力の差

「…どうした北嶋 勇?動かなくなったな?」

 薄ら笑いをして、手で来い来いと挑発する針金頭。

 ちょっとムカつくが、草薙で斬れないっつーなら、少し考えなきゃならん。

 しかし、動かない物質に草薙の弱点があったとは驚きだ。

 理屈では何となく解る。

 気がする。

 だが、斬れないモンはしょーがねー。

 絶対零度は諦めるか。

 俺は草薙を肩に担ぎ、針金頭に指を差す。

「やい針金頭。俺は世界一切り替えが早い男、北嶋 勇!絶対零度は仕方無いから無視する事にしたぜ」

「…それが何か?」

「いや、何かと言われてもね」

 言われてみれば、諦めたからどーなるっつーんだ?

「…素直に死ぬ、との解釈で宜しいのか?」

「は?何で俺が死ななきゃならんのだ?頭オカシイのかお前?だからそんなに硬い髪質なのか?」

 可哀想な脳構造。

 髪質にまで反映されていたとは、哀れで哀れでホロリと涙が零れてくる。

 ハンカチを探す。俺の清い涙を拭う為に。

「…恐ろしくて泣いているのか?」

「いや、お前があまりにも可哀想で…」

「…話が噛み合わないが」

 針金頭も首を捻る。

 互いに向き合いながら首を捻るこの状況。もの凄い滑稽な状況では無いだろうか?

「まぁいいや。んじゃ仕切り直しと行こうか!!」

 俺は飛び出した。

「…本当に愚かだな。灰燼の霧!」

 さっきの技が発動された。

「確か超電導で封じ込めているんだよな」

 賢者の石を右腕に意識させた。

 電流の玉が俺に向かって来るも、それを右手のひらで突っ張った。

「…な、何?」

 多少押されたが、電流の玉は俺の右手のひらで止まった。

「賢者の石で造れぬ物は無いっっつ!!」

 その儘投げ返す!!

「…うおっ!?」

 杖を一振りする針金頭。

 パァンと電流の玉が弾けて、霧が針金頭の回りに立ち込める。

「お前も普通に超電導使えんのかよ」

 ちょっと、ちょっとだけ痺れた右腕を振りながら、針金頭を見る。

 針金頭が、俺にめっさガンをくれながら言い返しやがった。

「…バリヤーとして色々と使えるからな。しかし、灰燼の霧を投げ返すとは、少し、少しだけ驚いたぞ北嶋 勇。だが、想定内だ」

 想定内だ?ハッタリ言うなこの野郎!!

 ちょっとカチンと来た俺は、再び針金頭に向かって突っ込んで行った。

 あと一歩踏み込めば草薙の間合い。針金頭に直接斬りかかれば問題無いだろ。

 そう思って突っ込んだ。

「うわっ!!」

 肩から生えている腕の携えている鎌が、俺の首を掠める。

「…刀よりも、すこぉぉし、長いようだな?」

 ニヤニヤしやがる針金頭。

「にゃろう!!」

 ならばここで打ち合うのみ。

 両足を広げて踏ん張った俺。

「…止まるのか馬鹿め!魔の弾丸!!」

「ひょあああ!?」

 めっさ高速で横に飛び跳ねる。

 左肩から血が噴き出した。

「…ほう?大気を圧縮して放った視えぬ砲弾を、野生の勘で躱したか」

 感心して唸る針金頭だが、完璧に避けきれてねーっつーの!!

 左肩掠めていったわ!!若干痺れているし!!直撃していたら、やべー事になっていたわ!!

「…あの距離で肩を掠った程度なのが多少不満だが、まぁ想定内だ」

 余裕で顎に指なんか当てて、格好付ける針金頭。あの想定内ってのがムカつく!!

 この北嶋 勇を、チンケな針金脳が想定していると考えただけで、腹が立つのだ。

「ちくしょう!硬い髪質の分際でっ!」

 一歩踏み出す。

「…動くなよ!魔の弾丸!」

 さっきの空気砲が、マシンガンのように放たれる。

「なんぼでも来いやあ!!」

 草薙で全てぶった斬る。

「…見事な乱撃。弾を全て斬り捨てるとは」

 誉めている割には、ニヤニヤしていやがるな。

「余裕見せんなこの野郎!!」

 尚も止まない大気の弾丸。その全てを叩き斬る。

 その内の一発を斬った瞬間。

「あれっ?」

 振り下ろした草薙が、弾を斬れずに俺の動きを止めた。

「やべーっ!!」

 左腕に纏わせていた超電導で、弾を封じる。

「…ふはは!すまないすまない!大気の弾丸の中に、灰燼の霧を混ぜて放っていたのを忘れていたよ!!」

「おま…それ早く言えっ!!」

 さっきのように、絶対零度を打ち返そうとしたその時。

「…まだまだ止まらない!!魔の弾丸はねぇ!!」

 投げ返す暇なんか与えないと言わんばかりに、空気砲が何発も俺目掛けて向かってくる。

「うわ!面倒臭えー!」

 俺は一瞬の間で呼吸を変えた。刹那の遅れで、一気に何十発も空気砲を浴びる。

「…硬いな?何だその身体は?」

 針金頭が目を細めて聞いてくる。

「硬気法だこの野郎!!叩き斬るのが面倒だから、身体を硬くして受けたんだよ!!」

 言いながら絶対零度を投げ返した。

 それを簡単に躱す針金頭。

「…成程、噂に違わぬ化物だな北嶋 勇…だが、まだまだ想定内ではある…」

 涼しいツラの針金頭。ブチブチと血管が切れてくる俺。

「この俺を想定内想定内と…お前が可哀想だから、ちょこっと付き合ってやってんのに、あんま調子乗るなよ針金頭あ…!!」

「…そう、私は可哀想な男だよ。愛するモルガンを貴様みたいな猿に殺された、世界一不幸な男だよ…だから…」

 針金頭の凄みが増し、めっさ殺気が籠もった目ん玉で、俺を睨んだ。

「…だからもう死ね!北嶋 勇!!」

 杖をでっかく一周させると、先程よりも遥かにデカい、電流の玉が作り出された。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――なんだ?珍しく苦戦しておるのか勇は?

 ブラックドッグとの戦いを終えたタマが、私の傍に寄って来た。

「お疲れ様タマ。凄かったよ」

 そっとタマの頭を撫でる。

――久々に幻術を出したからな。それよりも、いつもの勇らしくないな?

 黙って頷く。

「いつもの北嶋じゃない?」

 アーサーの問いにも頷く。

「マーリンが強いからでは無いのか?良人もそれを感じているようだし…」

 リリスの見解に否定して首を振る。

「動きは私と戦った時と同じくらいですが…」

 カインの疑問にはそうねと答える。

 タマが面白くなさそうに呟いた。

――貴様等には解らぬよ。妾と尚美ならば解る

「まさか、さっきのカイン戦で負傷したとか…?」

 アーサーの問いに、首を振って否定した。

「マーリンが何か細工を施していると言うのか?」

 リリスの問いにも否定し、首を振る。

「やはりマーリンの途切れない魔力と、疲労しない謎が、影響を及ぼしているのでしょう。」

 カインの見解にも否定し、首を振る。

「だったら何だと言うんだ?苦戦しているんだから、理由が解るのなら、アドバイスできるだろう!!」

 焦り気味のアーサー。だが、アドバイスした所で無意味だ。北嶋さんの心が原因なのだから。

――強いて言うならば…手加減

 タマの発言に、場のみんなが目を丸くした。

「手加減?良人が?」

――貴様等には解らぬだろうが、勇の一手に力加減が加わり、微妙に遅れが生じている。多分無意識だろうがな

「それが隙を生んでの苦戦だと?」

 改めて北嶋さんに目を向けるカイン。

「…解らないな…君達は常に一緒だから解るのかな?」

 他の人には解らない程の超微妙な違い。それが北嶋さんの動きを鈍くしているのだ。

「だ、だが何故手加減を?『敵は普通にぶっ殺す』が信条の北嶋な筈…」

「…もしモードに絶対的な非があって、例えばヴァチカンの他の騎士達に非難されたとしたら、あなたはどうする?」

 私の問い掛けに、キョトンとしながらも答えるアーサー。

「そうだな…綺麗事一切抜きに言ったら、多分庇うよ」

「何故庇うの?」

「それは…」

 困ったように首を捻るアーサー。

 解っているが、何と答えたらいいか解らない。

「理屈じゃないのよ。そう言うのは」

 理屈じゃない。イヴが完全悪だとしても、マーリンが愛してしまったのだから関係無い。

 マーリンにとって、私達は愛する女を殺した憎むべき敵。

「な、成程…言わんとしている事は何となくだが理解はできる。だが、それを良人が汲む必要は無いだろう?」

「色々あるのよ」

 発したリリスから視線を外して、北嶋さんの方に向けた。 

 愛する人を殺された想い。

 北嶋さんは知っている。

 痛い程知っている。

 北嶋さんは家族愛だろうけど、それこそ愛には変わらない。

 マーリンのエゴの塊のような愛でもだ。

 最初ワンパンチで葬ったが、愛する人の仇を取る為に再び前に立ったマーリン。

 その心情が解る北嶋さんが無意識に手加減し、攻撃に一瞬躊躇っている。

 加えてマーリンの実力だ。

 葛西やアーサー、印南さんに感じた脅威をマーリンに覚えたのだろう。

 この二つの感情により、北嶋さん自らが『苦戦する』と思ってしまったのだ。

 色々考えていたその時、マーリンの術が此方に向かって放たれた。

 それを見て私は笑う。

「だけど、それもこれまでのようね。タマ」

――だな

 そして不敵タマも不敵に笑う。

「そんな事より!危ない!!」

 カインが慌てながら叫んだ。

 大丈夫。最硬の盾に守られているから。

 そしてこの攻撃こそが、北嶋さんの楔を解く事になる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 超でっかい電流の玉に意識を集中する俺。超電導を左腕に纏い、再び投げ返す算段だ。

 だが、あんなデカいの返せんのか俺?

 ちょっと、ちょっとだけビビる。

「…また投げ返すつもりのようだな?」

「ドッチボールはあんまやった事ねーけどな」

 腰を落として衝撃に備える。

「…大した自信だ…では喰らうがいい!!灰燼の霧いいい!!」

 杖から超でっかい電流の玉が放たれた。

が!!

「え?」

 電流の玉は俺を外れて、後ろに飛んで行く。

「…ふはははは!!貴様をこのまま殺しても面白く無い!!貴様も私と同じ目に遭わせてやろう!!」

 針金頭が狙ったのは、後ろの神崎!!

「神崎!!」

 振り返って叫ぶが、杞憂に終わった。いや、知っていた。知っていたけど、やっぱり安堵した。

 電流の玉は、亀の亀甲の盾にぶち当たったのだ。おかげで神崎は、ノーダメージ。

――御安心召されよ勇殿。某の盾にて相殺可能故

 電流の玉は、神崎の前の盾と相討ちして、互いに飛散した。

 瞬時に新たに張られた盾の向こうに、神崎が立って此方を見て、笑いながら頷いていた。

 脱力してしまった俺。良かった。いや、解っていたけれど、良かったなぁ…

「…ち、あの盾も動かない物質に近いのか…」

 針金頭の言葉に、脱力した身体に力が甦って来る。

「完全に動かない訳じゃないだろうがな。草薙で斬れたし。それよりお前………」

 一気に極限まで緊張した俺の肉体。

「…な、何!?」

 針金頭が杖を前に出し、身構えて数歩程下がった。解ったのか、瞬時に漲ったのが!!

「俺の女あ!!狙いやがったなあああああああああ!!!」

 かなり頭に来て、考えるより先に針金頭に向かって走った。

「…ち!キレやがったか!だがそれも想定内…う!?」

 針金頭が術を発動する、それよりも速く、鎌の間合いに飛び込んだ。

「…クロノスの鎌と打ち合うつもりか!」

「打ち合うだ!?誰に向かって言ってんだゴラアアアアア!!!」

 左拳を前に出し、右拳を引く!

 振り下ろされる鎌!

「せいやああああああああああ!!!」

 左拳を引っ込めると同時に右拳を突き出す。

 鎌にヒットする右拳!!

「…あまりにも愚か!素手でクロノスの鎌を打つとは!!」

 せせら笑う針金頭。だが、次の瞬間、顔色が明らかに変わった。

「…え?」

 バキィィィィンとの破壊音と共に、鎌の破片が宙に散る。

「…ば、馬鹿な!!クロノスの鎌を素手で!?」

「これも想定内かこの野郎!!」

 瞬時に草薙を抜き、肩から生えている腕を薙ぎる。

 両腕も肘から宙に飛んだ。そして黒い霧を発して滅していく肩の腕。

「…クロノスの腕が、こんな無茶苦茶な方法で………へぷしっ!?」

 呆然とする針金頭に、俺の右拳が顔面を貫いた。


 ゴキゴキゴキゴキ


 砕ける頬骨の感触が、はっきりと右拳に感じ取れた。

 そして派手にふっ飛ぶ針金頭。

「来た時と同じくワンパンチで終わりだ!!チンケな雑魚が!!」

 唾を吐き捨てる俺。

「…成程、怒りによってリミットがカットされたと言う所か…」

 地面に這いつくばっていると予想していた針金頭が、ムックリと起き上がる!?

「………マジか?」

 本気で入れた一発。

 死んでも不思議じゃない一発を叩き込んだ筈。

 だが、針金頭は平然として、微かに滲み出た血を袖で拭うのみ。

 特に変形していない顔。絶対に頬骨を粉砕した筈だが…

「…貴様の力を修正した。最早私には油断は無い……!!」

 俺の思案を余所に、杖を俺の前に突き出して構える針金頭。

「…正直見くびっていたわ。俺もここからマジに行かせて貰う…!!」

 草薙を構えて意識を集中させる。

 使えるモンは全て使う。

 草薙も賢者の石も、勿論万界の鏡もだ。

「…怒りが一気に鎮まったか。惜しかった」

 本当に惜しそうなツラの針金頭。

 隙を付く作戦だったのかどうかは知らんが、互いに余裕が消えたのは言うまでも無い。

 だが、俺には万界の鏡がある。

 意味が解らないのなら、鏡に視せて貰うだけだ。

 そして鏡が針金頭の謎を、俺の脳に投影させた。

「………成程なぁ。戦いは対峙する前から行うもの、か」

 針金頭の眉尻がピクリと上がる。

「…全てを知る事ができると言う万界の鏡…私の謎を解く事も容易な訳か…」

「あー。全て視た。よってお前は俺に勝つ事は不可能になった。それでも続けるか?」

「…愛するモルガンの仇を取る。私の望みはそれだけだ」

 天晴れな心意気。

 しょーもない女の為に、しょーもない意地を通す。

 嫌いじゃない。

 歪んだ愛の形は、既に親友で見た俺だ。

 針金頭の愛も決して否定はしない。

 だが…

「お前は俺の女を狙った。続けると言うのなら、容赦する義理は無い」

 奴の愛なんか知った事じゃない。

 退かぬと言うのなら、俺の女を狙ったケジメ、キッチリ取らせて貰うだけだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――む?互いに雰囲気が変わったか?

 タマが察知したように、北嶋さんとマーリンの気の質が変わった。

 北嶋さんからは迷いが消え、マーリンは覚悟を決めた。

「しかし…マーリンの謎か…」

 カインの呟きに答えた訳ではないだろうが、タマが呟き返す。

――ブラックドッグは時を止めるとか言っていたな

 時を止めるは物質の運動を止める事。

 これは解けた。

 残りは決して疲労しない身体。

 アーサーが呟く。

「何となくだが…読めた」

 全員がアーサーを見た。

「君は意外と鋭いからな。多分君の予想で概ね合っているんだろう」

 リリスも認めるアーサーの知識。アーサーは難しい顔を拵えて頷き、言った。

「ポイントは、さっき北嶋の本気の一発を喰らっても、ほぼノーダメージな事だ」

 絶命してもおかしくは無い右正拳をマトモに喰らっても、平然と立ち上がったマーリン。

 治癒魔法の類だろうが、問題はそこじゃないような気がする…

――いずれにせよ、勇が目を覚ましたのだ。如何に魔導士が手練れだろうが、問題は無い

 そう。北嶋さんが吹っ切れたのだから問題は無い。

 葛西、アーサー、印南さんと並ぶ実力者と評価し、苦戦するだろうが、最後には最高の形で勝つだろう。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 針金頭が集中しながら、俺から目を離さないでいる。

 狙っているな。

 この場合、針金頭の周りをクルクル回って狙いを定め難くするのが定石だろうが、俺は絶対そんな真似はしない。格下みたいで嫌だからだ。

 だからいつも通りに、だらんとしながら迎え撃つ用意をする。

「…余裕だな北嶋 勇…私の実力を読み違えている訳ではないだろう?」

「当たり前だ。俺は強過ぎるからな。だからお前が死んでも当然の事。これは自然の摂理だ。だからお前は恥じる事は全く無い。寧ろ病的な自己中愛を恥じろ」

 草薙をブラブラさせて、真っ直ぐに針金頭に向かって行く俺。

 威風堂々、ゆっくりと、絶対の慢心を現して。

「…果たして死ぬのは私か貴様か!!奈落の口!!」

 いきなり俺の足元の大地が裂け、正に俺を飲み込もうとする。

「ジャンプすりゃいいだろ!!」

 咄嗟に跳ねる。

「…想定内だ!!」

 地面が隆起し、針の山の如く一面に生え揃った。要は着地点に針山が現れた感じだ。

「こんなモン硬気法で…」

「…だから想定内だと言った筈だ!!」

 着地する刹那、再び地面が俺を包み込もうと捲れ上がる。

「何が何でも飲み込もうって言うのかよ?」 

「…奈落の口は敵を飲み込む穴では無い!!岩の針山によって貫かれた敵の血を飲む為の口だ!!」

 成程、捲れ上がった地面は、上顎と下顎みたいなもんか。

 俺は空中で腰を捻り、反動で右脚で蹴りを放った。

 右脚が捲れ上がった地面を蹴り抜いた。

 穴が開いた状態になり、針金頭の姿が目に入る。

 笑ってやがる?

「…それも想定内!!破裂の断頭台!!」

 蹴りで踏み抜いた穴で通り抜ける瞬間、その穴がバキバキと音を立てて一気に閉じる。

「のおっ!?」

 咄嗟に腕を潜らせて、閉じる穴を力のみで押さえた。

「…それも想定内だ北嶋 勇!!灰燼の霧い!!」

 また絶対零度か!ならば後ろに退避…

 いやイカン!!

 まだ下顎があるし、何より地面の穴が閉じて居ない。

 自分から落ちるのは、あまりにもアホっぽい。

 加えて蹴り抜いた穴がギリギリと閉まってくる。

「うおおおお!!チョーヤベー!!」 

 退く事も進む事もできねー!!

 ならば草薙を…

 つか、両腕塞がっているがな!!

「…ははははは!八方塞がりだろう北嶋 勇!!」

「まだに決まってんだろうがコンチクチョウ!!」

 叫ぶと同時に電流の玉が接触し、捲れ上がった地面が一瞬で燼となり、絶対零度の冷気が俺を襲った!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 私の先から土が飛び散り、粉塵が舞う。

 完全に塞がれた視界。

 だが、私の『第三の目』は、粉砕された壁の先に居る北嶋 勇を、はっきりと捕らえている。

「…後ろに下がり、穴に落ちたか…」

 だが、只落ちた訳ではあるまい。

 第三の目で更に探る。

「…大気を蹴って跳んだか」

 あの刹那、北嶋 勇は瞬時に穴に大気の壁を作り、それを足場にして飛び跳ねたのだ。

 やはり恐るべし北嶋 勇。噂に違わぬ化物だ。

 冷や汗を流しながら頭上を見る。

 丁度草薙を振り翳し、落下してくる北嶋 勇と目が合った。

「!よく解ったな!?」

「…想定内だ!」

 想定内ではなく、視ているから解るだけだが。

 だが、これはまたと無い好機。

 私の最強最後の術を発動させるチャンスだ。

「…これで終わる…喰らえ………」

 瞬時に膨れ上がる私の魔力。

「速えーよお前!タメもねーのか!?」

 タメを作るのなら、短縮詠唱する意味が無いだろう。そう思いながら唱えた。

「…空中の牢獄!!」

 ケーリュケイオンを振る。同時に、私の頭上…北嶋 勇との間の空間が歪んだ。

「うおっ!?」

 草薙を振り下ろす北嶋。

「…させぬ!遮る者共!!」

 大気が北嶋 勇の身体に絡み付く。

「ち!!面倒くせーな!!」

 持ち前の馬鹿力で難なく振り解くも、動きを止めるのは一瞬で構わない。

 その隙に、歪んだ空間から腕が触手のように伸び出て、北嶋 勇の身体を掴んだ。

「うわっっつ?」

 素っ頓狂な悲鳴を上げたと同時に、触手は空間に北嶋 勇を一瞬で引き擦り込んだ。

 開いた扉が閉じるが如く、開いた空間が消える。

「…空中の牢獄は完全に時が止まった空間…閉じ込められた貴様も直ぐに止まる。心臓も、魂も…」

 飼っていたブラックドッグも其処に閉じ込めていた。

 死なぬ程度に多少は動かしていたが、奴は何をしでかすか解らない男だ。無駄に遊ぶ事はしない。

「…勝った!!」

 漸く勝利宣言を出せた。休まずに奴の仲間と裏切り者共を始末しようと目を向ける。

「…ち、魔力切れか」

 術を仕掛けようとした私だが、北嶋 勇との戦いで、上級呪文を連発し過ぎて、魔力が底を付いていた。

「…また補充するか」

 ケーリュケイオンを地面に優しく叩くと、ケーリュケイオンから魔力が伝わり、私の切れた魔力が補充された。

 さて、これで魔力の補充は終わった。残った奴等を殺す程度には回復できた。

 私は望みが達成できる喜びを以て、北嶋 勇の仲間と、裏切者に殺気を向けた…!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 信じられないと言った表情でわなわな震えるカイン。絶望とも取れる、か細い声で呟いた。

「そんな…新しい人類が……敗れた?」

 ブラックドッグが傷ついた身体を這わせて此方に近付く。

――魔導士が空中の牢獄を発動させた。あの男は終わった

 不機嫌そうに返したタマ。

――そんなつまらぬ事をわざわざ言う為に此方に来たのか?

――狐、貴様の主人を信じる心は確かに素晴らしい。だが、あの空間は時が止まっている空間。止まっているのならば身体も動かん。悪い事は言わん、皆でかかれば、如何に魔導士と言えど…

 最後まで言わせずにタマが口を挟んだ。

――貴様もイヴの息子も解らぬからなぁ…慌てるのは致し方無し

 全然心配していないと笑うタマ。

「いや、ブラックドッグの言う通り。私が威光で奴を拘束しますので、皆さん一斉に向かって行って下さい…」

「そんな事より…見たか?」

 結構な決心をして発言したカインに『そんな事』と切り捨てるリリス。ブラックドッグとカイン達が微妙な表情をした事は言うまでも無い。

「ああ、見た。ケーリュケイオンを地面に擦った瞬間、奴の魔力が回復した事だな?」

 アーサーの発言に首を横に振るリリス。

「それもあるけど、魔力切れの状態に気付かなかった事よ」

 補足する私。

「そう。疲労を感じない身体。魔力切れに気付かなかった事実」

 笑うリリス。

「種はやはりあった。って事よね」

「やはり君も気付いたか神崎。良人はとっくに知っているだろうけどね」

 互いに顔を見合わせて笑う。

「…やはりそうか。君達もその回答に至ったんだ、俺の考えは間違っちゃいないと言う事だ」

 アーサーも大きく頷く。

「何を盛り上がっているのかは知りませんが、あなた達がやらないのならば、私達でマーリンを仕留めますが…」

 視線を狂戦士と召喚士に向けるカイン。二人同時に頷き身構える。

「やめておきなさい。今出たら巻き添えを喰うわよ」

 本気で止めた。北嶋さんの邪魔は良くない。

「巻き添え?誰の?」

「勿論、良人のさ」

 頭を押さえて首を振るカイン。

「現実を見て下さい。北嶋 勇は敗れま」

 続く言葉をアーサーが制した。

「北嶋が負ける訳が無い。それに、魔導士の実力は此処に要る人間と拮抗している。そんな相手に多対一は無用だ」

「全く…難儀な人達ですな…」

 苛立ちながらも黙って座り込む。多対一が引っ掛かって動かない方針を取ったのか。

 だが、それでいい。北嶋さんが敗れる事は無いと、改めて知ればいい。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 奈落の口を閉じ、元の地面になった場所を、ゆっくり歩いて奴等に向かう。

 一応剣の間合い外で足を止めて、クズどもを睨み付けながら言った。

「…さぁ、次は裏切り者か?それとも魔女か?聖騎士か?北嶋 勇の女か?それとも…全員で向かって来るか?」

 ケーリュケイオンを翳し、奴等をゆっくりと見回す。動いた奴に術を叩き込むために。

「貴様、俺達と戦うと言うのか?」

 剣に手をかける事すらせず、リラックスしている聖騎士が応えた。

「…最初はヴァチカン最強の聖騎士か?」

 ケーリュケイオンを構えるも、全く戦う素振りを見せない聖騎士。余裕すらあるように見えるが…?

「…何故剣を抜かぬ?無条件降伏か?言っておくが、貴様等全員の血と肉と魂が、私の怒りを鎮める手段だが?」

「抜く必要が無いからさ」

 自分の眉尻がピクリと動くのを感じ取る。

「…どう言う意味か?」

「貴様の相手は俺達じゃない、北嶋だろ」

 指を差す聖騎士。

 私に向かって…いや、私の後ろに向かっている?

 ゆっくりと振り向く。

 指は、先程北嶋 勇を閉じ込めた空間に向いて、差しているようだった。

「…まさか?」

 微かだが、空間に亀裂が走っているような?

「ちゃんと構えろ。でなければ、瞬時に終わるぞ」

 終わる?

 終わらせたのは私だ。空中の牢獄に北嶋 勇を閉じ込めて、終わらせたのだ。

「…あの空間は…全ての時が止まった空間…!!」

 動ける筈が無い!!

 動けないのなら、脱出も不可能だ!!

 だが、私の心がそれを否定するように、ざわめく…!!

「…亀裂が広がった!?」

 これはきっと目の錯覚だ!!

 そう言えば、奴が飼っている九尾狐は幻術が得意だと、何かの文献で読んだような気がする。

「…狐、貴様、いつの間に私に幻術を施した?」

――はて?何を訳の解らぬ言い掛かりを?貴様の目に映っている物が全て

 幻術に掛かっていない?

 ならばあれは………

 嘘だ…

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!

 身体の震えが激しくなる。

「嘘だあああああああああ!!!」

 軽いパニックに陥った自分が解った。

 ケーリュケイオンを亀裂に向け、震えているのも理解した。

 全てが嘘だと思いたくて。

 だが、形容するなら、厚いガラスを砕いたような音がしたと同時に、反射する光…!!

「嘘だ!!私は認めない!!これは性質たちの悪い冗談だ!!」

 その光の反射の向こうに見えた人影に脅えた。

 見間違いならどんなに気が楽なのだろう…

 時が止まっている空中の牢獄に閉じ込めている北嶋 勇が、真顔で剣を振り下ろしながら現れたのだ!!

「き、ききききき、貴様!い!いいいい一体どうやって!?」

 いや、これは悪い冗談だから、問うのは間違っている。

 間違っているが、聞かずにはいられない!!

 北嶋は阿呆ヅラを私に向けながら答えた。

「普通に草薙を使った」

 斬ったと言うのか?いや、動かない物質は斬れない!!

「き!斬れる訳が無い!!事実貴様は、序盤には斬る事を断念した筈だ!!」

 ハッタリか!!それともやはり悪い冗談なだけか!!

「斬れないんなら、圧縮すりゃいいだろ」

 圧縮?圧縮………

「…草薙は空間をも斬る…!重子を極限まで高め、ブラックホールを作り出し………」

「なんだ?よく知ってんな針金頭」

 ケロッとしながら、耳なんかほじりやがる北嶋。

 空間を斬って私の前からモルガンの妹を連れ去った時、私は朧気ながら、その正体に気付いた。

 ブラックホールはあらゆる物を超重力によって吸い込む。時空すら歪めるという。

「…草薙で私の空中の牢獄を吸い込んだ、と言う事か…!!」

 ニカッと笑う北嶋。

「想定外か針金頭?」

 嫌味にキレが出る。そしてそのまま、草薙で空を斬った。

「…な、何をする?そこには何も無い…!!」

 突然の意味不明の行動に唖然とした私だが、動揺が極限まで達して、膝がガクガクと震えた。

 空を斬ったのは、空間を斬り、ある部屋の空間に繋ぐ為!!

「そ、その部屋は!!」

「お前の実家の地下室だよ針金頭。『今も』使っていただろうが?」

 確かについさっきも使った部屋!!

 その部屋の中に、ワインボトル程の大きさの水晶の柱が三本置いてあり、杖が一本床に突き刺さっている。

 三本の水晶の柱の内一つは、空になっている状態だ。何故ならば…

「さっき補充したもんな?魔力をよー」

 ダラダラと滝のように汗が流れ落ちる。

 あの水晶の柱には、私が普段使っていない魔力を少しづつ溜めていた。要するに、魔力をストックしていた。

 そして水晶の柱に狙いを定めて草薙をゆっくりと振り上げる北嶋 勇…

「…おい………やめろ………やめてくれ!!」

 水晶の柱一本分のストックを溜めるのに費やした時間は約一年。

 本当に有事になった時のみ役立てていた、私の魔力!!

「やめないに決まってんだろ針金頭。甘えんな」

 笑いながら振り下ろす北嶋。水晶の柱三本一気に薙ぎ倒した!!

「ああああああああああ!!!私の魔力があああああああ!!!」

 頬に手を当てて叫ぶ。

 斬り倒された水晶の柱から、ストックした魔力が溢れ出るのを見ながら!!

「ああああ!!き、貴様!!私がどれほど苦労して溜め込んだと思っているんだあああ!!!」

 我を忘れて北嶋 勇に飛び掛かる。

 振り向いた北嶋。凄まじい殺気を宿した瞳と、目が合った。

 本能で怯み、一瞬身体が固まる。

「草薙の間合いだこの野郎!!」

 私の目には全く映らぬ高速の斬撃!!

「うわああああああああああ!!」

 振り下ろされた切っ先が、地に触れる。しかし、私の身体には外傷は無い…

「…は、外したのか…馬鹿め…」

 無理やり笑顔を作った。

「誰が外すか針金頭。お楽しみはまだ先だ」

 お楽しみ?まだ先?

「…な、何を訳の解らん事を…はっ!!」

 言い終えた北嶋が、私から視線を外して部屋に突き刺している杖に目を向けていた。

「ま、待てっ!!あれは!!あれだけはっっっ!!」

 咄嗟に嘆願した。再び振り向いた北嶋。

 その表情、物凄く楽しそうな、いやらしい笑顔…!!

 その『嫌がらせ至上主義』的な満面の笑顔を私に向ける。

 再び杖に向かった北嶋 勇は、ゆっくりと草薙を振り上げた。

「やめろ!!それだけはやめてくれ!!」

 その杖はケーリュケイオンと並び、とても貴重な私の………

 だが北嶋 勇は無慈悲に応えた。

「無理」

 同時に振り下ろされた草薙!!

 私の目の前で、『アスクレピオスの杖』が縦真っ二つに切断された!!

「ああああああああああ!!!この馬鹿野郎!!あれがどれほど貴重な杖か知らないのか!?ああああああああああああ!!!」

 北嶋 勇を押し退けて、アスクレピオスの杖に駆け寄った。

 座り込んで、斬られた杖を握り締める。

 シュウシュウと魔力が宙に拡散されて、消てえている!!アスクレピオスの杖の力が、文字通り消えて行く!!

「なぁ~にが貴重な杖だ。お前の回復用の杖だろが。これでお前は傷を治す事は術を使わなければならなくなっただけだろ。ざまあいいや!!」

 ゲラゲラ笑う北嶋!!

 私はゆっくりと振り向く。

「…魔力のストックは愚か、治癒の杖まで奪いやがったなぁ………!!」

「お前の痛い片思いの相手も奪ったけどなあ!!ああ、愉快愉快!!」

 無礼千万に笑い転げる北嶋に、我を忘れて北嶋に掴み掛かる。

「貴様ああああああああ!!」

 襟に手が触れる瞬間、奴と目が合った。


 ゾクリ


 無慈悲で冷酷な瞳…

 その冷たい瞳に怯んだその時、私の身体が宙に舞い、後頭部から地に激突した。

「があああああ!!痛ってえええ!!」

 殴られた頬と打ち付けた後頭部が激しく痛み、転がった。

 そんな私の髪を引っ張り、自らの顔に近付ける北嶋。

「痛いだろ?痛いよなあ?痛覚を戻したんだからなあ?」

「…き、貴様、いつの間に…さっきのく、草薙かっ!」

 笑いながら髪を掴んだまま私を放り投げる北嶋。


 ブチブチブチブチブチ


 頭皮ごと毟られたと思った程の、凄まじい痛みが私を襲った!!

「ぎゃあああああああああ!!!」

「草薙は断ち切る剣。痛覚を戻したのは賢者の石だ」

 断ち切るって、一体何を断ち切ったと言うのだ!?

 既に丸裸も同然じゃないか!?

 涙を流しながら北嶋を睨み付ける。

 フッと意識が遠くなった。

 と、同時に、北嶋と対峙していた空間や地に『隠していた』目玉がゴロゴロと現れた…!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 北嶋さんの『残酷物語コンボ』がマーリンに炸裂した。

 同時に現れた無数の目玉。宙に浮き、地に転がりながら私達や北嶋さんを『視て』いる。

「第三の目か…しかもこんなに沢山…」

 時折ギョロリとした目玉と目が合う。さすがに気持ち悪い。

「成程、視覚を無数に飛ばす術か」

 アーサーが自分の真正面にあった目玉を手で叩く。

 草薙で斬ったのはステルス性か。

「第三の目もそうだが、やはり痛覚を遮断していたか」

「疲れない理由、痛覚を遮断しているから疲れに『気付かない』」

 リリスとアーサーの弁に頷く。

 マーリンは疲労しない身体では無く、疲労に気付かない身体なのだ。

「そしてアスクレピオスの杖で治癒していた、訳か。全ての魔力を攻撃に転じる為に、治癒魔法を捨て、アスクレピオスの杖に頼った、って所ですな」

 カインの言う、アスクレピオスの杖とは、ギリシア神話に登場する名医アスクレピオスの持っていたヘビの巻きついた杖だ。

 医療・医術の象徴として知られている。

 そのアスクレピオスの杖の治癒の力を、ケーリュケイオンに伝達させていた。勿論、ストックしていた魔力も。

 ケーリュケイオンは伝令使の杖。

 魔力のストックを瞬時に補充したり、治癒の力を瞬時に伝達させたり。上級呪文短縮詠唱を実現させたりもするんだろう。

 流石は足の速い伝令の神ヘルメスの杖と言った所だ。

「つまり、今のマーリンはただの魔導士に過ぎない?」

 カインの問いにアーサーが答えた。

「とは言っても、かなりの術者には変わりは無い。北嶋に掠り傷を負わせた事実があるからな」

 少なくとも、ここにいる人間は北嶋さんに傷一つ付ける事ができなかった。

 葛西辺りがこの事実を知ったら、半狂乱になり、マーリンに挑みに行くかもしれない。

「私も彼に傷を負わせる事ができなかったですからなぁ…」

 顎を触りながら呟くカイン。

 だが、マーリンの底は既に見えた。

 此処から先は一方的な展開になる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 策を全て封じられ、最高奥義すら破られ、最早私には何も残されていない。

 だが、私はフラ付く足を踏ん張りながら立ち上がるしか無い。

 殴られた痛み。毟られた痛み。全ての痛みに耐えながら、北嶋を失っていない戦意の瞳で睨み付ける。

「まだやるのか?つか、降参してもやめねーけど」

「…私は、貴様を絶対に許す事は無い。例え骨が全て折れようが、肉を全て抉られようが、血を全て失おうが、貴様だけは絶対に殺す…愛するモルガンの為に…!!」

 ケーリュケイオンを北嶋に向け、術を発動させる。

「…灰燼の霧ぃ!!」

「お前の一番自信がある術がそれだな?お前のバックボーンか」

 そうだ。

 私の最強最大の術。

 空中の牢獄よりも遥かに使用頻度が高く、遥かに自信がある術。

 だが北嶋は草薙を振って、私の灰燼の霧を掻き消した。

「ち、ブラックホールか…」

 超圧縮させて刀身に留めていると言ったか。いずれ押し潰されて無になるまで、待てばいい。

「得意技を完膚無きまで破られてんのに、あまりショックを感じていないようだな?」

「…想定内だからだ!!」

 破られるのは既に知っている。

 事実を受け止め、それを乗り越えてこその成長だろう。

 尤も、私の成長は最早期待できないだろう。

 もう直ぐで私の人生が終わりを告げるだろうから。

「…私は只では死なぬ…貴様も必ず道連れにしてやる…!!氷の珠!!」

 大気が冷え、雹が北嶋目掛けて降り注ぐ。

「…超上空からの氷の礫だ!!」

 だが無駄なのも知っている。

「こんなもん…」

 当たるであろう雹を全て叩き落とす北嶋。

「…想定内だ!!」

 私は持てる力を全て使い、『瞬時に』北嶋の懐に飛び込み、ケーリュケイオンを北嶋の胸に当てた。

「速ぇな?」

「…超高速移動はケーリュケイオンの力だ!!喰らえ北嶋あ!!破滅の爆裂!!」

 私の魔力全てをケーリュケイオンに与え、衝撃に変えて放つ技。

 喰らえば死は確実だが、自らも巻き添えを喰らう。早い話が自爆技だ。

「…死ねぇぇぇ!!北嶋ぁああああああ!!!」

 奴の身体に触れているケーリュケイオンが閃光を放った。

「…なに!?」

 同時に軽くなるケーリュケイオン。

 押さえ付けていた感覚が一瞬で無くなった?

 いや、そもそも『あの化物』に、杖を胸に押し当てられるのか?

 噂では、『傷をつけた者は一人もいない』のに?

 試案最中、爆発する私の魔力。

「ぐああああああああああああ!!!」

 爆風と共に吹っ飛ぶ私の身体。

 血と肉が飛び散り、ケーリュケイオンが地に転がった。

 万界の鏡で見たのか!!私の自爆技を!!

 だから容易に杖を当てられたのか!!これを狙って!!

 土埃が舞う私の視界。

「っつう!!!」

 激しい痛みを両腕に感じる…

「…両腕が無くなったか………」

 魔力を補充した私だが、自らの身体まで消し飛ぶ程の魔力までは補えなかったようだ。

 それが皮肉にも、私の命を奪うまでの爆発を起こせなかったのか。

 流れ出る両腕の血。胸の肉も多少は抉られている。

「…がっ!き、北嶋は……?」

 しゃがみ込んだ儘、辺りを見回す。

 回避したのは解っている。問題は奴がどこに回避したかだ…

 ふと、頭上からの日差しが陰る。

「…北嶋ぁぁぁあああああ!!」

 日差しを遮ったのは北嶋。

 あの瞬間、北嶋はジャンプして爆発を逃れたのか。

 北嶋は草薙を中段に構えながら落下してくる。

 全く踏ん張りの効かない足を無理やり奮わせて、立ち上がる。

「腕無ぇじゃんかお前?」

 薄ら笑いで落下してくる。この野郎…それを狙っていやがったんだろうに!!

「…覚悟の上だあああ!!」

 既に魔力は使い果たした。最早術を発動させる事はできぬ。

 傷口を塞ぐ治癒魔法の魔力も皆無。かなりの出血に血が足りなくなり、目が霞む。

 だが、まだ奴は生きている!!

 ならば私はまだ戦わなければならぬ。

「…私はまだ生きているぞ!!こい北嶋 勇!!」

「言われなくとも…」

 落下しながら草薙を薙ぐ北嶋。刀身が私の胸に触れる。

「うわああああああああああ!!」

 頭を振る私。

 最後、最後に一撃!!

 腕を失い、魔力を失った私ができる、最後の悪あがきの頭突き。

 斬り付けている最中ならば、躱すのも容易では無いだろう。

 髪が奴の額に触れる感覚を覚える。


 ドッ


 私の頭が地面に激突した。

 斬り付けられた胸から出血しているのを確認。血溜まりとなり、自らの身体が浸される。

「…あの頭突きすら躱すか……」

 私の髪が触れた瞬間、奴は無理やり身体を捻り、それを逃れた。

 結果、勢い付いた私がそのまま前に倒れ込んだ。

 耳元に砂利を踏む音が聞こえる。

 力を振り絞って其方に顔を向ける。

「…北嶋ぁぁぁああ………」

 傍に来たのは、やはり北嶋 勇。表情が無い顔をして、私を見下ろしている。

「…私は…貴様を許さぬ…必ず殺す!!」

 精一杯の強がりを見せる。私には何も残っていないので、せめてもの抗いだ。

「なんだ。元気そうだな」

「…当たり前だ…貴様を殺すまで私は死なぐはあ!!」

 腹部に痛みを感じて丸くなった。北嶋が蹴りを放ったのだ。

「よく言った針金頭。文字通り手も足も出ない状態でも失われない戦意。お前にはトコトンやってやる」

 私は死ぬのを待つ身。

 その私に蹴りを喰らわせるとは、人間の心が無いのかこの男!?

 強がりを言ったのを激しく後悔した。

 その後も、蹲っている私の腹に、何発も蹴りを入れる。

 最早痛まない場所など無い私だが、蹴りの痛みは別格と言うか何と言うか。

 押さえる腕も無いのだが、ただ丸まりながら耐えるのみ。

 執拗な蹴り。

 口に充満する血の味。

 それでもただ耐える。

「すげぇなお前。全く泣き言言わねーなんてよ」

 蹴りを放つのをやめて感心する北嶋。

「ゲホッ…どうした…私はまだ…死んでは…いない…ゲホッ!!」

 血を吐きながら北嶋を睨み付ける。

 そんな私の胸座を掴み、自分の目線に私を吊り上げた。

「見事だ針金頭。首だけになったとしても、噛み付いて来そうだな」

「カハッ…私とて…覚悟を決めて臨んでいたのだ…ゲホッゲホッ…死ぬ覚悟をな!!」

 無い腕を払う。

 飛んだ血が万界の鏡に飛び散った。

「ち!!」

 虚を突き、北嶋の視界を塞いだ。

「…フッ…フハハハハ!!最後の最後に一矢報いてやったぞ!!ざまぁ見ろ糞野郎!!フハハハハ!!」

 胸座を掴んでいた手が離れ、そのまま倒れていく。

 視界を塞ぐ程度の抗いだが、私は結構満足していた。

 薄れ行く意識。

 だが、瞳は北嶋を捉えている。

 最後まで憎き敵を見据えながら、私は死ぬ。

 絶対に視線は外さない。

 倒れていく刹那、そればかりを意識していた。

 やがて頭が地面に触れる。


 地面に落ちた衝撃が無い?

 誰かの手のひらの下に頭があるような…そんな感じだ。

 だが、もうどうでもいい。

 どうせもう直ぐで無くなる灯火だ。

 だが、まだ目は閉じぬ。

 北嶋を最後まで見る為に…

 北嶋が私の血を袖で拭い去っている最中なのが見える。

 その時フッと暗くなる視界。

 北嶋の姿が見えなくなった。

 いよいよ死ぬのか。

 ならばもう目を開けている必要も無い。

 ゆっくりと目蓋を閉じていく。


「まだ死なせないよ」


 空耳か…

 だが…

 もう気にする事は無い。

 次に目覚めた時、私は地獄に居る筈だから。

 せめて、地獄でモルガンに会えれば…

 それでいい………

 …………………………………………


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「………誰?」

 私は漸く口を開ける事ができた。この唐突に現れて、魔道士を助けた人間に対して。

 カインを横目で見る。

「…知りません……少なくとも、私はこれ以上用意をしていません……」

 心当たりが全く無いと、首を横に振っている。

 北嶋さんに血を浴びせたマーリン。掴まれていた胸座を放され、頭が地面に接触する瞬間、突然現れた男に、私達は視線、意識の全てを奪われていた。

「この空間は良人に文句がある人間しか来られない筈…つまり敵なのは確実だが…」

 黒い髪を全て後ろに流している、目つきの鋭い男…

「服の上からでは解りにくいが、かなり鍛え込んでいる身体だな…アボリジニーか?」

 アーサーの問いに、厚い唇が微かに歪む。

 そして漸く血を拭った北嶋さんが、謎の男と対面した。

「………誰?」

 男に指を差しながら、私達に顔を向ける北嶋さん。私達はただ首を横に振る事しか出来ない。

「君が新しい人間か」

 唐突に北嶋さんに話し掛けるアボリジニー系の男。敵意は全く見られないが……

「いや、知らんが、お前誰だ?針金頭はどこだ?」

「ああ、彼は私が貰っていく」

「はぁ?いきなり現れて、何なんだお前?南国みたいなツラしやがってよ?」

 突然現れて、マーリンを『連れ去った』男に無防備に近寄っていく北嶋さん。

 何だろう…今までとまるで違う……

 アダムとも違う雰囲気の男…嫌な予感が止まらない…

「いきなり喧嘩腰だな。私は君の味方だ。少なくとも君の味方に近い位置に居る」

 顎を触りながら、全く表情の無い瞳を北嶋さんに向けながら言い切った。

「北嶋の味方?ならば俺達の味方でもあるのか…」

 安堵するアーサーだが、ここは同意する。

 得体の知れない男だが、少なくとも戦う意識は無いようだ。

「味方ならば良人の『俺に文句ある奴』結界に入れるのか?」

「解りませんが…試してみますか?」

 カインが集中する。

「く!?いきなり威光を発動させるな…っ!!」

 苦情を言うアーサー。リリス達も一気に緊張し、腰砕けになった。

「抑えますから」

 言葉通り、男に一点集中するように放ったカイン。

 気配を感じた男が此方を向いた。

「終わった人類の業が、私に通用するものか」

 身体ごと此方を向き、カイン目掛けて歩き出す。

「威光が通じない?」

「そのようで。そして私達の味方と言う訳でも無さそうですな」

 カインの言う通り、男が殺気を孕んだ瞳を此方に向けて、歩いて来る。

「おい、いきなり現れて暴れるっつーのか?俺ん家で調子乗るっつーなら、針金頭の代わりに、お前をボッコボコにする事になるけど」

 北嶋さんの言葉で止まる男。

「新しい人類を殺す事は避けたい。此処は君の顔を立てて、やめておこうか」

 殺気が収まっていく。

 北嶋さんとやり合う事は『今の所は』しない様子…

 ならばやはり少しは安心だ。

「…あなたは何者?名前は?」

 私の問いに、軽く笑う。

「名乗るのが遅れた。スピリッツ、とでも覚えていただければ」

 スピリッツか…魂…精霊…幽霊?

「正体不明なのには変わらない訳ね。」

「正体?明かす必要があるか?滅び行く古き人間に」

 スピリッツと名乗った男が、全く表情の無い顔を私に向けて言い放った。

「滅び行く、だと?」

「貴様が滅ぼすと言うのか?たかが人間が、傲るなよ…」

 アーサーとリリスが戦闘体制を取る。

「やると言うのか。面白い。私としては、新しい人類とそのつがいだけ存在すればいいからな」

 向こうの闘気も上がって行く。

「おいコラ」

「少々無礼じゃない?まだ何者か聞いていないわよ?」

 リリスとスピリッツの間に入る私達。途端に殺気が消えて行く。

「新しい人類とその伴侶に割って入られるのは、『今は』得策じゃない。ここは私が抑えるとしよう」

「さっきから新しい人類とか何とか…結局何なの?」

 多少苛立った。こっちの質問に何も答えていないじゃないか。

「古きを滅ぼし、新しき時代を呼ぶ者、だ。まさか鍵のあの二人が仲間になるとは考えもしなかったが」

 漸く応えたと思ったら、多少落胆した様子。リリスとアーサーに目を向けて。

「鍵?」

「何を言っている?」

「君達が知る必要は無い。君達の代わりに私が行う事になったのだから」

 本気で解らない。何が何だか、見当もつかない。

 チラッと北嶋さんを見る。鏡で視るようにアイコンタクトを取るように。

 だが北嶋さんは私にべたべた絡み付いて来た。

「なんか知らんが、用事終わったんなら帰れ。俺はこれから婚約者とラブラブしなきゃならんのだからな」

「ちょ!何すんの?」

「えー?二人っきりになろうって目配せしていたろ?」

 どーゆー解釈なのそれ!?

 抱き付いてくる北嶋さんを、両腕で突っ張って拒絶する。

「成程、それは邪魔をした。では近い内に」

 最後にアーサーやカイン達を睨み付けて、消えて行くスピリッツ。

「待ちなさい!あなたの目的は一体!?つか、鬱陶しいわねっっ!!」

 私の右フックが北嶋さんのボディを捉えた。

「のおおおお~…」

 北嶋さんは、お腹を押さえて蹲った。

 慌てて周囲を見回すが、スピリッツの姿は完全に消えていた………

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