頑張る。そんな将棋とのかかわり方は、初めて知ることができた。
「ね、パ……」
「ん?」
冷蔵庫に飲み物を取りに行っていた敬太君が、戻ってくるなり何かを言いかけてやめた。
「お兄ちゃん」
「どした」
「ケーキあった!」
「ああ、あれは三時になったら食べような」
「わかった」
どこかで……どこかで感じ取っているのかもしれない。いつかはちゃんと向き合わないといけないことだ。けれども今は先生と生徒、そして将棋を楽しむ「仲間」だ。
先日のトロフィーは、テレビの横に飾られている。敬太君は時折そちらを見て、何事かつぶやいている。彼にとって、とても大切なものなのだろう。それは、夢を実現させるための第一歩、現実化した夢の欠片なのだ。
「あのさ……あとわからないことがあるんだ」
「えっと、どこかな」
「お兄ちゃんは、ママのこと好きなの?」
突然の質問に、僕は全ての動きを止めてしまった。自分でもよくわからないのだ。敬太君はずっと僕の目を覗きこんでいる。
「お兄ちゃんはね、敬太君のママのこと……」
そっと耳に口を近づけて、小さな声で言った。答えは、二人だけの秘密だ。ただはっきりしていることは、成子がいなければ敬太君はいなかったし、敬太君がいなければ僕は再び将棋を楽しむことはなかった。だから僕は、成子に感謝している。
指し直し局は始まったばかりだ。どんな戦型になるのかもよくわからない。
「うーん、ケーキ、食べちゃおっか」
三人の子供たちが一斉に笑顔になる。とりあえず、序盤の感触はすごくいい。このまま幸せな対局を続けたいものだ。
ピース オブ ドリーム 清水らくは @shimizurakuha
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