有史以来、九割九分を超える「ハイファンタジー」は実の所、「ローファンタジー」と「シェアワールド」の中間小説である。
完全な無からの世界観の創出に際しては、まず、読者を監禁してアルティマニアによる洗脳を行い、その後に物語を与える必要があるからだ。そのため、一般的なファンタジーはこの方法を採らない。
1980年代、ひとつの国民的RPGがスライムを最弱の魔物として位置付けた。これは人々の意識を根本から染め上げ、スライムは「最弱の魔物」として認識されるようになった。
これに対し、「本来のスライムは刃物も打撃も効かない、驚異的な怪物である」として、スライム最弱派を嘲笑するカウンター勢力が現れる。
スライム最弱派とスライム脅威派、その二大勢力の争いは三十年を経た今尚続き、各々の影響下にあるハイファンタジー小説においても、スライムは弱者か強者かではっきりと分かれるようになった。
ここで誤解してはならないのは、その作中での「最強レベルの」スライムの強さについてである。現今、スライム脅威派ファンタジーでのスライムは「強いし危ないけど火で倒せる」程度であるのに対し、スライム最弱派ファンタジーにおけるスライムは「最弱種だと思ってたらめっちゃ強い、やばい」という、作中でも最上位に入る能力を設定される場合がある。
本作、『僕の無双はスライム限定』における「スライム」は最弱の魔物とされ、その辺にすげえ湧いてるけど、まあ叩けば死ぬ害獣、といった程度の存在と認識されている。弱者であるスライムに対してのみ圧倒的な性能を発現させる、そんな主人公の物語だ。通常のスライムに対しては無意味なオーバーキルだが、普通の人間の手に負えないほど強大なスライムに対しては、極めて有用な特攻能力となる。
極めて限定的なスライム特化の能力を持つ主人公だが、一般にそれほど危険視されていないスライム退治で生活していくことは難しい。そのため、普段の相手はスライム以外の魔物ということになり、主人公は絶対的な強者ではなくなる。
ファンタジーにおける「スライム」の位置付けから設定・世界観を広げ、弱者たるスライムと強者たるスライム、絶対者たる主人公とそこそこレベルの主人公が並列して存在する、面白い作劇の小説。