最終話 桜の精と恋をします


「なんで、分かったの……?」

「女の勘ってやつかしら」

「えっ」


 十和の問いに答えた声音はやや堅い。

 ふざけて言っているわけではないと分かるが、念のため確認した。


「……男、だよね?」

「桜の精は基本的に女の子だから、その影響ね」

(なんでこのひとだけ男の人なんだろう……)


 綺麗な顔立ちは女性の格好をしても違和感はないだろう。

 ただ、女性がほとんどならば、どうして彼が男性となったのか疑問だが。

 すると、それまで唖然として言葉を失っていた一誠が漸く我に返った。


「なんでお前なんだよ! 妖だろ!?」

「あら。人間と妖の恋愛は認められているし、意外とあるのよ? それに、あなたの努力不足をアタシのせいにされても困るわ。あなたのほうが、彼女と一緒にいられる期間は長かったでしょう?」

「そ、れは……」


 桜の精は『地の縛り』がある妖だ。人間と想いを通わせなければその場から離れることはできない。

 だが、一誠は学校があればほとんど同じだ。

 十和が通ってくれたことも大きいが、一緒にいられる時間を利用せず、ただ遠くから眺めて満足していただけのクラスメイトに負ける気はしなかった。


「悔しかったら、振り向いてもらえるように努力しなさいな。最も……」


 一誠から隠すように、桜の精が十和の頭を抱え込む。幅の広い袖のせいで十和の姿はほとんど隠れてしまった。

 桜の精は妖しげに笑みを浮かべると、一誠を見て声を潜めて言う。


「他を見る余裕なんて、彼女に与える気はないけど」

「っ……!」

「あらあら。簡単に引き下がっちゃうのねぇ」


 悔しさと怒りが混ざった一誠の顔は、耳まで赤く染まっていた。だが、言い返す言葉が見つからなかったのか、慌ただしく走り去ってしまった。

 桜の精は、案外、呆気なく引かれてしまったことに小さく溜め息を吐く。

 しかし、桜の精に抱えられていた十和は彼の手によって耳を塞がれていたため、一誠に何を言ったのかうまく聞こえなかった。

 ただ、離されたことで開けた視界に一誠の姿がなく、何かがあったのは間違いない。


「な、何したの……」

「もう。他の男の心配なんてしなくていいのに」

「同じクラスなのに、明日からどんな顔して会えば――……え」


 会話をする機会がほとんどなかったとはいえ、同じ教室内にいるとなると気まずい雰囲気になる。

 それを心配しただけなのだが、桜の精へと視線を移せば、憂いたような顔で十和を見ていた。

 顔が整っているだけにドキリとしてしまった。


「大丈夫……?」

「……!」

「わっ。な、泣かないで」


 突然、眉間に皺が寄ったと思えば、目にじわりじわりと涙が溢れて泣き出してしまった。

 あまり見られたくはないのか、十和に背を向けた桜の精を宥めようと背中に手を添え顔を覗き込もうとすれば、片手で制された。


「ごめんなさい。あんなことを言ったけど、アタシも、本当にっ……良かったのかなって、思って……」

「…………」


 一誠には強気に出ていたように見えたが、彼も不安だったようだ。

 世間で認められているとはいえ、やはり、人と妖での差はいろいろと大きい。

 告白をされたときは嬉しさが勝っていたが、冷静になればなるほど、先を考えて本当に一緒にいてもいいものかと彼なりに悩んでいたようだ。


「でも、告白してくれたのは、すごく、嬉しくて……だから、なかったことにするのも、嫌なの……!」


 好きだからこそ、将来を考えて身を引いたほうがいいと思ったが、どう気持ちを整理しても諦めきれなかった。今朝、一誠が十和のことを好きなのだと察して、彼に任せればと思う反面、渡したくもなかったのだ。

 相反する想いで悩んでいたのかと思うと、十和も胸の奥が苦しくなる。

 ふと、テレビで見た妖と結ばれた人の話を思い出した。


(「姿形や価値観が違ったり、寿命が違うのは人間も同じ。大事なのは、互いを理解し合えるかどうか」……)


 桜の精と出会って、少しずつ惹かれていた矢先に聞いた言葉。

 あの話を聞いて、告白を考えるようになった。自分も、想いを告げていいのだと。

 これからどうなるかは未来予知ができない限りは分からない。

 だが、それでもいいのだと、告白をする前の十和は思っていた。まだまだ子供だと言われる高校生だが、生半可な覚悟で告白をしたわけではない。

 十和は桜の精の背中に当てていない左手で胸元を握り締めた。


 ――気持ちは、変わらない。


「“桜哉さくや”」

「っ!」


 呟く程度の小さな言葉だった。

 直後、十和と桜の精の左手の周りを無数の桜の花びらが包んだ。その中で桜色の光が発し、手の甲に焼けるような痛みが小さく走る。

 花びらは手の甲に吸い込まれていき、光も収まると、そこには小さな桜の模様があった。

 しばし呆然と手の甲を見ていた桜の精だったが、意味を理解すると驚いたように十和を見る。


「え。こ、これ……」

「……ごめん。本当は、確認を取りたかったんだけど……」

「ううん、そうじゃなくって。その……いいの? 今の、アタシに付けてくれた、っていうことで……」


 十和が小さく呟いたのは、桜の精に付けた名前だ。

 昨日の夜、桜の精と再会した兄が「木花咲耶姫このはなさくやひめの男版だ」などと冗談めいて言っていたのを聞き、ひっそりと、名前を付けるならこれだろうかと考えていた。

 ただ、これからも呼ぶ名前のため、付けるのは彼に聞いてからにしようと思ったのだ。

 また、桜の精――桜哉が慌てているのは、名前を付けるということに他にも大きな意味があるからだった。


「うん」

「だ、だって、名前を付けると、あなたが死ぬまで一緒になっちゃうのよ?」

「知ってる」


 妖の知識はほぼないが、妖との恋についての話はいくつか調べた。そして、名前を付けるということがどれほどの意味を成すかということもそのときに知った。

 名前が元からある妖の場合はまた別の方法があるが、名前がない妖は恋人が名前を付けることで婚姻を結ぶような形になる。また、妖に名前を呼ばれれば、それはより強固なものとなるのだと。

 桜哉が十和の名前を呼ばないのはそれを気にしてのことだ。

 苦笑する十和に、桜哉は難しい顔をして片手で口元を覆う。


「この先のことなんて、分からないよ。喧嘩もするかもしれないし、嫌になるときもあるかもしれない。でも、その時はその時かなって思ったの。……たった今」

「たった今」

「や、オネエの印象が大きくって……」


 先の不安よりも、それを受け入れられるかが十和の中では意外と大きかったのだ。

 そのため、性格のことさえ乗り越えれば、あとはどうにかなると思えた。


「重くてごめんね? でも――」


 桜哉の左手をそっと取る。手の甲の模様は同じだ。

 まだ目尻に涙が残る桜哉を見上げて、にっこりと微笑む。


「私の、最初で最後の恋を、貰ってくれますか?」

「……とんだ殺し文句ね」


 顔が熱い。

 見られたくない、という思いと愛おしさから、桜哉は十和を強く抱きしめた。


「絶対、離してなんかあげないんだからね。――十和」

「……ふふっ。お願いします」


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女子高生と桜の精の恋模様 村瀬香 @k_m12

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