#5 俺にモテ期が来たらしい
帰って来た。これは俺の部屋の天井だ。なんて安心するんだ、真っ白な天井。電気の紐にぶら下げてあるロリっくまちゃんぬいぐるみの笑顔が眩しいぜ。
「つーかやけに明るいな。真昼みたいだ。何時なんだ、今? え? 10時42分? あれ? 学校は? 完璧に遅刻なんだけど」
あれええええ? 俺、なんでこんな時間まで寝てるのん? 世理奈は? 毎朝俺を起こしに来るはずの世理奈はどしたのん?
ま、いいや。勉強なんぞ、将来は有能な嫁の元で主夫をする予定の俺には必要無い。とりあえずは死亡必至の無理ゲー世界から帰還出来ただけで良しとしよう。そして今夜は眠らない。眠りさえしなければもうあちらに行かなくて済む。エリーたんに会えないのは寂しいけど、まずは自分の命を守らなければ始まらない。
「……でも、エリーたんも……あのまま魔王が復活したら、死んじゃうかもしれないのか……」
魔術師じじいが退室した後も、エリーたんは俺にあれこれと世話を焼いてくれて、いろいろと楽しくお喋りしたりもした。結論、可愛い。ヤンデレだけど、そこがまたいい。セリーナ姫も良かったけど……なんつーか、顔が世理奈なんだよな。だから、どうしてもどうこうする気が起きないっつーか、ぶっちゃけ恋愛感情が一切呼び覚まされない相手。俺にとって世理奈は恐るべきバイオレンスシスターでしかない。
「あ。机の上にノートが置いてある。あっちの俺の書き置きか。昨日は何があったかな? なになに、魔王倒しました、か」
ん?
「なんでこっちで倒しちゃってんの!?」
あれ? 俺、まだ寝てんのかな? こんな都合のいい展開ある? よし、目をこすって、と。瞬きを数回して、と。まぶたを閉じて前後左右上下に眼球運動して、と。よしよし、続きを読んでみよう。
「魔王倒しました。さすがは魔王、私といえど、全力を振り絞らねば歯が立たず、激しい戦闘となった結果、学校なる建築物は跡形も無く消滅いたした。これで済んだのは私的に奇跡なのだが、それでも誠に申し訳ないと思っている」
学校が灰燼に! なんで学校で戦っちゃったの!? 俺の学園生活ってどうなんの!?
つーかスゲェなあっちの俺。魔導師じじいが「軍勢が相手では」って言ってたのが引っかかってたんだけど、まさかタイマンなら魔王に勝てるくらい強いとは。勇者の危険度って魔王と同じってことだよな、つまり。
「なお、人的被害だけは皆無である為、ご安心を。それと、世理奈殿の言うには、しばらく家から出ない方がいいとのこと。ゆーちゅーぶ? とかいうものに、魔王と戦う私の姿が残されているので、」
ので?
「貴殿は一躍時の人。英雄として扱われているようである」
全て読み終わるか終わらないかのうちに、俺はカーテンと窓を引き開けていた。眩しい光に目を細める。目が明るさに慣れた頃、俺は家の外がどんでもないことになっている光景を目撃した。
「あ! 窓から顔を出しました! 今、現代の英雄があそこにいます!」
「ご覧下さい、あれが勇者! SATや自衛隊員でも無力を晒すしかなかった怪物を、不思議な剣で仕留めた少年、若干17歳の健人くんです!」
「健人くん! 話を聞かせてください! あれは聖剣とのことでしたが、銃刀法違反であるのは明らかです! その辺りについての考えを是非!」
「きゃーっ! 健人くーん!」
「いよっ、凄いぞ勇者!」
「街を救ってくれてありがとー!」
「殺す。勇者、殺す」
一瞬でこれだけの声が飛び込んできたので、俺はすぐさま窓とカーテンを引き閉めた。そのままベッドにダイブして、頭から布団を被り、目を閉じる。
なにあれなにあれええええ! 外、報道陣や野次馬でいっぱいじゃああああん! 渋谷にだってこんなに人いないよおおおお! 空にはヘリが何機も飛んでたし! 家の塀沿いとか門のとこに機動隊の人が盾構えてくれてるのがちらっと見えたけど、あの人たちがいなかったら俺んちってとっくに蹂躙されてたんじゃないのおおおおお!
「健人、起きたの? ダメだよ、迂闊に顔出しちゃ」
「そ、そうです。変な人もいますから。危ないですよ」
いきなり部屋のドアを開けて飛び込んできたのは世理奈。と、誰?
「ああ、寝てていいよ。あんた、昨日すっごくぐったりしてて。ひょっとして死んじゃうんじゃないかって、もう、ホントに」
世理奈? 何泣いてんだ?
「ですです。あの凄い怪物をやっつけた後、マナが切れた、空っぽだ、とか言って、そのまま倒れちゃったんですから」
誰? あ。あっちの世界にいたメイド、エリーたんに似てるけど。俺は二人に目で状況説明を促した。
「ぐすっ。ああ、あたしたち? あんたの家、関係者以外立ち入り禁止になってんの。目が覚めたら警察の人には知らせてくれって言われてるけど」
「です。あ、わたしは関係者かと聞かれると、そうでもないんですけど」
「そうか。お前らが俺の面倒見てくれてたんだな。悪い」
「いいよ、いつものことだもん。あ、一応お医者さんに診てもらってるけど、特に異常は無いってさ。あたしには異常だらけに見えるけど。昔からずっと」
「おい。聞き捨てならんな、その言葉」
まぁ、これだけ大騒ぎされてたら、病院は入れてくれないだろうな。他の入院患者さんたちに迷惑すぎる。自宅療養が最善か。
「良かったですけど、不思議です……。あれだけのことをやってのけた人間が、普通で異常無しなんて。いつの間にか、剣も鎧も無いですし」
「あ、ホントだ。良く気づいたねー、瑛理子ちゃん」
「えっ? え、えへへへ」
瑛理子っていうのか。顔だけじゃなく、名前までエリーたんに似てるんな。
待てよ。世理奈にしても俺にしても、この瑛理子って子にしても、やけに向こうと近しい人間が似ているな。人を魔術の触媒にしているなら、世界構造よりも人間的により近い異世界から交換召喚をしているとも考えられる。のか? 魔術の心得なんかあるわけないから分からないけど、これなら結構納得出来るかも。
すると、俺たちの親、その親から先の親まで、向こうとこっちじゃ結ばれる相手が同じである可能性が高い。俺が結ばれる相手と、あっちの俺が結ばれる相手が同じになるということだ。
エリーたんの言ってたことから、向こうの俺がセリーナ姫に想いを寄せているのは間違いない。もしあいつがセリーナ姫と結ばれたとしたら、俺も世理奈と結婚して子ども作って孫の面倒までみて、墓まで一緒になるってこと?
無い無い無い。無いわー、それ。世理奈とラブラブデートするとかエッチなことしたりとか、全く想像出来ないわー。それなら一生独身で過ごし、ボロアパートで寂しく孤独死する自分の方が、まだイメージ出来るわー。
まぁしかし、そんな心配は不用だな。あっちの俺とセリーナ姫には、身分という越えられない壁がある。主席とはいえ、一介の騎士と一国の姫が結婚出来るわけがない。姫だって国の道具だ。軍事的経済的利益を担保するべく、ふさわしい相手に嫁ぐ義務がある。
「そうだ。セリちんには、相手を選ぶ自由は無い……」
ずき、と胸に何かの鈍痛が走った。
「さ。それじゃあ健人も目覚めたことだし。警察の人に知らせる前に、さっきの続きをやっちゃおうか瑛理子ちゃん」
「はいです。時間はあまりありません。あ、あたしも、覚悟を決めて頑張ります」
「ん? どしたのおまいら?」
俺の問いかけを無視し、二人は顔を見合わせて頷いている。なんだか気合を感じるけど、これって気のせい? 二人とも、顔真っ赤になってるし。一体何が始まるのん?
「あ、あの! あた、あたしは瑛理子って言います! 健人くんはきっと知らない、初対面だと思っているでしょうけど、実は小学校で同じクラスだったこともあるんです! それで、あのあのあの、あたしはずっと好きでした! 健人くんが好き、でした。急でびっくりしてるでしょうけど、その……あ、あたしと、その、お付き合いしていただけたら、嬉しい、でしゅ……」
「……え? ……」
最後に噛んだなこの子。それ、わざとだったら相当にあざといぞ。しかしその俯いた顔、髪からひょっこり出てる耳が、まるで茹でタコみたくなってるとこがまた可愛い。向こうでエリたん見てるしたくさんお喋りもしてるからか、今初めて会ったという気がしない。実際初対面じゃ無いみたいなんだけど。俺が、この子とお付き合い? 彼女いない歴17年、ついに俺にも春が訪れたんですね! 付き合える! 俺、この子だったら全然文句なく付き合える!
「さ、次はわたしの番」
「は?」
そういや、世理奈はどうしてここにいるのん? 人が告白されてんの見て、笑うつもりだったんだろな。こいつならあり得る。ははん、しかし今の俺はそんな嘲笑などまるで意に介さないぜ。逆にお前が憐れになる。こっちが笑ってやるからな。という俺の予想、間違ってた。
「健人。今までずっと、黙ってた、けど。実は、わたしもあんたが好き。いつからなんて覚えてない。けど、ずっと側にいたいと思ってる。出来れば、ずっと。お弁当、ずっと作りたい」
「……はぁー?」
「うぐっ。予想はしてたけど、その反応……。ふ、ふん。おかしいんでしょ? 知ってるし分かってるよ、あんたがわたしを何とも思ってないことくらい。あんたはきっと瑛理子ちゃんを選ぶでしょ。でも、このまま何も伝えずに終わるのだけは、イヤなのよ。だから、これはわたしのワガママ。これで終わりのワガママなの」
「……世理奈……?」
なんだこいつ。本気で言ってんのかそれ?
「あんたが瑛理子ちゃんを選んだら、わたしはもうこれっきり。もうあんたに付きまとわないから。だから、安心していいんだよ。わたしは、わたしはっ……」
「お、おい。世理奈?」
「わたしは、もうあんたを起こしになんて来ないから! もうお弁当作ったり、無理矢理勉強させたりもしないから! 怒らないし叩かない! もう、もう何もしない。わたしには、何も無い……ふぐ、え、ぐぅ」
「世理奈さん……」
世理奈は、俺から一度も目を逸らさなかった。大粒の涙をぼろぼろ零して、それでも俯かず目を閉じず、俺を真っ直ぐに見つめていた。いつもなら「アホか」で済んでいた俺たちなのに、今日はそう出来ない。
世理奈のいない日常など、想像したこともなかった。いるのが当たり前で、もう家族だと思っていた。喉が渇いた頃にはお茶を出してくれるし、ハンバーグが食べたい日には、リクエストしていなくてもハンバーグを作ってくれていた。なんてこった。もうこれ熟年夫婦じゃないか。
だから、好きかどうかなんて考えたことも無い。そこで俺は気づく。考えるまでも無く、俺は当たり前に世理奈のことが好きだったのだ、と。これが恋なのかは分からない。ドキドキもしなければ、性的な欲望も無いのだ。ただ、いなくなったら寂しい。それだけは分かる。世理奈がもしも側から消えたなら、俺は母さんがいなくなった時と同じくらいに泣くだろう。失いたくない。俺は、世理奈を失うわけにはいかない。
「な、何を人の顔見て泣いてんの、あんた? 気持ち悪いんですけど。ぐす」
「は? な、泣いてねーし。これは心の汗だし。心だってちゃんと汗をかかないと熱中症になるんだし」
「意味わかんねーし。あんたってやっぱバカだし」
「今頃それを確信するお前のがもっとバカだし」
相手の頬へと互いの拳をぐりぐりぶつける。告白の返事など、言葉にする必要も無い。俺たちには、これだけで十分だった。
「あーあ……やっぱりです……。でも、なんだかあったかい……」
瑛理子ちゃんは、そう言うと寂しそうに笑った。
それにしても、これで良かったのだろうか? あっちはどうなっているのだろう――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます