第5話 天国への乗車券

 さて、駅に戻りひとまずの報告を駅長さんへと済ませると、私は再び改札業務を命じられた。

 あの人は来てくれるだろうか? 来たとしても他の改札へ行ってしまったら元も子もないのだけど――。

 なんて、思い悩む必要なんてなかった。私が改札業務を始めて直ぐに、その人はやってきた。

 やせ気味で髪の薄いおじいさん。そう、池ヶ谷賢治さんである。


「げ、またあんたか」

「あんたとは酷い言われようですね。私は職務を果たしただけです。というかどうしてここに居るんです? 昨日送り返したはずなのに」

「そんなことどうでもいいだろう。邪魔したね、帰るよ」

「あ、待ってください池ヶ谷さん。これを」


 池ヶ谷さんに示すよう西ヶ谷さんの乗車券をカウンターの上に置くと、池ヶ谷さんは目の色を変えた。


「お孫さんに会いたいのでしょう? 私は、池ヶ谷さんはお孫さんに会うべきだと思います」

「い、良いのか? でも乗車券の譲渡は禁止されてるはずじゃ――」

「はい。乗客同士での売買や譲渡は違法です。ですが、駅員からでしたら何の問題もありません。彼岸鉄道事業法を読み込みましたが、全く適法です」

「つまり、あんたからなら譲り受けられると……?」

「そういうことです。この乗車券は、池ヶ谷さんに譲りますよ」

「なんて素晴らしいお方だ! この間は酷いことを言って悪かったよ。はい、これ彼岸旅券」

「いやいやいや」


 池ヶ谷さんが差し出してきた彼岸旅券を受け取らず、乗車券も回収した。


「譲るとは言いましたが、タダとは言っていません」

「ああ、分かってるよ。静岡から彼岸の往復券は二万七六〇円だったね」


 乗車券代を支払おうとする池ヶ谷さんを、私は思わず制止した。


「あ、すいません。分かっていないようなので、一度しっかり説明しますね。

 乗客同士の乗車券のやりとりは違法です。彼岸鉄道事業法で明確に禁止されています。これを破った場合、以降三年間は乗車券の取得が不可能になります。

 あなたは西ヶ谷さんから乗車券を譲り受けました。これは完全に違法です。そして今私が手にしているこの乗車券は、あなたが法を犯した動かぬ証拠となるわけです。ここまではよろしいですね?

 では本題に入りましょう。私は乗車券を譲るつもりはありますが、それは全く十分な対価が支払われた場合のみの話であって、そうでないのなら譲りはしません。

 その場合、私には報告の義務がありますからこの乗車券は不正利用の報告がなされ、あなたは以降三年間、乗車券の取得が不可能になるわけです。

 つまりもしあなたが私からこの乗車券を譲り受けることが出来たのならば、生まれているであろうお孫さんの顔を見ることも出来ますし、来年以降正規に取得した乗車券で帰省することが可能です。

 ですが出来なかった場合、あなたは乗車券の不正利用によって以降三年間乗車券の取得が不可能になり、初めて見るお孫さんは四歳となっていることでしょう。

 この乗車券はあなたにとって、天国行きにも地獄行きにもなり得るわけです。私はあなたに、この乗車券がどちら行きになるべきか決定する権利があると思います。

 改札業務は忙しいですから細かい交渉をするつもりは一切ありません。あなたが最初につけた値段で、乗車券の行き先を決めたいと思います。

 ――以上を確認した上で、池ヶ谷さんに問わせて頂きます。

 この乗車券にあなたはいくら支払いますか? ――一つ付け加えておくと、私は先日あなたが口にした「デコ頭」という言葉にとても傷ついています。さあ、どうでしょうか?」


 長い説明を終えて尋ねると、池ヶ谷さんは酸欠に陥った金魚みたいに口をぱくぱくと動かした。


「早めにお願いします。後ろ、詰まっていますので」


 回答の催促をして、人差し指でカウンターをとんとんと二回叩くと、池ヶ谷さんはか細くかすれた声で、その回答を口にした。


「に、いや――――五十万」


 私は池ヶ谷さんの彼岸旅券を引ったくると指定箇所に押印し、また西ヶ谷さんの乗車券には『改札確認済』の特殊印を押した。

 二つを改札越しに池ヶ谷さんへと返すと、私はとびっきりの笑顔をこしらえて、改札業務の定型句を口にした。


「良い旅を!」

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彼岸新幹線さとり号 あゆつぼ @isatomi

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