第4話 連呼させるのは変態ですか?

夕日は完全に沈み、辺りはもう暗い。そろそろ帰らなくては……

部活動は終了である。僕は本を閉じて本棚に戻した。

「ねえ、ちんちんって知ってる?」

そう背後から声をかけられた。

 一瞬、あやめが何を言ったのか理解できず、思考が完全に停止した。

あやめが、ちんちん。ちんちんって言った。ちんち……

「ごめん、もう一回言ってくれる?」

「だから、ちんちんだよ。ちんちん」

もう一度、お願いした。

一瞬、ジト目になったように見受けられた。

ひとつ咳払いをしてあやめはゆっくりと口にした。

「ち・ん・ち・ん、って知ってる?」

駄目だ。幻聴じゃない。あやめが白昼堂々、いやもう夕方だが……

これは誘惑、の類だろうか。

「知らないかな。ちんちんかもかも。とかいうんだけど」

ごめんなさい。思春期男子は桃色の発想しか頭に浮かびません。

 僕はにやけてしまう顔を必死に堪えている。

若干、引き気味のあやめの表情もいい。ぐへへ。


「おーい! いつまで残ってる。遅いから早く帰りなさい!」

 

担任の先生が、二人の沈黙を破り図書室に入ってきた。

本棚に広辞苑を戻して、椅子から立ち上がるあやめ。

僕もカバンを背負い後に続いて退席する。


「先生、彼に意味を教えてあげてくれませんか?」

あやめは背伸びして先生の耳元に顔を近付けて、

「ちんちんかもかもの意味」

 あやめは、にこやかに微笑みながら、先生に尋ねる。

慌てふためく僕をよそに先生は、何を今更といった風に答えた。


「お前らみたいな、仲が良い奴のことを言うんだろ? ほら暗くなる前に、早く帰りなさい」

 図書室を追い出された僕とあやめ。

隣にいるあやめの顔をみると、照れ隠しなのかそっぽを向いている。

あやめは僕の手を取り、歩き出した。


「私、本が好きだから、一番落ち着いて、普段通り振舞えるのって、図書室くらいだから……マイケル(石膏像)でがっかりした?」

「ううん、一緒の時間を過ごせただけで、嬉しいよ」

 あやめは僕の素直な言葉に、赤面しつつも意を決する。

僕の肩に手を添えて背伸びした。

 頬に触れた感触は妙に柔らかい。

しっとりとしていて、僕は天啓に打たれたように目が冴えた。

触れた唇は数秒の後、弾んで跳ね返る。僕は震え、あやめと繋ぐ手に力が篭る。

「今日は……これが、限界だから」

少し前を歩き始めたあやめ。

ゆっくりと踵を返して、

「フレンチはいつか、また、今度、いずれ、近い内に……」

 僕は喜びに打ち震え、歓喜の叫びと共に日は沈んでいったのだ。


<了>

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ちんちんかもかも 発条璃々 @naKo_Kanagi885

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