第17話 戦闘を終えて

 目が覚めるとまず視界に入ったのは白一色の天井。感触から察するにおそらくベッド。ああ、そうか。俺はどれくらいかはわからないが意識を失っていたのか。


「ミスト!!」


 置きたての脳につんざくような声が響いた。誰かと思って声のする方を向く前に、人影がこちらに近づいてくるのが見えた。それを横目にぼーっとしていると、人影がどんどん大きくなっていることに気が付く。ちょっと待て、この流れは……、


「いてぇ!!!」


 俺の予想通り人影はそのままこちらにダイブしてきた。が、起き立ての脳では反応することなど到底できず、人影とともに再び俺は倒れ込んだ。腹部の辺りを見てみるとやはりというべきか、ネリアの銀髪が目に入ってきた。俺は文句の一つでも言おうと思い彼女の方を見たが、言葉が出なくなった。彼女は目元まで真っ赤にはらしていた。それだけで俺が彼女にどれだけ心配をかけたか分かった。


「馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!」


 彼女は連呼しながらひたすら俺の胸を叩き続ける。まるで力のこもってない、叩くと呼んでいいのかすらわからないようなものだったけれど、それでもアルべリックの剣なんかよりよっぽど痛かった。


「ずっと心配だった……。どこか行っちゃうかもって思っただけで、死んじゃうかもって思っただけで、私どうしていいかわからなかった……」


 ああ全く、何をやっているんだろう俺は。自分でも心底馬鹿だと思う。勝手に突っ走ってアース達に迷惑かけて、挙句の果てに守ろうと決めた少女までも泣かせた。勝ったからいいなんて、そんな単純な話じゃない。前回上手くいってしまったが故に今回も自分一人で何とかなると、心のどこかで慢心があった。その結果がこれだ、このざまだ。


「ごめん。本当にごめん」


 そのまま彼女の体を抱き寄せる。腕の中で彼女はずっと肩を震わせていた。俺にはその事実が何よりも辛かった。


「起きたか」


 彼女が泣き止むまで何も言わず抱きしめていると、扉付近から男の声が聞こえてきた。ルドルフだ。そうだ、もう一つ気にすべきことがあった。


「アースは!? あいつは平気なのか!?」


 アイツもアルべリックの剣に腹部を貫かれていたはずだ。下手をすると俺よりもはるかに怪我の具合が酷いかもしれない。が、ルドルフは首を横に振り、


「あいつなら問題ない。腹部を貫かれていたとはいえ内臓は一切傷ついていなかった。むしろヤバかったのはミスト、お前だ」


 ルドルフ曰く、俺の受けた傷はほとんどが致命傷になってもおかしくないようなものばかりであり、事実医者からは数日以内に死んでいてもおかしくはないとさえ言われていたらしい。たった三日眠っただけで意識を取り戻したのは医師からしてみれば奇跡としか言いようのないことだったようだ。


「お前は確かに強い。単独でアルべリックを撃破できる魔術師など世界的に見てもほんの一握りだ」


 だが、と続ける。


「お前の強さはあくまでも個人としてのものだ。そして実戦とは必ずしも一対一で行われるものではない。そのことは肝に銘じておけ」


 まぁ勝手な真似を控えろと説教する気はない、今のネリアはお前にとっていい薬だろうしなと、そう言ってルドルフは去って行った。再び部屋には俺とネリアの二人になった。一応もう泣き止んだようだが、彼女は離れる気配がない。


「馬鹿だよ君は……本当に」


 沈黙を破りぽつりと呟くネリア。


「死んだらどうするつもりだ」


 耳が痛い。今回の件は真面目に死ぬ可能性だってあった。というかむしろそっちの方が確率的に高かったかもしれない。けれど、


「死なねぇよ」


 これだけは自信を持って言える。ネリアは断言したことに驚いたようだが俺にとっては当たり前のことだ。だって、


「言ったろうが。お前を王にするって」


 誓った以上何があろうとも必ず守らなければならない。俺はあいつからずっとそう言われ続けて育ってきた。だから、


「お前を王にするまで俺は絶対に死なねぇから安心しとけ」


 そう言って安心させるために笑いかけた。だが、


「やっぱり君は馬鹿だな」


 どこか怒ったようにそういう彼女。何が悪かったのかさっぱり分からない。考えても答えが出ず、ひたすら頭を悩ませていると、


「君の誓いはそれだけじゃないだろ。君は私にこう言ったはずだ『俺はずっとお前の傍にいる。そして絶対にお前をこの世界の王にして見せる』と。ならば王になった後もずっと私の傍にいろ、私は中途半端は許さない主義だ」


 成る程俺の言ったことを逆手に取られたか。だが意図してなかろうが誓ったことは最後まで守らなければならない。


「わかったよ。お前の主義に付き合ってやる」


 そして彼女はようやく笑顔を取り戻してくれたのだった。





 さて、ここからは後日談。アルべリックはルドルフの予想通り顔剥ぎの騎士団での活動を手引きしていたらしい、というか顔剥ぎの雇い主はこの男だったようだ。まぁ聖十騎士クラスなら裏稼業を営んでる連中に顔が利いてもなんらおかしくはない。ちなみに彼と密会していた人間のことになると同様黙秘し続けている。彼女と言った以上女性であることは間違いないのだろうが、ネリアには心当たりがあるらしい。が、今言ってこないのであればまだ時ではないのだろう。


 それと今回の件で俺を野放しにするとやばいと思ったのか、ネリアを王にするうえで新たに三名仲間が加わった。そのうちバニラ、ルドルフの二名は簡単に想像がつくと思うが、なんとイザベラまで明確にこっちの陣営に来てくれた。どうやら彼女は顔剥ぎの一件で塩対応をしてしまったことを未だに後悔しているらしく、顔剥ぎの情報を持ってきてくれた時に謝ろうと思っていたようだが、バニラとルドルフがその場にいたため言えなかったとのこと。とても律儀である。最初ネリアは思いっきり彼女に警戒心をむき出しにしていたが、あまりにそういった空気がないため最近は普通に接している。


 と、まぁ万事順調に進んではいるが、もう下準備はいいだろう。俺たちはそろそろ物語を始めなければならない。彼女を王へと導く物語を。


「君たち! 準備は出来たな!」


 ネリアの声が聞こえる。が、いわれるまでもなく準備などできている。


「爺! 私がいない間この屋敷を任せた!!」


 ネリアの言葉に全く気負った様子もなくうなずく爺。爺が頷いたことを確認すると、ネリアは再び前を向き、


「よし! では行くぞ!! 目指すは法治国家ロータスだ!! 何としてでもあそこと同盟を結ぶ!!!」


 そう言うと彼女は一歩踏み出した。俺たちはその後ろに続く。そしてこの時ようやく俺たちの長い長い戦いが幕を開けたのだ。

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魔王軍幹部をやめてニートになった俺は貴族令嬢の婚約者にジョブチェンジしました @yosi16

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