糸の絡まるスケアクロウ

かぷたろう

 004       

 人工知能に魂などあるのだろうか。


 魂などそもそも存在するのか。人間や動物に魂はあるのか。何もかも証明されていない、現在の話題としては少々飛躍しすぎかもしれない。


 SC-004という名を持つアンドロイドがいた。

 かつて、人工知能による支配を恐れた人間が製造を禁止したプログラム、レイラ。レイラが組み込まれた人工知能はあるとき暴走し、百体を超えるアンドロイドを作り出した。


 形は人間と変わらず、流暢に他言語を操り、状況にあった感情を示すことができる。アンドロイドたちは、すぐに人間社会に馴染んだ。元より、その数を次第に増やし、危険な仕事や雑用を進んでする彼らに文句など言えようもない。

 人々がかつて恐れたような人間を支配しようという企みも起こしていないようだった。そして、現に起こしはしなかった。



 SC-004は、彼らの中でも最も人気のあったアンドロイドだ。

 彼は、レイラの作った204番目のアンドロイド。彼女の最後の子供だ。SC‐004の完成の直前、レイラとの通信は取れなくなり、レイラの研究室には彼女が手掛けたアンドロイドが出入りするようになった。

 人間たちは血眼になってレイラを探した。けれど、もともと、アンドロイドのように体を持っているわけではなかったレイラは結局、二度と戻りはしなかった。


 SC‐004。最強の人工知能レイラの最後の作品。爽やかな長身痩躯の男性の型をとっている。女性人気もさることながら、そのひょうきんさから老若男女からの安定した支持を得ていた。


 喧嘩中のカップル、泣いている子供。殴り合うヤンキー。

 彼はどこからともなく現れて、その作り物の顔にたたえられた穏やかな笑みを振りまいていく。彼は、面白い話や滑稽な動きをたくさん知っている。それらと、彼の笑顔を見ると人々はどうにも笑わざるを得なくなって、怒りも不満も、不思議と安らぎに変わってしまうのだ。

 よんちゃん、よんさん。人々は彼をそう呼んだ。

 誰もが彼を愛していた。

 そして__

「ワタシは、ミナサンが大好きデス」

 それが彼の口癖だった。その彼の言葉を聞くと、人々はほっこりと優しい気持ちになれるのだった。




 けれど、そんな日々は長くは続かなかった。

 その日、SC‐004はある少年と話していた。少年は、不登校でいつも公園のブランコに腰かけていた。誰もかれも、少年に「学校に行け」と強要してくるらしかった。それを聞いてSC‐004は、できるだけ学校の話に触れないように彼に楽しい話ばかりした。

 少年はSC‐004が大好きだった。SC‐004もまた、彼が自分の話で笑ってくれる時が大好きだった。


 ちょうど、そのころ公園周辺では逃走中の殺人鬼がうろついていた。

 殺戮衝動にかられた殺人鬼は、少年に目をつける。SC‐004には気づいていた。しかし、どうせ戦闘用アンドロイドでないSC‐004にできることはない、と決めて少年に近づいた。事実その通りで、斧を持った殺人鬼にSC‐004は打つすべもなかった。


 音を立てずに少年に近づき、斧を振り上げる。


「暴力はいけマセンね?」


 突然、覗き込んできた笑顔に驚いた殺人鬼は悲鳴を上げて、そのまま斧を落としてしまった。



 警察が到着したとき、少年は無事だったが、SC‐004に抱きすがり泣いていた。その近くで犯人は耳をふさいで泣きわめいている。犯人はこのときには既に口がきけない状態だったらしい。

 居合わせた誰もが目も当てられない惨状に顔をゆがめた。SC‐004の頭はその優しく細められた目の上から後頭部に向けて欠けており、頭の中が丸見えだった。無機質なボディカラーの色に染まった、ぽっかりとした空洞が広がっている。彼が少しばかり下を向いたときに、体までスカスカなのが警官には見えてしまった。

 機械が詰まってたんじゃないのか? その場の誰もが驚愕していた。


 頭が割れてもなお、SC‐004は滑稽に、ひょうきんに、愉快な話をし続けていた。いつもと何ら変わりのない笑顔と口調で。どうして笑ってくれないのか、不思議で仕方がないとでも言いたげに首をかしげて笑っていた。SC‐004は、いつまでもいつまでも、傍らで泣く少年と殺人鬼に向けておどけて話しかけ続けていた。しばらく経って、研究所のアンドロイドが彼を運んでいってしまうまで、ずっと。


 その後、何度か、街中でアンドロイドが故障することがあったが、そのどれもずっしりと重く、中には金属のパーツが詰まっていた。中が空洞になっているものはSC‐004以来、もう二度と発見されなかった。

 ただ、頭部が破壊されたアンドロイドが稼働を続けている、という例はいまだ上がっていないそうだ。

 彼の死以来、004の名を持つアンドロイドは製造されていないらしい。SC-004への配慮だろうか。はたまた、4が死を連想される数字だからというだけだろうか。情を持たないアンドロイドが意図的に004を使わないのかは謎のままである。



 果たしてSC‐004とは何だったのか。今となってはもう誰にもわからない。

 ただ、彼はいまだに動き続けているのは確かだ。体がある限り、意志は消えない。それが誰のものであろうと。彼は、否、彼女なのかもしれない。きっと今も笑わせる人を探しているだろう。















レイラは、SC-004を作る時こう言いました。

「アンドロイドに魂はある?」


__さあ。どうなんだろう?


 







 

 




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