古竜と俺の変わらない約束の物語

空色蜻蛉

古竜と俺の変わらない約束の物語





 我が主、我が王よ。

 幾年、幾星霜の月日が過ぎようと、我は汝と変わらぬ友誼を結び、汝を守り続けることを約束しよう。

 たとえ世界が変わり果てても我を変化の波がさらうことは無い。

 永久とわの時を越えて、この翼で何度でも汝の元に舞い降りようぞ。







 ◇◇◇






 その時、我が主は年若い青年の姿をしていた。

 夕暮れに染めたような色合いの髪に、夜空を映したような瞳。涼しい目鼻立ちに、同世代の平均的な背丈の高さで、しなやかな肉付きの身体。

 我は長い年月で人間の感性を理解していたが、我が主は悪くない風貌だと思う。そこそこ清潔な格好をして、真面目な顔で街角に立てば、普通の娘はキャアキャア叫ぶことだろう。欲目を差し引いても、我はそう確信できる。

 だがいかんせん、我が主は良くも悪くも一般の人間と感覚がずれておる。

 つまり端的に言えば、世間知らずである。


「えっ?! お前、女じゃねえの?」

「月宵の路地に立ってる奴が女である訳ねえだろ! 馬鹿にしてんのか、このすっとこどっこい!」


 若い娘さんの口から飛び出た罵声に、我が主は目を白黒させる。

 まったくもって情けない。

 我が主は童貞である。まだ若いとは言え、主と同年代の者達の中には、童貞を卒業した者も多数いる。我が主は同年代の仲間との会話で、自分が遅れていることに気付いたのである。

 単純な我が主は、友人の噂話をもとに花街へ行って、こっそり初体験を済ませようと目論んだのであるが、ところがどっこい、場所を間違えた。

 路地をひとつまたいで男が花を売る場所に迷いこんだのだ。


「やるのか? やらないのか」


 可憐な容姿の彼は、主に向かってずずいと凄む。

 主よ、ここは男を見せるべきではないか。


「……ええと、すいません。やっぱりパスで」

「ふざけんなっ」


 客に向かってえらい言い種じゃのう。

 感心している我の前で、可憐な容姿の彼は、パアンと音を立てて主の頬を張った。呆然とする主を置いて、彼は部屋を飛び出て逢い引き宿を出て行った。部屋に残るは主ばかり。

 いや、我がいたか。

 隠れていた場所から這い出て、ベッドの上で呆然とする主の横に座る。

 今の我の姿は大人の拳二個分程度の大きさの、黒い蜥蜴とかげに似た生き物である。申し訳程度に生えている羽がチャームポイントじゃ。

 本来の姿は家より大きい、人間にドラゴンと呼ばれる幻獣である。


「なあ、アッシュ。俺、なんか間違えた?」

「そうじゃのう。ちいびっと間違えたかのう」


 相棒の我の姿を認めた主は、眉を八の字に下げた。ちなみにアッシュとは我の愛称じゃな。

 まったく、そんなんじゃからヘタレと呼ばれるんじゃ。


「おかしいなあ。ここに来れば可愛い女の子に出会えるって聞いたのに」


 騙されておるのじゃよ、主。

 我は主の友人が腹黒いことを知っておる。明日、首尾を聞いて笑い転げる予定じゃろう。主は友人に楽しい話題を提供する訳じゃ。


「あー。どうして俺、こんなんなんだろう。普通は竜に選ばれるとか、超エリートのはずなんだけどなあ」


 同期の仲間の中では成績は下から数えた方が、早いし。友達や家族には鈍くさいと馬鹿にされるし。女の子にはモテないし。

 主は不幸をひとつずつ数えながら、頭を抱えて苦悩する。


「アッシュ、お前はなんで俺なんかを選んだんだ。お前、本当はドラゴンの中でもすげえ奴だろ。もっと頭が良くて格好良い人間を選べば良かったんじゃ」


 このベッドふかふかじゃのう。

 ん? 主が悲しそう? ちゃんと話は聞いておるぞ。


「そうさなあ。主より強い人間はいくらでもおる」

「なら」

「だが主ほど楽しい人間はおらん。今回の脱童貞ちゃれんじも実に楽しかったぞ。うむ。汝を選んでまことに良かった」

「馬鹿にしてるだろ……」


 主はがっくり肩を落とした。

 そのまま主はベッドに寝転んで、ふて寝を始める。

 しょうがないのお。我は主の背中の、ちょうど肩甲骨の間くらいにもたれるようにうずくまって、尻尾で主の背中を撫でる。

 おう、よしよし。


「アッシュ、くすぐったい……」

「なんじゃせっかく慰めてやっとるのに」

「慰められると余計に落ち込むわ」


 贅沢じゃのう。

 しかし主は我を振り払おうとしなかった。我もそのままの体勢で、尻尾を丸める。

 なんだか思い出すのう。


 今の主は覚えておらんだろうが、主とこうやって背中を暖めあうのは、もう数えきれない程になる。じゃからこうすると落ち着くんじゃ。

 何故、主を選んだか。

 それは主が主だからじゃよ。

 生まれ変わる度に主は忘れてしまうが、我は世界の始まりから覚えておる。主が闘神と呼ばれた時代も、王となって戦に明け暮れた時代も、農民として畑を耕しておった時代にも我は常に汝と共にあった。

 あんまりにも長い時間が過ぎたから、最初に汝を選んだ理由は忘れてしもうた。けれども約束だけは変わらず、この魂に刻まれておる。


 汝が良いか悪いか、才能があるか無いか、など、どうでも良いんじゃ。生まれ変わる度にまっさらになる汝は、だがいつも我を「自分で良いのか」と言って変わらぬ様子で受け入れる。

 それだけで我は「帰ってきた」と思う。

 主の傍は暖かいんじゃ。

 だから我は何度でも汝を選ぶ。

 悠久の時を越えて汝をおとない続ける。

 これから先も、ずっと。




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