新たな門出

 玄関のドアが極限まで音を殺して、カラカラと開いた。

 台所掃除の手を止めて叫ぶ私。

「ちょっと北嶋さん!裏山の掃除っっっ!!!」

 ビクッとした空気が私に伝わる。

 更に汗がダラダラ流れている空気も加わった。

「今忙しいから無理っっっ!!」

 ピキッとこめかみから血管が浮き出る。

「さっきまでゴロゴロしていたじゃないの………?」

 …既に気配が無い。

「逃げ足も超一流か…」

 溜め息を付き、台所掃除を急いで片付ける。

「さて、今度は裏山ね。はぁ~っ………」

 アーサーやリリス、カイン達が居た一週間前までは、彼等も清掃を手伝ってくれた。

 今は実質上私一人とは…

 帰って来たら鼻骨粉砕確定だ。

 肩を落としながら、しかし右拳に力を込めながら、裏山へ向かう。

 御社掃除一番手は、裏山の入り口、北東に位置する、奇跡の池の海神様の社だ。

「こんにちは海神様。お掃除に来ました」

 池の真ん中に鎮座する海神様にお辞儀をすると、龍の石像の御神体から、海神様が姿を現した。

――勇はまた来ぬのか………

 私と同じように、こめかみにピキッと血管が浮き出た。

 ような気がした。

「後でボッコボッコにしますから」

――そうしてくれ。あの男は我を簡単に使うのに、敬意も無ければ責務も果たさんからな!!

 解りましたと言って御社掃除し、御神体を磨く。

――この間まで騒がしかったのが嘘のようだな

 空を見上げる海神様。

「また直ぐに騒がしくなりますよ」

――スピリッツ、か……

 スピリッツ…

 いきなり現れてマーリンを連れ去った『ただの人間』。

 御柱様全員に確認した所、神気も魔力も感じ取れず、宗教的な匂いも感じ取れなかったと言う事から『ただの人間』と結論付けられた正体不明の男…

「その彼とやり合うのは、暫く先になりそうですけどね」

 直ぐに戦うと言うのなら、あの時何かしらのリアクションを起こしている筈。

――人数集めを優先させているようだったしな。それも何の為に行っているのか解らぬが

 そうですね。と一礼し、池を後にする。

 スピリッツの意図が解らない今、やるべき事をただやるだけだ。

 裏山の遊歩道は、起点の池を一周するように作られている。

 いつもは時計回りで行動しているが、今日は半時計周りで移動しようか。

 御社掃除、二番手は、北に位置する、時の流れが緩やかに感じる、日本庭園に鎮座する最硬の武神様。

「こんにちは最硬の神様。お掃除に参りました」

 此処でも御社に向かって礼をする。

 亀と絡み付いている蛇の御神体から、最硬の武神様が姿を現し、私の周りをくるっと見た。

――勇殿はまた逃亡ですか、奥方様…

 気の毒そうに言われた。

「帰って来たら大惨事にしてやりますから」

 拳を握り締めて前に突き出す。

――あまり乱暴な真似は…そ、そう言えば魔女は此処に良く来ていましたな

 強引に話題を変えられた感があるが、リリスは滞在中、日本庭園に良く来ていた。

 何か落ち着くと言って、紅茶を此処でよく飲んでいた。私としては抹茶がオススメだったが。

「リリスは飛竜と上手くやっているかしら…」

 飛竜はモードから離れてリリスの元に行った。

 魔力に当てられ易いモードの体調を気遣い、尚且つ空位の七王の座に就く為に。

――飛竜は七王レベルには少し足りぬが、これから修行すれば、必ずや期待に応える事でしょう

 そうですね、と笑いながら返す。

 っと、此処に居ると、時間を忘れてマッタリしちゃう。

 私は一礼し、日本庭園を後にした。

 御社掃除、三番手は、南西に位置し、松、竹林の下に作った、冥穴を模した人工洞窟に鎮座する地の王。

 設置した電灯を点けて、白虎の御神体にお辞儀をする。

「こんにちは地の王。お掃除に参りました」

――神崎だけか?北嶋はどうした?俺を呼んだ責務を果たさんばかりか、伴侶に仕事を押し付けるとは、俺も甘く見られたものだな!!

 牙を剥き出しにして怒りを露わにする地の王。

「後で代わりにギッタンギッタンにしますから」

 負けじと歯を食いしばり、眉根を寄せた。

――う…ま、まぁそんなに怒る事も無かろう…そ、そうだ!ブラックドッグはどうなったかな?

 何故か話題を強引に反らされた感があるが、知っている事を答える。

「ブラックドッグはカインに付いて行きましたよ」

 あの戦いの後、思ったよりも傷が深い事に気付いた北嶋さんが、賢者の石で治療した。

 人間に治療をされた事が無いブラックドッグは、えらく感激、感謝し、北嶋さんに仕えると申し出たのだが、これ以上居候が増えても困ると言ってカインに押し付けた。

 後に役に立って貰うと含みのある言葉と共に。

――ほ、ほら、流石は北嶋。慈悲深い所もあるじゃないか

「慈悲深いと言うか…」

――ま、まぁ、此処はもう良いから、他の仕事をしろ。な?なな?

 …何故か追い出そうとの感があるが………

「解りました。それでは」

 お辞儀をし、地の王の御社を後にする。

 私が洞窟から出た時に、地の王がマズい事を言った、と呟いたような気がした。

 御社掃除、四番手は、南に位置する、四季や風土を無視した果樹園に、隠れるように存在する死と再生の神様。

 流石に少し疲れが出るも、笑顔を作ってご挨拶をする。

「死と再生の神様、お掃除に参りました」

――やぁ神崎 尚美…北嶋 勇はまたもや不在みたいだね

 優しく微笑まれるが、私の心が苦しくなる。

「申し訳ありません。キツく言っておきますので…」

――いや、無駄

 バッサリ切り捨てられ、少しヘコむ。

――ははは。まぁいいじゃないか。彼のおかげで救われた者も沢山居るのだから。ええと、カイン、だったかな?

「あの、北嶋さんは、生かして恩を売って、下請けに使っていますけど…」

 北嶋さんはカインとクラウス、エレニの三人を、数日間此処に滞在させてコキ使い、イギリスに帰してからは下請けにし、ヨーロッパからの依頼に対応させている。

 これからはグローバルだとか言いながら。

「カインに泣き言を言われました。40パーセントも持って行くなとか、過剰労働だとか」

――ははは。やはり彼は面白い。戦闘要員にブラックドッグを支給する辺りとかね

 支給扱いなのアレは?

 イマイチ納得できないが、無理やり納得するしか無い。

 因みにネタばらしすると、40パーセントのマージンを決定したのは私だ。

 お辞儀をして次の御社に向かった。

 御社掃除、五番手は、東南に位置し、二つの異なる水質を同時に、そして滝を作る程の水量を湧き出す泉に鎮座する、黄金のナーガの御社だ。

「お掃除に来たわよ」

――尚美さん、自分の所は構わずとも宜しいのに…

 逆に気を遣われると困るんだけど。

 まぁいいじゃないと言いながらお掃除を開始する。

――騒がしい娘も帰って久しいですね…勇さんと一緒に釣りに来ていたのが、まるで昨日のようだ…

 しんみりとする黄金のナーガ。少し寂しいのだろう。

「モードもたまに遊びに来るって言っていたじゃない。渓流釣りにハマっていたしね」

 モードはもう命を狙われる事も、喘息にかかる事も無い、普通の少女だ。

 姉、モルガンの記憶が曖昧になっているが、日常生活に困る程では無い。

 英国国教会がアダムの一部を欲した理由をヴァチカンの教皇に訊ねられ、有耶無耶にしようとモードの保護と生活を約束した。と言う事から、ヴァチカンの保護下にも居る事になる。

 アダムの一部を欲した理由が未だによく解らないが、ヴァチカンのトップや北嶋さんは知っているのだろう。

 まぁ、それで手を打つか、と、電話でネロ教皇と話していたし。

 何らかの取引を行った事は容易に想像できる。

「遊びに来たら、此処に一番に連れて来るわ」

 ウィンクをして御社を後にする。

 黄金のナーガは目を細めながら嬉しそうに頷き、私を見送ってくれた。

 御社掃除、最後は、東南に位置し、地獄をイメージできる源泉が噴き出す露天風呂に鎮座する、憤怒と破壊の魔王。

 黒い蛇の御神体から、面倒臭そうに顔を覗かせる。

――ご苦労なこったな神崎よ。あの馬鹿は相変わらずかよ

「変わる訳無いわよ。勿論、後の惨事も変わらないし」

 何度も握り拳を作っていたせいか、血の滲む手のひらを憤怒と破壊の魔王に見せる。

――お、おお…あの馬鹿をぶん殴れんのはお前だけだしな…せいぜい躾しとけよ

 若干引き攣り気味の魔王を余所に、御神体の掃除を開始する。

――そういやオメェ、この頃あんまり風呂入りに来ねぇな?聖騎士なんか毎日来ていたけどよ

 アーサーは露天風呂が気に入ってしまい、滞在中毎日入りに来ていた。露天風呂掃除も彼の仕事になった程だ。

「魔王の加護にあやかる聖騎士ってのも、おかしな話だけどね」

――カッ!俺様の偉大さにいち早く気付いただけだろ。あの馬鹿にも少し見習えっつっとけ

 何か満更でもない様子の憤怒と破壊の魔王。

「解った。言っておくわ」

 手を振りながら露天風呂を後にする。

 魔王は見送る事などせずに、早々に御神体に引っ込んで行った。

 御神体掃除が終わり、拳を固めた手を振り回しながら帰路に付く。

――やれやれ。勇にも困ったものよな

 裏山を囲っている塀の上で、欠伸をしながら休んでいるタマと出くわした。

「あれ?てっきり北嶋さんに付いて行ったのかと思っていたわ」

――パチンコ屋はうるさくて適わんのでな

 欠伸をして興味無さそうなタマ。

 成程、パチンコ打ちに行ったのか。

 ビキビキとこめかみ及び眉間に血管が浮き出た。

――それはそうと、そろそろ昼では無いのか?妾の腹は油揚げを欲しておる

 油揚げ…

 買うの、忘れていた………

――その顔、妾の油揚げが無いとの顔だな?仕方無い。コンビニに行こうぞ。稲荷寿司がある故に

 舌なめずりをし、塀から飛び降りるタマ。散歩も兼ねてのおねだりか。

「OK!じゃあリード持ってくるから待ってて」

――奇遇な事に、此処にリードがあるのだ

 よく見ると、飛び降りた場所にリードが置かれているのが見えた。

 察する所、北嶋さんにねだった所、パチ屋に行くから無理!とか言われて断られたのだろう。

「全く困った北嶋さんねぇ…」

 しゃがんでタマの首輪にリードを通す。

――全く困った愚か者だ。妾を連れて来た責務を果たさんとは!!

 ブチブチブチブチ愚痴を零し始めたタマ。

 気の毒と言うか、可哀想と言うか。

 北嶋さんが帰ってきたら、タマの分までボロボロにしてやろうと心に決めた私が居た。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 神崎に見付かる前に、いや、既に見付かってしまった訳だが、まんまと逃げ出す事には成功した。

 帰りがとてつもなく恐ろしいが、今は気にしてはいけない。

 折角勝ち取った自由、満喫してこその人生なのだから。

「自由を勝ち取り、パチ屋に行くと言う実に生産的な人生だなぁ~…ああ!平和万歳!」

 伸び捲りながらテクテクと歩く。

 道中、キョロキョロして歩いている挙動不審なオッサンと出くわした。

 犯罪の臭いがするな。万引きか逢い引きか。

 逢い引きは犯罪じゃねーか。

 しかし、どっかで見たオッサンだなぁ…

 逆にジロジロ見てしまう。

 すると、挙動不審なオッサンと目が合った。

 挙動不審なオッサンは、オドオドしながら俺に近付いて来る。

 真正面に来たオッサン。

 見れば見る程、どっかで見た顔だ。

 オッサンが意を決したように口を開いた。

「すみませんが、この辺りに『北嶋心霊探偵事務所』と言う、霊的現象を解決する 事務所があると聞いたんですが、御存じでしょうか?」

 ピクリと眉尻が上がる俺。

 依頼者か?俺は今オフでパチ屋に行く最中なのだから…

 俺は咄嗟に「知らないなぁ」と、思いっ切り惚けた。

「そうですか…どうもありがとう」

 肩を落として立ち去るオッサン。何か良心が咎めて仕方無い…

「その探偵事務所に何の用事?」

 良心の呵責には楽勝で耐える自信があるが、なんとなぁく、なんとなぁくだが、 後々厄介事になりそうな感じ。

 除霊依頼なら、この場でタダでやってやろう。

「いや、私は霊的現象否定派ですから、相談なんか無いんですよ」

 はあ?

 否定派で依頼者じゃないなら、俺に何の用事だ?

 冷やかしかオイ!!

 と、いつもならば突っかかって行く俺だが、なんとなぁく、なんとなぁくだが、後々厄介事になりそうな予感が…

 だからやんわり聞いてみる。

「んじゃ何の用事?」

「いや、人捜しで…」

 人捜し?家出人捜査か何かか?

 探偵事務所を名乗っているから、そっちの依頼者か?

 まぁ、神崎の霊視や万界の鏡で捜せば直ぐに見付かるんだが…

「心霊探偵事務所に家出人捜査依頼はやめた方がいいんじゃない?普通の探偵に頼る事をお薦めするよ」

 いつもならばケッチョンケッチョンにボロクソに言う俺だが、なんとなぁく、なんとなぁくだが、後々厄介事になりそうだしな。

 此処は丁寧に言ってやった。

「はぁ、いや、まぁ、そうですね…いやはや」

 何か煮え切らない態度のオッサン。

 オフを満喫しようとしている今、これ以上は何となくマズいような気がする。

「まぁ、そう思うだけだから。じゃなオッサン」

「それでは」

 オッサンに手を振り、パチ屋に向かった俺。途中振り返ると、オッサンも俺に手を振っていた。

 なんとなぁくだが、あのオッサンとは、いずれまた会いそうな気がする。

 俺の超防衛本能がそう告げている。

 ん?防衛本能?

 ただのオッサンに、何故防衛本能が働くんだ?

 何か気になるな…

 鏡で視てみようとか思ったが、時計の針が、パチ屋の開店時間を間もなく刺そうとしていた。

 今はパチ屋が優先だ。

 せっかく無理やり取ったオフだし。

 つか、逃げ出して勝ち取ったオフだし。

 そんな訳で、ダッシュする。

 いずれまた会う時が来るのなら、その時気にすりゃいい。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 執務室で仕事をしている最中、誰かが扉をノックした。

 少し忙しいが、火急の用事かも知れぬ。

「入りたまえ」

 ペンを止め、入室を許可する。

「失礼します教皇」

 おや、珍しい。アーサーがわざわざ執務室に来るとは。

「何だねアーサー。君が執務室に来るとは、よほど急ぎの用事なのだな?」

 真剣な表情をして立っているアーサーに、椅子に座るよう促す。

「お茶でも飲むかい?」

「いえ…」

 俯きながら拒否するアーサー。相当深刻な用事みたいだな。

 私も姿勢を正し、アーサーが切り出すのを待つ。

「教皇…あの…」

 自分の出方が待たれていると感じたか、アーサーが漸く口を開いた。

 黙って頷き、続く言葉を待つ。

「あの、教皇…」

「何だ?何でも言ってみなさい」

 私はいよいよ身を乗り出した。話す覚悟を決めたアーサーに対して。

「あの、モードはどうしていますか?」

「………え?」

 空耳か?聞き間違いか?

 多忙な教皇の私に、少女の現状を聞きに、わざわざ来る筈が無い。

 そして、既に英国国教会が生活を保証、及びヴァチカンの保護下になったと通達している。

 私は改めて、もう一度聞き返した。

「ははは、すまないなアーサー。どうも歳を取ると耳がおかしくなってね。もう一度言ってくれないか?」

 文字通り耳を掘り、アーサーの発言を聞くと共に口元を凝視する。

 これは万が一聞き損じた時、口の開口で何を言ったのかを『読む』為だ。

「ですから、モードはどうしていますか?」

 モードはどうしていますか?

 ……うん。唇の動きもそう言っているな…

 モードはどうしていますか?ねえ……

 机を叩き、立ち上がる。

「アーサー!!教皇の執務室に訪ねて来てまで、聞く事だと思うのか!!」

「無礼なのは承知の上です教皇!!実は、モードに連絡が付かなくなって丸一日経過しているんです!!」

 いつになく真剣なアーサー。しかし、そうか。それならば、確かに心配だな…

 モードは親方によって、ただの少女となった。その事は英国国教会も承知だ。

『北嶋 勇』が関わっている事から、モードにおかしな真似はできない。

 よってモードが狙われる事も無くなった筈だ。

 だが、そのモードから連絡が途絶えるとなると、深刻な事になるかもしれない。

 親方は今や世界一有名な霊能者だ。

 元々あった水谷のネットワークは勿論、ヴァチカンやリリスのロックフォード財団、はたまた日本の警視庁など、巨大なコネクションを形成している。

 そんな親方を倒して名を売ろうと考える、馬鹿な輩も出てくるかもしれない。

 もしモードがそんな輩に拉致されたとしたら…

「少し待て。今私が確認を取る」

「お願いします」

 取り敢えず本人に連絡してみようと、設置してある電話機からモードの携帯へと電話をかけてみる。

 数回のコールが、やけに多く感じた。なんだこの感じは、私も焦っているのか…?

 と、兎に角、出ないのならば、一回電話を切って、次は英国国教会に、と思った矢先…

『はい、モードです。教皇様、お電話ありがとうございます』

 弾む声を出しながらモードが電話に出た。

 ふーっと溜め息を付き安堵する。

 アーサーに指でOKサインを出しながら笑うと、アーサーも心底ほっとした表情になった。

「いや、アーサーが君から連絡が途絶えたと言われてね。何か事件に巻き込まれてはしないか、と、確認の為に…」

『あ~、あ~!!』

 ビクリとして言葉を止めた。モードが最後まで言わせずに口を挟んだのだ。

『だって!アーサーウザいんだもん!メールは一時間おきに何通も来るし、電話に 出たら一時間はお喋り終わらないしっ!!』

「………それはどういう事かな?」

『朝ご飯何食べた?とか、学校楽しいか?とか!おんなじ事を何度も何通も!!私だって自由な時間欲しいですぅ!!』

 電話向こうで苦情を言いまくるモード。 

 余程ストレスが溜まっていたのか、口調が徐々に荒くなり、愚痴っぽくなってきている。

「………そうか。解った。私からキツく言っておくから」

『別に連絡するなと言っている訳じゃないんで!睡眠時間くらい頂戴と言っているだけなので!!』

 アーサーは少女の睡眠時間を奪う程、メールや電話のラッシュを喰らわせていたのか…

 宥めながら電話を終える。

「いやー良かった!!何かあった訳じゃないんですね!!あ、今後このような心配をかけないよう、後ほど、電話できちんと話さなきゃな!!」

 アーサー…

 その連絡が鬱陶しいらしいんだ…

 だが、優しく諭す事はせぬ。

 アーサーは聖騎士、それもヴァチカン最強なのだから。

 少女に迷惑を掛ける事など、許される筈も無いのだから!!

「アーサー!!此処へ座れ!!早く座れ!!」

 いきなりの私の怒号にビクッとしながら、日本式正座をするアーサー。

 さて、これから説教タイムだ。壊れるなよアーサー!!

 私の鬼気迫る迫力に押されたのか、アーサーは正座の儘、汗をダラダラ流し始めた…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 下請けの仕事を終えて、帰社した。

 仕事用に借りた、私の新しい城。家賃が安い、古ぼけたマンションの一室へ。

 今までの私は、女を騙して金を手に入れていたが、これからはそうはいかない。尤も、そんな事をする気にもならないが。

 やはり私も生まれ変わったのだな、と妙に嬉しくなった。

 ともあれ、安っぽいアルミ製の扉を開けて中に入る。

「あ、ご苦労様です社長」

 デスクワークをしているエレニが、労いの言葉を掛けながら立ち上がった。羽織っていた上着を受け取ろうとして。

 それを微笑を零しながら断り、自分で脱いでハンガーに掛けて呟いた。

「社長……まぁいいか」

 日本から帰って来てから、霊的事象を対応する会社を立ち上げた私だが、そこそこやっていけそうで安堵はしていた。

 していたが…

「また日本の北嶋心霊探偵事務所から、下請け依頼が入っていますが」

「また?相変わらず凄いな。休む間もなく依頼が来るとは…いや、確かに、彼のおかげでやっていけると確信しているんだけどもな…」

 頭を掻いてソファーに座り、溜め息を付く。

 新しく立ち上げた会社は、私の名前では客が来ない。

 表立って活動していない為、名前が売れていないのが理由だ。

 対して今や北嶋 勇の名は世界的ビッグネームとなっている。

 その彼からの下請けで来たと言うのなら、信用も置けると言うものだ。

 だから、彼には感謝している。ただ一点を覗いては…

「40パーセントは取り過ぎだろうに……」

 いや、贅沢は言っていられないのだが。

 確かに名前が売れるまでは非常に助かるし、有り難いのだが、経費を除くと利益が出ない場合が多々あるのが厳しい。

「そうですよね!ちょっと酷いと思います!でも、尚美お姉様にお願いすれば少しはマシになるんじゃないかと」

「ああ、最近話したよ。一ヶ月後の収支報告書を見てから考えてくれるそうだ」

 なんだかんだ言っても、所長の北嶋さんよりもお金には厳しい。それなりに納得できるデータが欲しい、と。

「尚美お姉様なら大丈夫です!」

 エレニは神崎さんに助けて貰ってから、神崎さんをリスペクトしている。

 事ある毎に『尚美お姉様、尚美お姉様』と煩いくらいだ。

「あ、教会を辞めると言う選択肢もありますよ?今の仕事一本で頑張るとか?」

「英国国教会には元々あんまり顔を出していないからなぁ。辞めても現状は変わらないんだよ」

 それに、もう一つの依頼もある。

 この依頼は北嶋さんから請けた最上級の機密依頼。

 英国国教会がアダムの肋骨を欲した理由。

 誰がモードを捕らえるように命じたか調べる事だ。

 北嶋さんの万界の鏡ならば直ぐに解る事だが、下請業者たる私を飢えさせない為、預けた仕事らしい。

 尤も、仕事に困る事など無い程、下請依頼を寄越しているが。

 イヴたる姉のモルガンもモードを欲していたが、英国国教会は露見する以前からアダムの肋骨を探していた。

 マーリンを責任者の一人に置いて。

 マーリンはその過程でモルガンと出会い、モード狙いをモルガンの為に変えたに過ぎない。

 そしてマーリンが失踪した事も、英国国教会は騒ぎ立てていない。

 北嶋 勇とヴァチカンが絡んだ事から、何かを回避する為にアダムの肋骨捜索を『無かった事』にしているようだ。

 何か自分達が窮地に立たされるような理由があるのだろう。

 もしくは、肋骨捜索を決定した何者かが、存在を露わにする事を良しとしていないとか。

 いずれにしても、それを調べるのも、私の仕事な訳だ。

「クラウスとブラックドッグも、依頼を終えて戻る最中だそうです」

「そうか。クラウスにはブラックドッグの躾も頼んだから、大変だろうな」

「いや?楽しそうでしたよ?元々犬を飼いたかったらしいですから」

 クラウスも呪縛から解放されてから、今まで出来なかった事を色々やってみたいと言っていた。

 その一つが動物を飼う事らしい。

 狂戦士状態に陥った場合、ペットとしている動物を殺しかねなかったから今まで飼えなかったが、これからはできる。

 彼も自分を助けてくれた北嶋さんにとても感謝している。

 勿論このエレニもだ。

 ともあれ、クラウスが帰社するまで、北嶋さんから新たに来た下請け依頼の内容を見てみよう。

 エレニに促し、依頼内容をコピーして貰う。デスクワークは苦手だが、エレニとクラウスの生活を保障しなければいけない責務がある。苦手など言っている場合ではない。

 私は彼等の社長なのだから、仕事に、会社の維持に責任が伴うのは当然の事だから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「すっかり遅くなっちまったな、クルーク」

――悪魔に堕ちたばかりの低級霊など、俺が直ぐに滅してやるものを…いらぬ情から説得しようとするから、時間が掛かるんだ

 クルークが呆れたように、欠伸をしながら返した。

「仕方無いだろう?誰だって最初は悪魔堕ちしたい訳じゃない。気付いた者が助けてやらないとな」

 機嫌を取るように、ファーストフード店で買ったチキンをクルークに与える。

――ふん…お前は狂戦士だったと聞いていたが…随分甘い狂戦士も居たもんだな…

「俺もなりたくてなった訳じゃないからな。望まぬ結果が付いて来た者の辛さがよく解るんだよ」

 一緒に買ったコーラを、ストローを抜いて煽りながら言う。

――望まぬ結果か。それは俺にも解るな…

 クルークも英国国教会のマーリンに無理やり飼われていた存在。だからこそ、俺のやり方に、文句は言っても邪魔をしなかったんだろう。

――どころで、お前が付けてくれた俺の名だが、意味はなんだ?

 俺は目を細めて、クルークの頭を撫でながら言った。

「ドイツ語で賢いって意味さ」

――賢い?人間如きに賢いやら愚かやら、決定されたくないもんだ

 やはり文句を言うクルーク。だが、その表情は満更でも無さそうだった。

――チキンがもう無くなった。買ってくれ

「無茶言うな。給料日までまだ先なんだから」

 カインさんが新たに立ち上げた会社に世話になる事にした時、カインさんは給料が払えないかもしれない、と言っていたが、金の問題じゃない。

 カインさんに感じている恩は、そんな物を遥かに凌駕する。

 これからは、俺がカインさんを助ける番。勿論、エレニも同じ考えだ。

――俺はあのマーリンを倒した、北嶋様の言い付けで此処に来たと言う事は忘れるなよ

「つまりチキンを買わなきゃ何時でも抜ける、って事かい?」

――そう言う事だ

 ニヤリと笑うクルーク。

「面白い脅しだ。いいだろう。次のファーストフード店で買ってやるよ」

――じゃあ早速だ。いくぞクラウス

 俺よりも先に歩き出したクルーク。

 だが、クルークも知っている筈。

 此処から会社までの道のりには、もうファーストフード店は無い事を。

「お前も素直じゃないんだな」

 俺も笑いながらクルークの後を続いて歩く。

 ファーストフードのチキンよりも温かい、仲間と一緒に食べる夕食の方が何千倍も旨い事を知ったから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ジャバウォックを引きながら目的地まで箒に跨がり、飛んでいるが、遅れているので、やや苛立ちながら促した。

「おい。早く付いて来ないか」

――俺は早く七王に匹敵する力を付けなければならないと言うのに…何故お前の使いに付いて行かなければならないんだ…

 ブツブツ文句を言うジャバウォック。全く乗り気じゃないから遅れているのか。

「だからこれも訓練と言っただろう。ほら、早く来い」

――アメリカ全土に広がっている魔女を、片っ端から配下に治めると言う俗世間的な野望の為に…貴重な時間を…

「野望じゃない。これは保護だ。要らぬ敵を作らせぬ為にな」

 今の私の目標は、アメリカに多数居る魔女を全て配下に付ける事だ。

 転生した有名人を全て失った今だからこそ、やれる。

 私の名前で良き魔女を保護すると共に、悪しき魔女を倒す。

 悪しき魔女にも従者たる魔物や悪魔が居るだろう事から、ジャバウォックを連れて来た訳だが。

――お前なら俺の力は要らないだろうに……

 この様に、ジャバウォックはブツブツと全然乗り気じゃない。

 それでも着いてくるのは、やはり良人の言い付けを守っているからか。

 モードを救い、自分にも居場所と目標を提供してくれた良人に。

「着いたぞ」

 片田舎の木造建の一軒家に到着、ジャバウォックを後ろに控えさせ、扉を一気に蹴り倒す。

 ガラガラと崩壊する音、舞い散る埃。

 ロビーと思しき床の中心に、鶏の血で描かれている魔法陣を確認した。

――悪魔を喚び出す魔法陣か?

「な?お前の訓練にもなるだろう?」

 魔法陣を消さないよう、注意して迂回し、奥に進む。

――喚び出す為の魔法陣ならば消せば済むのではないか?何故わざわざ迂回を?

「消したら術者が色々困るだろう?」

 もしも契約成立していない状態ならば、消せばたちまち悪魔に襲われる。

 これはあくまでも『保護』だから、わざわざ術者に危険な事をする必要は無い。

――お優しい事だな

 興味が無いと吐き捨てるように呟くジャバウォック。

「組織を固める為だ。良人の負担を軽減する為のな」

――なにが『保護』だ。結局は組織作りか

 今度は一転、笑みを浮かべて呟く。良人の負担を軽減の所で納得したのだろう。

 スピリッツ…

『ただの人間』と結論付けられた謎の男。

 私と聖騎士の関係を重要視していた事から、私達を戦わせる思惑があったと思われる。

 それは多分終末戦争。

 良人の敵では無いと断言した事を踏まえてみると、アブラハムの聖と魔を争わせて、旧人類の殆どを死なせる為、そして新人類が新たな未来を創る礎を築く為。ノアの箱船的な思想が働いているのだろう。

 ならばスピリッツは創造主の手の者かと聞かれたら、否と答える。

 本当に何者なのか、全く読めない。解っているのは『明確な死のイメージ』が、奴から発せられていた事だけ。

――出たぞ

 ジャバウォックの一言で思考を止める。

「……どうやら術者は失敗したようだな」

 私達の前に現れたのは、中級クラスの悪魔。

 口元から胸にかけて、返り血と思しき血が大量に付着している。

「己の力量を超えて儀式なんかするからだ」

――成程、力量不足の者が、分も弁えずに失敗する事を防ぐ為でもある訳か。それならば『保護』と言っても差し支え無い

「納得してくれて有り難い。早速だが、一仕事頼む」

 ジャバウォックは一つ頷いて、喚び出された悪魔と私の前に立った。

 中級クラスなどジャバウォックの敵にはならないが、このような事を続けている内に上級に当たる事になるだろう。

 それを踏まえて、『仕事』と『訓練』をしようと納得してくれたようだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ……………

 うっすらと目を開けて、半身を起こし、当たりを見回す。

 ここは地獄か。はたまたまだ現世か?

 暗い。

 自分がどの位置に居るのが解らない程、暗い……

「目覚めたようだな」

 不意に話し掛けられ、其方を向く。

 暗くて視界が利かない筈だが、この男の存在がハッキリと見えた。

 アボリジニ系の若者?それは兎も角…

「…あなたは死神か?」

 私は死んだと思っていたのだから、ここに居るのならばそうなのだろう。

「君はまだ生きている。故に私は死神じゃない」

 そうか。まだ生きているのか。

 立ち上がる為、両手を突っ張る。

 …………ん?

「両腕がある!?」

 北嶋 勇と戦闘中に失った筈の両腕が、確かにある!!

 若干の痛みは感じるが、傷口も全て塞がっている……!!

「…これはあなたが?」

 暗闇の中、男が頷くように見えた。

「これからは私が代行する事になったのでね。強い戦士を沢山必要とするんだよ」

 代行…?なんの代行だ?

 思案する中、心を読んだように男が発した。

「終末戦争の代行だ。敵は聖も魔も味方に引き入れる魅力を持っている。此方も宗教、宗派に関わらず、強い戦士を集めようと思う。破滅を導くに足る、強い戦士を」

 聖も魔も関係なく味方にする?それはまさに北嶋 勇と同じ事をするつもりなのか?

 尤も、奴に魅力は感じない。あるのは、憎き敵と思う心のみだが。

「…あなたの『敵』があの北嶋ならば、私は心から感謝する。私のモルガンの仇を取れるチャンスを再びくれたのだから」

 男は静かに首を横に振った。

「私の敵は北嶋 勇の周りだよ」

 北嶋は敵では無いだと?

 周りの人間が敵だと?

「…ならば私を何故助けた?私は北嶋を殺す。あなたが敵では無いと言った男をだ」

 北嶋を殺せないのなら、終わった儘にしてもよかっただろうに。少なくとも、私は必要無い筈だろう。

「君が北嶋 勇を殺したいのならば、そうするがいい。どうせ彼は誰にも殺す事はできない。私が君に期待しているのは、北嶋の友人を倒してくれる事のみ。これさえ叶えてくれるのなら、後はどうしようが君の自由だ」

 北嶋の友人…聖騎士や魔女を殺せば、北嶋の命を狙う事は構わないと言う事か。

 北嶋を殺す事は叶わないとの自信の裏付けか。

 そう思うのならば、それでも構わない。殺すチャンスを貰えた事実があるからだ。

「…解った。あなたの期待に応えよう。だが、北嶋は必ず殺す………!!」

「それでいい。ならば取引成立だな」

 男が右手を差し出す。

 私は躊躇い無く、それをしっかりと握り返して応えた。

 握手途中、足音が奥から聞こえてきた。

 暗闇故に姿は確認できないが、足音は徐々に私達に向かって大きくなってきている。

 やがて、私と男の直ぐ傍で止まる足音。

「英国国教会最強と名高い魔導士か」

「…君も北嶋を狙う者か?」

 問い掛けに首を横に振りながら、自分の胸を探っている。

 胸ポケットから何か取り出して咥えた様子だ。

 小さな火花が飛ぶ。煙草を咥えたのか。火を点けようとしているのだな。

 やがてライターに火が点き、咥えた煙草に近付ける。

 その微かに灯った火で顔は確認できた。

 東洋人…日本人か?

「…では君はどんな取引に応じたんだ?」

 煙を吐き出しながら呟く男。力強く、はっきりと言う。

「お嬢を守る事。変わりに北嶋の友人の誰かを殺す約束だ」

 お嬢…あの中でお嬢さんと呼べる者は神崎とリリス。

「神崎を守るつもりか?」

 吸い込んだ煙草でうっすらと明るくなる。

「俺が守るべき恩人はリリスお嬢。目的が無く、ただ暴れていた俺に、生きる目的をくれた恩人だからな」

 リリスの方か。

 この彼も仲間なのならば、リリスを殺す選択肢は外される。

「アンタがお嬢を狙うのならば、俺はそれを止めなければならない。殺す奴は他の人間にして貰う」

 譲歩しようと思った時、男が牽制してきた。

 それはいいが、上からの物言いに少々腹が立つ。

「…その時にならないと何とも言えないな」

「ならば今殺し合おうか?」

 煙草を床に落とし、靴で揉み消し、腰の武器らしき物に手をかけた。察するに刀剣の類か?

 傷が癒えたとは言え、まだ魔力は空の儘だ。

 だが、喧嘩を売られて引き下がる程、臆病者ではない。

 少ない魔力をかき集めるよう、高めていく。

 パンパンと手を叩く音が、握手した男の方から聞こえた。

「二人共、その辺にしておいてくれ。マーリン、君はまだ魔力が少ないだろう。松山、君を連れて来たのは、仲間割れをさせる為では無い」

 松山?どこかで聞いたような?

 舌打ちが聞こえ、パチンと刀剣を鞘に収める音かした。

「スピリッツ。アンタにも恩義は感じている。アンタに今は逆らおうとは思ってないさ」

「…あなたの名はスピリッツと言うのか。この男は…」

 聞こうとする前にスピリッツが答える。

「松山 主水。ひと月程前、鬼によって潰されて、絶命する刹那に助けた男だ。私達の同士だ」

 松山 主水。

 確か、リリスの配下の転生人の中で最強と謳われた男だった筈。

 聞いた話だが、アダムが現れた時、アダムの命で水谷邸を襲い、北嶋の仲間の葛西 享との戦いで戦死したとか。

 それが此処に居ると言う事は、スピリッツは聖騎士と魔女は仲間になると、あの時点で読み切ったのか。

 尤も、あの戦争はリリスが起こした訳では無い。

 アダムがリリスの戦力を使って起こした戦争。

 リリスはあの時点では戦うつもりは無かったとも取れる。

 取り敢えず…行動を起こすのはまだ先らしいから、今は大人しくしておくとしよう。松山もそうするようだ。

「そう…まだ先さ。だから今は………」

 スピリッツがそう呟いた。

 まだ…先の話だ………


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 夜。

 超!

 超そーっと家に入る俺!!

 いや、俺………

『!!』なんかつけられない程、超静かに入っているから『………』に訂正したのだ。

 神崎に見付かる前に部屋に向かわねば、俺は殺される。

 そんな訳で足音を殺して超!静ぁ~に二階に上がる…

 よし、俺の部屋に着いた。

 またまた超!そーっとドアを開ける。

 入ってしまえば鍵を掛けて寝るだけだ。

 明日神崎よりも早起きして、社掃除して有耶無耶にしちまおう作戦だ。


 パタン


 ドアを閉じる事に成功し、鍵を掛ける。

「ふいー…助かったぜ!!」

 超安堵し、電気を点ける。

「うおおおっっっ!?」

 心臓が口から飛び出る程驚いた。

「か、神崎!?」

 俺の部屋に、神崎が無表情で仁王立ちしていたのだ!!しかも明かりも点けずに!!

 ビビって後退りする俺だが、狭い部屋、楽勝で胸座を掴まれた。

「ひいいいいいいいいいいいいいい!!」

 首をイヤイヤ振りながら涙目になった。

「いくら勝ったの?」

「え?な、7万程…」

「ふ~ん」

 ヌ~ンと手を差し出す神崎。そして続けた。

「お財布出して」

 恐怖に駆られて素直に差し出すと、神崎は一万札のみ抜き取って、俺に突っ返した。

「今日はこれくらいにしておいてやる」

 めっさ怖ぇ目を俺に向け、部屋から出て行く神崎…

「おおお…ジャイアンかあいつは…」

 ヘナヘナとへたり込む。

 財布の中身は三千五百八十円しか無くなったが、失禁しないだけでも有り難いと思ったのは、ここだけの話にして貰いたい………

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北嶋勇の心霊事件簿14~最初の罪~ しをおう @swoow

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