月曜日
ナナカにとって、放課後の図書室ほど落ち着く場所はない。
一つドアを跨いだ廊下では、下校をする生徒たちの話し声や足音などが賑やかに響き渡っているのに対して、この図書室はまるで外界から切り離されたかのような静けさだ。
昼休みならまだしも、放課後に、しかも受験期でもないこの時期に図書室を訪れる生徒はほぼ居ないと言ってもいい。足音も、呼吸の音も、本のこすれる音も聞こえない止まったような空間の中、ナナカは近くの椅子に座ってリュックから一冊のファイルを取り出した。
彼はそのファイルの中身の紙を何枚か取り出すと、普段本を読むときよりもじっくりと念入りに、一枚一枚時間をかけて眺め始めた。
そんなゆっくりとした時間の中、ナナカが三枚目の紙を見始めてから数分経ったくらいの時間が過ぎた後、突然図書室のドアがあまり音を立てずに開かれた。
「やあ
話しかけられたナナカは、手に持っていた数枚の紙を置いてその凛とした声の主の方向を見た。
ドアを閉める動きに合わせて、ポニーテールがふわりと揺れる。
スカート丈は長すぎず、かといって短すぎず、健康的な白い足が視界の端にちらちらと映る。規則正しく着こなされた制服は、彼女の堂々とした立ち振る舞いと凛とした笑顔によって地味というよりは出来る大人の女性といった印象を受ける。
「こんにちは、
「ああ、こんにちは。月曜日にここにいるってことは、それはいつものかい?」
ナナカの元に白奈がゆっくりと近寄る。白奈が指をさした先、先ほどまでナナカが眺めていたその紙に書かれていたものは、大量の文字。
しかし、ただの文字の羅列ではない、それは小説だった。
「ええ、きちんと今週の分を」
「フフッ、それはよかった、最近は君のお話を目当てに図書室に来るものも多い、体を壊さない程度に頼むよ?」
他に誰もいない図書室で、二人の会話が静かに交わされる。
引き伸ばされたような長い長い時間の中、図書委員として次に薦める本の話や、最近見た本の意見交換などの他愛のない話題がぽつぽつと上がる中で、白奈が次の話題を切り出した。
「そうだ七香、君がお話を書くときにどんなことを考えているのか、今度教えてくれないか?」
「ええ、もちろんいいですよ。ただし、先輩のおすすめの甘い物の店に連れてってくれるなら」
「……お話の最初に毎回出してる、差し入れの参考に、か?別にかまわないが……誰にも言ってないだろうな?」
少し目線をそらして照れる白奈に、ナナカが面白そうに優しく微笑む。
「ええ、先輩の甘い物好きはだれにも。そんなに気にすることでもないと思いますが……」
「一応、私にもクラスでの立場と言うものがある、甘い物が好きだと知られれば、少し威厳が減ってしまうだろう?」
「そういうものなんですか?」
「ああ、そういうものさ。その点でいえば、君と一緒にいられるのは私にとっても都合がいい」
今度は、白奈の方が微笑みながらナナカに向かって顔を近づける。ナナカは驚いたように顔を赤くしながら少し顔を引く。
「えっと、えれはどういう……」
「君と一緒に行けば、もし見られても後輩にどうしてもと言われたってごまかせるからな。……デート的な意味かと、思ったか?」
「……あまり意地悪しないでくださいよ!」
「ハハハ、悪いな、私もたまにはいじりたくなるんだ」
少し怒った顔のナナカに対して白奈はくすくすと微笑む。数秒の間をおいて、二人とも声を立てて笑い出した。
「じゃあ先輩、水曜日あたりにどうですか?」
「ああ、了解だ。それじゃあ今日は、図書委員の仕事をしようか。」
そう言って、彼女は一度大きく伸びをした。その言葉をきっかけに小説の書かれた紙を指定の入れ場に置こうとした時、ナナカは後ろから白奈に話しかけられた。
「そうだ七香、前から聞きたいと思ってたんだが、君の書いている異世界の図書館で働く話、毎週書いてきてるがどこからネタを調達してるのか、あれば聞いてみたいな」
「ああ、ネタの調達場所ですか?そうですね、強いて言えば……」
ナナカは振り返った、彼女に向かって満面の笑みを浮かべながら。
「本を開いて見えた、素敵で不思議な世界から、ですかね」
休日バイトは異世界図書館で! 響華 @kyoka_norun
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