後編

 神社に向かう時点で分かってはいたが、昨日の……日付では今日か。ともかくあの不気味な雑木林の近くに通りかかっていた。……。流石に昼間は大丈夫だろう。人通りもあるし、遠目からだけでも見てみるか。我ながら懲りていない。

 ……。普通に雑木林はあった。よくホラーである、なくなっている! ありもしなかったんだ! というオチではないらしい。例の音も、しない。ただ鮮明に思い出せる。あの音、どこか落ち着く、甘く響く恐怖の音。流石に近づくことはしない。なんとなくおへその傷がうずくからだ。僕は神社へと向かった。



 地元だし、傷を見せつつ、ざっと話せばああそれですかと神主の人が説明してくれることを期待していた。しかし、そんなことはなかった。聞いた事もないですねぇと言って、それでも一応お払いはしてくれた(もちろん、しっかりお支払いもしたが)。この人連れてって現場に行こうかと思ってもみたものの、そこまでする気は起きなかった。なんだか気だるい。帰って寝よう。


 思えば今日は毎週買っている週刊誌の発売日だ。夜中にコンビニへ行ったときに、雑誌売り場を見ておけばよかった。今どうこういっても仕方ない。今日を逃すと買いそびれるかもしれない。コンビニに寄ろう。


 コンビニ袋を下げ、帰宅。横になり、雑誌を読みながら寝落ちといこうか。


 ……あれ、話が飛んでいるな、先週買い逃したっけ。買っていたと思うけれどなあ。積んでいる雑誌の一番上を確認する。バックナンバーが買ったやつと二つ違った。やっぱり買い逃しなのかあ。悔しさからか、ただ、なんとなくその先々週号の発売日を見る。……。ん、やっぱり先週のやつだこれ。じゃあ今日買ってきたやつは……。冷や汗がじとりとにじみ出る。

 今日買ってきた雑誌の発売日は、来週のものだった。…………っ!!!?

 つまり今日は来週……?

 いや待て待て待て。発行ミスかもしれない。僕は避けていた携帯を手にする。そこにはやはりとして残酷にも表示されていた。それに、通知が98件……。

 一週間、僕は寝ていたのか?

 夢であってくれよ。ショックではあったものの、急に眠気が強くなった。そうだよ、眠いんじゃない、眠っているんだよ。だからさ、言うだろ? 夢の中で寝たら目が覚めるんだよ。さあ、起きよう。目を閉じて、こんな悪夢とはおさらばだ。

 意識が薄れていくこの感覚、ああ、安らぐ。体がなんだかぽかぽかしてきて、この温もりを逃さぬようにうずくまる。…………



 目が覚めた。全身を包む気だるさを、蹴飛ばすように伸びをする。ふぅ。なんだかとても気持ちの悪い夢を見た。そうだっけ。寝る前に嫌な事があったんだっけ。嫌なことだったら思い出さなくていいか。あれ、今日は休みだっけ?

 寝転んだまま、充電しっぱなしの携帯に手を伸ばす。

 固まってしまった。画面に映し出された。数値上限に達してしまったであろう大量の通知。思い出してしまった。思い出したくなかった。

 眠り病かなにかにかかってしまったのか。こんなことおかしい。

 僕は起き上がろうとするも、できなかった。足が、石のように重い。ひざが曲がらない。しばらく使っていなかったせいでなまりきったのか……?

 液体窒素を延々と背中に浴びせられている感覚だった。いや、落ち着け、携帯が壊れて、足も単に寝違えたか疲れが溜まっていただけかもしれない。それに、それに。

 

 今が現実である感覚? ある。確かにある。夢にはないどうしようもないはっきりとした感覚。何回も体験した目覚めたという感覚。

 ……でも、夢は経験したことを夢に見るとも言うんだろう。その何回も体験している目覚めの感覚、現実だというはっきりとした感覚を


 どうせ動けないんだ。僕は目を閉じ、まどろみに沈んだ。なにかに包まれていくような感覚がする。なんだろk……







 目が覚める……というより、意識が始まった。僕は夢を見ているのか。体の感覚がなく、全身が固まっているのだけ辛うじて分かるくらいだ。うずくまっている……?

 意識して見る夢、明晰夢というやつなのか。よく知らないが、とりあえず何もできないので困った。周りは木々に囲まれているようだ。まるで僕を守っているかのよう……既視感がある。そりゃ夢はそんなものか。体験のつぎはぎ。既視感の連続だろうさ。それにしてもここは、心地いい。いい思い出のある場所だったのかもしれない。

 体内回帰。そんなこと願ったこともなかったが、なんとなくこんな心地に浸っていられるのなら悪くないなと思えた。

 時間は過ぎていく。いくらでも過ぎてくれ。お腹も空かないし、別にどうということもない。逆だった。なにかに僕は満たされていく。へその緒までついているのか?

 眠くなる。夢の中なのに変だな。いいさ。夢の中で寝たって。それができれば僕は永遠と夢の中に居続けられるんじゃないか?夢の中で夢を見て、その夢の中でも夢を見て、何十もの夢のゆりかごに包まれて、そして僕は……胎児のように眠るんだ……。








 くるしい。気がついた。どうやら僕を満たしてくれていたものが供給されなくなったらしい。体も縮んでしまったかのようだ。なにか……僕に張り付いている……?

 なんでこんなことするの。気持ちよく寝ていただけなのに。


 くるシい。たすけて。誰かタスけて。動けないンだよ。ダレか来て。ぼくニついていルもの……




 はがして












「うっすぅぅ、はぁぁあああ!!」


 飛び起きた。悪夢だった。僕はあの昨日見た、雑木林の石になっていた。き、昨日?

 僕は携帯に手を伸ばす。良かった。年月も通知もおかしいところはない。……。待って、昨日っていつ。

 帰ってすぐ寝た日? 夜中に出歩いて音を聞いた日? お払いしてもらった日? いつから夢で、どれが昨日だった? 僕は

 僕はベッドから跳ねるように立ち上がる。テレビをつけ……つけれなかった。外に出ようとドアノブを回すも、回せなかった。僕はふと服をまくり。おへそを見てみた。そこには――――――――なにもなかった。なにもない? 傷ひとつない。

 なら、全てのことが夢だった? ……これもまた夢なのか?

 うんざりだった。僕は台所に行き、包丁を手にして……












「っていう夢を見ましてね。いやあ、ほんと病魔にうなされながら見る夢はひどいもんですよ」

「そんな話をされてもねえ」

「この1ヶ月なにをしていたんだと訊かれたのでお答えしたまでですよ」

「つまり、病気で寝込んでいたと」

「ええ」

「ふむ、じゃあ、結局どこまで夢だったんだ?」

「どこまで? なにをおっしゃる。全部夢ですよ。夜な夜な変な音を出す、雑木林の胎児の石なんて、あるわけないじゃないすか。たまに今でもあの音の耳鳴りはしますけれども」

「……ならその首の絞め跡や、手の傷はどうしたんだい」

「寝ているときに自分で暴れてつけたんでしょうね」

「…………これもまた、夢だと思ってはいないだろうな」

「思いませんよ。どうしようもなく現実です」

「とすると、さっきからその手に持ったはさみはなんだ」

「ああ、引っこ抜くのは痛いですし、どうせまた生えてくるんだから切ればいいかなと。とち狂って自殺や他殺をする気は今はないですよ」

「………………」

「さっき切っちゃったからなあ……ああ、根元だけでも見ます? ん、こっちは包丁でお腹掻っ捌い……盲腸の痕ですね。どうしました? 顔色悪いですよ? お疲かれのようだ」

「憑かれているのはお前だろうが」


 

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