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読み切り

 第一章 こうして私の中学校生活は始まったっ! ~問題だらけのようですが?!


 今日から私は中学生になりました。

 これから3年間通うことになるのは、市立梅宮中学校。どこにでもあるような普通の中学校です。

 しかしながら、憧れの制服を身にまとい、散った桜で染まった花道をゆっくりと歩む。

 その姿は、町ゆく人すべてを虜にした。

 そう、それは宇宙人のものでさえも……。

「がははは、おとなしくしていろ! そうでもしないとここで公開処刑だ!」

 銀色で細長い体と、短すぎてもはや見えないレベルの短足をもった地球外生命体が一人の少女の目前に現れた。

「おまわりさーん、この人です! この人が私を脅迫してきまーす。あ、人ではないか……。おまわりさーん、この地球外生命体です。この(以下略」

 この人かどうかよくわからないやつ、凄く気持ち悪いんだけど……。

 まじやばくね?

 えっと言いたげな顔をして、周囲を見渡しながら宇宙人は汗を垂らした。

 すると警察官が来た。

「署までご同行願います」

「俺はなにもしてない!」

 宇宙人は犯行を否定したが、そんなことで「あ、そうですか」などと易々と引き下がる警察官ではない。

「いいからはよこいよ」

 警官は怒ったような表情をして、言った。

「あっ、はい」

 宇宙人はその表情に負けたのかあっさり負けを認めた。

 そして警察車両に乗せられ宇宙人は、もの悲しげにさっていった。

 こうして、地球の平和は再び守られたのであった。

 めでたし。めでたし。


「えーそれで終わりなのぉ~?」

 絵本の中身を覗く幼い女の子は言った。

「そうよ。悲しいお話ねぇ」

 彼女の母親らしき人はその質問に応答した。

 私の小さいころの思い出……ではないのだが、変なものを見せられている。

 デパートで絵本を読んでいる彼女らに警備員は駆け寄って注意をしていた。

 それを横目に私はその本のなかの状況に置かれていることを私は知らなかった。

「おい、手を上げろ。できないのならここでお前を撃つ! お前なんか簡単に殺せるんだからな。なぜかって? 俺は宇宙人だからさ。がははは」

 そういって地球外生命体は私に54式の銃口を向けた。

 やだ、やだよ! まだ死にたくない! あと3年間の義務教育が残っているのよ?!

 私は死にましぇん! あなたが……好きではないね。

 うん。好きじゃない。まったく。

 長ったらしい宇宙人の自己満を聞いたところで、この物語の主人公は、水谷みずたに春はるは、大人しく両手を挙げ、宇宙人に拉致されましたとさ。

 めでたし。めでたし。

 二回“めでたしめでたし”ってなんだか同じネタ使ってるようでいやだわ。


 どうやら、私は寝たまま歩いていたらしく、全て夢だったようだ。

 よく考えてみて。

 めっちゃ器用じゃない?

 歩いたまま寝るって神業だわぁ〜。まじみんな尊敬して?

 すいませんでしたぁ! 調子にのりましたぁ!

「夢オチかよ!」

 更に付け加えて、歩いたまま寝るってどういう状況だよ! とツッコミを決めてしまった。

 水谷春みずたにはるに周囲の人が冷ややかな視線が注がれているのに気が付き、私はすんませんと呟きながら軽く会釈した。


 学校では入学式があった。

 入学式は校長先生のながったらしい話を聞いて終わりだった。

 正直、超長かった。暇過ぎで寝ていた人もいた。

 だって5時間ずっと座って話を聞いてるだけなんて無理でしょ。できる人がいるならば今すぐ挙手しなさい!

 先生は寝ている人がいないか監視し、見つけると、注意していた。が、その後先生たちも寝ていた。

 生徒に注意しておきながらも自分も行動に至っては、先生としての威厳も保たれたものではなかろう。

 先生たちはさらに上位の先生に怒られていた。

「ざまあwww」

 先生達……今の中学生はこんなもんですよ?


 入学式が終わってクラスに戻ると、自己紹介が始まった。

 序盤の何人かは終わり、私の番はあと4つで回ってくる。

 すこし緊張して体が強張った。

「えっと……ぼ、僕は……。あ、それより眠いので帰っていいですか?」

 え、なに言ってるのこの人?! と私は驚いたが、先生の放った一言にさらに驚くことになった。

「そうですね。私もそろそろ眠たくなってきましたし、ほかのクラスより少し早めに終わりにしましょうか。ふぁあ……」

「いや、ダメだろ!」

 不意にツッコミをしてしまった。

 一体何人の人が悲しむと思っているんだ?! 後ろの人がまだ言ってないでしょうが!

 そういう問題でもないか……。


 結局、私は順番まわってきた。

「えっと……私は、水谷春です……。趣味は読書です。よろしくお願いします」

 うまくしゃべれないのはしょうがない。だって、あんな事があったんだもの。それにしても眠たい。

 目がうつろうつろしてきた。

 あ、まずい……ぐぅ。

 隣の席の子の腹の虫が鳴った音だった。

 自分の寝息かと思った。

 でも、よくよく考えると寝てる自分の寝息が聞こえるのっておかしい話だよね。


 クラス全員の自己紹介が終わって先生からの情報伝達を済ませると、先生の自己紹介がはじまった。

 どうせ適当な先生だから言うことも適当なんだろう。そうだろうと思っていた。

「はーい。ちゅうもーく」

 皆、注目してるよ。注目の的だよ。それどころか、的に矢刺さりまくってるよ!

「私は、皆の担任の綾川夢子あやかわゆめこでーす!」

 テンション高いな! こんなで教員免許とれたの?!

「夢ちゃん先生って呼んでくださいねー。それではこれから一年間よろしくお願いしまー

 す」

 こんな先生で大丈夫かな? 私の最初の一年終わらない?


 先生の大雑把な自己紹介が終わると――私も言えたようなものではないのだが――下校の時間がやってきた。

 クラスのみんなは、着々と帰り支度を済ませて帰って行った。

 私も帰ろうとした瞬間、後ろから声をかけられた。

「久しぶりだね! 一緒に帰ろ?」

 彼女は宮瀬夏佳みやせなつか。幼稚園からの幼馴染だ。

 小学校二年生の時に彼女の父親の都合で彼女と離れ離れになっていた。

 しかし、理由はわからないがこちらに返ってきたらしく、また同じ学校で授業を受けられることを嬉しく思った。

 でもなんで、こちらに戻ってきたのだろうか? それが些か疑問であった。

 無言で廊下を歩き、下駄箱で靴を履いた。周囲はがやがやしていた。

 校門を抜けると言葉が交差し始めた。

 別れちゃったときはどうしてたとか、中学校に進学する前の話とか、いろいろな話をした。


 更に世間話をしながら歩いていたが、夏佳は突然話を変えてきた。

「そういえばさ、昔みたいにあだ名つけてあげようか? 久しぶりに会ったし、昔のあだ名なんて覚えてないからさ。あはは」

 夏佳はへらへらと笑ってこちらの回答を待った。

「い、いいよ。正直ろくなあだ名がなかったし……」

 そう。

 春の過去についたあだ名は「スプリングッ!」やら「spring」やら「άνοιξη(ギリシャ語で春)」やら、変なあだ名ばかりだった。

 ちなみにこれらを考えたのはすべて夏佳である。

 それと、スプリングッ!はジャパニーズイングリッシュでspringは、ネイティブだよ!

 だから、スプリングッ!とspringは違うんだからね? いいね? 違うんだよ?

 え? これは洗脳かって? さぁ、どうでしょうね。フフフ……。

「やだねー。嫌がってもつけるもん!」

 昔となんらかわらない我侭わがままさだ。

 そうだなと続けて夏佳は

「栗きんとんとかどう?」

 意味が分からなかった。何故に栗きんとんになったのか尋ねると予想外の返答が返ってきた。

「え、なんでって、私が栗きんとん好きだからけど? ああでも、蒲鉾かまぼことか数の子とかもいいかも!」

 そのあともごにょごにょと謎の呪文を唱えていたが、すべて筑前煮ちくぜんにや、きんぴらだった。

「お節せち好きかよ!」

 こうして私は夏佳との再会を果たすのであった。


「そういえばさ、私達の学校ってさ、部活動絶対はいらないといけないらしいんだー」

 またまた夏佳は唐突に話を切り出してきた。

 それにしても夏佳は物知りだ。昔から私の知らないことをたくさん話してくれる。

 というか、何それ、面倒くさい。

 学校やめようかな。

 まさか初日にして、不登校宣言!

「そうなの? 大変そうだね。夏佳は何の部活動に入るか決めてるの?」

 まずどんな部活動があるのかも知らない私は、夏佳に聞いてみることにした。

 校則の一部知ってるんだったら、何部があるかも把握してるでしょ。

 私はそう踏んで聞いてみることにした。

「そうねぇ……何部があるか知らないから、決めてない!」

 笑いながら夏佳はそう言った。

「えぇ……」

 私は呆れた顔をして夏佳を見つめた。

 こういう肝心なところが抜けていることも昔となんら変わりない。


 それからというものの、平穏な学校生活を送りながら放課後は部活動を探す生活がはじまった。

 いい部活動が見当たらなかったが、夏佳とこれから三年間過ごす部活動を探すのは楽しかった。

 誰も一緒にやろうなんて言ってないけどね。以心伝心ってやつさ。たぶんね。

 部活動間の距離を歩くのは疲れるけどね。

 たった10余メートルでこれである!

【速報】水谷春は運動できない系女子だった?!

 運動できない系女子に失礼ですね。ごめんなさい。つまらない小説書いてごめんなさい。生まれてきてごめんなさい。

 やっぱり今の撤回。全部嘘―。うぇーい! ……いや、本当にごめんなさい。

「なんかいい部活あった?」

 私の机に座りながら夏佳は言った。

「それ、私が知りたいんだけど……」

「あはは。そうだよね」

 笑いながらそう返された。

「そういう夏佳は?」

「それがないんだよね……もう明日で一週間たつのに……」

「ん? 一週間たつと何か悪いことでもあるの?」

「あれ、まだいってなかったっけ?」

 それを肯定すると夏佳は続けた。

「一週間は仮入部期間だったから一週間は入部出来なくてもいいんだけど、それ以上は入部してないとだめなんだってさ」

「な、まずいじゃん! はやく言ってよ! 略して鯰なまずだよ!」

「そうだよ」

「『そうだよ』なんて言ってる場合か!」

「そうだよ」

 もうええわ! と私はその話に区切りをつけた。と思っていた。しかし夏佳が

「どうも、ありがとうございました」

 なんて言うものだから

「漫才じゃないよ!」

 とツッコミを入れてしまった。

 漫才が終わった後に見てくださった方のために感謝を込めてあいさつするのってマナーだよね。

 それが脳裏に浮かんだだけ。

 そう。どうでもいいの。

 しょうもない……。

「いや、漫才じゃないよ? 大丈夫?」

 自分の頭に人差し指を立てて、私に言った。

「知ってるよ!」

 ほんとしょうもない……。


 結局、その日も部活動は見つからなかった。

 して、仮入部期間最終日になった。その日の放課後も、私たちは部活動を探すはめになりました。

 そんな簡単そうに言ってる場合じゃないんだけどね。どうしよう。

「それよりさ、なんで私たちの学校ってこんなに運動部が多いの? 運動するのなんて、体育だけで十分なんだけど」

 夏佳は言った。

「でも、あれこれ言ってる時間なんてないんだよ……?」

「でも疲れたくないよー」

「あらそう? じゃあ太って豚さんにでもなるといいよ。うん、それがいい」

「太る……怖いよ……いやだよ……」

「そんな君らに朗報だよ! 文化部なのに太らないことで有名なおすすめの部活があるんだけど。どう? 気にならない?」

「ひゃう?! びっくりした。えっと……」

 人が急に現れた。私は驚いて変な声を立ててしまった。

 気が付かなかった。

 視線の先に必ず映らないと背後に回れない壁際に立っているのに、知らない間に横に着かれていた。

「私? 私は長谷部秋恵はせべあきえ。三年よ」

 容姿では中学生と思わないレベルで背が低い。

 うん。小学生って言われてもわからないね。

 身長のことでさぞかしいじめられてるんだろうなあ。

 そんな憐みの視線を送ると、「なによ?」とすこし苛立ちを覚えた声で言われた。

 とっさに「べ、別になにも」と答えはしたが、たぶん読まれただろう。

 人の心を読むなんて、超能力の一種だ。私も使ってみたい!

 使いたいなんて欲を出していい場面じゃないですよ!

「どうしてその秋恵先輩が?」

「さっきも言ったでしょう。あなたたちが、部活動が見当たらなくて探しているようだったから、おすすめの部活を“先輩として”教えに来てあげたのよ」

 どうせそんな都合のいい話があるわけないだろうと思い、不安だったので断ろうとすると

「ま、待ってよ。話を聞いてくれるだけでもいいから」

 泣き泣きだった。

 そこまで言われては断ることはできなかった。とりあえず話を聞くだけ聞くことにした。

 何か深い事情ありそうじゃない?

 泣いて勧誘するなんて何か深い理由がないとしか考えられないでしょ!

「たちどまって私の話を聞くことには評価してあげわ」

 その一言で完全に聞く気がなくなった。

「やっぱりやめようかな」

「ま、待ってください。お願いします。私が調子にのりました。すいません。だから捨てないでください。ダメですか? それでもダメですかああああ」

 ぺこぺこと勢いよく頭を縦に振っていた。

 それはどこか赤ベコに見えた。かこんかこんと軽快な音が鳴り響きそうだった。


 どうやら秋恵先輩は、文芸部という部活の部長を務めていて去年の三年生がいなくなって部員が秋恵先輩だけになってしまった。

 そのため、今年度中に部員が4名以上いないと廃部になってしまうらしい。

 今のところ新入部員はたったの一名。

 私たちが参加すれば4人以上になって廃部は免れられるらしいのですが、どうも部活動の詳細を話してくれないので問い詰めます。

 詳細を一向に話してくれないんじゃどうも怪しい。

 そりゃあ誰も入ろうとしないよ。

 ほら、怪しい広告のティッシュ配りしてる人いるでしょ? あの人が怪しく見えちゃうのと同じだよ。

 え? これ偏見?!

 いやはや失礼した。申し訳ないね。うん。本当に悪かったって心の底から思ってるよ1%くらいはね。

「それで、文芸部はなにをする部活なんですか?」

「部活に参加してくれたら話すよ」

 危険な香りしかしない。

 この人も我侭わがままな人だ。

 入部してほしい。でも、こちらの入部する為の条件は無視する。

 条件のんでくれないと話は進まないってのにね。

「そんなんだから廃部になるんですよ! まったく……。教えてくれないと入部しませんよ?」

「わ、わかったから。入部してよ……」

「内容によりますが、入部しましょう。夏佳はそれでもいい?」

「うん! 部活動の廃部を阻止ってなんかかっこいい! 私は入部するよ」

 目をキラキラさせて夏佳は言った。

「はい、じゃあ夏佳ちゃんにはこの部活動入部届を差し上げよう」

「かっこよさで部活動選ぶな!」

 三年間部活続けられるの? ちょっと心配……。

 それでね……と続けて秋恵先輩は言った。

「部活動の活動内容とその目的だけど、特になにもないの。ゲームを持ってきて遊ぼうが、花札を持ってきて賭けをしようがなんだっていいの。それが文芸部。でもいくつか条件があって、そのなかでも一番大きな条件を教えてあげる。それは、一学期ごとに一回ずつテストを受けてもらうの。簡単だからあまり深く考えなくていいからね。でもね、油断は大敵っていうのは忘れないでよ?」

「法的なものは無理でしょ? さすがに」

「え、なんでそんな楽なのに言ってくれなかったんですか?」

「この部活はね、楽ゆえに広められたら困る部活なの。しかも、この学校には部活動強制参加なんてルールもあるものだから、余計にね」

 わかるでしょ? と言いたげな顔をして、秋恵先輩はそう言った。

 私の意見は無視なんですね。そうなんですね


 さらに詳しく聞いていくと、学校で公式と非公式の部活動があるらしく、文芸部は非公式の部活動だから広めてはいけないことや一学期に一回テストなどを受けたりしないといけないというルールが存在するらしい。

「あれ、でも私たちが最後の希望だったんですよね? だったら、広めるもなにもなくないですか? ふつうに教えてくれてもよかったのでは?」

 私は素直な疑問を秋恵先輩にぶつけた。すると

「それもそうかもね」

 適当すぎでしょ……。

 これだから廃部間際にまで追いやられるんでしょ!

 前の先輩も同じようなものだったのかしら……。

 これには茫然とするしかなかった。


 こうして私と夏佳は文芸部に参加することになった。

 はじめての部活動はすこし緊張した。

 まだ部活動でなにかしたわけじゃないんだけどさ。

 大変そうな部分もありますが、頑張ります!

 明日は金曜日。

 初めて部活動がある。

 楽しみだね!

 なにをしても許される部活動で一体なにをしようか?

 よく考えるとなにをしても許されるって無理じゃない?

 だって人殺したら捕まるでょ? この部活動だったらいいの?

 いいや、ダメだろ。

 そんなことを考えながらベッドで横になると、すぐに夢の世界へと落ちて行った。



 第二章 兄妹喧嘩でひと騒動そうどう~これ本当に兄妹喧嘩ですか?!


 朝。小鳥のさえずりが聞こえて目が覚める。

「ふあぁ……よく寝た……」

 眠たい目をこすりながら、目の前に広がる親の顔より見た自室の天井を認めようとした……。

 できるはずだった。

 しかしそれは、とあるものによってさえぎられた。

「ちょっとお兄ちゃんやめてよぉ……」

 私には3歳離れた兄がいる。

 名前は水谷晃一みずたにこういち。

 高1だ。周囲からは兄妹仲良しといわれるが、兄が超絶シスコンなだけである。

「ん~、春おはよう」

「おはようじゃないよ! 私忙しいんだからどいてよ!」

 私は兄を邪魔といい蹴り飛ばした。

「痛っ! せっかくお兄ちゃんがモーニングコールしにきたのに、蹴り飛ばすなんてひどいぞ。ぷんぷん!」

 どうやら兄はご立腹の様子だ。さすがに蹴り飛ばすのはやりすぎただろうか?

 すこし反省した。

「ご、ごめんね……」

「い、いいんだよ。だから泣かないで」

「別に泣いてないよ。泣いちゃうのはお兄ちゃんでしょ?」

 私は少し微笑みかけながら兄にいうと

「お? いいのか? 本気で泣くぞ?」

 とあほをかましていた。

「ばかお兄ちゃん」

「かわいい妹に罵倒されて、お兄ちゃんは嬉しいぞ」

「気持ち悪いからやめて」

 すると、兄は見事に泣いた。

 クリティカルヒット!!

 効果はバツグンだ!


 身支度を済まして階下に下ると食卓には、兄が作った朝食がずらりと並べられていた。

 白米、目玉焼き、シーザーサラダ、味噌汁、イチゴといった構成で、バランスよく栄養が摂取できる。

 しかし、私には一つだけ不満があった。

「ねえ、お兄ちゃん」

「どうした妹よ」

「私が目玉焼きに醤油かけるの嫌いっていうの知っててかけたでしょ?」

「ん? なんのことだ?」

 私は目玉焼きに醤油をかけるのがとても嫌いだった。塩コショウでしか食べない派だ。

 シンプルでおいしいよ? 食べたことない人は、食べてみてね!

「とぼけたって無駄よ! 今すぐ作り直して!」

「こらこら、好き嫌いしちゃダメだって昔から言ってるだろう? ちゃんと食べないと……」

「いやだ! 私もういらない。行ってくる」

 プイと頬を膨らませて、兄に背を背けた。

「春!」

 呼び止められたか振り向くことは無かった。

 部屋に戻って冷静に考えると、とてもくだらない話だった。

 お兄ちゃん怒ってるかな? もし怒ってたらなんていったらいいんだろう。

 まったく思いつかない。

 お兄ちゃん、ごめんね。

 それを綴って、私は日記を開いたまま学校に出た。

 それがあんな結果を生むことになるなんて知りもせず……。


 学校に着いてすぐに、夏佳は私に話しかけてきた。

 夏佳は私の机に腰に下ろし、話をし始めた。

「どうしたの? なんか元気ないけど……」

「ん? なんにもないよ。全然元気だよー」

 嘘。

 本当はお兄ちゃんが怒って私と一緒にいたくないとか言って家を出ていくのが怖かった。

 夏佳はそれに気が付いていた。

「わかってるよ。昔から変わんないね。そういうところ。よく顔に出てるよ」

「夏佳には全部お見通しってわけか……」

「朝食作ってもらえなくなるのは、すこし寂しいよね」

「それもそうだけど、すこし違うかも」

 夏佳は昔からこうなんだよね。

 私は微笑した。

 夏佳のおかげで、すこしは気が楽になった気がした。

 そのあともすこし話をしていたが、先生が来て朝の会がはじまった。

 そして、いつも通りの授業ができた。夏佳には感謝せねばなるまい。

 ありがとう夏佳……。


 時間が経つのは早く、すぐに放課後になっていた。

 今日から放課後に、部活動がある。

 とても楽しみだ。

 そう考えていると、夢ちゃん先生は言った。

「えっと、入部届を出していないのは、宮瀬さんと水谷さんだけかしらね。早めに先生に提出するようにね」

 そういって先生は帰りの会を終え、教室から退出した。

 私と夏佳は職員室にいる夢ちゃん先生を探した。

「あ、いたよ!」

 夏佳は先生を指さして私に知らせた。

 すぐさま先生に近寄った。

「先生! 入部届出しにきましたー」

「ちゃんと夢ちゃん先生って呼びましょうね~? さて、なにの部活動にしたのか見せて頂戴?」

 そういわれて、私達は文芸部と書かれた入部届を差し出した。

 すると、夢ちゃん先生は険しい顔をして、私達を見た。そして言った。

「あなたたち、本当に文芸部でいいの?」

 なにかワケありなのかとでも思わせるような口ぶりだった。

「え、なにか問題なんですか?」

「いえ、あなたたちがそれでもいいというなら、なにも言わないわ」

 それだけ言い、夢ちゃん先生は鍵をくれた。

 梅の宮中学校は校舎が北と南に二つあり、両方とも東西に伸びている。

 さらに実験室が別にありそちらも東西に伸びている。

 体育館は南校舎のとなりに一軒と、校舎の離れに一軒の計二二軒ある。

 先生は、南校舎二階の一番東の教室で待ってなさいとだけいい、私達はそこに向かった。

 何の教室なのかは教えてくれなかった。

 まったく、教えてくれてもいいじゃない。何考えてるかよくわからないよ。


 距離はすこしあったが、なんとか言われた教室にたどりつくことができた。

「あ、夏佳ちゃん春ちゃん! やっほー」

 すこしの間待っていると後ろから声をかけられた。

 誰だろうと思って振り返ると、そこには秋恵先輩がたっていた。

「あれ? 秋恵先輩こそなにをしてるんですか?」

「なにって、ここ文芸部の部室だよ。部室の鍵をとりに、夢ちゃんのところに行ったら君たちに渡したって言われたものだから急いできたんだよ」

「そうなの。無事にここにたどり着いてくれて嬉しいわ。昔はここで何人の人が脱落したか……」

「夢ちゃん、適当なことを彼女たちに吹き込まないでください」

「あら、ごめんなさいね。」

 てへっと付け加えた夢ちゃん先生は、私達女の子にも可愛いと思わせる笑顔を見せた。

 更に付け加えて夢ちゃん先生は言った。

「言ってなかったけど、文芸部の顧問は私よ」

「「へぇ~。え?!」」

 私と夏佳は声をそろえて、びっくりした。

 まさか担任の先生が顧問の先生だなんて思わなかった。

「これから三年間、楽しくすごしましょうね」

 綾川先生はそういって私達に微笑んだ。

 私達は顔を見合わせた。

 大丈夫かな?


 その日の部活動はそれで終わった。

 この日も宮瀬奈々と一緒に帰宅することにした。

「ねぇ。今日初めての部活動だったけどどうだった?」

 私は夏佳に聞いてみることにした。

「私はたくさん驚くことがあったりして、新鮮で楽しかったよ」

 意外だった。

 夏佳はすこし嫌がっていた様に見えたので、楽しくないというと思ったからだ。

 それに、と続けて

「春がいたから楽しかったんだよ。私と一緒に行ってくれてありがとう」

 そんな大層なことはしてないよ。私はそう否定した。


 ただいまと言ってドアを開けて靴を脱ぐと、私は真っ先に自室にこもった。

 今朝のこともあり、兄と会いたくなかったのだ。

 今日あったことを日記に書こうと自身のものを探すが、机上には見当たらない。

 次の瞬間コンコンと扉が叩かれた。誰だろうと思ったが答えはすぐにわかった。

「今朝はごめんな。嫌いなものを無理を言って食べさせるの、よくないよな……恥はずかしい兄だよ」

 兄だった。

「私こそ、ごめんなさい。せっかくお兄ちゃんが作ってくれたのに、好き嫌いして食べないで……妹失格だよ」

 春の気持ちは理解してるよと兄は言った。

 私はえっ、とつぶやいていた。

「いやぁ~。春があんなに恥ずかしいものを書いてるなんて予想もしてなかったよ」

「え、まさか机に私の日記帳がなかったのって……」

「ん? ああ、読ませてもらったよ。まさかこんなこと書いてるとわなぁ……素直でお兄ちゃんは見直したぞ!」

 兄は私の目の前で日記帳をちらつかせていた。

「か、返せ! このダメお兄ちゃん!」

「おうおう。さっきまで『妹失格だよ……』なんて悲しそうに言ってたのに、顔赤くしちゃって、かわいいんだから❤」

「それはお兄ちゃんも同じようなものでしょ! 恥ずかしいからこっちみるなー!」

 私は兄の顔を、思いっきり蹴りあげた。

「ぐふぅっ!」

 兄は口から血を床に垂らして、うつ伏せに倒れた。

「床汚くなっちゃうよ! やめて!」

「それは……さすがに理不尽すぎないか……?」

 それだけを言い残し、兄は倒れた。

 死んでないの? って?  蹴りあげるだけで死ぬなんて情けないでしょ。

「鬼畜ですね。妹からなら気持ちいいです」

 ほらピンピンしてるでしょ?

 まったく気持ち悪いんだから❤

「ぐぶぁっ!」

 ん? あぁ、気にしないで。ただ気持ち悪いドMヘンタイおにいちゃんを失神させただけだから❤

 こうして私とおにいちゃんは、仲直りは見事叶いました。

 仲直りと呼べるかわからないけど、うちらなりの仲直りの仕方だから安心して?

 これがふつうっていうのはまわりからみたらやばいんだろうね(笑)

 それでも仲直りしてまたこうし兄となにかをできているというのは非常にうれしいことだろう。

 朝食もでてくるしね!

 ありがとう、おにいちゃん。



 第三章 文芸部員との出会い~こんな有名人が私と同じ部員なんですが?!


 翌日。土曜日。

 中学校はじめての土曜日だよ! でも、私はゆっくりしてられないんだ……。

 それがねー夏佳が遊ぼうっ言ってきたの。

 さて、何をして遊ぼうか……。

 それが当日――

 私は、夏佳にとある小説投稿サイトで最近話題になっている小説を教えてもらった。

 その小説はある出版企業の催物もよおしもので、選考で上位一作品を出版するというものだった。

 それが糧となり、さらに人気を博す今話題急騰きゅうとう中の作品なんだとか……。

 私も電車の中でためしに読んでみたけど、とっても面白くてはまった!

 ウェブ小説って読んだことなかったけど、すごく好き!

 面白いからみんなも読んでみてね!

 露骨すぎる宣伝である。

 それで今日は夏佳に連れられて、ノベライズ第一巻を買いに行くんだ。

 ついでに握手会もあるみたい?

 電車を降りて徒歩で書店に向かう途中、「楽しみだね」とか「作者ってどんな人なんだろうね」とかいろいろな話をしながら歩いていた。

 すると握手会が行われる書店へと到着していた。

 あぁ……ドキドキしてきた。心臓、飛び出しそう!

 飛び出したら誰しもが発狂してあたりは混乱の渦だね!

 想像すらしたくないわ!

 あ、でも買えるかな? 列がめっちゃ長いんだけど……。

 人がずらーっと並んでいた。

 買えるかどうか、不安の色が濃い。

 前の男の人のにおい臭すぎる……においも濃い……。やだな……。二重の意味で……。


「長らくお待たせしました。ただいまから『猫のウェンディ』発売開始です! 押し合わないように……」

 開始の合図が鳴った。

 長かった列は、だんだんと距離を短くした。

 少しずつ私達は歩を進めていった。

 すると

「あれ?なにしてるの?! 私もいれてー!」

 秋恵先輩だった。

 列の途中で入るのはよくないとわかっているけど、私たちが入っていたということで立ち入ったそうだ。

 この列はなんなのか聞いてきたものだから、小説の話をすると、「そうなんだ……」と若干、興味なさそうに言った。

 時は経ち30分後、次で私達の番がくる。

 しかし、絶望は訪れた。

「売り切れましたので、これにて『猫のウェンディ』ノベライズ第一巻握手会の終了です。お疲れ様でした」

 前の人が最後だったらしい。

 なんてこった! これはひどい! 悲しいぞお!

 せっかくここまで二時間もかけてきたのに……。

「あら、どちらかと思えば秋恵さんじゃないですか。そちらは?」

「あ、真冬まふゆちゃんじゃん! なにやってるのー?」

 秋恵先輩って人脈なさそうなのに、意外とすごい人脈もってるな!

 なんだ、これ。

 誰ですか? と秋恵先輩に聞いてみる。

「そうだね。まだ話したことなかったっけ? それじゃあ紹介するよ! こちら小金井真冬こがねいまふゆちゃん。もう一人の文芸部員だよ!」

 そういえばもう一人いるって言ってたね。

 覚えてる人いるかな? そうそうあの時だよ!

 えっと……いつだっけ?

 そういうと今度は真冬に向きなおり、私達のことを紹介した。

「よろしくね。小金井さん」

「真冬でいいわよ。よろしく、水谷さん宮瀬さん」

「じゃあ、真冬ちゃんで……それと私が真冬ちゃんって呼ぶなら、春って呼んでよ」

 私も夏佳でいいよーと夏佳も続けた。

 まさか有名人が同じ部活だなんてすごい! やったね!

 やったね! なんて言うてる場合ちゃうぞ! 二時間が無駄じゃあないか!


 そこから少し日が移り三年……というのは嘘で、翌週の水曜日。

 水曜日って会議があるからって5時間授業なんだけど、実際してる感じないよね。

 すぐ部活動に先生来るもん! なんなのあれ?

 嘘つくのよくないよ! 嘘つくの悪いんだからね!

 嘘つきは泥棒のはじまりって小学校の先生も言ってたよ!

 まあ私も嘘ついたばかりだから人のこと言えない悪い子ですけどね(笑)

 放課後に部室で、真冬と二人っきりでお話しをしていたのだけれど――。

「春ちゃん。すこし、お話しませんか?」

「いいよ。どうしたの?」

「それが……ふと思ったのですが、お家に帰ってなにをしてらっしゃるんですの? 文芸部に来てもずっとぼーっとして終わるか、読書をずっとして帰るかの二択じゃないですか」

「それもそうだねえ。私ってなにしてるの?」

「私に聞かれても……」

「思いつくのは、日記書いたりくらい? あとは読書して宿題して終わりだね」

 正直なにをしてるのかまったく思い出せない。休日とかなにしてるっけ?

「それでしたら小説を書いてみませんか?お手伝いしてほしいのですけど……」

 手伝い? 一体なにをさせられるのだろうか?

 そもそも、なんの役にも立たないと思われる。

 だからすごく人気の小説家の手伝いなんてしたら、作品のクオリティが落ちるどころでは許されないだろう。

 だからこその恐怖もあった。

 でも

「私にできることがあるなら協力したい!」

 私はそう答えていた。

 あぁ……放課後の部活動と家ではなにするか決まったけど、作品が悪くならないか心配だわ……。

 明日学校行って悪いけど、無理そうって伝えてこよう。

 あぁ……失敗した……。


 日記帳埋まってきたな……。

 あ、これ中学校入ってから使ってるものじゃないからね? 

 でも、いつから使ってたのかな? 

 気になったので、調べてみることにした。

 一ページ目はっと……なになに? え! 小学校一年生から使ってるの?! 全然覚えてないよ。


 しがつ みっか げつようび

 きょうはおとおさんとにゅーがくしきにいきました。

 ずっとすわっていたのでとってもつまらなかったです。

 それにおしりがとてもいたかったです。

 でもおとうさんは「そんなこと言っちゃだめだぞ」と言っていました。

 よくわからなかったです。

 こどもにつたわらないこといっちゃだめだよ!


 うわぁ……今と変わらないね。

 それで次のページはっと……


 四月三日火曜日


 ここの時点で私はとある異変を察知した。

 “次のページなのに、一年経ってね?!”


 今日は、入学式がありました。

 私のではなかったから、つまらなかったです。

 でも、新入生もかわいそうだなと思いました。

 なぜなら、これからずっと小学校という牢屋閉じ込められるからです。


 なにがあった?! 一年後の私なにがあった!

 私は、怖くなってそれより先のページをめくるのをやめた……。



 第四章 小説家としての道~小説家は楽ではないそうですが?!


 翌日木曜日。

 私は昨日約束したばかりの約束を断ろうと決断していた。

「おはよう真冬ちゃん」

「おはようございます。春ちゃん」

 そうそうと続けて

「昨日のお手伝いしてくださるという件なのですが、あの……」

「どうかしたの?」

「よく考えたら、そこまでお手伝いを求めているわけではなかったのですの。ごめんなさいね」

「そうだよねえ……」

「それでですね。提案なのですが、お手伝いではなくご自身で書かれてみてはどうでしょうか? 毎日読書されていますし、読む側ではなく書く側もとっても楽しいですよ!」

 私には文章力がない。語彙力もない。そんな私が、かけるのだろうか?

 確かに昔はつまらないものを量産していた。

 自己満足で完結していた。

 しかし、それだけではだめなのだ。自己満足で終わらせず、誰かを楽しませる。

 それこそが、私の年代くらいになってくると考えさせられる。

 だから書けない。昔とは違うって知っているから。

「ごめんなさい。お誘いは嬉しいんだけど、私書くのは苦手なんだ」

「あら、そうなんですの。まあそれでもいいでしょうけど、考えてみておいてください」

「うん。そうするよ。わざわざありがとう」

「いえいえ。こちらこそ押しつけがましくてごめんなさい」

 話すのはとても楽しかったし、真冬ちゃんも楽しそうに話してくれた。

 すこしは考えてみようか。

 こんな楽しい毎日をずっと過ごせるなら――。

 こうして私の小説家としての道が開いた。

 どんな困難が待ち受けているのか知りもせず。



 第五章 山間旅行の準備中~まだ準備段階のようですが?!


 私たちは、今あるところに向かっていた。

 それは山だった。

 なんで山かって? こんなことがあったんだよ。

 本当にひどいからさ聞いてくれよ……。

 あ、忠告しておくけど、これでストレス溜まってものにあたって壊れて叱られてもしらないからね?

 まぁまぁ、そこまでイライラする代物でもないから、ストレスに極端に弱い人だけ注意してね! 

 大丈夫だよね? 本当に大丈夫だよね?

 え? 私が一番イライラするって? そんな冗談を……あは、あはは……。

 確かに腹立つわ。


 時は放課後。

 若干日没が近くなってきて、空がオレンジ色で色味始めた。

 そんな時にも、文芸部は遊んでいた。

「やったー! 勝った!」

 今まさに文芸部ガン○ム最強決定戦の優勝者が決まったところだった。優勝者は夏佳だった。

「くっそ……。また負けちゃったよ。やっぱり夏佳は強いね」

 対戦相手は秋恵先輩だった。悔しそうにしている。

「あら、夏佳ちゃんまた優勝ね。さすがだわ。今度は別のゲームにしようかしら……」

 これを持ってきたのは秋恵先輩だったけど、夢ちゃん先生はどんなゲームを持ってくるのか? 割と皆楽しみにしていたりする。

 あ、そうそう。忘れてるかもしれないからいうけど、ここは文芸部。

 この学校の文芸部はなにをしても許されるの! さすがにやりすぎたらダメだけど、こうやってゲームを持ち寄って対戦することだって許される非公式の部活動なんだ~。

 夢ちゃん先生は、少し考えるようなしぐさをすると、こう口にした。

「そうねぇ……。やっぱりパック○ンとかがいいかな?」

「チョイスが古すぎます。しかもあれって対決できるんですか?」

「そうか! 対決できないとダメか。あ、でもスコア対決とか、タイムアタックとかでできるよ!」

 絶対やらない! だって面白いの?

 それに、○ックマンってすごく難しかったよね?! いや難しい! 断言するぞ! 超難しい!

 パックマ○やろうぜって言ってる人は、そろそろ考えない?

 だって発売されたの何年前? いや何十年前の話だわ。

 体は新しい新鮮なものを求めてるはずだよ!

 そんなもの(年老いたゲームたち)を持ち出そうとする人は危ないですよ! 気を付けないとね!

「そ、そう? いいアイディアだと思ったんだけどねぇ……。そういえば用事思い出したからいくねえ」

 そういって手を振って先生は部室の外にガラガラと音を立てて出て行った。


 それでもって山に行くことになりました。

 え、山に行く理由がわからないって?

 悪かったよぉ……。謝るから許して? テヘペロッ。

 あ、それと、続きがあるから聞いて?

 ごめん、ごめんって! だからその拳で殴るのはよして(泣)

 反省してますから!

 とりあえず、聞いて? ね?

 え? 無理? また長くなるだろって?

 まあ、そう言わずに聞いて? お願いだからあ(泣)

 聞いてくれるの? ありがとう!

 ……幻聴って恐ろしいね。


 着信が鳴った。私のではないみたい……。

 スマホ持ってきちゃダメだろって? いいんだよ! だって、文芸部ですもの!

 誰だ、くそ理論とか言ったやつ!

 すると、秋恵先輩のだったらしく、スマホで誰かと通話していた。

 しばらく誰かと話していたが、スマホを置きガっと振り返り

「夏休み旅行行くよ!」

「え、どこに行くんですか?」

「だから旅行だって!」

「だから旅行先はどこだって言ってるんだよ!」

 ボケをかます秋恵先輩の脳天にチョップが決まった。

 あ、私がやったわけじゃあないよ?

 あれ? じゃあ誰がやったの? 怖っ!

「俺だよ」

 誰だよ! というか、てめえも能力者か?! 直接脳に語りかけてくるなよ!

 手が天井から伸びていた。

「その回答は後でな! ばいばーい」

 手を振りながら、手は天井から消えて行った。

 なんだあれ。


「いてて……そこまでしなくてもいいじゃないのよ……。それで、行き先なんだけどね、わかんない。テヘペロ」

 あざとく舌をチロッっとだして、秋恵先輩が言った。

「あまりふざけないでね?」

 それを言ったのは険しい顔を、秋恵先輩の肩から顔をの上からぞかせる夢ちゃん先生だった。

 秋恵先輩が振り返ると、ゴスッという鈍い音がした。

「痛ああああああああああ」

 本日二回目になりまーす♪ 二回目という痛みに耐えかねた文香先輩の叫び声が――夢ちゃん先生はめちゃくちゃ強いので、今日二回目だからという可能性は薄いのだが――響いた。

「愚かな子。学習しないものか……」

 また誰か来たのか……。

「ん? 誰だ? どこにいるんだ?」

 また、心読まれましたね。超能力者が現れたようです。はぁ……。

「そんな、ため息つかれることでもしたか?」

 ハぁ? だってこれで何人目ですか? はっきりいって飽きましたよ?! 

「三人目だぞ。飽きちゃったのか……。まあいいじゃない」

 真面目に答えなくていいんだよ! いらないから帰れ!

「あ、そんなこと言うんだね! まぁ帰るよ。じゃあね」

 お願いだからもうこないでくれ……。

 私はそう切に願うしかなかった。


「わかったよ……ちゃんと言うよ……。旅行先はね、皆で決めるんだって」

「そうね。これ毎年恒例の行事なの。ちなみに今年は山の日に行くのよ」

 そうなんだ! 楽しみだなぁ……。

「それで、どこか行きたいところある?」

「私は……。後でいいや。春は?」

「えっ! 私?! 私……山とか?」

 急に言われてもわかんないよ! とりあえず夏休みでしょ?

 山か海が定番だろうから山って答えてみたけど、ありきたりすぎたかな。

「そっか……。春も言ったし私も思いついたから言うよ……?  いい?」

「いいけど、なにかいい考えが浮かんだの?」

「えっとね……山登りしたい! ちょうど山の日だし……? どうかな……? 」

 結局山なのね。

「話は聞かせてもらったわ!」

 勢いよく扉が開くと同時に部室に足を踏み入れたのは、真冬ちゃんだった。

「エベレストとか涼しくて楽しそうですわ」

「わぁ! えれべすと? よくわかんないけど楽しそう! 行ってみたいなぁ」

「行けるとでも……思ってるの……?」

「無理だからね! 海外とかうちの部活じゃ資金的な面で行けるわけないじゃない!」

 それもそうだけど、登れるかって話なんだよね……。

「山ってことで、近くの山探しておきますからそれでいい?」

 それに……に丁度いいしと、先生は付け加えた。

 なにに丁度いいんだろう……?

「「はーい!」」

 さっきの先生の呟きが少し腑に落ちないので、快く返事をすることが出来なかった。

 それに高いところってあんまり得意じゃないんだよね……。自分で山って言ったけどさ。

 ツッコミに忙しくて言えないとか、この部活ボケであふれすぎだよ! ブラックだよ! 法律で罰せられろ!

 春は極端に呆れた。

 それに先生にどの山に行くか任せて大丈夫かな? 超不安なんだけど……。

 おい! そこのどうせ死なないから大丈夫だろって笑ってるやつ! 殺す気?!

 ちょっと先を読み直してみてよ。ほら、ね?

 私の代わりに君たちが逝ってくれるのかい? やったね!

 やっぱり幻聴(以下略)



 第六章山間旅行まであと少し~準備は終わったそうですが?!


 夏休み前。

 私たちは今日も今日とて部室に溜まり、雑談を交わしていた。

「最近、なにか面白いマンガ見たんだぁ~」

 秋恵先輩が、自ら話をし始めた。

 秋恵先輩が自ら話し始めるときはなにか良くないことが起こる前触れと決まっていた。

 しかし、夏佳は興味深そうに今の話を深く掘ろうとする。

 やめて! 私のライフはもうゼロよ!

「へぇ、タイトルは何ていうの?」

「ん? いや、覚えてない」

「え、じゃあ何のためにその話切り出したんですか?!」

「部室が静かだったからさ、うるさくしようと思って……」

「真冬ちゃんも、小説書くのに忙しいだろうから邪魔しないであげましょうよ」

「そうよ。私の代わりに書く?」

 ほら、本人も言ってるじゃない。

「書いていいの?! やったー!」

 違うんだなあ……こいつら馬鹿だ。それもとてつもない。

 あれ、でもこれだけ? ヒーローの話をしたときは、暴れてジュースこぼしてゲーム機壊した。

 部活動の予算の話をしたときはまたしても暴れて、外で大嵐吹いてたのにもかかわらず窓破壊して備品ほとんど消えたし……。

 今回被害少なめ? なんかおかしいけど、気にしたら負けか……。

 いや何に負けるんだよ!


 程なくして、1人の少年が現れた。

「水谷春さん! お話があるのですが、いいでしょうか?」

 かっこよくガラッと戸を開け入って来たその少年は、どうやら私に用があるらしい。

 ちなみに彼は私と同じクラスの武蔵たけくら大和やまとくん。

 クラスの中では目立たない方なのだが、持っている情報は非常に有力なものばかりだそう。

 聞いた話だから微妙だけどね。

 ネクラだけど、すごいやつってたまに居るよね!

 お前もどうせネクラボッチだろって?

 ぶ、文芸部入れたし! ぜ、全然ボッチだなんて思ってないし!

 めっちゃ声震えてるって? 怪しすぎるって? そんなことないって?

 一番最後のだけが正しいよ! いいね?


「えっと、それでなんの用でしょうか?」

 私は大和に連れられて人気ひとけのない北校舎の三階廊下に足を運んでいた。

 なんでここに来なきゃ行けないのだろうか? 少し背筋に悪寒が走った。

「え、えっと~。そのぉ~」

 もじもじしていて、なかなか本題に入ろうとしない。

 何されるかわからないから本当に怖いよ?! 逃げ帰る準備万端だよ?!

「僕は春さんが好きだ! 付き合って欲しい!」

 私は酷く混乱した。

 なんで親交の少ない私に惚れているのだろう? 顔立ちもそこまで良くないし、昔から夏佳の方が断然モテていた。だからこそわからなかった。

「なんで私なのか聞いてもいい?」

「い、いいよ! あの……一目惚れしたんだ。入学式のあとの自己紹介で……」

 なんであのタイミング?! 特に何もしてないじゃん! 君の目と頭は大丈夫かな?!

 私は誰とも付き合ったことないし、正直不安だったので、断ることにした。

 申し訳ないとは思うけど、これが彼にとって一番の幸せなんだろうと思った。

 それだから彼を否定した。

 彼はキッパリとあきらめてくれるだろうか?

 なにか仕返しみたいなのされたら怖いなぁ……。

 そう思いながら大和君を見送った。

 彼の目つきはひどく怖かった。



 第七章 山に来た~旅行に向かったはずですが?!


 ということで三時間くらいやってきた訳なんですけど……。

 これどういうこと?

 そこには小さくてボロボロな山小屋が1軒立っていた。

 人の気配は無く、辺りは森林や虫らが視界を埋める。

 スマホ圏外だし……。どこだよ……ここ……。

「えぇ……。本当にここなの……?」

「ここだよぉ~」

 まじかよ! なんでこんなところ選んだのよ……。

「わーい! 着いたんだね!」

 夏佳は既にはしゃいでいた。

「んぅ~。着いたの?」

 それに対して、真冬は寝ていた。

「着いたの?! やったー!」

 あ、ごめん。前言撤回。夏佳と一緒にはしゃいでる。

 それも服をめちゃくちゃにして……。

 これが売れてる小説家の真の姿か……。

 普通は違うけどね。

 わーい! 私も嘘つきの仲間入りだ♪

 全く嬉しくない。


「皆~! 集合して~!」

 一体どうしたのだろうか? 夢ちゃん先生が集合を掛けた。

「はーい。じゃあね、今から旅行のこと話すよお~」

 ということで長くなったから簡単に伝えるね。

 まず宿泊日数なんだけど、一泊二日。

 近くの山で登山って聞いてたから着替えとか歯ブラシとかいろいろと持ってきてないんだけど……。どうしよう……。日帰りかと思ってたよ……。

 それで次に修行に来たらしい?!

 秋恵先輩も知ってたらしい。

 修行とか何させられるんだろう……。

 旅行って言ってたけど、修行が目的だなんて泣いちゃう! ていうか泣いてる! すでに泣いてる!

「うわーい! お泊まり楽しみー!」

「ですわね」

 さっきあんなにはしゃいでいて、ここまで楽しいそうに出来るって、一周まわって羨ましい。

 私じゃ絶対無理!

「これだから修行が必要なのね!」

 超能力者の秋恵先輩はそう言った。

 確かにそうかもしれない。しっかり修行しよう!

 そう心に誓った。

「いい心がけね」

 秋恵先輩もずいぶん疲れてるようだけどね。

 近くにあったベンチにふんぞり返って座り、息を荒げている秋恵先輩に言いかえした。

「秋恵先輩もですよね」

 ニコニコと笑顔で。


 初日は旅館に――山小屋に宿泊することになっている――立ち入り、荷物を置いて外で活動しようということになっていた。

「こんにちはー」

 挨拶が旅館内に響いた。

 旅館は外見とは裏腹に、とても綺麗に整えられていた。

 玄関を入ってすぐ右手には麗しい木彫り熊と靴箱、左手には世俗的せぞくてきな傘立てがあった。

 少しして奥から女将おかみさんが出てきた。

「ようこそ。遠くからいらっしゃいました。綾川様ですね。ご案内いたします」

「はい。ありがとうございます。3日間よろしくお願いします」

 そう言って先生が頭を下げ次々に私たちはよろしくお願いしますと言って同じようにしていった。

 こんな社会人っぽい部分も先生にはあるんだね。

 いつもヘンテコな先生だと思って少し心配するレベルだったから安心したわ。


 部屋割りは私、夏佳、秋恵先輩、夢ちゃん先生それで別々になって、真冬ちゃん。

 それで今は荷物を各部屋に置くことにした。

 建物は北に向かってコ型になっていて、部屋は北側に二部屋南側に一部屋ある。

 私達はこの北側の二部屋を借りた。西が真冬ちゃん。東が私達だ。

 あとあるものといえば食堂くらいだ。これは東側にある。

 私達の部屋を出てすぐ右手にある。

 真冬ちゃんかわいそうだけど、彼女は夜遅くまで作業するからということで1人になった。

 真冬ちゃんがそれでいいんだけどさ。

 大変だよね。

 お仕事頑張ってほしいな。

 私も小説書き始めるようになったら、夜しか眠れなくなるのかな?

 夜しか眠れないのは普通すぎる。

 健康体そのものの塊やん!



 第八章 山間旅行で大騒ぎ~そろそろ山のぼりに行くようですが?!


 まあそういうことで、部屋に荷物を置いたことで山登りに出かけた。

「いくよー!」

「修行なにするのかなー?」

 てくてくと歩いて行った。

 ごつごつした岩肌に苔こけが生えていてとても惹かれた。

 様々な木が立ち並び、複雑に交わっている。

 そんな中をずんずんと歩いていると、渓流にたどりついた。

 どうやら夢ちゃん先生が決めてきたらしい。

 これが修行につながるのだろうか?

 正直微妙だけど……。

「あれ誰だろう?」

 夏佳が唐突に指をさしてそう言った。

 しかし、指さす方は誰もおらず、ただ木が生い茂っているだけだった。

 夏佳が見たそれは一体なんだったのだろうか……。

「ついたよ! ここでは『修行と言ったらこれ!』って感じのことをするよ!」

 夢ちゃん先生はなにを考えてるのだろうか?

 修行と言ったらこれ! ってなんだろうね……。

 滝に打たれるとか? あれ痛そうだよね。

 うん。あれ一番やだ。お願いだからあれだけはやめてほしい。

 あれ、でもここ渓流だよね? なんだかいやな予感が――

「滝に打たれていってね!」

 え? まじで? なんでこうタイミングよくさ。いやって言ってばっかりなのにさ。ね? 冗談だよね?

「これくらいでひよってないで。さらにキツイ試練が待ち構えてるんだから」

 なんだって?! 文芸部ってひょっとしたら超大変だったのかもしれない。

 やらかしたな……。


 滝に打たれる直前になりました。

 私は決死の覚悟で服一式を脱ぎ肌をさらした。

 私はその状態で夢ちゃん先生に別れを告げた。

「ありがとうございました。特になにをしてくれたことなんて思い出はありませんが、先生との思い出は一生忘れないです」

 この憎しみの思いは忘れない。忘れられない。絶対に。

 ああ、やだよぉ。死にたくないよ。

 人生十二年いいことなんてあまりなかったけど、夢ちゃん先生以外はよき人生だったと思うよ。

 じゃあね……。

 そうして、私は体を滝に触れた。

 というか、私がトップバッターってやだよ!

 最初は夏佳のほうが、面白い反応が拝めそうじゃん!

 なに? 人に自分の死をなすりつけるなって?

 実際面白うじゃね?

 はい、そうですね。

 わかりましたよ。行けばいいんでしょ! 行きますー行きますよー。

 もう……。

 痛ああああああああああああああ。

 あれ、そうでもないよ?

 案外、痛みで声が出ることはなかった。

 そのかわりなのか

「めっちゃ冷たい! でもそれでいい! きもちー!」

 怖かったけど、あまり痛くないし涼しくていい。

 そうなの?! と言って夏佳が交代を求めてきた。

 まあ独占はよくないよね。

 そういうことで私は夏佳と交代することにした。

「痛あああああああああああ!!」

 そんなに痛かった? 私にはすごく気持ちよく感じたけど……。

 どうやら夏佳にはダメらしいです。秋恵先輩もでした。

 私が異常に肩凝ってたのかな? 胸が大きい人って肩が凝りやすいっていうよね?!

 私ははっとなって胸に手を当てた。

「ペタンヌ……」

 ショボン……。

 すごくさびしくなった。


 皆が滝に打たれたところで、夢ちゃん先生が新しい課題を出した。

 山菜とりだった。

「幻の山菜! タケノコを見つけるわよ!」

 タケノコかあ。何の修行になるかわからないけど、楽しそうだね!

 何事にチャレンジすることが大切だよね。適当だけど。

 見つかるかな……。

 てか幻か……。

 は? 幻?

 タケノコはまさかの幻のようです。

 先生の中ではじゃないの?

「あったよ!」

「え?! 早い! どれどれ~」

 こんな早くに見つかるとか、幻でもなんでもないじゃん。

 私はそう思っていた。

 夢ちゃん先生が見ると

「これ……タケノコ……?」

 尖った先端が少しだけ、土から覗かせていた。

 ここまでなら普通でしょ?

 でも違うんだよ! 絶対タケノコじゃないよ!

 色がおかしいのだ。真紅に染まっている。

 それに、尖った先端には葉が付いていた。

 絶対に違うからやめたほうがいいだろう。

「えい!」

 夏佳が引っこ抜いてしまった。

 瞬間、ギャー。

 うるさく高音な声が響いた。

 この植物の名はマンドラゴラ。

 ファンタジーの世界にしか存在しないはずだが、突如として現れた。

 見た目は、はっきり言って気持ち悪い。

 だって植物に人間みたいに顔があって、手足が生えてるんだよ?!

 夜行性で昼間に引っこ抜くと、このように大きな声で仲間に危険を知らせる。

 するとどうなるだろうか。

 それは、仲間の襲来だ。

「やめてー!」

 私たちは涙をこぼしながら走っていた。

 背後からはマンドラゴラの集団。

 約100体弱。

 数が多過ぎるだろー!!

 その後近場にあった洞窟に逃げ込み振り切った。

「もうタケノコ探しとかやめよう……」

 その意見に誰もが賛成した。


「あれ? また誰かいるよ! 誰だろう?」

 洞窟から抜けた夏佳が言った。

 私が瞬時に振り返ったが誰もいなかった。

「あれぇ、いなくなちゃった」

 どうやら夏佳の目にも見えなくなったようだ。

 一体誰だ……。

「霊的なものでしょうか?」

 私達を怖がらせたかったのか、真冬が不気味な笑みを作って見せた。

 そんなーまさかね? いるわけがないよ。

 そんなものいるわけがないでしょう。科学的に考えて……。

 どこぞのブルーベリーじゃあ、あるまいし……。そんなフラグを立てたところでガシャンと食器の割れる音が聞こえてくるわけがないでしょ。

 ガオー!

 すぐ後ろで声が聞こえた。

 ガシャンじゃなくてガオー? 獣ですかね?

 どっちみちアウトだよ!

 恐る恐る後ろを振り返ると、そこには体長2メートルは軽くあると考えられる熊がいた。

 両手を大きく上げ、襲おうとしていた。

 そこに現れたのが球磨くま。全長163.10メートル。全幅14.17メートルの軽巡洋艦。

 こちらは空中に浮遊していた。

 この熊と球磨は勝負しているらしい。

 紛らわしすぎるわ!

 なんだよ『くま』と『くま』って、ネタかよ!

 ネタだよ!

 球磨は強靭なそのボディで、熊から私を守ってくれた。

 さすが日本の軽巡洋艦!

 海外が悪いって言ってるわけじゃないからね! 間違えないでね!

 ありがとう!

 なにかできることはないだろうか?

 いや、プライドもあるだろうから手を出さないという選択もありか……。

 え? どうせ怖いだけだろって?

 べ、別にそんなことないしー?

「私にまかせてー」

「夢ちゃん! 危ないよ!」

 夢ちゃん先生は熊に向かって歩いて行った。

 秋恵先輩に声を掛けられても振り向くことはなかった。

 しかし、予想外の出来事が起きた。

「君たちやめないか」

 顔をきりっとさせて、煽り立てた。

 熊も球磨も笑っていた。

 すると、熊の手を引っ張り、背負い投げを決めた。

 くぅーんと熊は鳴いた。

 涙目だった。

 少しかわいそうだね。

 球磨はそれを嘲笑った。

「あなたもよ?」

「ちょ、やめてください! ごめんなさい! ごめんなさいってー!」

 球磨は気絶して倒れた。

「ふふふ」

 夢ちゃん先生めっちゃこえぇ……。



 第九章 山間旅行で恐怖体験~そろそろ旅館に戻るようですが?!


 日も暮れ、照りつけていた太陽が、半分ほど尾根に消えて行った。

 あたりは日中より宵闇に寄り、オレンジ色に溶けている。

 そんな中私たちは下山していた。

 夏佳は部屋に入るなりぶっ倒れて眠った。

 酔いつぶれたおじさまですね!

 夏佳も疲れたんだろうね。

 いろいろあったからね。

 さてと、秋恵先輩がゲーム機を出した。

 私達は顔を見合わせた。

 コンセントとテレビを探し出して、ゲーム機を広げた。

「あら、ここでもやるの? 見事なものね」

 呆れるとでも言うように夢ちゃん先生が言った。

 ゲーム機を起動するとピッという音がなった。

 それに合わせて夏佳の体もビクッと動いた。

 ゲーム大好きだからね。しょうがないね。

 眠そうに目をこすりながらすっと私達の横にちょこんと座り、コントローラーを握った。

「私もやるー」

 すさまじいゲームに対する執着心そのものだった。

 カセットを挿入して、ガン○ムを起動した。

 大好きだろ? いつもやってるんだぜ?

 チーム構成は「真冬ちゃん、夏佳VS私、秋恵先輩」だった。

 夢ちゃん先生はどうしたって? 傍観者以外いないじゃない。

 悪いな! 二対二でしか遊べないもんでね!

 しばらく戦っていたが、ついに「YOU WIN」の文字が現れた。

 軍配があがったのは真冬ちゃん、夏佳チームだった。

 まじ、夏佳が強すぎるんだよ! どうやったら勝てるのおおおおお。

 発狂するのはよくないね。失礼した。


 すると急にガチャと戸が開いた。

 誰?!

 女将さんだった。

 どうやら「夕食が出来上がったので食堂いらしてくださいね」ということだそうだ。

 あれ? 夢ちゃん先生どこいったんだろう?

 トイレにでも行ったのかな?

 気が付けば夢ちゃん先生がいなくなっていた。

 置手紙でもしておけば来るかな。

 私はそう考え、置手紙を書いて食堂に向かうことにした。

「夢ちゃん先生へ

 私たちは夕食が出来上がったので食堂にいます。

 夢ちゃん先生も早く来てくださいね!

 春より」

 よし、これで大丈夫でしょ。

「なにしてるー? 行っちゃうよー!」

「今いくよー」

 早くいかないとおいて行かれちゃう!

 小走りで夏佳たちに向けた。

 その後ろで黒い影が誰も気が付かぬひっそりとで笑った。


 夕食はハンバーグだった。

 とっても美味しかった。

 でも、楽しくはなかった。先生はこなかったからだ。

 なんでだろう……すごい不安だ。

 ハンバーグが入った重たいお腹のまま急いで宿泊部屋に戻った。

 ガチャ。扉が開ける音。

 ばたっ。なにかの閉まる音。

 扉を開けるとぼーっとゲームをしていた。

「なにしてるんですか?!」

「どこをほっつき歩いたの?!」

 ほぼ同時だった。秋恵先輩と夢ちゃん先生が言った。

「「なんだってー?!」」

 そりゃ同時にしゃべったら聞こえにくいわな。

「とりあえず落ち着こう? ね?」

 場の空気を落ち着かせた。

 私ってこういうキャラじゃないのにね……。


 話を聞くと、どうやら置手紙などなかったと話す。

 確かに書いたはずなんだけどね……。

 夏佳がゴツンと音を立ててごみ箱を倒した。

 するとびりびりになった紙が入っていた。

 それは私の書いた置手紙だった。

 ごみ箱にごみなんて一個もなかった。

 つまり誰かが破って捨てたのだ。

 夢ちゃん先生に限ってそんなことないだろうし……。

 ばたっと音を立てた主ぬしだろうか?

 何の音かはっきりしない以上、何とも言えないのではあるが……。

 それと春たちを探しまわっていたが見当たらなかったので、帰ってきてゲーム始めたばかりだそう。

 じゃあ扉の前で会うんじゃないの?

 いろいろおかしい。

 それに今帰ってきたのなら一瞬で捨てれるかな?

 ふつう最低でも文字を読んでからじゃないかな?

 どうなってるんだ……。


 私はすこしぼーっとしていた。

 するとある異変に気が付いた。

 あれ? 皆はどこに行ったのかしら?

 さっきまですぐそこでゲームをしていたはずなのに。

 ゲーム機も消えてるし……。

 皆どうしたのかしら。

 ゲーム機を持って行ってどこに行くところってあるのおかな?

 私は少し不安になった。

 私は、皆を探しに廊下に出た。

 とても寒かった。

 鳥肌がたった。

 こんなに寒かったかしら……。

 別に大層な厚着をしているわけではないからかもしれないけど、時期的には真夏なのよね。

 おかしいわ……。

 皆になにかあったらどうしよう。

 私は小走りで皆を探すことにした。


 あたりはずっと暗かった。

 最初は真冬の部屋でゲームをしているのかと考えて、真冬の部屋に向かった。

 しかし、真冬たちはいなかった。

 どこに行ったのかしら……。

 廊下の雰囲気が重苦しい。

 そんな中、ゆっくりと歩を進めていく。

 あたりを警戒して進む。

 廊下、食堂、トイレ、監視室、各部屋……。

 すべて見回った。

 しかし、どこにも見当たらない。

 外にいるかもしれないと考えたが、こんなに暗い中外出なんてするわけないかと思い除外した。

 誰もいない。

 なにも感じない。

 私は一度、部屋に戻ってみることにした。

 するとゲーム機が置かれていた。

 あれ?

 帰ってきたのかな?

 帰ってきて、どこに行ったのかな?

 そう考えていた。

 するとガチャっと音が鳴った。

「あれ? 先生じゃん! 何してんの? 置き手紙見た?」

 どこにいたのか?

 皆に聞くと、食堂で夕食を食べていたと言う。

 食堂は真っ暗だったのに……。

 どうなってるの……?


「くそっ。邪魔が入ったか……。まあいい。次は絶対殺してやる。覚えてろよ」

 黒い影は見下ろしていた。

 誰にも気が付かれず、誰にも悟られない。

 ただひっそりと見下ろす。

 そのわきで1人の少年が寝そべっていた。

「ああ、やってくれたね。今日中だからね? 覚えてるよね?」

「……殺るさ。もちろん。命に代えてでもな」

 ひっそりと言う……。

 誰にも気が付かれず、誰にも悟られない。

 真っ黒い影は悔しそうに笑みをこぼした。

「早くしてくれよ。もう時間はすくない」

「あと4時間ある。絶対に失敗しない」

 負けないと誓った。

 ひっそりと。

 穏やかに。

 どこかもの悲しそうに。

 過激に。

 激しく。

 誰にも気が付かれず、誰にも悟られない。



 第十章 山間旅行の不思議~黒い影は誰ですか?!


 最後にやろうとしていた活動は肝試しだった。

 この辺りには神社やお墓がたくさん立てられているようで、心霊のお話はたくさんあるそうな。

 また自殺も絶えないとのこと。

 毎年200人もの人が、闇に負け、自らに決してしまう。ある意味悲しいスポットでもある。

 それを求めて何人も人が来たが、帰ってきたのはほんの一握りというのも聞いた。

 更に最近はよく、黒い影が見えるそう。

 真昼間に行っても、平気で顔を出してこちらの様子をうかがっては消え、うかがっては消えを繰り返すそう。

 生きて帰ってきたものは皆口をそろえて言うそう。

 逆にこの影は人々を守っているのではなかろうか?

 もしかして、夏佳はこの影を見てかの影は私達を守ってくれていたのかもしれない。

 それでも、先ほど述べたとおり自殺なども多く帰ってこれるのは一握り。

 恐ろしいもんだ。

 そんな中私達5人も肝試しに行こうというのだ。

「それじゃあ、私と夢ちゃん、春ちゃん、夏佳ちゃん、真冬ちゃんで別れようか。うわぁ怖くなってきたー」

 行くのぉ? 怖いよぉ……。

 ちなみにルートは森を抜けて、墓を抜けて神社においてきたお札をとって同じルートで帰ってきて終わりといったものだ。

 行くしかないのか……。

「なにがまってるんだろうねー!」

 夏佳は乗り気だ。

 対する真冬はというと

「怖いよ……なんでこんなことするのぉ……」

 このように怖がっていた。

「あ、でも小説のネタになるかも! しっかりチェックしておかなきゃ!」

 まじかよ!

 ここまで来て小説か……小説家の意識が非常に高いとわかる。


 夢ちゃん先生と秋恵先輩は行ったようだ。

 ここからは帰ってくるまで待ちだ。

 何をして待ってようかな?

 すっと風が通って、草木が揺れた。

 今いかないとダメだよ! と言わんばかりに背中に風を感じる。

「なんかさ。ちょっと夢ちゃん先生達が心配になってきた。私様子みてくるね!」

 私は怖かったけど、行かなければいけないという思いの強さからそう決断した。

「そういうなら春を1人にできないよ! 私達もいくよ! ね!」

 夏佳がそういって真冬に合意の意思があるか確認した。

 すると

「うん! 春ちゃんは大切なお友達ですからね!」

「ありがとう。怖いけど行ってみようか」

 そういって私達は足を夢ちゃん先生のほうへ向けた。


 いないなぁ……。

 だいぶ奥まで歩いてきた。

 土が踏まれた足跡がある。

 私たちはそれをたどっていた。

 まだ草木が生い茂る森林だった。

 なかなか墓らしきところには出ない。

 といったところで足跡が消えた。

 原因は土が石畳になったことだ。

 このまま石畳を進んでみようか。

 ちょっと進むと、路傍ろぼうが墓になってきた。

 難しい字ばかりで読み取ることはできなかったが、かなりの数ある。

 かなり怖い。

 背筋に冷や汗が流れた。

 顔からも冷や汗が滴したたった。

 ヴぁああ。

 背後から声がした。

「ひああああああ」

 声を発したのは真冬だった。

 続いて夏佳も声を上げた。

 一体なにが――

「ひゃあああああああ。なんで!」

 そこに存在したのは、横たわる夢ちゃん先生と秋恵先輩だった。

 ヴぁああという声の主はいなかった。

 夏佳も真冬もヴぁああという声の主のせいか、倒れてるので気絶しちゃったし……。

 どうしたものか。

 1人で運ぶのは難しいと踏んだ。

 そのため、大人の人を呼んできた。

 そうして4人は救助された。

 皆帰ってこれてよかったと真に思う。


 すごく怖い。

 しかもかもあんなことがあった後だ。

 さらに恐怖を感じる。

 それに対して秋恵は冷静沈着。

 とても静かだ。

 恐怖なんて知らないよう。

 これの人ならついていけるなって思える。

 ダメよね。先生が生徒にこんなこと思っちゃ。

 逆に頼られるようにならないと!

「行きましょうか」

 その姿が小さくても大きく見えた。

 なんでだろう。

 微笑みがこぼれた。

「そうね」

 怖さはいつのまにか吹っ飛んでいた。


 草がなくなるくらい歩かれた道がそこにはあった。

 しかし、それが本当に正規な道なのかは誰も知る由もない。

 踏んで踏まれるという悲しさと楽しさのように。

 路傍は草木で埋まっている。

 墓が見えてくるはずなのだが――

「見えてきましたよ。夢ちゃん」

 そこには、青い言霊が自由に浮遊していた。

「なにこれ……」

「なにこれって、なにが?」

「あれよ! あれ! なんで浮いてるの!」

「浮いてる? 夢ちゃん大丈夫? ただの虫だよ?」

 はっ……。なにを見ていたんだろう。

 ただの蛍だった。

 光を放っていた。

 点々とちょんちょんと。

「綺麗な蛍ー」

「そ、そうね」

 背後ではボウッと淡い青を放つ人魂がいた。

「フフフ……」

 不敵な笑みを浮かべていた。

 それは、誰も気が付かないくらい静かなものだった。


 少し進んで、森が見えてきた。

「森の先に神社がある」

 宿の女将さんにそう聞いた。

 そこまで進むと、何があったのか墓の入り口に出てきた。

 なにがあったのかわからないと思うが、私も正直わかってない。

「ここって……」

「墓場前ね」

「なんで?」

「さあ?」

 質問したって確かな回答なんて返ってくるわけないのに……。

 馬鹿だなあなんて、思ったりした。

 墓場の前に着いたが、ここからまた歩いてさっきの場所に戻るしかないのだろうか?

 とても大変だな……。

 秋恵は億劫げに語った。

 そういって歩いていた。

 すると

「ヴぁああ」

 何かの鳴き声が聞こえた。

「きゃあああああ」

 秋恵が悲鳴を上げた。

 私も振り返ってみると、そこには1人の少年がいた。

 右手には小ぶりなナイフを構えていた。

 鬼の面をかぶっている。

 そのため表情はうかがえない

 しかし、体格は少年っぽい。

 この少年は誰なのだろうか?

 そして、なぜここにいるのだろうか?

 はっ! もしかして、この人は霊体なのか?!

 そう考えると非常に恐怖に感じられた。

 しかし

「君は誰なの?」

「……」

 彼はしゃべらなかった。

 しかし、うつむいた。

 何か隠しているに違いない。そう思った。

「なにか隠し事をしているだろう? 行ってごらん」

「死ね!」

 急に襲い掛かってきた。

 私はその場の恐怖諸々から気絶してしまった。



 第十一章 山間旅行は大惨事~帰っても大変なことになってるそうですが?!


 どうにかして皆帰ってきて意識を取り戻した。

 時計はすでに12時をさしていた。

 深夜。真っ暗闇のなかで起きた悲劇。

 気絶前の何分かの記憶は一切なかった。

 誰一人としてだ。

「とりあえず時間もいいかんじですし、寝ましょうか……?」

 それもそうだ。

 皆、眠そうだった。

「それじゃあ寝ますか」

「真冬ちゃんは怖くないの?」

 秋恵先輩は気にしていなかったが、夏佳は気にかけているようで真冬に尋ねた。

「私は書かないといけないですから」

 そういって、ペンを持つようなしぐさをして真冬は答えた。

 こんな夜遅くまで大変だな……。

 私達は部屋に入っていくことにした。


 就寝直後の出来事。

 実際には、1~2時間経っているかもしれないがね。

 夏佳が私のことを起こしてきた。

「トイレ―」

「私はトイレじゃないよー」

「トレイ? お盆で何運ぶの~?」

 ダメだ。眠たすぎてどっちもボケてる(笑)

「トイレ行くんでしょ? ついてくから行こ」

「うん。ありがとう」

 夏佳ってこういうところ可愛いよね。

 守ってあげたくなるというか……。

 わかんないかなあ~。

 どっちにせよ、私は夏佳のあとをついていくことになりました。

 お化けでないといいな。

 お墓とかの東側ってよくないって言うよね。

 まさにベストヒットだからさ。

 怖いね。

「おばけだぞー!」

 夏佳が言った。

「あはは。そんなんじゃさすがに驚かないって」

「え? 何言ってるの?」

「なにって、さっき夏佳おばけだぞーって……」

 マジかよ!

 マジのお化けの襲来だ!

 正直どうでもいい。

 とりあえずトイレに行かしてくれ。

 いや、マジで。

 これ夏佳のためだからね?!

 私が早く寝たいっていう訳じゃないんだからね!


 なんとか無事にトイレに着きました。

 もしかしてやさしい霊が見守ってくれたのかな?

 やっさしーんだから。ふー!

 調子こきすぎました。ごめんなさい。

 だから、天井から出てきてる超能力持ちの手はお引き取りください。 

 お願いですから、ツッコミさせまくって殺そうとするのやめてください!

 無事に帰ってくれました。

 こないようにお祈りしとこ。

 ナムナム……。

「まだそこにいるよね?」

「いるよー」

「まだそこにいるよね?」

「今さっき聞いたばっかだよね?!」

「まだそこにいるよね?」

「正直お遊び半分で聞いてるよね?!」

「まだそこにいるよね?」

「しつこいわ!」

 こんなやりとりをずっとしていた。

 割と定番っちゃ定番な場面ですよね!

 そこでなにかがあって離れなくちゃならなくなって、トイレ出たらインダス川みたいな?

 インダス川どっからきたし?!

 いなくなってるんでしょ! インダス川関係ないでしょ。

 はい。インダス川君は無関係です。

 私が勝手に巻き込みました。

 だから、彼を責めないでください。お願いします。

 責めるもなにも、君しか悪くないからね? そりゃあ君だけを叩くさ。ふはは。

 その厭味ったらしい笑い方、嫌いだよ。


「きゃあー!」

 真冬ちゃんの声?!

 なにかあったのだろうか?!

 いやふつう、なにかないと絶叫なんてしないだろうけどさ。

「今のなに?! 春ぅ、まだそこにいるよね? さっきの声で行ってないよね?! いるんだよね?! 春?! 春―!」

 私はすでに走り去っていた。

 ごめんね、夏佳。ちょっとまっててね。


 廊下をひた走る。

「どうしたの?!」

 ガチャ。

 扉を開け、声を発した。

 すると、異常な光景が目に入ってきた。

「なにして……るの……?」

 それは、大和だった。

 大和は右手に小ぶりなナイフを持ち黒い服を、真冬にまたがっている。

「やめてよ!」

 私は大和の右腕を掴んで、真冬から降ろそうとした。

 真冬の表情はこの世のものと思えないものをみたような表情だった。

 まるで、三途の川を渡ろうとしていたような。そんな表情だった。

 大和は私の手を振り払った。

「やめてくれよ! 何も知らないくせに!」

 恐ろしい表情。鬼のよう。

 何かにとらわれている悲しい表情。檻に閉じ込められた獣よう。

 苦しそう。空中につるされた魚のよう。

 なんで、この人はこんな表情ができるんだろう。

 なんで、こんなに表情が豊かなんだろう。

 なんで…………。

 不思議でいっぱいだ。

 次々に疑問が出て、すべては拭い切れない。

 そして――

 真冬を切りつけた。


 真冬から鮮血が零れ落ちた。

 うっ……。

 私は血を見て嘔吐しかけた。

「真冬ちゃん! なにするのよ!」

 私は大和に問いただした。

 真冬には意識があるのだろうか?

 目を閉じている。

 横たわっている。

 顔に自分の血液を付けたまま。

 静かに……。

 そこに夏佳がやってきた。

「どうしたの? えっ……。うっ……」

 夏佳はもうダメそうだ。

 血を見た瞬間吐いた。

 それもそうだろう。ゲームとは違うのだから。

 リアルの血液が、たらたらと流れているのだから。

 大量に。

 私が耐えているのがおかしいレベルに。

 どうしよう。誰も気が付かないし、誰もわからない。

 この状況を助けれるものなど一切ない。

 どうするべきか。

 私は逃げ出した。

 恐怖からと、夢ちゃん先生呼べばなんとかしてくれるのではないかと考えたからだ。

 だからその選択しかないと思った。

 ガチャと扉を開け、飛び出した。

「おい! 逃げんな!」

 後ろ手で扉を閉め、彼を突き放そうとした。

 しかし、彼は瞬時に扉を開き、私を捉えた。

「逃がさない。絶対に!」

「やめて! まだ死にたくない!」

 恐怖でしかなかった。

 それ以外に感じることは一切ない。

「捕まえた」

 口角を少し吊り上げ、ニヤリと笑った。

 私は大和を睨んだ。

「僕の両親と同じ目をするな!」

 私は大和によって頬を赤くされた。

 一瞬の出来事だった。

 ほんの一瞬なのに、何十秒にも感じ取れる。

 時間というものは恐ろしい。


 何とかして部屋に帰ってきた。

「なにも覚えてないの?」

「うん。ごめんね……」

 私は少し暗くなった。

 なにも覚えてなくて申し訳なく思った。

 思い出そうとすると非常に頭が痛くなるのだ。

 考えたくない。

 そう逃げ出した。

「気にしない」

 しょぼくれた私に、春は優しく声をかけてくれる。

 気分は楽になったが、なにか物言いいたげな素振りを見せた。

 私はさらに申し訳ない気持ちになった。

 複雑な気持ちになっていた。

 私はそんな気持ちのまま春の横で床についた。


 とある時間帯。

 私は急に目が覚めた。

「春ぅ~。トレイ~」

「は? トレイってなによ」

「トイレ行きたい」

「寝かしてよおー」

「怖いのぉ~」

 我ながら少し情けないなと思った。

 直したいな……。

 春には迷惑をかけたくない。

 私がもっと強ければいいのに……。

 悔やみがまた生まれた。

 そういってもついてきてくれる春は、とても優しい。

 ほんと惚れる。

 誰だ! 百合とかいったやつ!

 いいだろ百合!

 え? 百合百合しいの好きなんだって?

 そんなことはない。

 とりあえずトイレにつきましたよーっと……。

 ふう……。

 落ち着いく。

 春がすぐそこにいるという安心感があった。

「きゃああああああああ」

 真冬の声が聞こえた。

 真冬になにがあったのだろうか。

 不安で仕方ない。

 廊下を叩く音が聞こえた。

「春?! まだそこに居るよね?! 春!」

 私は見放されたようです。

 すごく寂しい気持ちになった。

 それと、春が真冬のところにいったという悲しい気持ちになった。

 なんだか真冬に、春がとられた感じがして……。

 喪失感まで押し寄せてきた。

「春~?」

 真っ暗だったけど、春が居ないのはわかった。

 とりあえず真冬になにかあったとするなら、真冬の部屋に向かえばいいんだろう。

 よし、真冬ちゃんと春を助けるぞ!

 ちょっと怖いけど。

 そう決心した私は、廊下を走った。

 真冬の部屋の前に立った。

 扉は開かれていた。

「覗くな」

 誰?!

「俺は神風。覗いたら危険だ。今すぐ帰れ!」

 何でそんなこというの! 私は春と真冬ちゃんを守るのに必死なの!

 邪魔をしないで!

「だめだ!」

 そうして私は扉の先を見た。

 風が通った。

 それは、それは、冷たいものだった。

 風の吹きそうもない閉鎖空間なのに……。

 おかしい話だ。

 それに今夏休み。

 夏なのだ。

 こんなに寒い訳がない。

 なになのこれ。

「春? 真冬ちゃん?」

 あれ?

 居ない……。

 またどこにいったというのだろうか?

 私は部屋に戻って眠ることにした。

 本当にどうしたんだろう?

 心配で仕方なかった。

 気のせいだったのかな?


 部屋に戻ってきてから、どれくらいかの時間が過ぎた。

 私は眠りにつくことができなかった。

 心配で仕方なかったからだ。

 真冬と春はどこに消えたのか。

 気になって仕方なかった。

 何気なく廊下に出た。

 もちろん何もいない。

 なんだかやっぱり肌寒いなあ……。

 そう思いながらも、私は廊下を進んだ。

 あたりは暗くて沈んでいる。

 外は月明かりが照り、廊下の寂しさとは正反対だった。

 なにしてるんだろ……。

 徘徊してるっておかしいものね。

 そういうことで私部屋に戻ろうとした。

 そこで事件は起きた。

 きゃああああ。

 春?!

 なにがあったの?!

 私は怖くなった。

 私は走って声のする方に向かった。

「ほら、事件起きちゃった。君が僕の忠告を無視するからだよ」

 ふふふと笑った。

 この人は何かを知っている。

 この人がやったのか?

 わからない。

 そこにはただただ恐怖があった。

 なにがあったのか……。

 地を踏みしめる力が強まった。

 腹をたてていたのがわかる。

 タタタタ。

 軽快な足音が廊下に響いた。

 扉が開いていた。

「春!」

 そこにいたのは、血で汚れた真冬とそこに居る誰かと対峙する春だった。

 うぅ……。

 私は倒れた。

 血に異常な恐怖を感じた。

 どうすればいいの……。


 部屋に帰ってきた。

 何も覚えていない。

 ヴぁああという声だけ。

 思い出そうとすると頭が痛くなる。

「んぁ……」

 うっすら思い出しそうだが、結局でないまま終わってしまう。

 それよりと、私はPCを取り出した。

 小説を書くためだ。

 猫のウェンディの次の作品を書かないといけなかった。

 編集者から電話は何度かなった。

 順調でありたい。

 そう思うからこそ書かないといけない。

 PCの時間を見ると、帰ってきておよそ1時間が経とうとしていた。

 それから私は、ヘッドホンを耳に掛けて音楽を鳴らした。

 深夜過ぎの丑一刻。

 あたりは真っ暗なのに、そこだけ確かに青い光が溢れていた。

 カタカタという音とともに、軽やかな指の動きがあった。

 私は大好きな音楽を聴いていた。

 ガチャ。

「ん?」

 扉があいていた。

 あれ? 閉め忘れたかな?

 そういって歩いて行った。

 それで閉めた。

 して、また小説を書き始めた。


 すこし、休憩っと……。

 背伸びをして時計を見た。

 大体二時ごろになっていた。

「もうこんな時間か……」

 すこし眠くなって、あくびが出た。

 ふぁあ……。

 天井を見上げた。

 休息を取るのも大切だよわよね!

 疲れていたのでは面白いのなんて書けないもの。

 そう言い聞かせて、私はやっとの思いでPCを片づけ布団を敷き、横になった。

 すると

「ねかせねぇよ」

「誰?!」

 私に話しかけてくる輩がいた。

 この私があと少しで寝そうなのに邪魔をするなんていい度胸じゃあねぇか。

 睡眠がとれない辛さを味あわせてやるぜ!

 ごめんなさい。こんなお下品な発言してしまって……。

 私らしくないわね。

 でも、寝れそうって時に邪魔されたらキレるって。

 いやいや、マジで。

 強がんなって。

 はい。すいませんでした(二回目)

 二回はダメだろって?

 ……まあいいんじゃない?

 適当の極み。

「誰かわかんない? そこまで記憶消えちゃった?」

「あなたは!」

 誰?

 わかんない。いつどこで会いましたっけ?

 それに、この人たち私が記憶が消えたのを知っている。

 記憶が消えたと話していたときは、居なかったのに……。

 まさか記憶を消した張本人だとでもいうの?!

「なんだ、忘れちゃったのか……。じゃあ教えてあげるよ」

 はっ! 思い出した。

 今になって思い出すんかい! って?

 まあそういわずにさ。

「思い出したよ。君は私を気絶させた君だよね」

 そう。この男は、墓場で私を気絶させた主犯だ。

 なぜだ。

 なぜかそれ以上にかかわっている気がする。

「あとはなんだい?」

「そこまでは思い出したんだね。嬉しいよ」

「それ以上はなんだ。はっきりと話せ」

「いやだね。君の記憶はそこまでにしておけ」

「いや、力ずくでも言ってもらうぞ」

「そうか。そうなんだね」

「そうだぞ」

 なんだ?

 言う気になったのか?

 すると、男は右手の袖に隠し持っていたナイフを取り出した。

「なにするつもりだ?」

「なにするつもり? これから考えられることなんて一つしかないじゃないか」

 そう言って持っているナイフを私に向けた。

「おい、やめろ。やめてくれ」

 段々口調も変わってくるくらい腹が立っていた。

 徐々に一歩一歩近づいてくる。

 私も一歩一歩、それに合わせて後退する。

 するとすぐに壁に背が触れた。

 もうだめなのか……。

 やめてくれ! お願いだから!

 とどまることはなかった。

 一瞬で間を詰めてきた。

「きゃあー!」

 切りつけられた。

 廊下からカタカタという足音が聞こえる。

 ガチャ。

 扉が開かれた。

 そこには春がいた。

「どうしたの?!」

 すごくうれしかった。

 春ちゃんがすぐに助けに来てくれた。

 私はすこしだけ涙を流した。

 でも、すごくこわかった。

 またがれてナイフを突き立てれる恐怖は容易に知れるものではない。

 周りは何も聞こえない。

 恐怖が脳内を支配している。

 争っている。

 ダメだよ、春ちゃん。

 その人危ないよ。

 私はそう語りかけたかったが、できなかった。

 すると、男がナイフで切りつけてきた。

 私は血を流した。

 どばどばと流れてきた。

 何も見えなくなった。

 真っ黒な部屋だったのに、目前は真っ白だった。



 第十二章 山間旅行の黒い影~恐ろしくて動けないようですが?!


 私は大和を睨んだ。

「その目をするな!」

 大和は右手に持つナイフを振るった。

 反応はできた。

 しかし、私はそれを避けきることができなかった。

「うわあああああああああ」

 はっきり言って痛かった。

 大分な痛さだった。

 それに伴い、叫んだ。

 でもそれを誰も聞きやしないだろう。

 血は滴りを止めなかった。

 真冬の布団がけがされていく。

 私の血の朱殷色しゅあんいろと真冬の朱殷色が混ざる。

 それは、さらに侵食した。

 加速させた。

 人ってこんなに弱いものなのか。

 それがよくわかるシーンだろう。

 私はどうすることもできなかった。

 涙がこぼれた。

 痛み故に。

 悔しさ故に。

 寂しさ故に。

 悲しさ故に。

 なんで私生きてるんだろう?

 自分の存在意義すら見失っていた。

「ち、違うんだ! 僕は、僕は! 僕は僕は僕は僕は僕は……!」

 頭を抱えて唸っていた。

 一体なにが違うのだろうか?

 彼はなにを考えて生きているのだろうか?

 不明である。

「ぼ、僕は、君を幸せにしたかったんだ」

 何言ってるの?

 幸せにしたかった?

 どうやって?

「わっと先生は僕の邪魔をしたんだ! だから殺さないといけないんだ!」

 わっと先生とは真冬ちゃんのペンネームだ。

 意味が分からなくなってきていた。

 なんで私を幸せにするのに邪魔なの?

 私に関わる人を殺して本当に幸せになれると思ったの?

 正直あほらしい。

 そこで先生が現れた。

「あなた達なにしてるの?! て、あれ? 大和君?」

 先生も動揺しているようだった。

 自分の生徒が、人をおそっているのだから。

 動揺しないはずがないだろう。

 先生はすこしして、柔道七段の腕を大和に見せた。

 刃物を向けられて、緊張していたが大和を倒すのはあっけなかった。

 大和は倒れ、泡を吹いていた。

 安堵のため息をこぼした。

 私は切りつけられた傷口から流れた血と疲労感で倒れた。

 真っ白く染まる視界。

 ぼーっとしていく脳天。

 ああ、私はもうだめなんだな。

 そう思った。


 春、夏佳、真冬三人の叫び声が聞こえた。

 秋恵はまだぐっすりと眠っている。

 私は心配になって駆け足で真冬の部屋に足を向けた。

 廊下に響く私の足音はなにか重たい感じがした。

 真冬の部屋のドアを開けると、そこには何もなかった。

 ドアが消え、一瞬の迷いを生み出した。

 どうなっているのか?

 理解できなかった。

 周囲が寒くなる。

 またこの現象か……。

 すると、こつこつと悲しげな足音が聞こえた。

 誰だ!

 夏佳だった。

 しょぼくれたように顔を地べたに向け、歩いてくる。

 何をしているの?!

 春ちゃんや真冬ちゃんはどうしたの?!

 私は夏佳にそう聞こうとした。

 でも、その声は届かなかった。

 夏佳は私の体をすり抜けてどこかに行ってしまった。

 なにが起きているの……。

 怖さがあったので、追いかけることはなかった。


「フフフ……」

「?!」

 私は誰かに笑われた気がして、振り返った。

 すると寒気が一気に吹っ飛んだ。

 そこには――

 血まみれになった春と真冬がいた。

 そして、一人の少年。

「あなた達なにしてるの?! て、あれ? 大和君?」

 私は呆然として立ち尽くした。

 私の生徒が血のついたナイフを握って真冬にまたがる姿を見て正気になっていられなかった。

 私は大和に背負い投げを決めた。

 かわいい生徒にこんなことをするのはよくないとわかってはいるけれど、文芸部員たちに手を出すのはもっとよくない。

 許しておけない。

 だから行動に至った。

 私は横たわる真冬と春を見た。

 血がたくさん流れていた。

 どばどばと流れ、足下にある布団の白はほぼ見えなくなっていた。

 気絶して死んでいるかもしれない。

 でも私はあきらめない!

 救急車を呼んでもこんな山奥じゃ私が治療した方が早い。

 そう思って、持参した救急箱を持ってきた。

 そうして血が漏れ出しているところに包帯を巻いた。

 その後も治療を続け、いつの間にか私は眠っていた。


 私は真冬によって覚醒を迎えた。

 真冬ちゃん……生きててよかった……。

 しんみりした空気が生まれたがまだ春や大和は起きていないようだった。

 起きてからも私は真冬の怪我を癒やそうとしたが、もう必要ないと言われた。

 すると、安静にしていてとだけ伝え春たちが目覚めるのを待った。



 第十三章 大和の過去~これほど悲しいものがあるんですか?!


 大和は、気絶から覚醒した。

 自分が何をしていたのかはっきりと覚えていないようだった。

 それからぽつりぽつりと話し始めた。

 彼の過去になにがあったのか。

 彼は過去からなにをしたのか。

 彼が過去をどう思っているのか。

 これらはすべて夢ちゃん先生たちから聞いた話だ。

 大和は私より目覚めが早かったというのが理由だ。

 だから、大和君の表情や声色はとうていわからない。

 どんな気持ちで過去を語ったのか。

 それが真実なのか。

 話を聞いてだけということを理解して聞いてほしい。


 回想。

 僕は、小さい頃から両親に見放されていた。

 兄が居たが、兄はなんでもできた。

 それに対して弟の僕は、なにもできなかった。

 虐待を受け、毎日苦しい生活だった。

 でも、自分が悪いと思っていたから、反論したり反抗したりすることはなかった。

 僕が教えられてもできなかったから、ストレスもたまってたんだと思う。

 小学校5年生まではそうだった。

 でも、僕は見つけたんだ。

 小学校6年生のころだった。

 僕は教室の隅で、ひとり本を読んでいた。

 すると先生が言った。

「君はいつも本を読んでいるね。小説を書いてみないかい? 君は国語の点数とか作文の点数とかも高いしきっといい作品が書けると思うよ」

 小説?

 僕が?

 断じて無理だろうと思っていた。

「これを見てごらん」

 僕は、先生から手渡された一枚の紙を見た。

 そこにはとある有名出版社のとある企画があった。

 企画の内容は、一定期間内に応募された作品を第四選考で選抜し、上位一作品を出版してくれるというものだった。

 僕はそれでもし出版できたら両親にも認めてもらえると思った。

 だから頑張った。

 僕は小学生ながらも、小説を書きはじめた。

 物語を考えて文章を書いて……。

 寝る間も惜しんで書いた。

 両親に認めてもらうのに必死だった。

 小説の書き方を勉強するためにいろいろなことをした。

 どういう風に書いたら楽しんで読んでもらえるか。

 自分なりに研究して書いた。

 第一次選考発表の日。

 僕は緊張でいっぱいだった。

 サイトに立ち入ると、僕の作品は見事に通過できていた。

 僕みたいなのでも書ける!

 そう思っていた。

 でもそれだけじゃなかった。

 それはそうだろう。

 学校から帰宅したらすぐにPCを開いて夜遅くまで文章を書いている。

 それがいいと言われるわけがない。

「勉強しろ! お前は兄よりデキが悪いんだから、頑張らないといけないんだから! ほら、さっさとしろ!」

 もう、正直聞き飽きた。

 何度聞いてきただろう、そのセリフ。

 数えきれない。

 勉強ができないんだったら、他人よりもっとやれ。

 そんなの個人差があるだろう。

 だったら、ほかの人にないものを見つければいいじゃないか。

 僕より勉強ができる人なら、僕にない勉強ができているんだろう?

 そういうことだ。

 僕はそういう風に考えていた。

 だから、僕は小説を書いてほかの人にない小説を書く能力を伸ばした。

 両親は頭が固い。

 勉強でしか人を判断することができない頭の固い人。

 僕は嫌いだった。

 このころから反抗することが多くなった。

 その後も順調に第二次選考、第三次選考を通過していった。


 すこしして最終結果発表が来た。

 僕の作品は落ちた。

 選ばれたのは『猫のウェンディ』という、ペンネーム「わっと」が著者の作品だった。

 なんで僕の作品が選ばれなかったんだ!

 僕は嘆き悔やんだ。

 しかし、儚くも時間は過ぎていった。

 そして小学校を卒業するころ。

 両親が離婚した。

 僕はどっちに連れていかれるのか?

 そう思っていた。

 しかし、現実は非道で僕はどっちにも連れていかれなかった。

 どうせこの子がいても手がかかるだけだと思われたのだろう。

 それに対して兄は優秀だったので、よく検討されていた。

 僕はそれを見て、歯を食いしばった。

「お前はいらない」

 母親にびんたされた。

 痛かった。

 本気だった。

 睨まれた目の黒ずんで不明瞭な瞳の奥に、わずかな鬱陶しい余韻を残した。

 絶望だった。

 僕の作品は選ばれなかったし、もうだめなんだ。

 わっとが憎い!

 わっとがいなければ、僕の作品が出版されて僕は両親に認めてもらえたはずなんだ!

 わっとというやつが現れたら殺してやる!

 僕の人生を……両親にあと少しで認めてもらえたのに!

 邪魔しやがって!

 許せない!

 最後、僕はおばさんに連れられた。


 中学校に上がる時期がやってきた。

 初めて中学校にきて、おばさんに感謝の気持ちがわいてきた。

 僕みたいなのを中学校に入れてくれた。

 手もお金もかかるのに……。

 本当に感謝した。

 心から。

 入学式を済ませて教室に入った。

 真新しい制服に身を包み、緊張したように表情をこわばらせた。

 教室内では、自己紹介をした。

「えっと……私は、水谷春です……。趣味は読書です。よろしくお願いします」

 一目ぼれした。

 趣味は読書という。

 僕は彼女に興味をしめした。

 しかし、彼女は僕に気が付いていないようだった。


 数日後。

 猫のウェンディの書店発売日兼握手会があった。

 もちろん僕は足を運んだ。

 しかし、目についたのはクラスメイトの春だった。

 声をかけようとしたが、自信がなかったのでできなかった。

 列は短くなるが、どうやら終わってしまったらしい。

 すると誰かと話をしているようだった。

 わっとだった。

 すこし聞こえた話では、うちの学校の文芸部に所属しているようだった。

 顔も覚えた。

 探して殺してやる!


 あれから少し経った。

 僕は文芸部を探していた。

 文芸部なんて初めて聞いたし、知っている人もいなかった。

 これまでは様々な準備をしていた。

 そして今日、決行することにした。

 ガチャとドアを開いた。

「こんにちは……」

 その場にいたすべての人の視線が大和に集まった。

 誰?

 なにをしに来たの?

 そう思われて嘲笑されているような気がした。

 嫌いだ。

 その表情。

 その目。

 冷たい。

「どうしたの? なにか用だった?」

 春……?

 知らなかった。

 彼女がこの部活動に参加していたなんて。

 確かに放課後どこにいるのか知らなかった。

 こんなところにいたのか……。

 わっとがその横にいた。

 これじゃあ殺せない。

 人が多すぎる。

 僕はそう思い、適当に春に告白することにした。

 実際に好きだったし、ちょうどいいと思って利用した。

 結果はダメだったがそれでもよかった。

 その後、殺せるタイミングを計った。

 するとある時、教室で文芸部が山に旅行にいくことを聞いた。

 このタイミングだ!

 僕はそう思った。


 春はどうやったら幸せになってくれるだろうか?

 真剣に考えていた。

 やはり僕みたいな屑人間(生きる価値のないゴミ)には、到底釣り合うことなんてない。

 さっきもあっけなくフられちゃった。

 ちょっと悲しいけど、これが現実で、これが本当なんだよね……。

 諦めモードだった。

 彼女は僕を嫌い。

 その事実を受け止めるのに精いっぱいだった。

 しかし、あることを考えた。

 もしわっとがいなかったら。

 もし僕の作品が出版されていたら。

 そうしたら僕は屑人間じゃなくなるし、春を幸せにできた。

 今考えれば暴論だった。

 考えられないだろ?

 もう過ぎた話なのに、いつまでもしつこくねばりついてる。

 気持ち悪いな……。

 それが冷静になって感じるすべて。

 落ち着いて判断もできない。

 だからこそ殺そうという考えが先行して僕は嫌われるんだろうね。

 本当に屑人間だよ。


 夏休みが一か月くらい進んだある日、旅行前日だった。

 僕は彼女らの一足先に出向いた。

 すると変な奴にあった。

 しゃべる黒猫だった。

 その猫はウェンディと名乗った。


「ここからは頭が痛くなって、なにも思い出せなくなるんだ。自分がなにをしてしまったかも覚えてない。ただただわっとのせいで両親に認めてもらえなかった憎しみと、春に対する好意から幸せにしたいと切に願う気持ちがあった。それしか覚えてないんだよ……」


 春。

 信じれるか?

 自分のしたことを。

 それも悪質極まりないことをしておいて白しらを切る気。

 こんなの……ありえない。

 過去がどうであれ現実では傷ができた。

 チャラになんかなるわけないよ……。

 絶対に許しちゃいけいない。

 傷をつけて、トラウマこじつけて。

 最低な男よ!

 幸せにしたいならよそをあたってほしいものだ。

 なんで私なんかのところに来ちゃうのよ……。

 付き合わなくてよかったとつくづく思う。

 彼は怖い。

 鬼を見るような。

 そんな恐怖。

 殺されるかもしれない。

 急に殴られるかもしれない。

 私にはそんなの耐えきれないよ……。

 それはどれくらいの時間が経っても変わらないと思う。

 真冬ちゃんにけがを負わせるなんて、何百年も早い!


 夏佳。

 彼の言っていることは本当なの?

 正直疑いの気持ちが晴れることはない。

 それに私の大切な幼馴染の春を傷つけた罪は大きい。

 もちろん春だけじゃなくて真冬ちゃんを傷つけたことも。

 過去は本当に悲しいよ。

 でもそれを同情してなにになるの?

 好意とか言ってるけど、あなたみたいなのには無理。

 幸せの意味を知らない。

 いくら大和がうれしくて楽しい気持ちでも春がそうじゃなければ幸せとは言わない。

 真冬ちゃんを殺しちゃったら嫌われちゃうのがわかってないの?

 まだ初めて会って日は浅いけど、それでも確かな絆が芽生えてるの!

 それを邪魔させはしない。


 秋恵。

 かわいい部員たちが傷つけられて何も言えないというのが非常に物悲しい。

 私は立ち入れない関係だ。

 腹を立てている。

 でも過去に同情できないほど私もひどくない。

 同情はする。

 許すことはできない。

 お縄についてもらわねば困る。

 それは確かだ。

 でも、両親に捨てられ苦しい生活を送ってきた彼に、非難の声を浴びせるだけがいいのか?

 それは違うだろう。

 だって彼も人なんだもの。

 私が捨てられたらいやだ。

 だから、同情しないなんて言わない。


 真冬。

 傷つけられたわ。

 精神的にも肉体的にも。

 春ちゃんは大丈夫なのかしら?

 人の容態を気にするなら自分の健康をみなさいよ。

 春ちゃんはそう言ってくれたが、心配でしょうがない。

 先生の話によると春ちゃんより私のほうが、傷が深いそうで……。

 私は傷が癒えるのが早いから春ちゃんの心配だけをしていた。

 みんなはどう考えてるのかかな。

 私は許されないと思う。

 でも私も彼と同じ人どうし、協力して生きていく必要がある。

 彼を省くことは人間性を疑う。

 しっかり彼を見つめてあげる。

 それも大切なんじゃないかな。

 同じ経験を遂げた者同士……これはまた今度に話そうか。



 第十四章 概念と神風~神々の戦いってこんなものなんですか?!


 ふふふ……。

 それは不敵に笑った。

 概念だけ存在しているそれは誰にも見えない。

 しかし、それは唐突に一時的に存在を現した。

 それとは悪魔だった。

 人間にとりつき人を殺していた。

 ある日概念それは殺意に燃える人間を見つけた。

 人間は中学生になりたての少年だった。

 概念は彼を見てしめしめとした。

 こいつは利用できる。

 そうして彼に干渉するのだった。

 概念は彼に尽力した。

 しかし彼は臆病で殺すことが出来なかった。

 チッ。なんの役にたたねぇな。

 これだから人間は……。

 人を殺すことで生きる概念にとって非常に辛いものだった。


 もう一つ、ある概念が存在した。

 周知されていないが、良心的に人間に関わりを持とうとしていた。

 概念の名は神風。

 神風は概念を見つけた。

 神風は概念に近づくものがいれば危険を知らせた。

 しかし受け入れられず、死んでいって物は数知れず。

 神風自身が悪魔と呼ばれることさえあった。

 しかし、神風は幾度となく人間を救いに導いてきた。

 神風が古龍の手で人を導いたため、神龍と呼ばれることもあった。

 だから神風は人を信じ、助けてきた。

 誰も概念に殺されなくなるように。


 概念は神風を敵視していた。

 それもそうだろう。

 神風は自分を殺そうとしている。

 概念が人を殺せなくなると、存在価値がないと判定され悪魔らの住まう世界から突き放される。

 そしてその存在は永遠に消え去る。

 それは神風も同じだった。

 人を救えなければ存在価値なしの判定で消え去る。

 対立しあった。


 ある時。

 概念と神風は戦った。

 もう何千年と昔の話だ。

 だが、一度たりとも忘れることができない戦いだった。

 人間たちの築いてきた建物は破壊され、見るも無惨な状態だった。

 概念は神風に戦いを挑んだ。

 理由は単純明快で、神風が概念の存在を拒んだからだった。

 概念自身が生きるのこるために人を殺戮するなど、神風は許せなかった。

 概念もそれに負けてたまるかと、神風に攻撃し返した。

 人間たちはそれを大戦と呼び、本に記し後世につないだ。

 大戦が始まって約五十年が経った。

 大戦は終止符ピリオドを打った。

 終わった原因は、神風が概念を追い詰めたからだった。

 神風は概念にこれ以上人間に関わらないと誓わせた。

 これを以て概念は封印された。

 神風自身も人間界を滅茶苦茶にした罪により、神風の上の立場の神に封印された。

 人間たちは、喜んだ。

 そして発展していった。

 神風たちに引き続き、人間たちを守っていった。

 しかし近年になって神風らを封印した神々が死亡し、封印が解けた。

 先に解放されたのは概念だった。

 これにより人間は再び発展してきた文明、建築物、経済、娯楽のすべてを失うことになりかねた。


 俺は概念より遅く封印が解けた。

 しかし、封印が解けるなり、神風は未来を暗示した。

 危険を感じ、神風は概念との第二大戦が始まりそうになっていた。

 概念を誓わせるのにだいたい五十年だった。

 五十年もあれば、ここにいる人間は簡単に滅んでしまう。

 なんとしてでも阻止しなければいけない。

 兵器があれば平気と思ってる現代人を守るために……。

 兵器と平気をかけたのわかった? まじ大爆笑(笑)

 あ、あの、その……ごめんなさい。

 概念を再び封印させるため、俺は人間の風格をまとい早急に出立しゅったつの準備を済ませた。


 僕は神風より早く目を覚ました。

 封印が解けたのが早かった。

 人間を殺そうとした。

 もちろん生き残るためだ。

 神風には邪魔されない。

 簡単に殺せることができた。

 人間自身が人間を殺そうとするもの理由のうちのひとつだろう。

 今の人間は情けない。

 その上愚かすぎる。

 だから手を貸してやればすぐにコロッといく。

 ナイフを手にして、人間が人間自身を刺し殺す。

 馬鹿だなあ。

 本当に……。

 そんなときに、ある人間を見つけた。

 それこそが武蔵大和だった。


 大和は両親に捨てたれたことを根にもち、殺そうとしていた。

 なにからなにまで、すべて用意してやった。

 これで大和は殺してくれるだろう。

 しかし、大和は僕の思っていたより愚かすぎた。

 攻撃対象が、自分が認めてもらえなかった原因の人物に移った。

 意味がわからない。

 どうせそいつを殺したところで認められるわけでもなければ、捨てられなかったわけでもないのに……。

 馬鹿すぎて話にならない。

 まあいい。

 殺せればな。

 それで生きれる。


 殺す直前になった。

 大和はここでもあほだった。

 こいつはなんなんだ。

 だから捨てられるのに……。

 それにも気がつけない馬鹿野郎か……。

 大和は殺すことができなかった。

 とんだ小心者だ。

 概念の住まう世界のきまりにより、尽力して殺すことができなかったものは、自らの手で殺す。

 そして僕は大和を手にかけた。



 第十五章 大和は……どうなるの……? ~本当に殺してしまうんですか?!


「ウェンディって言った? あなた今、しゃべる黒猫のウェンディって言ったの?! ねえ! 答えてよ!」

 なんでこんなにも声を荒らげて言うのか?

「い、い、言ったよ? それが……どうか、したんです、か?」

「その話が本当だとするなら、きっとそれは私の描いた人間を怨うらんで殺して……人間を滅ぼす悪魔なの!!」

 こいつ、なに言ってんの?

 日が浅くとも深い友情や絆がある友人に対して、そんなことを思ってしまった。

「だから、あなたは私を殺そうとしんでしょ!」

 なるほど。

 それなら話はつくだろう。

 でも、小説の中身がすべて現実に起きること自体が現実的でない。

 いくら何でも非常識過ぎる。

 でも、もし本当だとするなら?

 もし仮想が現実になったとするなら?

 答えは考えたくもない。

 猫のウェンディは読破している。

 だから何が起こるのかもわかる。

 今回の事件と照らし合わせてみよう。

 それでわかるんじゃない?


 あるとき、主人公の両親が主人公に腹を立てて森に捨てた。

 主人公は殺意を燃やし、森を脱出しようとした。

 そこで現れたのがしゃべる黒い猫。

 名前はウェンディと言った。

 主人公は両親をころそうとした。

 でもできなかった。

 記憶は消えていた。

 それで主人公は猫のウェンディに、両親を殺せなかったという罪にかけられ、殺されてしまう。

 なんとも悲しい話だろう?

 さあ、照らし合わせてみよう。

 すると、見えてきた。

 人を殺そうとするところにウェンディが現れて殺そうとした。

 あれ?

 おかしいぞー?

 なんだか一致している気がするなー。

 そんなこと言っている場合ではない。

 このままいくと、大和が殺される。

「大和……殺されるよ……?」

 大和の体が恐怖に震えた。

「いやだよ! まだ死にたくない!」

 と言ってもだ。

 助けられる方法などわかりやしない。

 猫のウェンディの著者である真冬に聞いても首を縦に振ることはなかった。

 口を開いたのは夏佳だった。

「ねえ。大和を助ける必要はある? 春を刺し殺そうとした人なんて生かしておけない! 私は許さない!」

「それもそうかもしれない」

「い、いやだ! 僕は死にたくない!」

 走り出していってしまった。

 あたりまえだろう。

 死を覚悟しなければいけない。

 それなのに、他者にいち早くいち早く殺されそうになっているのだから、逃げないわけがない。

 私たちは大和を追いかけることにした。

 罪を償ってもらうために。


 大和を追っていた。

 もうすぐ夜が明ける。

 あたりがすこし明るくなっていた。

 しかし、大和が逃げていった森林には、木陰で夜明け前とは思えないものだった。

 皆とはぐれないように、手をつないで森の中を進んでいく。

 もちろん昼には熊も出たので警戒しながら……。

 足跡が見えた。

 ぎざぎざとした深みのある足跡だった。

 いつの間に靴を履いて出て行ったのだろか?

 まったく気が付かなった。

 私たちはその足跡をたどっていった。

 木が生い茂り、優しい月光があたりを包む。

 すると崖の目の前で靴を見つけた。

 名前は書いていないが、きっと大和のものだろう。

 崖はそこまでの深さがなかったが、落ちれば死んでしまうだろう。

 ここにはいないかな……。

 そう考えていた時だった。

「助けて!」

 誰かが助けを求める声が聞こえた。

 崖のほうからだった。

 崖の下を見下ろすと、大和がいた。

 木に手をかけて、落ちないようにしている。

「どうする? 助ける?」

「このまま殺しても、真冬ちゃんや春ちゃん傷つけたことには変わりない。だから殺してもいいと思うよ」

「助けないとだめよ。いくら切りつけたって彼も人間だもの。それに、生きててもらわないと償いができないでしょ」

「私は……どっちでも、いい……」

「先生……」

「助けてあげなさい」

「わかりました」

 そう言って、秋恵先輩は大和に手を伸ばした。

 私たちも手伝って引き上げた。

 また逃げられると面倒なので、拘束することにした。

 私たちは再び宿泊施設に戻っていった。

 それにしても、私たちってあまり力がないのによく引き上げられたな……。

 背後では誰かが舌打ちをした。

「つくづく、運に恵まれたやつだ」

 しかし、誰一人としてそれに気がつくものはいない。



 第十六章 逃げた概念と追いかける神風~誰か死人が出てしまうんですか?!


 神風はそこに立っていた。

 春たちの真横に。

 しかし、春たちが気づくことはなかった。

 なぜなら概念だからだ。

 それでも神風は、人間たちを守ろうとしていた。

 彼女たちが誰で何をしようとしているかも知らないのに。


 概念には神風が見えていた。

 神風に見当たらない位置で、ずっと見下ろしていた。

 概念が大和を崖に突き落としたとき神風が見えた。

 概念はすぐに木の上に逃げた。

 神風は春に乗り移り、大和を引き上げていた。

 冬の宵闇のようにひどく冷徹で黒ずんだ瞳で見つめていた。

 また誰かが殺意に目覚めているのを感じ取った。

 大和の処理は後にしよう。

 そう考えて概念は、姿を悪魔から概念に変え旅立っていくのだった。


 神風は気がついていた。

 概念の存在とどうしようとするか……。

 春に乗り移り大和を引き上げたあと、すぐに立ち退き追った。

 誰かが殺されることがないように……。



 第十七章 エンディング~これで終わってしまうんですか?!


 日の光が私たちを照らした。

 長い長い一日の始まりを感じる。

 警察がサイレンを鳴らして訪れた。

「おはようございます」

「お疲れ様です」

 私たちは大和の身柄を警察官に預けた。

 これで終わったのかな?

 私はそう考えていた。

 闇の中。影の中に消えて言う。

「まだ終わらせないよ」

 ふふふと不気味な笑みをつけて。

 一切も聞こえなかった。

 しかし当時の私たちはなにが起こるかなどを知りもしなかった。

 ましてや、声の主すらもわかり得なかった。


 私たちは車に乗った。

 気分よく帰ることはすこし難しかった。

 傷は癒えておらず、時折痛む。

 真冬ちゃんもぐっすり寝てる。

 いい顔をしてる。

 でも断続的に、苦しそうな表情をする。

 私より怖い状況に置かれていた真冬からすれば当然と言えると思う。

 この表情は守りたくなってくる。

 百合しいのはお好きですか?

 ごめん、冗談。


 やっとの思いで、学校に着いた。

 やっと帰ってきた……。

 二時間ほど車に揺られ、私は眠っていた。

 ほかの皆も運転する夢ちゃん先生を覗いて、ぐっすりだった。

 夢ちゃん先生も疲れているだろうに……。

 すこしだけ、申し訳ない気持ちになった。

 学校に着いて夢ちゃん先生に起こされ私は帰宅した。

 大変な騒動だった。

 救急車を呼ぶ必要があるはずだったが、夢ちゃん先生の優秀さで、私たちは死なずにすんだ。

 本当に感謝しなければいけないだろう。

 大和の裁判はまだ先だった。

 すこし真冬ちゃんや、夏佳と話してて思い出した。

 これって何の修行だったんだろう……?

 わからないまま、夏佳と同じ方向の家に帰る。


 道中。

 騒動について、いろいろなことを話した。

 本当に大変だった。

 それでも戻ってこれたのが本当にうれしかった。

 夏佳は私のことを大変心配してくれた。

「春が生きててよかったよー」

 泣いて言うものでもないと思うんだけどな……。


 帰るなり、両親はすぐ私に飛びかかってきた。

「旅行先で危なかったんでしょ! 先生に聞いたわよ。大丈夫だったの?!」

 両親にも伝わっていたようだ。

 先生は仕事がはやいなあ……。

「大丈夫だよ。心配しないで」

 怪我しているのは内緒にした。

「とは言っても、心配なものは心配なんだよ。中学校初めての夏休みにもうしわけないが、安静にしてなさい」

「わかった」

 それから……たぶんベッドに突っ伏して寝ちゃったと思う。

 正直あんまり覚えてないや。


 その後、一週間ぐらいが経った時だった。

 裁判があった。

 大和は殺人未遂、傷害暴行罪ということで少年院に入れられることが決まった。

 しかし、裁判が終わると、大和はすぐ息を引き取ったと連絡が来た。

 ウェンディ(概念)は死んでいなかったんだ。

 だから殺された。

 ごめん……大和……救えなくて……。

 私は謝罪の言葉を残した。


 いつもの文芸部の活動が戻ってきた。

 時は未だ夏休み。

 あと数日しかないが怪我も癒え、楽しもうとしていた。

「そういえば、私が小説を書くことを薦めてから書いてみたりしましたか?」

「それがまだなんだよね。夏休みもいろいろあって大変だったしさ」

「そうだよねー。山間旅行とか、夏休みの課題とか……」

「あなたはまだ終わってないのでしょう?」

「あはは……そうだったね……」

 私たちが笑いながら話していた。

 すると

「はーい、みんなー。あとの夏休みなにしようか楽しみにしてるところ申し訳ないけど、注目してねー!」

 いったいどうしたんだろうか?

 秋恵先輩が言った。

「これから皆には勉強をしてもらいまーす」

 な、なんだってー?!

 夏休みの課題は終わったはずじゃ……。

 あ、そうだ。

 ひとつ忘れていたことがあった。

「うちは非公式の部活だ。つまり、夏休み明けは試験がある。プラスで課題もね……」

 最後の方を濁していった。

 確実に忘れていた。

 課題があるのは知らなかったが、試験があるんだった。


 翌日。

 勉強会を開いた。

 飲み物やお菓子を持ち寄って、お茶会みたいになった。

 肝心の勉強だけど……。

「違う! そこはこうだよ!」

 夏佳が、勉強が苦手なので教えていた。

 私、秋恵先輩、真冬ちゃんはできてるんだけどね……。

 ついでにいえば、夏休みの課題すら終わってなかった。

 そうなんだよね。

 夏佳って課題をため込んで、最終日前日くらいで焦って一気にやるタイプなんだよね……。

 私たちは夏佳の課題を手伝う班と教える班の二手にわかれて夏佳を前面サポートした。


 そして夏休みが明け、試験当日。

 私たち四人は見事に試験に受かった。

 夏佳はぎりぎりだったらしいけど……。

 冬休み明けもこんなことにならないといいんだけどね……。

 ひとまずはセーフということで、いいか。


 ということいろいろあったけど、私たち四人プラス夢ちゃん先生は、今日も仲良く楽しく文芸部の活動を行っています!

「プラス私って仲間はずれっぽくてやだよー!」

 こんな感じでね。

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