夏の日の思い出

里憂&抹茶パフェ

短編

 ある夏の暑い日だった。

 少年は、ある山の頂上を目指して走る。

 夏の炎天下の中、肘の少し手前まである黒いシャツに黒いボトムスをはいた12にも満たない少年は、どこか狂ったように必死だった。

「ごめん、待った?」

 息を切らしながら頂上について、まるでどこかの恋愛小説を彷彿とさせる一言とともに、僕は目線をあげた。するとそこには、白いワンピースに麦わら帽子が良く似合う少女が立っていた。綺麗な顔をして落ち着いたたたずまいだ。

 夏宮なつみや五十鈴いすず。それが彼女の名前だ。そして彼女は、僕をここへ呼んだ張本人である。クラスでは人気がありいつも誰かと笑っている。僕も前まではただのクラスメイトだったのに、最近では五十鈴に誘われてよく一緒に遊ぶようになった。しかし、今日は僕を遊びに誘う時とすこし雰囲気が違った。いつもより暑いからか頬を少し赤らめ、視線は少し下を向いている。

「大丈夫だよ。今来たとこ」

 またしても恋愛小説じみた、僕には到底似合わない言葉をかけられた。気持ちは落ち着いていなかったのが確実にわかった。

 僕は村上むらかみ逸也いつや。平何の取り柄もない12歳の男子。僕はクラスではあまり目立たない五十鈴とは真反対の人間だ。でもまじめに楽しく生きている。気がする……。

 荒れた呼吸を整えると僕は話を始めた。

「それでどんな用だったの?」

 ちょっと待ってと言われ僕は返す言葉を無くした。それからしばらく置いた後、彼女が言った。

「あ、あたし、は……村上逸也君」

 ごくりとつばを飲み込んで、重要そうに一言ひとことを紡ぐ。顔はだんだん真っ赤に染まっていった。

「あたしはあなたが好き」

 五十鈴から、いつから好きだとかどこが好きだとか何から何まで赤裸々になった告白した。告白した五十鈴は何もかも話したことに恥じているのか、うつむいていた。風が揺れて五十鈴の綺麗な長髪がひらりひらりと振れていた。表情には話終えすっきりしたかのようで顔を真っ赤にしながらも、どこか涼しげにさせる。

「あのね……つきあってほしい、かな……」

 一言ひとこと紡ぐのに苦労しながらも、五十鈴は完走した。

 夏のはじめ。思い出が出来た。心をどきどきさせ、涙を流して、よろしくと伝えた鮮明に残る思い出。


 つきあいはじめてから、はじめてのデートに来た。駅舎の前に立って、電車が来る姿をずっと見ていた。つきあってから一週間くらい経ったその日はやはり暑くて、天気はよく晴れていた。

 今日は変に蒸し暑いなぁ。

 電話にて――。

「夏宮さん。明日、どこか一緒に遊びに行こうよ!」

「え、明日? どこか、か……楽しみだな」

 両親に借りた電話から声が聞こえて、それだけで嬉しい気持ちになる。よく遊んでいたときと変わったことなんてほとんどないのに、こんなに嬉しいとは想像していなかった。

「それじゃあはりきっておしゃれしなくちゃね」

「期待してるよ!」

「あんまり期待しないでね?」

 そんなたわいない話をあははと笑って、電話を切った。

 現在――。

「おはよー」

 向こうから手を振って少女が走ってくる。長い髪がひらり空を描く。涼しげな淡い水色のノースリーブのブラウスに淡い暖色のハーフパンツを着て、頭の上にはあのときの麦わら帽子がのせられている。五十鈴だった。

「おはよう」

 今日も似合ってるね。なんて気の利いた言葉は出てこなかった。僕に似合う台詞じゃないだろうなと思った。それより、この前とほぼ同じ格好な自分がとてもむなしくなる。引きつった笑いが五十鈴を出迎える。

「今日はどこに行くの?」

 五十鈴は楽しみだと言わんばかりにこちらを見つめてくるが、何一つ考えてない。僕はすこし申し訳ない気分になった。

「ごめん。なにも考えてないんだ。夏宮さんはどこか行きたいところとかあるの?」

「夏宮、さん……ね……。あのね、電話でもあたしのこと夏宮さんって言ったよね!」

 五十鈴は表情をこわばらせて、もの申したしたげにこちらに訴えていた。

「う、うん。たぶんだけど……」

「あなたはあたしのなんなのよ。彼女くらい下の名前で呼びなさいよ」

「わ、わかったよ。い、五十鈴……」

 五十鈴は、五十鈴と言った瞬間、沸騰したポットのような表情をした。すると、「やっぱりあんたには下の名前で呼んでほしくないわ。夏宮と呼んで」と言った。呼んでほしいのかそうでないのか、はっきりしなかったが、表情がころころ変わって面白いなと思った。ツンツンしたと思いきや、急にデレてやっぱり好きだなと思う。

「やっぱり呼んでもいいけど、あたしも逸也って呼ぶから……」

 五十鈴はそう言ってくれた。僕はうんと、元気よく返事を返すと、やはり恥ずかしかったのかちょっと複雑な表情をしていた。

 それから五十鈴は図書館に行きたいと言い、僕はそれを承知した。

 図書館の中は涼しく、たくさんの本を読みに来た人であふれかえっている。図書館には喫茶店が併設されていて、五十鈴が帰ってくるまで僕はそこで待っていた。

 紅茶を注文して十分くらいすると、紅茶は目前に現れた。椅子に座って一息つくと、紅茶の湯気とにおいで身を包まれる。喫茶店に入る前に図書館で借りた本を一冊手に取ると、紅茶を口に含んだ。静かな話し声がヒソヒソと聞こえている。

「あ、これ美味しいな」

 気分が高まり、とても楽しい時間を過ごすことができた。本も面白かったし、店の雰囲気も気に入った。

 すこしいると、女友達が現れて僕に話しかけてきた。女友達は対面に座る。

「よぉ、なにしてるんだ?」

 この男勝りな話し方はこの女友達の特徴であった。僕は男友達のように話せて気が楽だったが、ボディータッチが多いので勘違いされることが多く僕はあまり得意ではなかった。

「そういえば、何してたの? 図書館とか似合わないじゃん?」

 と言って、女友達は爆笑しながら僕の肩を叩いた。僕は素直に話すが、女友達は不満げな顔を近づけて、耳元に「私と付き合った方が楽しいよ」なんて言う。もし、五十鈴に聞かれていたら良いようには思われないだろう。女友達は一通り話し終えると、椅子を退いて去っていった。

 するとすぐ用を済ませた五十鈴が現れ、僕の対面にある椅子に腰を下ろす。僕が何か借りてきたのかと尋ねると、五十鈴は色々と言って僕に借りてきた本を見せてくれた。ジャンルから内容まで多種多様な本が山積みだった。

 五十鈴はその後ジュースを頼んで談笑した。十分ほど経ち、そろそろ別のところに移ろうかという話になった。喫茶店に飲み干された紅茶のカップを置いて、席を立つ。喫茶店の戸をカランコロンと引いて、僕と五十鈴はごちそうさまの一言を告げた。

 お昼時も近づき、空腹が五十鈴のお腹を鳴らした。お昼だしどこか入ろうかと提案すると、ものすごい剣幕で僕の手を引いてどこかへ向かった。

 五十鈴が僕を連れて行ったのは、普通のレストランだった。店先には木がいくつか生えていて丁寧に整えられている。店自体もこぢんまりとしていて気に入った。木で出来た戸を押してはいると、店員がカウンターに立って店をつとめていた。奥にはバイクヘルメットを隣に置いた50歳ほどのおじさんが座って蕎麦そばをすすっていた。僕と五十鈴はカウンターに座ってメニュー表を見て同じエビピラフを頼んだ。僕と五十鈴の前に料理が来ると、入店してから口を開かなかった五十鈴が声を上げた。

「喫茶店で話してた人、同じクラスの人……だよね」

「そう、だけど?」

「あっそ」

 怒りを表した五十鈴に、疑問符を頭に浮かべた僕は、料理を食べ始めた。やけに静かだった。

 その日は食事を済ませた後、僕と五十鈴は別れた。なんだか怒っているようで、僕は少し悲しくなった。不安になった。五十鈴は今日楽しかったのかなとか、僕は五十鈴に何かしてあげられなかったのかなとか、気持ちが不安定だった。

 肩を落して家に帰ると、帰路に五十鈴を見つけた。住宅地の間を縫った細長い道が淡々と続く。五十鈴は綺麗な顔を涙いっぱいにして歩いていた。すれ違う人は皆、五十鈴のことを見つめた。やっぱり、僕はなにかしてしまっていた。そう思った。

 次の瞬間。バタッ。五十鈴が倒れた。僕はすぐにかけより意識があるか確認した。すると、五十鈴は、「ただの立ちくらみだから大丈夫」と僕の腕から離れ、そそくさと帰ってしまった。

 それから五十鈴と会う機会は全くなかった。やっぱりなにかをやらかしてしまっていたんだ、とその時自覚した。

 だが、ある時電話が鳴った。両親がいないので僕が出ると相手は五十鈴だった。

「明日、花火見に行こ……?」

 突然の出来事で物凄く驚いた。もちろん拒否することもできた。だが、それよりもはやくなにか大切なものに駆られて承知してしまった。後で訂正なんてするわけにはいかなかった。

 夏祭りと平行している節もあり、人混みができて待ち合わせだけでも苦労した。それでも、いつものおしゃれな服装で五十鈴はやってきた。僕はいつも通りの服装に身を包んで出会った。

 往来する人の波にもまれながら、僕と五十鈴は花火大会会場に向かった。花火大会会場は人でいっぱいになり、一様に笑っている。花火を見るためにむけた僕の足は、いつの間にか遅遅としていた。安心して一緒にいたいと思ったのかもしれない。

 がしかし、事件は起きないわけがなかった。バタッ。大きな音が鳴る。僕の手から五十鈴がすり抜けていく。突然の出来事に驚きを隠せず、僕はただ声をかけることしかできなかった。涙がこぼれて五十鈴の頬に落ちた。

 誰が連絡したのか五十鈴の前に救急隊員が複数人現れた。そして五十鈴の家族も。

 五十鈴と彼女の家族は最後に僕に言った。

 五十鈴の母は言った五十鈴が心臓病を抱えていたと言った。

 そして五十鈴が言った。

「私は最後に誰かを愛して誰かに愛されたかった。愛情を感じたかった。あなたのおかげでわかったよ。ありがとう逸也」

 僕は泣き叫んだが結果は変わらず。その後、五十鈴は亡くなったと聞いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏の日の思い出 里憂&抹茶パフェ @Subelate

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る