第12話///これってもしや始まりじゃない?

 月に二度開かれる骨董市に僕は足を運んだ。愛用の肩掛けカバンには例の万年筆と罫紙けいしという原稿用紙を詰めて……。

 僕は、身悶みもだえしながらその日を待ったのだ。急な階段を足早に登って寺社につくと果たしてあの老人が、同じ場所で同じように店を開いていた。

「あの……」

 どう話を切り出そうかとかまるで考えずに思わず声をかけると老人が顔を上げた。その時、僕に向けて見せた笑顔は以前の微笑ではなかった。

「ほっほっ……存外ぞんがい早かったの。どれ、ちょっと喫茶店にでも行こうかね」

 そう言うと老人は立ち上がって靴を履きはじめる。

「え、あの……お店は?」

みな冷やかしさね……おっと、こいつは持っていかねば」

 老人は、グラスに飾ってあった万年筆と罫紙けいしの束を手にすると両隣りょうどなり出店者しゅってんしゃに慣れた様子で挨拶し、先に階段をおり始めてしまう。

「あ、ちょっと待ってくださいよ~」


 近くの喫茶店に腰を下ろすと老人は最初に百円ライターで煙草たばこを一服つけた。その所作しょさは手馴れたものだが、道具が煙管きせるだったので店員がチラチラとこちらを見てくる。

紙巻煙草かみまきたばこってのはどうもにおいが好きになれないが、このライターってのは便利だねぇ」

「は、はぁ……」

 何から話すべきかと頭をフル回転させている僕は、それどころじゃないどうしても生返事になってしまう。

 そんな僕に老人は、一枚の罫紙けいしを寄こしてきた。達筆な文字で数行に渡って書かれているが、漢字が多くて判読はんどく不能だ。

「あの……これは?」

「書いてある通りさ。……何? 読めないって?今どきの若者は……」

 僕、若いったって三〇過ぎてるんですけど。

つまんで言うとな……勇者ナガマサのいるへ出向いて骨董屋こっとうやを開き万年筆と原稿用紙を渡して元の世界へ戻る……そんなとこだ」

「……はい?」

 老人の説明によると僕は、数々の魔法技術と道具あいてむたずさえて日本的な島を訪れ国の危機を救う英雄として歴史に刻まれているらしい。

「この紙とペンだって大元はあんたが遠い国から持ってきたんだよ?」

 そういうと老人は先ほどの罫紙の上に万年筆を置いて見せた。

「で、でもそれだと矛盾ぱらどくすしょうじますよね? だって……」

「ウチの家系は代々、学者を輩出はいしゅつしていてな。研究は得意だが作家になった者は一人もおらん。それよりホレ」

 手を差し出してきた老人は、僕の書いた原稿を見せろという。


 編集者に持ち込みの原稿を見てもらう新人のようなていだが、心の中は、作中でこの不思議な稿の問題を矛盾無く解決させねばならない僕の心は大いに乱れていた。

「ふむ……序章としてはこんなもんかの。しかしちょっと問題があるかなぁ」

「な、何でしょうか?」

 老人が再び一服いっぷくける。その時間がもどかしい!

「お前さんが設定した中世というのがいつ頃かわからんが雰囲気から言うて十三~四世紀じゃなかろうかね?」

「え……えぇ、それがどうしたんですか?」

「いや、編纂された歴史では、ナガマサは十六世紀に種子島へ到達するんだわ。いくら英雄でもそこまで長生きできるものかのぉ?」

 ピシッと心の折れる音がした。と、同時に腹の底から笑いがこみ上げる。

「……いいでしょう。最大の矛盾ぱらどくすを含めて僕の今までの人生でつちかってきた物語作りの全てを駆使くしして大団円だいだんえんに導く話を書こうじゃないですか!」

 僕の決意を一通り聞いた老人は、口から煙草たばこの煙を吐き出しながら暢気のんきな調子でこう言った。

「さようか……まぁ、お頑張り」

 老じ……爺ィの物言いに僕はこのライトノベルに全力で取り組み絶対に大賞を取ってやろうと決意した……。

<おしまい>

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日帰り異世界冒険譚 s286 @s286

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