#3 魔王が復活するらしい

 マジか。もしかしたらと思ったけど、やっぱり見慣れない天井だよ。一昨日は見知らぬ天井だったけど。つーかあと10回見ても見慣れなさそうな豪華な天井なんだけど。なんで天使が歌ってるん? どうせなら美少女がサマービーチで戯れているイラストにして欲しい。こういうリアル系な絵画って、夜中目が覚めると絶対怖いってばよ。


「お目覚めでございますか、ケントレアス様。良かったです。失礼ながら、もう何十回も揺らしたり叩いたり蹴ったりしておりましたが、全く目をお開きになりませんでしたので、もしや死んでいるのかと思い」

「重い。分かったから、まずは降りてくれないかな。あと、首にかけた手も放してもらえると助かるよ。それと、生存確認に首絞めるってのは間違ってるから。あとで他の方法教えるから」


 目に入ったのは見慣れない天井だけではなかった。ケントレアスやら呼ばれてるこっちの俺に専属で雇われている女の子が、俺に跨って首に手をかけていた。ばっちり間違いなくメイドってやつ。黒の清楚なメイド服ってマジ最強。は、嬉しいんだけど、どうもこの子、俺、というか、ケントレアスに恨みがあるらしい。平和な日本で油断しまくった生活してる俺なんて秒殺されそうなんだけど、なんなんこの子? 本気で殺す気は無いみたいだけど。


「失礼致しました。わたし、ケントレアス様が大嫌いなものですから」

「言わなくていいよそんな理由! 聞いてないし!」

「しかし、このお仕事はかなりの高給。手放すわけにはいきません。なので、隙を見てはストレス発散の為の嫌がらせを、少々させていただいております。あくまでも少々ですが」

「いいって言ってんのに! そんな事情を話されたって、じゃあしょうがないねなんて言えないから! それと、嫌がらせって量の問題じゃないから! 少しでも多くても困るから! それで許されようとするの、おかしいから!」

「ち。心の狭いやつですね。今日の朝見も欠席すればいいのに」

「舌打ちした!? きみっていつもそんな風なの!? ケントレアスってそれでも解雇してないの!? めっちゃ心広くない、それ!? つーかまだ乗っかったままなんだけど! ……て、え? 朝見? 欠席? 今日も?」

「はい。昨日のケントレアス様は、朝見に向かわれる途中でセリーナ姫様と出会われて、謎の失神をされました。結果欠席。主席騎士たる勇者の称号を持つ者が、遠征中でも無いのに二日連続で欠席したとあれば、さすがになんらかの処罰は下りましょう。ちなみに今朝も、あと五分で始まります。懲罰必至で笑えます」

「ええええええええ!!!! ダメだろ、それえええええ!!!!」


 朝見とは、この王国の武官文官が、王城の国王謁見の間に参集し、王からの訓示を賜ったり各部署からの連絡報告事項を聞いたりする、まぁ学校で言えばホームルームみたいなものだ。学校でも遅刻すれば放課後呼び出しされたりとかするし、あんま連続だと親を召喚されたりもする。現代日本なのでそれくらいで済んでいるが、中世ヨーロッパ封建社会風バリバリなこの世界では、軽く首を飛ばされてもなんら不思議なことはない。イメージだけど。


「と、とにかく着替え! 着せて着せて! 鎧とか着せてええええ!」


 こんな変な防具、どうやって着るのかさっぱり分からん! 全部鉄だし重いし臭いし! こんなもん、一人じゃ絶対着れないぞ!


「……いいんだよ。行かなくても。騎士なんか、除名されちゃえばいいんだ」

「え?」


 涙? この子、泣いてるのか?


「ケントがセリーナ姫様のこと、大好きなのは分かってる。ちっちゃい頃から、ずっと傍で見てきたもん。頑張って頑張って、みんなに無理だ諦めろって言われてたのに、ケントは毎日毎日剣を振って、倒れるまで走ってて……ずっとずっと、馬鹿みたいに頑張ってた……」


 この子、ケントの幼馴染みなのか? だからこんな事されても解雇しないのか? しかも、この流れ。ギャルゲーとかだと、この後の展開って。


「でも、わたしも、馬鹿みたい。そんなケントを応援して。いつも励まして慰めて。それで、夢が叶ったらどうなるの? わたし、ケントの何になるの? わたしはケントの事、好きなのに! ずっとずっと好きなのに!」


 やっぱりだああああああ!!!! どーすんだよ、これえええええ!!!! 俺はケントレアスじゃないから分からないんだぴょーん☆ なんて言える雰囲気じゃねぇだろこれえええええ!!!! 


「何にもならぬよ。朝見を欠席したくらいで、そやつをどうこうする気は無い。これは王のご意志であるからな」

「えっ?」

「だ、誰だ?」


 突然話に割り込んできたやつは、俺の部屋のドアを勝手に開けて入ってきていた。いかにも魔術師然とした初老の男だ。そいつは真っ白な長い髭を弄び、うすら笑いを浮かべていた。


「席を外せ、小娘。わしはこやつと話がある」

「むっ」

「は、はい。畏まりました、魔導師長様」


 じじいに顎で出て行けと指図されたメイドさんは、涙を拭きながら退出した。外に出る間際、ちらと俺を見た目が胸に刺さる。瞬間、腹が熱くなった。


「なんだよお前、偉そうに。俺はあの子と大事な話をしてたんだ。出て行くなら、後から来たお前だろ。魔導師ってやつは、グリモアが読めても空気は読めないもんなのか?」

「なにぃ?」

「ケ、ケント!」


 うおお。なるほど、さすがは魔導師の長ってことか。ちょっと睨まれただけでこの圧力。息子が縮み上がってやがる。これに比べりゃ、地元のヤンキーのガンなんてかわいいもんだな。まぁ、それでもビビるんだけどね、俺は。


「口には気をつけるんじゃな、小僧。おぬしは、わしに召喚されたのじゃ。つまり、主導権はわしにある。無事元の世界に戻りたくば、わしらに協力することじゃ」

「はい、わかりましたごめんなさい」

「ケ、ケントォ!?」


 ごめんよおおおお! そんな目で見ないでくれよおおおお! だって俺、ずっとこんなとこにいたら死んじゃうもの! 臆病でか弱い子羊なんだもの!


「なんという屈しぶり……。わしに逆らうとは骨のあるやつと思うたが、張子であったか。ふにゃふにゃじゃの。息子と同じでふにゃふにゃじゃ。げひひひひ」

「う、うわぁ……下ネタぶっこんで来るスタイルなんだ……。笑い方が下品だし。こんな魔導師、嫌だなぁ……」

「なんじゃと? わしはこれで『親しみやすい魔導師』アンケート歴代一位という調査結果ももらっておる。わしは人気者なのじゃ」

「いてっ。ちょ、その杖、凄く痛い」


 杖でごんごん頭を叩かれた。いるよね、こーゆーじじい。どこの世界にでもいるんだな。嫌われてるのに全然気づいてない、幸せなじじいがさ。


「まぁよい。そこの小娘も同席して話を聞け。この世界の事情に疎いおぬしには、サポート役がいるじゃろう。その小娘にはそれをやらせることとする」

「え? あの、ケントが、この世界の事情に疎いって……」

「ああ、ああ。そやつは貴様の知るケントレアスではないのじゃ。順を追って説明してやるゆえ、しばし黙って話を聞け。それから、おぬしらへの役目について説明する。他言無用の極秘事項ゆえ、書面は残さぬ。心して聞くがよい」


 じじいはそう言って「よっこらしょ」と俺のベッドに腰掛けた。この掛け声はこの世界にもあるらしい。


「さて。まずはおぬし、健人とケントレアスの入れ替わりについてじゃが。これはお互いを触媒とする召喚魔法によるものじゃ。おぬしらを通じ、二つの世界は繋がっておる。どちらかが傷つけばもう片方も傷つくし、死ねば二人ともが死ぬ」


 いきなりヘビィな語り出しだった。これだけでもうお腹いっぱいだ。今すぐおうちに帰りたい。しかし、こんなのは序の口だった。話の重さは加速度を増して、最後はブラックホールすら形成しそうな勢いだった。途中の話は割愛するが、結論としてはこういうことだ。


「……というわけで、魔王の復活により、間もなくこの世界は滅ぶじゃろう。勇者ケントレアスは確かに強いがそれだけじゃ。軍勢が相手となれば、やがて力尽きるじゃろう。分かるかの? つまり、今のままでは勝算はゼロなのじゃ。よって、一縷の望みに賭けて召喚術を行使した。勇者ケントレアスを触媒にしたのは、それに見合う知恵者が召喚されると信じたからじゃ。そして、おぬしがやって来た。あとは言わずとも分かるじゃろ? おぬしの使命は、魔王を倒し、この世界を救うこと。おぬしに全てが託されたのじゃ」

「いや、そんなクソ重たいもの託されても持てないんですけど。俺、箸より重たいものなんて持ちたくないんですけど」

「そして、その日は間近に迫っておる。今日か明日にでも、地獄の釜の蓋が開く」

「おうち帰るん。あったかいご飯を食べて、眠りたいん」

「きゃああ! ケント、しっかりしてぇ!」


 倒れた。もう嫌だ。準備期間少なすぎるだろこれいくらなんでも。そこでどうして俺が呼ばれちゃったん? 俺、普通の高校生なんですけど。成績もそこそこだし運動も普通だし、特にこれといったスキルもない、ただの高校生なんですけどおおおお!!!!


 いやね? ゲームだったら良くある設定だし? クリアー出来るように作られてるから安心して楽しめるじゃん? こういう設定、燃えるじゃん? 本当にこんな冒険できたらいいなって思うじゃん?


 でも、やっぱ現実となると話は別じゃあああん! クリアー保障なんて無いわけじゃああああん! リアルデッドエンドって、セーブもコンティニューも無いわけじゃああああん!


 薄れゆく意識の中、不意に向こうの俺が気になった。

 あいつはこのことを知っているんだろうか? 入れ替えで向こうに行った俺には、どんな試練があるのだろう?


 でもさ。絶対に俺のほうが損だよね! 向こうは魔王なんて出てこないし、安全安心な日本だもの! こんなん不公平過ぎるだろ! くそう、この恨み辛みを伝えてやる! 紙に書いて、この部屋に残してやる! 向こうでエンジョイしている俺に読まれるように、めっちゃテンション下がる手紙を残してやるうううう!


 しかし、あちらはあちらで大変な事が起こっていた。俺はそれを、自分の部屋に残されていた俺からの手紙で知ることとなる。


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