接吻
篁 あれん
接吻
確かめる様に伏した瞼の隙間からこっちを見て、ゆっくりと距離を詰めて来る。
最初に一回、知らぬ間に濡らされた唇が触れるだけ。
合図の様なそれはいつも呼吸が止まってしまう。
十四歳の時の初めてのそれはそれだけで終わっていたのに、何度か重ねるとその続きがあって、ゆっくりと神経を占領して来る君を時々怖いと思う。
噤んだ口を開かせようと舐め溶かす君の舌が熱を帯びて、甘い蜜が滴る。
零れない様にと上を向かされるのは君の手の内で、柔かく唇を食んだ後は熱ごと押し入って来る。
舌先の感覚を誘われて、内壁をなぞられると腰から力が抜ける。
絶妙に舌先を尖らせて、まるで神経の在処をなぞる君は、大きな掌で項を下から掻き上げるのが癖で――。
十四歳の夏の入口で、バカな話をした事を思い出した。
「サクランボのさ、軸? あんじゃん。あれを口の中で結べたらキスが上手いって話あんじゃん?」
「……そうなの? てか、軸じゃなくて
「呼び方なんてどっちでも良いよ。どうでも良い事知ってる癖に、何でこんな有名な話知らないんだよ、お前は」
「あ、そう……」
あんじゃん? って言われても、そんな胡散臭い話聞いた事無い。
「んで、やってみたんだけど結構難しくてさ」
「……暇なの」
「ひでぇ……キス上手い方が、良くね?」
「上手いか下手かなんて良く分からない」
「うっそ……」
知るわけない。君以外とした事無いもの。
青い春なんて過ぎるまで何処にあるのか見つかりはしない。
思春期を使い果たした君との恋はキスで出来上がっている様なモノだった。
その先を知らない訳じゃないけれど、キスより先に進むには相当の覚悟が必要な気がして、それは生か死か、みたいな在りもしない無駄なスリルさえ感じていた。
「舌、出して」
遠慮がちに出した舌を唇で食んだ君は、美味しそうにそれを
相変わらず左手は項を下から掻き上げて、弱いと知っている耳の軟骨を無骨な親指で撫でながら腰に回された右手は逃がしてはくれないんだ。
変声期を迎えて男の声になった君に、知らない人になったみたいな恐怖を感じても逃げ出す事すら出来ない。
恋とは自分の意識とは違う所から来る猛獣の様な物だと、その頃思っていた。
貪られる、食われる、もうこのまま君の一部になれたら楽になれるのだろうかなんて刹那的な妄想すら過る。
「ふっ……気持ち良いね」
皮膚が自分のものじゃないみたいに騒ぐ、君の舌が口内を泳ぐ、背骨を遡る静電気と
この音をどこかで聞いた事があるな、なんて余計な事を考えていたら見透かされた様に一番弱い上顎を舐められて
体温が上がる――――。
君の唾液には痺れ薬でも混ざっているのか、と思う。
キスを重ねる度に脳神経を犯されて、バカになってるんじゃないかって本気で思った事がある事は君には話したことない。
だって、そんな事言ったら君はきっと自分に都合の良い様に解釈して調子に乗るから。
目頭から熱を帯びた雫が漏れ出ると、そんなに情緒不安定でも無いのだけれどと自分に言い訳したくなる。
自我を手放したくなくて必死なんですけど、君はそんな事お構いなしですから、これがきっとサクランボの果柄を口の中で結べる上手いキスなんだろう。
「肉を食ってる様子がエロいって話あんじゃん?」
大人しくテレビ見ていると思ったら、グルメ番組をつまらなさそうに見ていた君は唐突にまたそんなバカな事を言い出す。
「……そうなの?」
「え、結構聞く話じゃん。知らねぇの?」
「それ、どこ情報……」
「友達」
「……それで? それがどうかしたの?」
「確かに何かイヤらしい感じはするよなって思って」
「……ちょっと、良く分からないけど」
「野性的な色気って言うか……上手く言えねぇんだけど」
「あぁ……猫が猫缶食べてる時みたいな? 貪ってる感じはあるよね」
「猫缶って肉なの?」
「……そこはどうでも良い気がするけど」
十五年経っても相変わらず君がバカで安心するよ。
あぁ、でもそうか。
あの時の
「キスするときの音ってお肉食べてる時の音に似てるよね」
「……」
「え、何?」
「いや、初めて同意して貰えたな、と」
「そんな驚く事なの?」
「それってキスするとエロい気持ちになるって事でしょ」
ほら、そうやって自分に都合のいい解釈して勝手に納得するんだから。
迫って来る君に
接吻 篁 あれん @Allen-Takamura
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