第16話 アルス・マグナ
「アハハハハハハ!!!!!!!!!」
アルべリックは笑いながら血しぶきを飛ばし続ける。俺はアースを中心に半径3mの氷の半球を生成し、そのまま駆け出した。
「燃えろ!!!」
アルべリックに向けて炎の波を飛ばす。しかし、
「そんな雑な攻撃が通るわけないでしょう!」
奴は身をかがめながら前進することでやりすごし、再びこちらに血を飛ばしてくる。にしても血を流してから明らかに動きのキレが変わった。俺やアースみたいな近接戦闘も得意とするタイプに比べれば見劣りするものの、能力を加味すればあの身体能力は恐ろしく厄介だ。
「チッ!?」
血液が数滴こちらに向かって飛んでくるのが見えた。今から回避したのではとてもじゃないが間に合わない。しかし俺はそこでとあることに気が付いた。
「返してやるよ!!!!!!!」
セレクトはウィンドブラスト、一方向に強風を起こす技。これをこちらに向かってくる血液そのものに当てればどうなるか、答えは明白だ。
「ふむ、困りましたねぇ」
アルべリックは血液ごとこれを即座に回避したが、対策を講じられたにもかかわらず、何故か奴の表情からは余裕が消えない。やはり強者と言われるだけあってまだ何かありそうだ。俺が身構えていると、奴は手を軽くたたき、
「仕方ありません。あなた相当強そうですし出し惜しみしている暇はないみたいですね」
再び雰囲気が変わったことを察し、警戒態勢に入る。そして、
「アルス・マグナ アンチウィンド」
アルス・マグナ、それは古来から伝わる魔術の中の魔術ともいえる存在。しかしながらアルス・マグナには圧倒的な破壊力もなければ、一目でヤバいとわかるようなものはない。むしろ大抵の場合地味なものが多いとさえ言える。
ではアルス・マグナの利点はどこか、その答えは汎用性の高さと影響力の大きさにある。魔術には優先順位があり、例えば下級は上級に勝てないと言ったような形になっているが、使用者の魔力次第ではその限りではない。例えばに爺さんの下級は俺の中級クラスに匹敵するし、一般的な魔術師程度なら上級を使われようとも俺の下級で十分対処は可能だったりもする。
しかしアルス・マグナには先のような異例が発生しない。使用者の魔力も相手の魔力も何も関係がない、一度出してしまえば術が解かれるまで効果範囲内では常にそのルールが適用され続ける。故にアルス・マグナは魔術全体の中で最上位に位置づけられているのだ。
そして今回奴が使ったのはアンチウィンド。名前の通り効果は風系統魔術の封印、つまり先ほど考えた攻略法はもう使うことが出来ない。
「さてさて、これでもうあなたはじり貧ですねぇ。今から出来るのはせいぜい私が出血過多で戦闘不能になるまで逃げ続けるくらいですかね?」
出来ないことが分かってるくせによく言ってくれる。時間が経てばたつほど奴の出血量も増えるが、それと同時に紅の剣によってこちらの足場も少なくなってくる。出血量から考えても恐らく先に足場が足りなくなるだろう。
しかし流石に相手もプロというだけあって考える暇を与えてはくれない。再び血液の弾幕がこちらに向かって飛んでくる。咄嗟に血液を蒸発させようと炎の壁を生成したが、
「残念、それ空気以外ものに触れた途端に剣に変化するんですよぉ」
直後、炎の壁を通り抜けて何十本もの剣が飛んできた。
「ぐ……」
何十もの刃に切り裂かれた俺は立っていることもままならず、そのまま崩れ落ちた。左肩が焼けるように熱い。見なくても剣が突き刺さっているのが分かる。
「そろそろ終幕ですかね? まぁ結構頑張ったほうだと思いますよ」
死がこちらに向けて一歩一歩、着実に歩みを進めてくる。奥の手がないわけではないがコイツ相手にはなんの意味も持たない、相性が悪すぎる。
「一つ聞かせろ。てめぇほどの実力者がどうして国を裏切った」
もうこちらに残された手段は少しでも時間を稼ぎその間に攻略法を見つける事。アルべリックが話に乗ってこない限り次の一手で確実に敗北する。しかしアルべリックは俺の問いに少しだけ考えるそぶりを見せ、
「露骨な時間稼ぎですが、まぁ最期の頼みですし特別に聞いてあげましょう。国を裏切った理由でしたっけ? んー……、色々言いたいことはありますが、あえて一言で言うなら無能ばかりだからですかね」
「は?」
一瞬攻略法を考えることすら忘れ、聞き返してしまった。しかしアルべリックは自分の考えが正しいと思っているのか笑みを全く崩さない。
「だってそうでしょう? 私は警備兵の中のいわば顔役の一人です。その中に裏切り者がいれば今回のように厄介な事態が起きるのは当たり前のこと。故に本来ならこの国の民はまず真っ先に私達顔役を疑わなければならなかった」
ですが、と奴は続ける。
「彼らはまるで我々を疑おうとはしなかった。へらへら笑いながら彼らに任せていれば自分は安全だと、そう信じていたのです。そこでようやく私は気付いたのです。彼らは私たちを信用していたのではなく、ただ思考を放棄していただけだと」
そこまで言うとやつは初めて笑みを消し、
「このままでは私が愛したこの国はいずれ消えるでしょう。外敵によるものでも偶然の産物でもない、それは愚かな群衆により生み出された、安心という名の幻想が引き起こす必然です。幻想はウィルスのように人々の心を蝕み、さらなる虚構の安らぎを生み出していく。幻想が消えない限り永遠にこの負の連鎖は止まることはない。
故に私は誓ったのです! この幻想を根本から断とうと!! そのためには今この国の政治を動かしている連中を一掃しなければならない!! 今こそありもしない自由を盾にして平和を信じ込ませようとする無能どもにその罪を贖せる時なのです!!!」
「ふざけんのも大概にしろ!!!!!!!」
本来なら奴からさらに話を引き出すべきなのだろうが、どうしても抑えることが出来なかった。
「何が罪を贖わせるだ笑わせんな!! 幻想がどうとか国が滅ぶのが必然とかそんなもん全部建前だ!! てめぇはただ自分の意見が聞き入れられないことにイラついて我が儘通そうとしてるガキでしかねぇよ!!!」
国を憂うのが悪いことだとは思わない、国の方針が間違っていると主張するのを止める権利など誰にもない、いやあってはならないことだ。けれど同時にそれは暴力を伴っていいものではない。
今ならわかる、聡明なはずのネリアがあえて夢物語としか思えないような自由を選んだ理由が。暴力や権力によって理不尽に人々が苦しむのを見たくなかったから、目の前の男のようなやつらが出てくるリスクを抱えてでも、それでもアイツは自由を求めた。どれだけ道が険しかろうが、周りから馬鹿だ愚かだと言われようが、アイツは絶対にあきらめない。
俺にはそんな真似は出来ない。馬鹿だの愚かだの罵られようが仲間だと思っていた奴から裏切られようが、力で抑えつけることなく自分の正しいと思った道を進み続ける強さなんて生憎持ち合わせてはいない。だって俺は所詮コイツと同じ側の人間だから、力でしか物事を解決することが出来ない人間だから。
けれど、だからこそ俺はネリアを尊敬する。
「絶対に負けられねぇ……。てめぇにだけは絶対に……」
コイツにだけは負けたくない。暴力という安直な方法しか取れないような弱者に、ネリアの夢が間違っているなんて死んでも言われたくない。
足に力を入れる。もうほとんど力が残っていないことがわかった。けれど、動ける。まだ俺は戦える。まだ、俺たちは負けていない。
「てめぇごときにネリアを否定されてたまるものか!! 俺が! 俺がアイツの夢は間違っていないと証明して見せる!!!」
左肩から剣を抜き、再び拳を握り締める。もう痛みは感じなかった。そして絶望に向かって一直線に走る。この悪夢を終わらせるために。
「絶望よ!! 夢の前に潰えるがいい!!!」
アルべリックが構えるのが見える。そして最後の戦いが始まった。
「どうやらあなた本物の馬鹿みたいですねぇ!! まさか今ので優勢になったとでも勘違いしましたか!? 残念!! あなたの不利は依然として覆ってはいないのですよ!!!」
こちらを挑発するような声が聞こえてくるが、そんなものはどうでもいい。奴の腕が再び振り下ろされる。右に飛んで避ける。今度は横なぎに血しぶきが飛んでくる。体を前に倒しそのまま突進する。しかしそこで奇妙な感覚が襲ってきた。
「アハハハハ!!!! さっきの威勢はどうしたんですか!!?? まさかもう終わりとでも!?」
何か言っているが、それよりも明らかにおかしなものが見えた。血だまりだ。奴の両腕から垂れた血液は足元に血だまりを作っている。
そこまで考えてようやく気付いた、アンチウィンドを使用した理由は血を返されるからだけではないという可能性に。風系統の魔術を使われると困る本当の理由、そして血だまり。であれば答えは一つしかない。
「アアァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!」
俺は再び奴に向けて走り出した。奴に拳が届くくらい距離を詰めに。
「な!?」
アルべリックが驚いたような表情をして後ずさった。当たり前だ、距離が近くなればなるほど血液をかわすことはできなくなるのだから。けれど俺はひるまずに前に出る。そしてそのまま俺は奴の足を踏みつけ、血まみれの顔面にストレートを放った。
「ぐぉ!!」
一瞬奴は後ろに退こうとしたが、俺の足がそれを許さない。そのまま俺はアルべリックにひたすら拳を叩きこむ。返り血が数滴頬に付き、そのまま流れ落ちていった。
やはりそうだ。コイツの能力は自分の至近距離では発動させることが出来ない。奴のアルス・マグナは風により血がこちらに届かなくなるという役割以外にも、近接での弱点を隠すという役割も果たしていた。もしも奴自身に血が付着したタイミングで剣にならなければ誰でもおかしいとすぐに気が付く。故に躱さなくてもダメージを受けなかろうと、あの場面で奴には躱す以外の選択はなかった。
勿論これは仮説にすぎなかった。奴が予め血液に魔力を通したときのみ発動するというタイプでも何らおかしくはないのだから。しかしアルべリックは後ずさりというミスを犯した。無意識で出た行動だろうが、結果奴は自ら近接に弱点があると露呈させてしまったのだ。
「クッソがァ!!!!!!!!!」
ようやく向こうも応戦しようとしたがもう遅い。奴の拳がこちらに届く前に、既に俺の拳はやつの鳩尾に刺さっていた。肺の空気を全て吐き出したのか、そのままアルべリックの体は崩れ落ちる。もう動く気配はない。同時に無数の刃は全てその場で溶け、数滴の血に戻っていた。
「勝負ありってとこか」
しかしアドレナリンが切れたのか同時に視界が揺らぎ始めた。体が重く思うように動かない。そして足に力が入らなくなり、体が落ちていくような感覚に包まれたところで俺の記憶は途絶えた。
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