#4 聖剣クラウ・ソラスは何か警告したいらしい

「二回目、か。何度入れ替わるのだろうか……」


 目が覚めると、またあの部屋にいた。念の為に甲冑は着たまま、剣も佩いたまま眠ったので、装備は全て揃っている。おかげで体は痛いが、これなら何があっても安心だ。


「健人ー、早く起きて学校の準備しなさーい。世理奈ちゃんが待ってるぞー。お父さんはもう会社行くからなー」


 階下から私、いや、こちらの世界の私を呼ぶこの声は、父親か。こちらに来て一番羨ましいと思えるのが、親の存在だ。私は、父も母も知らない。


「あ、いいです、おじさま。勝手に入って起こしますねー」

「いつもごめんねー、世理奈ちゃん。おじさんが部屋に入ると、あいつ最近怒るんだ。遅めの反抗期かなぁ」

「そうなんですか? 健人のくせに生意気ですね。あたしがちょっとシメときます」

「あ、あはは……。お手柔らかにね、世理奈ちゃん」


 口調こそ似ても似つかないものだが、セリーナ姫そっくりな声が下から聞こえる。階段をどすどすと上がってくる音もだが、足音なのだろうか? これはかなりの巨躯を持つ男に違いない。剣の柄に手をかけて警戒しなければ。


「入るわよ、健人。ちょっと、いつまで寝てるつもりなの? 学校遅刻しちゃうじゃない」


 が、扉を乱暴に開け放って部屋に侵入してきたのは、世理奈というセリーナ姫によく似た娘だった。この子があの足音を? どうやったのだ一体?


「て、ちょっと! またそんなもん着て! 脱げ! すぐに脱げ! ほら、そんですぐにこれ! 制服に着替えて!」

「あ、ああ。あ、そんなところを無理矢理はがすと金具が、金具が挟まります。いた。いたたた。か、かしこまりましたセリーナ姫。すぐに着替えますゆえ、ご容赦を」

「誰がセリーナ姫だ。あと、その話し方もキモいからやめて。あたしをお姫様扱いするとか、嫌がらせとしか思えない」

「あ。ええ、と。で、では失礼して。セ、セリちん?」

「あんた、いつどこでそんな風にあたしを呼んでたことあるの!? あんたの距離感めちゃくちゃかっ!」


 ぱちんと頭をはたかれた。なるほど、姫が言っていたのはこのことか。腹が立たないどころか、むしろ不思議と心地良い。この前来た時には無かったな、そう言えば。


「もー、鞄も空っぽ。何にも準備してないじゃない。今日は体育あるからジャージもいるのに。あー、教科書が無い。あんた、また教室に置きっぱなしにしてるんでしょ。こっちはあたしがやっとくから、健人は着替えて。何ぼーっとしてんのよ。あたしの前で脱ぐのが恥ずかしいとか言ったら叩くわよ、ほんとにもー」

「はっ、は。ははは、はっ。た、ただいま、すぐに」


 逆らえぬ。私の持つ聖剣クラウ・ソラスは赤く輝き、手放してはいけないという警告を発しているが、これ持ってったら怒るであろうか?


「はい。あと、これも入れとくね。お弁当」

「え? 携帯糧食のことであるな? それは親ではなく、いつもセリー……セリナ殿が?」

「殿もいらん。いつもどおり世理奈と呼べっちゅーのに。何を今更驚いてんの? 高校入ってからは、いつもあたしが作ってあげてるでしょ。おばさま、急に亡くなっちゃったもんね。おじさまはお仕事忙しいし、お隣のよしみってやつ? しょうがなくよ、しょうがなく」

「そう、であったか……」

「な、何を急にしんみりしちゃってんのよ。いつもはあったりまえみたいな顔して受け取って、平気でもぐもぐ食べてるじゃない」

「あれを、毎日。大変であろうに」


 一昨日、お昼に渡されたお弁当というものは、どれも私が食べたことの無いものばかりで、美味だった。朝作ったものだから、もちろん冷えているにも関わらず、あのお弁当からは大変なぬくもりを感じた。


「ま、まぁ、お父さんのもおじさんのも、あたしが作ってあげてるし。ついでよ、ついで。べ、別に大変ってほどでもないし」

「ありがとう。この前のお弁当も、非常においしいものであった」

「へ?」


 思わず、お礼を述べていた。しかし、私が感謝すべきことではない。それは解っているのだが、言わずにはいられなかった。他人ごとだと思えないからなのだろう。こちらの私は、なんと恵まれていることか。


「お、おいしかった? そ、そう? そっか。そっかぁ。えっへっへ。ててて、そういう不意打ちやめてよね! 恥ずかしくなっちゃうじゃん!」

「痛い」


 また叩かれた。しかも全力。そして今度は頬。なぜ騎士の頂点に座す私でもかわせないのだ、この子の攻撃。何をしようが何を言おうが、とにかく叩かれる運命にあるらしいな、この子には。


「よし、着替えたね。そんじゃ行くよ、学校。今から走ればギリギリ間に合う! 気合い入れて行こー!」

「お、おー」


 世理奈殿に手をぎゅっと握られて、私はぐいぐいと引っ張られてゆく。向こうに比べれば霞んでいる空が、なぜだかより青く輝いて見えた。こちらの世界は平和なのだ。こんなに素晴らしい世界を、人は築くことが出来るのだ。


「それにしても健人、剣だけはどうしても持って行くんだね。もういいけどさ、先生に没収されても知らないから」

「没収? それは困る。どうしても奪うと言うのであれば、また一戦交えても」

「やめんか。それでおじさんが呼び出されてたでしょ、この前も」

「痛い。あの、目潰しはさすがに危ないのでやめてもらえないだろうか」

「それぐらいやめて欲しいってことなの、こっちも。やめて欲しかったらやらないこと。分かった?」

「う、うむ、なるほど。良く分かった」

「あと、目潰しされた時のリアクションがつまんない。いつもなら、目が、目がああああ! って叫ぶのに」

「……いつもやられてるのか……」


 こっちの私は、いつもこれに耐えているというのか。凄いやつだ。よく目が無事でいられるものだ。今夜寝る前に目の鍛え方を教えてもらえるよう、書き置きを残しておこう。


 昨日私の部屋に戻ったら、こちらの私もいろいろと書き残してくれていた。お互いに分からない事がかなりあるが、協力して乗り越えるしかあるまい。


 ――そして、放課後。この時間になると、帰宅して良いらしい。


 今日はなんとかうまくやれていたと思う。授業という時間には教師という者に指名され、問題の答えを求められる事もあったが、私には見た事も聞いた事も無い数式だ。正直に「分かるわけがあるまい」と答えたが、あれは何かいけなかったのだろうか? 教室が凍りついたように感じたが。


 体育では、サッカーなる球技の紅白戦を行い、私はゴールキーパーという役目を与えられた。敵のゴールにボールを入れれば良いと教えられたので、自分の位置から直接手で投げ入れたり蹴り入れたりを50回ほど繰り返した。時には蹴ったボールが破裂したりゴールネットが焼き切れたり敵に当たって失神させたり骨折させたりもしたが、味方には大変喜ばれたのでこれは良かったのだろう。私には何が面白いのか全く分からない球技だったが。


「帰るよー、健人。あんた、ロッカーに隠した剣を忘れないようにね」

「無論だ」


 剣は没収されなかった。世理奈殿がうまく持ち込み隠してくれたおかげでだ。結局、聖剣クラウ・ソラスは何の活躍の機会も無かったが、なぜ警告を発していたのだろうか? まぁ、こいつを使わなければならない時など無いに越した事はない。これでいいのだ。


「あれ? 瑛理子ちゃん?」

「む?」


 下駄箱で靴を履き換え、玄関を出た所で不意に世理奈殿が立ち止まった。瑛理子ちゃんなる少女が、柱の陰からこちらをこっそりと覗いていたからだ。その様子は明らかに不審だ。だから世理奈殿は不可解そうに止まったのだ。


「ひぎっ。あ、あの。世理奈さん。あ、あのあの」


 世理奈殿に見つかった瑛理子なる少女は、おどおどとおずおずと姿を見せた。その姿に、私は衝撃を受ける。


「エ、エリー……?」


 今は私の身の回りの世話を役目としている幼馴染み、エリーにそっくりだったのだ。


 あまりの驚きで声も出ない。そうか。異世界同士、人の縁とでも呼ぶべきものは、かなり共通しているのかも知れない。何故かは分からないが、それが法則なのだとしたら……!


「どうしたの、瑛理子ちゃん? わたしに何か用だった?」

「はふっ。い、いえそのあの。よ、用はありますけど、世理奈さんじゃなくって」

「じゃあ、健人? あ、ごめんね、瑛理子ちゃん。健人に何かされたんだね。お金返してないのかな? それとも掃除当番押し付けられた? じゃあ殴っとくから安心してね」

「え? また殴られるのであるか?」


 1日に何度殴られるのだ私は。こんなに殴られた事は、私の生まれ育った貧民街でも無かったが。


「ち、ちちち、違うの世理奈さん。その、ちょっと、あの」

「違うの? でもまあとにかく殴っとくから許してあげて。さぁ歯を食い縛れ、健人」

「理由分かっていないのだが。なんだか分からないが殴られねばならぬとあればやむを得ぬ。さぁ来い世理奈殿」

「いつになく潔いな健人。天晴である」


 世理奈殿が拳を握って振りかぶった。あれ? グーで殴られるのであろうか? てっきりビンタだと思ったのだが。あと、世理奈殿に私の口調が伝染っている。天晴の意味は知らないが。


「や、やめて! 違うの! そうじゃないの! あの、あたし、健人くんに……け、健人くんが好きなんです! そ、それを、伝えに……でも、いつも側に世理奈さんがいるから……」

「はへ?」


 エリー、ではなく、瑛理子殿のストップは間に合わず、私は無意味に殴られていた。しかも、腰の入ったいいパンチで。


「痛い」


 本当に結構痛かった。


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