終末プラネット
さ か
ふたりぼっち
何が始まりだったかなんて今更思い出せないけど、ほんとうに色々なことが起きた。起きすぎた。
まずは隕石。なんちゃら小惑星が接近してきたけど、地球へまっしぐらルートは避けてくれた。でも、ありがた迷惑だった。たくさんの隕石のお土産をくれた。
世界も政府も当然パニック。まだ隕石が落ちもしていないのに。我先にと逃げようとした多くの人が死んだ。
人間って、ちっぽけで、おろかだなあって思った。
隕石が落ちた。日本は無事だったけど、いくつも国が消えた。
つぎに、またありがた迷惑。ナントカ博士により、巨大な宇宙船が出来上がってしまった。でも、人数に限りがあるから、人類全員は助けられないそう。なんて無責任。
それに、宇宙船なんて笑ってしまう。
行くあてなんて、どこにもないのに。
それでもこんな危険な星で命尽きるくらいならって多くの富豪が手を上げた。
人間って、なにがしたいんだろうって思った。
でも、そんなの許されるはずもなく。宇宙船を巡って戦争が起きてしまった。
人間は、どこまで争い衝突すれば気がすむんだろう。
もう、僕らの星はだいぶ荒地になった。
人も減った。減りまくった。涙なんてもう干からびた。
最後の希望なんて、あったらどんなによかったことか。
どうしようもない。世界の終わり。地球の最後。
周りの友達は次々に徴兵されて、消えていった。たまたま骨折していた僕は、運がいいのか悪いのか、いやきっと後者だろう、徴兵されずに済んだ。
先月行ってしまった力自慢の僕の親友は、
「お前、元気で、元気でいろよ。ぜったい生きろよ、最後まで」
と笑って、お国のために消えてった。
僕は、何もできない無力な人間だと思い知った。
憎いくらい青い空を見上げていた。
「そう暗い顔しないでよー」
肩をど突かれる。
振り向くと、もうだいぶ汚れてしまった服を着た、僕の唯一の幼馴染。
僕は、彼女が嫌いで、今までたくさん喧嘩した。子供のころから一緒にいるからか、負けず嫌いなところがほんとによく似てる。
似た者同士って合わないよなあ…。
「もうすぐ死ぬときってさ、色々思い出したりするもんじゃない?」
「死んだことないから分からないなあ。それにまだ死ぬって決まってないよ」
ほら、つくづく合わない。溜息をつく。
いまだ夢を見ているのか、そんなことを言って笑う彼女の後ろには、荒廃した土地。茶色い街。ここはどこだ。
少しの油断も現実逃避もさせてくれない。世界の終わり。地球の最期。
地球の全てを巻き込んだ戦争は、結局勝敗もつかず、目的も忘れられ、宇宙船は何処かに消えて、単に星をひとつ滅ぼして終わった。
ただ、最後にまたありがた迷惑。
終盤あせった1つの国が、巨大な爆弾を仕掛けていってくれた。
冥土の土産だなんて狂い笑ってた大統領に言いたい。
冗談じゃねえぞ。
なんでいま、こいつと2人きりなんだろう。
もうラジオはつかないけど、電波が途切れる前、最後に知ったこと。
半年後に爆発する爆弾。南の方角にあるという噂の宇宙船の中には実はシェルターがあって、爆発を逃れられると同時に、あてもない宇宙へ飛び出せるらしい。
それらを知ったらしい彼女に引っ張られて、とぼとぼと歩き続ける僕ら。
誰もが夢見る大冒険。しかも舞台は地球全部。ただしまもなく終わる星。
こんなカタチで実現するって、嬉しくないなあ…。
もういっこ夢があるけど、この調子じゃそっちは叶わないほうがよさそうだ。夢はうまいこと叶ってくれやしない。
滅びゆく星で2人でお散歩。
この地球最後の冒険もどきをはじめてから、彼女以外の人間に一度も会ってない。
彼女は「みんなどこに行っちゃったのかなあ、なんか私たちだけ置いてけぼりだね」なんて笑ってたけど、僕には何となく察しがついていた。
きっともう、彼女と僕以外に人なんていない。
友達も仲間もみんなみんな消えていった。
こんなに死んでも、光が消えても、夜がやってきて朝がくる。
「みてみて!今日は一段と星が綺麗だね」
微笑む彼女は、今日も呑気だ。調子が狂う。…やっぱり、嫌いだ。昔から変わらず。満点の星空を見上げると、また思う。
人間って、ちっぽけで、おろかだなあって。
こんなに絶望の中にいるのに、どうしてだろう。
まだ生きてたいって思ってしまう。
…決して、隣に彼女がいるからではなく。
今ここで諦めたら、親友に申し訳ないし。
「明日も、南へ行こう」
僕の提案がよほど珍しかったのか、彼女は目を丸くしてから、うんと頷いて笑った。
彼女は、なにがしたいんだろう。
ただ、彼女は、ちっぽけで、おろかで、純粋だ。
…
歩いて歩いて歩いて。歩き続けて、もう何十回も星空を見た。人間はいまだに1人も見かけない。
「みんな早すぎない?まだ飛行機とか生きてるのかなあ」
僕は知ってる。彼女の希望的な幻想も、そろそろ限界になってきていること。
「おまえでも後ろ向きなことってあるんだな」
「ちょっと!わたしだって人間なんだからね」
そしてまたいつもの顔で笑う彼女は、昔と何ら変わらない。
普通に朝起きて、学校へ行って、くだらないことで友達と笑い、授業を受け、部活して、家に帰り、ご飯を食べて、眠りにつく。ご近所だから彼女のこともよく見かける。
これが当たり前の日常の頃から、彼女の笑顔は一度も変わってない。
ただ、笑顔の向こうの夕焼けの街並みが、恐ろしいくらい真っ暗で、壊れているだけ。ただ、それだけ。
なんだけどなあ…。
その夜は、少しだけ昔のことを思い出して泣いた。
数メートル離れたところでこちらに背を向けて眠る彼女も、もしかしたら、泣いていたのかもしれない。
もう戻れない。世界の終わり。地球の最後。
物語に必ず終わりがあるように、この僕らの地球最後の冒険ごっこにも終わりがあるようだ。
もちろん、ハッピーエンドなんかじゃない。この世にある幸せなんて、すべて壊れてしまったから。
ただひとつ感謝するなら、隣に彼女がいたことかも。なんでよりによってこいつなんだって何回も思ったけど。まあ、こいつの隣はもう慣れっこだし。
眩しすぎるこの笑顔は、昔から僕が大の苦手だったもの。
でもこの笑顔は、この世界で唯一変わってないものだ。
これが消えたら、ほんとにほんとに僕の世界は終わり。
「……あった」
開けた丘の上で前方へ指を指す彼女。そこには馬鹿でかい宇宙船があった。
久々に、ありがた迷惑だって思ってしまった。
今更、と脳みそのどこかで僕がいう。そもそも、爆発して何なんだ。もう爆発してもおかしくないだろ。
何が失われる?もう失うものなんてない。失い尽くした僕らには。
生きてて何になる?もう誰もいないのに。
これに乗ってどこにいく?行くあてなんて、どこにもない。
地球にも、宇宙にも。
だって、僕は、僕らは、ふたりぼっちなんだから。
「行こう」
手を差し伸べられる。
…幼稚園で転んだときも、小学校で先生に怒られたときも、中学で喧嘩したときも。高校で骨折し試合に出られなかったときも。僕が落ち込むときには必ず。いつも変わらない笑顔がそこにあった。
そして今も。
「行かない」
「行こう」
「行って何になる」
「生きるんだよ」
「生きる?生きてて何になる?何ができる?」
「わからない」
「じゃあ、」
「でも、」
彼女が手を出し、僕の手を強く引っ張る。
「わたしはきみに生きててほしい。地球は終わる。でも最後まで、一緒に」
辛いこと、悲しいこと、たくさんあったけど。きみとなら、最後まで挫けずに生きれる気がする。だから、
「生きて」
……………うん。思わず頷いた。
どこかで、彼女は現実逃避をしてると思ってた。
この星が終わることを、知らないんじゃないかって。
ほんとは僕のように、宇宙船もシェルターも爆弾も、
戦争のことも、隕石が降ってきたことも、みんながいなくなったことさえ、どこかで信じてないんじゃないかって。
でも違った。彼女は知ってた。知ってた上で生きようとしている。
…うん、いいかもしれない。このままやられっぱなしじゃ、僕は親友にも失った仲間にも顔を上げられない。
失いたくないもの、1つだけ残ってた。
人間って、ほんとに何でこんなに馬鹿なんだろう。
なぜ足掻き戦うのか。僕の場合は生きるため。
大切な人と、生きるため。
最後の希望なんてない。そんなもんなくても生きる。
いつか終わるなんてことはとっくに知ってる。
「お前のこと、少し見直したよ」
「ほんと?よかった。死ぬまで嫌われてちゃ、わたしも死にきれないからなあ」
一緒に生きたい。世界の終わり、地球の最後まで。
…
宇宙船の中のシェルターは、半分が砂に埋まり、入れるのは人1人が限界のようだった。まさに絶望。
それを見て、僕はすとんと思いつく。
僕はこのまま何もできない無力な人間でいいのか?
いいわけがない。絶対に。
「ねえ僕さ、宇宙飛行士になりたかったんだよ」
彼女が初めて泣きそうな顔で振り向いた。
「だから、代わりに叶えて。僕の最後の夢」
彼女の背を押した。
シェルターの扉が閉まったのを見て、外へ飛び出す。
人生で1番、きれいな青空だった。
…
何が始まりだったかなんて今更思い出せないけど、ほんとうに色々なことが起きた。起きすぎた。
ずっと好きだった人と最後にふたりぼっちになったこと。世界が終わったこと。彼がわたしを生かしたこと。
でもね、君がいないのなら、わたしの世界は終わりなんだ。もう二度と笑えない。
君の言葉を借りるなら、ありがた迷惑、だったかもね。でも、最高に幸せで、最高に悲しい嘘だった。
ありがとう。世界の終わり、人生の最後。
シェルターの扉が開いた。そこにはもう、何もなかった。
終わりゆく星から、ひとつ宇宙船が飛んだ。
中には誰も乗っていなかった。
終末プラネット さ か @_sakasa_
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