#6 望みは何でも叶うらしい
目が覚めると、いつものようにエリーが私にのしかかっていた。
「ちっ。起きやがりましたか」
「ああ。おはようエリー。そのギロチンはどこから持ってきたのだ?」
「ちょっと拷問部屋から借りてきました」
エリーはセッティング途中だったギロチンを、残念そうに片付け始めた。あとは私の首を穴にはめるだけだったようだ。さすがにそれは本当に死ぬと思われるのだが、本気だったのだろうか?
「起きたかケントレアス。昨日は大義であった」
「これは魔術師長様、おはようございます。と、へ、陛下!」
「こ、国王陛下!」
エリーは顔を真っ青にして壁際に下がった。ギロチンを背に隠そうともしているが、隠しきれるわけもない。
「うむ。おはようケントレアス。魔王討伐の件をねぎらいたいと思うてな。待ちきれず、正式な報奨授与式典の前に来てしもうたわ。ふぉっふぉっふぉっ」
「国王陛下に寝起き姿とは、大変な失礼。し、しばしお待ちを」
「よい。わしも魔術師長と同じように、お前のベッドに腰掛けるからな。お前も楽にするとよい」
「恐縮でありますが……では、失礼」
私もベッドの上で正座した。お二方のように、足を投げ出すのは無理だ。そこまで神経が太く出来てはいない。
「それにしても良くやってくれたな、ケントレアス。確率は半々だったが、あちらに魔王が出現してくれたおかげで、無限の軍勢を相手せずに済んだからなのだが」
「え? 魔術師長様、それは?」
「交換召喚により二つの世界は不安定に繋がっておった。こちらの世界で魔王が復活するとすれば、地の底じゃ。それではたどり着く前に魔王の軍勢にやられていた」
「しかし、あちらの世界であれば話は別だったのだよ。向こうで異物が二つあれば、必ず引き合い魔王はお前の近くに出現する。さすれば、魔王は軍勢を生み出す暇もなく、お前の相手をせねばならなくなるはずじゃ。その予想が、見事的中したということよ。ふおーっほっほっほ」
「……それは素晴らしきご慧眼……なるほど、だから聖剣クラウ・ソラスは警告を」
全ては腑に落ちていた。この召喚魔術は、計算されたものだったのだ。
「さて、お前の働きは、わしの与えうる何でもを望めるほどのもの。せっかくの報奨じゃ。事前にお前の望みを聞いておこうと思っての。どうだな、ケントレアス。お前は何が欲しいのだ? 遠慮せずに言うがよい。別にひとつでなくても良い。いくつでも構わぬぞ」
「何でも、でございますか……?」
ちら、と無意識に壁際で畏まっているエリーを見ていた。あいつがいなければ、今の私はいなかった。何でもとあらば、真っ先にエリーにとっての幸せを望みたい。しかし、エリーにとっての幸せとは、私と共にあることだ。私はそれを知っている。では、領地を頂き、城に二人で暮らすのか? エリーは使用人のままで? それはおかしい気がする。すると結婚するしかないか? だが、そうするとあっちの私にも影響が出るはずだ。世理奈殿はあっちの私を好いている。そして、私も……。
不意に、エリーが首を振って、その後こくりと頷いた。ああ、そうだ。お前はそういうやつだった。自分のことなど気にするな、と。そう伝えたいんだろう? お前は私を殺したいほどに好きなのだ。でも殺せないほどに好きなのだ。そうだな、エリー。私たちは、元々何も持ってはいなかった。もし望みが容れられなかったとして、ただ元に戻るだけのことなのだ。
「では、陛下。セリーナ姫を、私に賜りたく存じます」
だいそれた望みだ。セリーナ姫の気持ちも確かめてはいないのに。王家に連なり王位簒奪を狙う野心家だと誤解される恐れもある。だが、私の、私自身の望みはそれだけだ。莫大な黄金も、広大な領地も、空にそびえ立つような城も、全て私には必要ない。それら全てと引き換えにしてでも、私はセリーナ姫が欲しいのだ。その為に生きてきた私にとって、それ以外は全て等しく無価値なのだ。
エリーは涙を浮かべていた。
魔術師長は、顎が外れてしまったようだ。
国王陛下は、にっこりと微笑んでいる。
石枠窓に切り取られた空は、あの異世界よりも碧かった。
異世界交換召喚魔法にかかったらしいので眠りたくないんだが 仁野久洋 @kunikuny9216
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
カクヨム覚書/仁野久洋
★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 3話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます