第3話 おふらんすの匂いはしない
「あ、ああ……キスってあれだろ。二十センチくらいの魚」
努めて僕は、冷静に返してやった。
こんな簡単なフェイクに騙されやしない。
僕はキモイと評判の高い、爽やかな笑顔を添えて答えた。
「いいえ、接吻のことよ」
「捻りも何もない! 必死に考えた僕がバカらしいわっ」
「そんなことより、知ってるの?」
「……知ってはいるよ」
(したことはないけど)とは言わず、苦しくも経験者ぶってみる。
「じゃあ、フレンチキスしてよ」
「してよって……だ、誰にさ!?」
ドギマギして顔が熱くなる僕は、あやめが動かす人差し指を目で追う。
あやめは人差し指を自分の艶やかな唇に押し当てた。
駄目だ。直視してたら鼻血噴きそう。眩暈がする。
あやめと視線が妖しく交差して絡まる。
僕は意を決して、あやめの肩を掴み目を閉じて近付けて行く。
そして唇には硬いものが押し当てられる。これが夢にまでみた女子の唇の感触。
とても冷たくひんやりした無骨な感触。
僕は薄目を開けてみた。目の前には何故か、彫りの深い外人顔……
「うわああああああああああっ! なに、なに!?」
「ふーん、知らないんだね。さっきのは、ソフトキスだよ。フレンチキスがソフトキスだって誤解してる人は多いわね」
美術などで使う石膏像の首を抱えながら、話すあやめに僕は、率直な質問をした。
「だったら、あやめは知ってるのかよ? フレンチキスがどういうものか……」
頬が紅潮しながらも、あやめに言い放つ。あやめは冷めた目で僕を見たかと思うと、慣れた様子で石膏像の唇に口付けし、僕はそりゃあもう手で顔を覆いながら、指の隙間からきっちりと拝んだ。あやめの底知れぬ力量と、照れることなくやってのける度胸に感服する。
あやめが仰々しく額の汗を拭う仕草をする。
一仕事終えたとばかりに一瞬、どや顔をしたのがなんとも可愛らしい。
あやめは、また広辞苑に視線を戻した。
だが、あやめは気付いていない。そう僕だけがこの事実を認識している。
初、間接キスだということを!
それが何処から取り出したのかわからないマイケル(石膏像)の唇を介していてもだ。
と、考えつつ拳を握り立ち上がる。
あやめはツッコンではくれない。
平静に着席して僕は、読書に戻った。
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