9月7日はあなたのエリアが強奪地域

ちびまるフォイ

〇△区のみなさん、おめでとうございます。

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【強奪法】

嫉妬にあふれる現代人のガス抜きのために成立した法案。

該当エリアに選ばれた人は、強奪法施行時間内に盗んだものは

すべてその人のものとなり強奪成功となる。


なお、人間関係の崩壊に配慮し強奪法施行後

盗み出しに失敗もしくは盗まなかった人は24時間の記憶を失う。

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『○△区のみなさん、おはようございます。

 本日は○△区が強奪法のエリアとして選ばれました。

 施行開始は0時からとなります、がんばりましょう』


テレビのニュースを見て自分の区が選ばれたことを知った。


「ついに来たか……」


会社にいくと、同僚の池田が仕事をはじめていた。


「今日は早いね、池田」


「そらそうだよ。ここが強奪法の施行エリアに選ばれたろ。

 僕たちセキュリティ管理部門もなおのこと強化しないと」


「だな」


俺の部署はコンピュータのセキュリティ関連部門。

強奪法対策に今日はいつも以上に頑張らないと。


「池田。お前は強奪法参加するの?」


「しないよ。参加する意味がわからないもん」


「だよな。ま、仕事もできてカワイイ彼女がいれば

 強奪してまで欲しいものなんてないもんな」


「イヤミ言うなって」


話していると、噂の彼女が遠くから手を振っていた。


「池田くーーん、一緒にお昼食べよーー」



「池田くん、お昼食べようだって」

「冷やかすなよもう」


池田は照れながら席をはずした。

いつもと変わらない日常。


みんなの話題は強奪法で持ち切りだが誰もが笑って言っている。


『参加するわけない』と。



――0時。



『強奪法施行時間になりました。

 今から24時間盗み出したものはあなたのものになります。

 それに対していっさいの罪を課されることはありません』


誰もいない路地を静かに歩を進める。


強奪法に参加しない?

そんな選択肢あるわけない。


こんな千載一遇のチャンスをムダにするものか。

俺はぜったいに手に入れる。


気付かれないようにどんどん距離を詰めていく。


今日のためにどれだけ綿密に計画を立ててきたか。

絶対にうまくいくようにすべてお膳立て済みだ。


そして、俺は計画を実行した。



「あれ? 佐藤君、どうしたの?」


池田の彼女が俺に気付いた瞬間、俺は彼女にハンカチを当てて眠らせた。

止めていた車に彼女を手際よくのせて自宅へと運ぶ。


そう、俺の強奪するものは――。



「佐藤君! どうしてこんなことするの!?」


「それは君を好きだからだよ」


結束バンドで彼女を拘束し自宅へと軟禁する。

あと22時間、所有者に気付かれなければ俺のものになる。


来たるこの日のために部屋は完全な防音にし、24時間滞りなく進められるよう

ありとあらゆる道具を備蓄している。


見つかったとしても逃げおおせる隠れ場所はまだまだある。


「あと22時間、君を強奪し続ければ君は僕の彼女になる。

 君の記憶は消えるから僕の彼女になるという事実だけが残るんだよ」


「こんな……こんな形で付き合って嬉しいの!?」


「嬉しいよ。どう背伸びしたって君に振り向いてもらえないのに

 こうして強奪法で君を奪うことができたのなら最高だ」


「おかしいよ、こんなの……」


「ごめんね。でも、俺は君を手に入れるためならなんでもする」


最初は抵抗していた彼女もしだいに態度が軟化した。

ストックホルム症候群というのだろうか。

こちらも最初のような監視の目を強めなくていいので助かる。


「なにか飲む?」


「紅茶が飲みたいな」


「準備してる」


俺は冷蔵庫から備蓄していた飲み物のひとつを手に取った。


「ねぇ、どうしてそんなに飲み物や食べ物を用意してるの?

 私を強奪するとしても、24時間でそんなに必要ないじゃない」


「それは、君にこの24時間を快適に過ごしてほしいからだよ。

 君が望みそうなものは先に全部準備しておいたんだ」


「そう……」


彼女にはもう両手を拘束する結束バンドはない。

お互いの中にうっすら生まれた信頼感から外していた。


「私ね、池田君のことが好きで彼女になったんだけど

 池田君はあまりかまってくれない感じなの。私、彼女なのに」


「告白したのは池田から?」


「ううん、私から。だからかな。断る理由がないから付き合ったのであって

 私が好きってわけじゃないのかなって思ってきちゃった」


「そんなこと……」


「だって、今こうしている間も私のことを探してないみたいだし」


もう強奪法の施行から23時間経過していた。

彼女を奪う犯人候補として俺は簡単に想像つくはずだが追ってくる様子もない。


「私、思ったの。彼女になるならお互いの気持ちが一致してる相手がいいって」


彼女は床のあたりをうかがうように見ている。


「私、あなたのことが好きになっちゃった。

 強奪されてこんな気持ちになるなんて思ってもみなかった」


彼女の笑顔でなにもかも救われた気持ちなった。


「それじゃ! それじゃ両想い!? やったぁ!!」


こんなに最高のハッピーエンドを迎えられるなんて!

俺はおとなげなくはしゃいでしまった。


「残り1時間逃げ切れば……」


「俺たちは晴れてカップルだ!!」


抱きしめようとした瞬間、女にハンカチを当てられた。

彼女を誘拐するときにつかったソレだった。



「時間たってもしみ込んだ薬ってまだ効果あるのね。

 眠るまでにいかなくても体は動かせないでしょう?」


立ち上がった彼女の顔つきが変わっている。


「そ……そんな……どうして……池田のこと……好き……なの……?」


「はぁ? そんなわけないじゃない。あんな仕事人間。

 あいつの彼女になったのもすべてこれのためよ」


彼女はセキュリティに使われるデータ端末を見せた。


「これさえあればこの会社のどのデータだって操作できる。

 強奪法で逃げ切れるか心配だったけど、あんたが誘拐してくれたおかげで

 24時間快適でぜったいに見つからずに済んでよかったわ」


彼女が誘拐に協力的だったのは、自分を隠してくれる共犯者を使うため。

俺が必死に立てた計画に相乗りした彼女は苦も無くセキュリティデータを手に入れる。


「あんたが私を狙っているのも知っていたわ。

 だからわざわざ遅くまで会社に残って強奪されやすいように一人で帰った。

 すべて計画どおり。それじゃ記憶を消されてね」


「ま……まて……」


彼女はゆうゆうと玄関から外に出て行った。

強奪成功が目の前にあったのに指の間からこぼれてしまう。


「あぁ……あ……あ……」


3。



2。



1。




【強奪法 終了】



強奪成功した人間以外の記憶がすべて消えた。



※ ※ ※



「あはははは! やった! やったわ!

 これで会社のお金も流し放題! 毎日、セレブ生活よ!」


女は強奪成功した端末を持ってうれしそうにはしゃいだ。

すでに強奪法が終了したため、盗まれた人も関係者もまるごと記憶はない。


「ふふ、それじゃデータを読みとらなくちゃ。

 ちゃんとセキュリティもはずして……」


強奪法当日にどんなセキュリティが施さているのか調査済みだ。

女は慎重に端末のデータを開いた。



ピーー。

違法なアクセスを検出しました。



「え!? なにこれ! こんな通報プロテクト入ってなかったのに!!」


慌てる女だったがすぐに駆けつけた警察に捕まった。


「ちょっと待ってよ!? 強奪法でこの端末は私のものよ!

 どうして捕まらなくちゃいけないの!?」


「抵抗するな! この端末から違法アクセスが検出されたんだ!」


もめている場所に男がやってきた。


「それうちの会社のものなので返してもらえますか?」


「ああ、関係者の方ですか、どうぞ。危ないところでしたね」


女は男の顔を見てやっと踊らされてたことに気付いた。



「池田君! あなたが通報プロテクトを仕込んだのね!

 それで……それで私に強奪させて、最後に全部うばうために!!」


警察は池田のほうに振り返った。


「本当ですか!?」





「そんなわけないじゃないですか。

 僕にはそんな記憶いっさいないんですよ」



強奪法当日の行動を覚えている人はもう誰もいない。

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