(28)

トカゲ兵に促されるままに家の外へと出ると、目の前には大きな馬車が停まっていた。


しっかりと丁寧に骨組みをされた屋形は、王国パレードの際に使用されてもおかしくはないくらいに高いグレードを誇る物であり、その馬車を引いている二頭の馬が有している光沢豊かな美しい栗毛からも、庶民が普通の生活をしている上では、決して乗ることのできないレベルの物であろうという事が一見にして伺えた。


「…すごい…」


「…乗れ。」


その馬車のあまりの豪華さに、思わず感嘆のため息を漏らした私に向かって、リーダー格のトカゲ兵がぶっきらぼうにそう言った。


私は少々ムッとしながらもそのトカゲ兵の指示に従って、馬車の屋形に乗り込もうとした。


…が、すぐに先に乗っていた残り二名のトカゲ兵に、もとの場所へと押し戻されてしまった。


「…おっとっと…ちょっとっ!!何なのよ!あんた達ぃっ!乗れって言ったり、乗るなって言ったり…!!」


二人に押し戻され、激しく抗議をする私に向かって、リーダー格のトカゲ兵はこう答えた。


「…そこはお前のような庶民が乗る場所なんかではない。…その下だ。」


「…下?」


そう言ってトカゲ兵の示した場所にあったのは、高級な屋形の後ろに無理矢理汚ならしい荒縄でくくりつけられた、ボロッボロの木箱みたいなソリだった。



◇◇◇



…ぞーり…ぞーり…ぞーり…ぞーり…



その日のお天道様は空高く。

ぽかぽか陽気のとても過ごしやすい気温の中、私は馬に引かれた馬車にひっついた壊れかけのソリに乗って引きずられていた。


…もちろん、快適な旅などではない。


地面との摩擦で常に自分のお尻には不快な振動が与え続けられているし、とにかく安定感と乗り心地が最大級に悪い。


もしここで私が少しでもバランスを崩してしまえば、ソリごとドッカンと道にクラッシュしてしまう事だろう。


そのくらいにこのソリは

とにかく不安定で粗末すぎるものだった。


…ってかコレ、

いつか底に穴が開くんじゃないか…?


そんな風に考えながら、ソリで進んでゆくにはあまりにも悪路すぎるこのデコボコ道を自分のお尻で十分に堪能しながら、小さくなりゆく故郷の村をずっと眺めていた私は、ふとある事に気がついた。


「…ねぇ!さっきの書状、

もう一回見せてくれない?」


屋形の中で退屈そうに腕組をしているトカゲ兵に向かって私がそう声をかけると、トカゲ兵は一瞬不機嫌そうな表情となったが、すぐに丸めた先程の書状を私に渡してくれた。


「…意外とすんなり渡してくれるのね。」


私は彼に向かって、上目遣いで軽く会釈をしながらその書状を受け取ると、ソリの上であぐらをかきながらそれを広げてみた。


相変わらずそのソリは、すぐにでも横転してしまいそうなくらいに不安定である。


私はデコボコ道の反動に合わせて、時折自分の体重割合を工夫したりしながら、巧みにソリから振り落とされてしまわないように自分なりに調整を行っていた。


その上、その丸められた書状も気を抜けばすぐにくるんと元に戻ってしまうようなあとがついてしまっている。


私はその書状がなるべくまっすぐに保てるように、時折膝や肘で書面の端を押さえたりしながら、自分の衣服の中から隠し持って来た例の本を取り出した。


ギルガンディス王からの書状を、同じくポケットから取り出したルーペで覗き込みながら、私はその書状と本との一文字一文字を丁寧に照らし合わせていった。


実は近所のおばあちゃんから借りたこの本こそ、魔族の言葉を人間界の言葉へと翻訳するための辞書であり、いまだ魔族の言葉が読めなかった私は、日頃からこの本を大切に常用していたのである。


「え~っと…なになに~…?…貴殿…を…我が城…に…招待…いたす…ついては…使いの者を…向かわせるので…決して…身構えず…楽な気持ちで…来られたし…。」


そこまで読んだ私は、その辞書の一番最後に記載してある『魔王城からの書状について』という特別付録のページを開いた。


そのページに記されていた内容はこうだ。


『通常魔王城から人間に対して何かしらの書状が送られて来る場合は、1.刑罰や懲罰の対象となった場合、もしくはそうなりうると考えられた者や、事件に関係があると考えられた者を事情聴取の為に召集する場合、2.優れた活動や行動によってそれらが表彰される場合、3.その他、魔王より直々に来賓として迎え入れたい場合等の理由がありますが、刑罰として召集される場合のみ赤枠の書面が使用され、その他の理由で召集される場合は、魔王名の横に金箔の印が押された上質な紙を使用する事が一般的とされています。』


改めて書状を広げてみる私。

生憎その文字自体を読めはしなかったが、その書面の一番最後に記されているギルガンディス直筆と思われるサインの横には、しっかりと金箔と思われる印が押してあった。


…もちろん、どこを見渡そうとも

赤色の枠など見当たりはしない。


そればかりかこの書面は、光沢と厚みのある明らかにである。


それを見てわなわなと震え出す私…。


そして私は我慢の限界を迎えた瞬間に、ボロボロのソリを強く蹴り上げ、勢いよくトカゲ兵達のいる屋形へと飛び移った。


「…こらぁぁぁぁぁぁッッ!!この紙にはどっこにも『刑罰だ』なんて書いてないじゃないのッッ!!よくも騙したわねぇぇぇッッ!!」


そう言って、屋形の中で居眠りをしかけていたトカゲ兵の一人に馬乗りとなり、胸ぐらを掴んで怒鳴りつける私。


「何事だ!?」


私が勢いよく無理矢理飛び移った事により、急にバランスを崩した屋形に驚いた馬達は、声高くいななくと同時に、二頭で激しい大きな動きをそれぞれが不揃いに行いはじめた。


馬達の突然の動きの変化に、リーダー格であるトカゲ兵はそう声を上げると、手にした手綱を強く引き上げ、二頭の動きに調整を図りはじめる。


…私が乗っていたボロボロのソリはって?

そんな物、とっくに何処かにふっ飛んでしまっている。


そんな馬達の動きによって激しく上下左右する屋形の中でも私は大声をあげながら暴れ続け、ついには一人のトカゲ兵にはがい締めにされながらも、もう片方のトカゲ兵に思いっきり蹴りをお見舞いしてしまうといった見事な暴れっぷりだった。


ちなみにこの屋形の中のトカゲ兵二人は、リーダー格のトカゲ兵とは違って、何故か人間の言葉は話せないようで、暴れ続ける私に対しても、『キィー!』とか『ピャー!』といったまるで鼻から空気が漏れるだけかのような鳴き声をあげる事しかできないようだった。


「…クソッ!!一体何が起きてるんだ!

お前ら、早くソイツを大人しくさせろ!!」


相変わらず手綱を巧みに調整しながら、馬達を大人しくさせる事だけに尽力しているリーダー格のトカゲ兵が、声を荒げながら彼らにそう指示を与えた。


その瞬間、私に蹴られ続けていたトカゲ兵は何やらひらめいたかのようにハッとした表情となり、自分の腰元から取り出した紙袋を自分の口元に当てながら息を吹き込んで膨らませると、そのまま私の目の前でパァンと破裂させた。


破裂した紙袋の中から舞う細やかな粉のような物を勢いよく鼻から吸い込んでしまった私は、すぐにその場で意識を失ってしまった。


相方が袋を破裂させる瞬間に、自分と相方の鼻を手で塞いでいたもう一人のトカゲ兵がすっとお互いの鼻から手を離す。


『…は~…』


その瞬間、すっかり眠ってしまった私の穏やかな寝顔を確認した二人は、ようやく安堵のため息を漏らしたのだった。

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SATANIC CHILD~例えば私がトカゲと旅をするとして~ むむ山むむスけ @mumuiro0222

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