腐ってきえた


 草や木や花が育たないのは血を流しすぎたせいだ。血液を吸収した木々はやがて枯れ、その場所には何もなくなる。

 眼球のないこどもが、どこか知らない土地で摘んだ花を私に差し出す。

「これあげる」

 この子は本当は、見えているのではないか。

 くるしくて、言葉が出てこない。それでもこどもは、花を私の顔に近づける。許されるべきだよ、とでも言うように。赤いそれからは、微かに良い匂いがした。

「君の名前は?」

「わたしはシラエ。あなたに会いにきた」

 シラエ、と名乗る栄養状態の悪そうな少女は、笑みをたたえながら、私の服の袖をゆるく掴む。見た目に反した、あまりのやわらかさに、拒めない。

 シラエの髪は、自分で切ったのかと思うほど、ばらばらといびつで短い。

 彼女に触れたくても、触れることができない。

 シラエの体はきっと、かたいところなんてないのだろう。誰かを傷つけるための、ナイフや手榴弾や銃などの武器も、持っていないのだろう。ポケットにはきっと、花束と甘いお菓子が詰められている。想像するしかないが、そう思った。それは、崇拝にも似た願いだった。

 私は泣くこともできずに、ただぼんやりと突っ立っている。袖を握るシラエの指の力が、強くなる。

「許されるべきだよ」

 シラエは私を見て、そう言った。本来なら眼球があるはずの、窪んだふたつの場所を私に向けながら、口元は笑っている。

「許されるべきだよ」

 もう一度、シラエはそう言うと、手を離して、うしろへそのまま倒れた。多足の虫たちが、わらわらと彼女に群がっていく。

 虫たちは、シラエの肉を食い千切り、彼女の体を、自分たちの基地にしようとしていた。

 血液が点々と、剥き出しの腕や脚、彼女の白い服に、染みをつくっていく。シラエの腹部が真っ赤に染まっていく。

 私はシラエのことが、好きだったのだろうか。

 ふらつくように歩いていたシラエ。食事をするという行為があまり好きではなかったシラエ。花を分け隔てなく愛していたシラエ。本を読んでほしいと甘えてきたシラエ。

 あれらの記憶はきっと、存在してはいけないものだった。

 虫たちは、シラエの体の中に潜り込む。

 彼女の周りに無数の花がさいていく。彩度の高い色が、目に痛い。間をおかずに、次々とさいていく。緑色の葉が生き生きと成長していく。

 シラエが笑っているように見えた。開いた口からは白い歯が覗いている。

「許されるべきだよ」

 また声が聞こえたので、私は悲しくなって、今さいたばかりのハルジオンを踏み潰した。


(20200529)

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うそいつわりのない剥き出しの感情 侑子 @magotto

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