木の宮
エフ氏になりたかった豆
前編
くたびれていたせいか、アパートの自宅に帰るなり横になって寝てしまった。それが祟ってか、夜中になんとなく目が覚めてしまった。時計を確認すると1時少し過ぎたあたり。起きるまで時間がかなりあるので、寝直そうと試みるも、どうも寝付けない。
夜ご飯を食べていないので、小腹がすいているからかな。冷蔵庫に何もなかったはずだからシャワーを浴びてコンビにでも行こう。
外に出ると、ほんのり肌寒い9月の夜。つい半年前に越してきた
自転車でくれば良かったかな。コンビニまでの道は結構な登り坂になっていて、自転車だとふとももの表面?がぱんぱんに痛くなるので、コンビニへはいつも歩きだった。ただ、妙にびびりになるスイッチが入ってしまっていたので、今はひたすらに後悔するばかりだ。
コンビニに着く。まばゆいばかりの店内の照明と、さっきまでの夜の世界にギャップがありすぎて、少し変な感覚に陥る。ここはさっきまでの現世と本当に同じなのかな……。どうやらまだ僕は寝ぼけているらしい。
適当な弁当と朝ごはんをささっと買う。朝ごはんを買ったのはいいけれど、こんな時間に起きていて、朝に起きれるのかな。それに、ちょっと食べ物を買いすぎたな。お腹もそこまで空いてないのに、日持ちしないやつを余計に買いすぎだ。なんでだろう、新商品が目に付きすぎたか。
店内から出るとき、ガラスドアの外の漆黒具合にげんなりする。それでも行きよりかは幾分かましな心持で踏み出した。
帰り道、丁度コンビニと家の間あたりに差し掛かった時、妙な音が聞こえてきた。
ぎゅむむむむ、ぎゅるり。
なにかの鳴き声? いや、電気の通電している音? どちらともつかない、地鳴りのように低く響き、それでいて中々に通る音。どこから聞こえてくるのか判断が付かない。全方位から聞こえているかもしれないし、真下から聞こえているかもしれなかった。
幻聴……? こんなにも幻聴は体に響くものなのか。そんなはずない。一瞬で全身が強張った。
ぎゅむむむむむぬ、ぎゅるぎゅるぎゅる……。
ちょくちょく息継ぎのように音が止まることはあったが、鳴り止む気配はなかった。分かりきっている竹林の音でもびびっていた僕が、その不明の音では心臓が止まるかと思った。
さっさと帰ってしまおう。そう思い、止まってしまっていた歩みを再開するも、またすぐに止めた。ふと脳裏に過ぎってしまったのだ。この音は家に帰っても聞こえるだろう。そうしたら、いつ止むのかも分からない謎の音が怖くて眠れないんじゃないか。一度帰ったらもう明るくなるまで外に出れない。今、音の正体をつきとめておくべきでは。
僕はその音をよく聴いた。
ぎゅる、ぎゅぬ、ぎゅぎゅぎゅぎゅ……ぎゅる
住宅街の方から聞こえる……。川の方からならウシガエルとかそんなんだと納得できそうだったのに、家々しかない方から……やはり電灯がおかしくなったとかなのか。
僕は自宅から反れるように歩いた。音が徐々にだが大きく感じてきた。
正体がはっきりすれば怖くはない。正体がはっきりすれば怖くはない。そう自分に言い聞かせてなんとか歩かせる。
ぎゅりりり、ぎゅぎゅぎゅ ぎゅむる ぎゅむ、ぎゅるるるぅるるるるぅ
一層全身に響いてきた。近い。というか、なぜこんなにも響く音を、誰も家を出て確認しようとしないんだ……? ひょっとして慣れっこなのか? ここ最近ではなかったが通例なのか。
少しほっとする。嫌な予感もあるにはあったが完全に思考停止するので考えないようにする。
辿り着いた。音は、住宅地のど真ん中、ブロック塀に囲まれたちょっとした空き地の雑木林から漏れ出していた。なぜだろう、音の響き方から、この雑木林よりも奥に音源があるかもしれないのに、ここから音が聞こえてきていると確信を持てた。
ほぼ月明かりだけが頼りの状態で、その明かりが届かぬ雑木林の中に踏み入る勇気を僕は持ち合わせてはいない。持ち合わせてはいないはずだった。
一歩、一歩、一歩、僕はその雑木林に近づいていく。
ぎゅるうぅう、ぷぅう う、ぎゅち ぎゅちち……。
なんだろう、ここまで来たんだからってのもあるけれど、いつからだろう、この声に呼ばれているような気がしてきて……? 声?
空き地の境界、有刺鉄線を跨ぎ、雑木林の中へ入った。中は薄暗く僅かに目の前だけ分かる暗黒で、じっとりと、不自然に生暖かい。そして、雑木林の中は、意外にも空洞に近かった。木のドームとでもいうか。周りの木が真ん中のものを避けるように伸びているというか、それを守っているように伸びているというのか。
そのドームの中心にあったもの、バスケットボールより一回り大きいくらいの石だった。トカゲが丸くうずくまったような形……。なにか紙が張っ付いてある……?今にもはがれそうだ。
ぎゅるる ぎゅむむ ごぽ、ぎゅじぎゅるぐ ぐ ぐ ぐ ぐ ぐ ぐ ぐ ぐ
石から、というより木のドーム全体から響いたその音は、今まで比べものにならないくらい大きく、当てられた僕はよろめくほどだった。そのおかげで僕ははっとした。背筋は完全に凍りついた。……やばい! まずい! これは冗談にならん!
一目散にその場から逃げ出す。何回も木にぶつかる。こんなにも木と木の間隔が狭かったか?! こんなにも雑木林は広かったか?! 見えない、出口が、息が、苦しい!
ぎゅおお、ごぷ、ぎゅぎゅりぎゅじゅ、じゅうぎゅむ ぐむむむぎぐぐぐぐ
僕はようやく理解した。はっきりとこの不気味な音の意味を。
お札をはがして
背中にびりびり当たるその音に恐怖しつつも僕は走りきった。有刺鉄線というハードなゴールテープを切れはしれなかったが、ぶち当たった。痛い。この痛みが、実は夢だったんだよという幻想をぶち壊す。いつの間にか雑木林を抜けていた。一瞬の出来事にも思えたし、永遠のことだったかのように疲弊しきっていた。なんて、一息ついている場合じゃない。僕は有刺鉄線を跨ぎ、家へとまた走り出した。
帰り道、流石に走り続ける体力が残っていなくて、途中から歩きにせざるを得なかった。そこで気づく。音がもう聞こえなくなっていたことを。持っていたコンビニ袋をなくしていたことを。手が血だらけ、なぜかつたが手足、腹や首に巻きついていたことを。
そしてなにより一番不気味だったことは、おへそに変な違和感があったことだ。
恐る恐る僕は服をたくし上げる。そこには、おへそにつたが刺さっていた。それが何を意味するのかとっさに分かり、つたをへそから引きずり出した。軽く血は出たが、そこまで深く刺さってはいなかった。巻きついていたつたも全部外し、持って帰るのも不気味なのでその辺に捨てた。もうはっきりさせなくてもいい。分からなくていい。忘れよう。否定したい現実、疲労感と痛みと眠気でよく分からない気分のなか、棒のようになった足をひたすら動かす。
あの音が再び聞こえてこないことを祈りながら。
目が覚めた。んん……、ふぅ。嫌な夢を見た。汗で全身びっちょりだ。時計を見る。13時。うん、遅刻だ。携帯がぴこぴこ光り、通知が来ていることを知らせていた。今は言い訳を考えさせてくれ。放っておいた。
起きて顔を洗う。手の傷に水が染みて痛い。……。鏡を見る。顔はすりきずだらけ、首になにか紐のようなものが巻きついたような痕がある。……腕にもある。……服をたくし上げる。おへそからなにか芽が生えて……は流石になかった。傷痕があるだけだった。
………………。それにしても夢であって欲しかったな。もう今日は休むことにして、お祓いにでもいこうか。
準備を整え、アパートを出ようとドアを開けようとすると、やけにドアが重かった。手が傷だらけで力が入らないのか。ノブを回したまま全身で押すようにしてようやく……ぶっ、というなにか切れたような音と共にドアが開いた。
開けたドアを外から見ると、ぱさぱさになったつたが、はりついていた。つたの伸びている元は……途中で枯れていて途切れている。もういい。今は真昼間だから怖くないぞ。
ばりばりとぽそぽそになったつたをドアからはがしていく。同じアパートの人はどう思ったのかな。適当にとれたら近くのお寺に……お払いってお寺? 神社かな?
たしか、神社が近くにあったから、神社にいくか。出かけようとする。うわ、ポスト結構溜まってたんだな、はみ出している。最近見てなかったからなあ。取るのは後ででいいか。面倒だし。少し痛むおへそを服の上からさすりながら僕は歩き出した。
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