派遣先は異世界です

雨音雪兎

第1話

 カーテンの健気な献身も空しく、太陽から注がれる朝の陽射しは非情にも夏休みの惰眠を切り崩した。


 時刻は午前九時。一介の高校生ならば過ごす夏休みの朝としては早過ぎる目覚めであり、願わくは今ある微睡みに身を委ねて二度寝に入りたいところだが、何も惰眠を妨害してくるのはお天道様だけではない。


「お兄ちゃん起きろー!」


腹の上に衝撃がのしかかる。母親の指示で起こしにきた妹によるもので、何度叱ってもこの起こし方を改めようとはしない。おかげで微睡みも晴れて先程までの眠気が嘘のように消えているのだが、その代償が腹の痛みとなれば些か辛い。


「……起きてるから腹の上で跳ぶな」


こちらが反応を見せない限り繰り返し続ける妹に起きていることを伝えてから上半身を立たせた。反動で腹の上に座っていた妹が後ろ返りで転がっていくのを両腕で抱え込んでベッドの縁に頭をぶつけないように守った。


「大丈夫か?」


「うん!」


満面の笑みを浮かべながら妹は頷いた。


「危険だからやめろって言ってるだろ?」


毎度のこと転がり落ちては頭をぶつけそうになる妹を叱るも効果がないようで、甘えるように胸に顔をうずめてくる。


「だってお兄ちゃんが助けてくれるもん」


妹の根拠もない自信がどこから出てくるのか分からないが、胸に顔をうずめて甘えてくる妹を見ていると守りたくなるのが兄心というものなのだろう。けっしてシスコンではないと思いたい。


「起きるから離れろ」


「……はーい」


若干の不満顔で渋々と了承した妹が腹の上から下りるのを確認した後、自分もベッドから出ると、妹が差し出してきた手を掴んでリビングに向かった。


 階段を下りる最中からリビングより朝食の香りが漂ってきた。


 微かな焦げた臭いが香ばしい焼き魚に仄かに甘い香り放つ味噌汁。癖のある臭みは納豆特有の発酵の香りで、それられを全て包み込み調和させようと炊き立ての白米が香りを放つ。


 日本ならではの朝食の姿である。


「あらあら、相変わらず仲がいいわね」


手を繋いでリビングに姿を見せた兄弟を見た母親が口元に手を添えながら細く笑った。子を想う母親の優しい笑顔だ。


「兄妹なんだから当然だろ」


兄妹に限らず家族が不仲になる事は我が家で考えられない。表現として悪いかもしれないが、事故で父親を失ったことで家族の絆は深まったように思える。これまで子供として甘えてきた幼い心も成熟して、自身の発言と行動にけじめと覚悟を持てるだけの意思を育むこともできた。死しても家族を支える存在感が父親の偉大さを再認識させられる。


「それもそうね。それよりも早く座りなさい。朝ごはんにしましょう」


温め直した味噌汁をお椀に注いでテーブルに並べた母親は指定席の椅子に腰を下ろし、それに倣って俺と妹も指定席に腰を下ろした。朝食として些か遅い時間ではあるが、食事は家族揃って食す、という父親が唯一残した家訓に従って食事は家族全員ですることになっている。


「では、手を合わせて……いただきます!」


母親の食事の挨拶に続いて俺と妹も食事の挨拶を済ませて箸を手に取った。各々の順序に沿って食事を進めていく。同じ血が通っていても食べ方から好き嫌いも異なるのだから不思議なものだ。


「そうだ、鷹也」


箸を止めた母親が声をかけてきた。


「高校のことなんだけどね――」


口の中に食べ物が入っていた俺は掌を見せることで母親を制した。


「それはもういいよ。俺自身が決めて高校を辞めたんだからさ」


父親を失ったことで収入源が大幅に減少した煽りで高校の学費を払うのが難しくなったのだ。母子家庭の支援を受けていても生活は貧しく、朝から夜遅くまで働く母親の収入を合わせても生活するのがやっとだった。そこで高校を辞めて仕事をすることで家庭を養う道を選択したのだが、母親は高校を辞めてまで息子に働かせていることを申し訳なく思っているようだ。


「それに今の仕事は楽しいしね」


高校を退学してから二週間ほどで決まった就職先で早三か月が過ぎた。


 社名は『異界派遣会社』


 ネットの就職応募サイトで偶然発見した求人で、会社名や事業内容から怪しい雰囲気はあったが高額な給料に惹かれて後先考えずに応募した。それから二日後に面接の日程を決める連絡が届き、翌日に面接を受け、その翌日には就職が決定した。あまりのスピード決定に出社初日は緊張したもので、もしかすれば犯罪の片棒を担がされるのではないかと半ば人生を諦めた気持ちになっていた。


 いざ蓋を開けたらなんてことはない、会社名通りの派遣会社だった。


 ただ派遣場所がこことは違う異世界というだけである。


「ごちそうさまでした。今日も帰る時間は同じだと思うから」


食べ終えた朝食の皿を洗い場に運ぶ。


「あれ? 今は夏休み期間じゃなかったの?」


母親の言う通り一昨日から会社は夏休み期間に入っており、故に自分も朝の九時まで惰眠を貪れたわけだ。


「やり残しの仕事があるんだよ。特別手当も出るみたいだし、夏休みも振替え休日として貰えるみたいだからさ」


「そうかい。忙しいのは分かるけど、体調が少しでもおかしいと思ったら休むんだよ?」


「わかってるよ。それじゃ着替えて行ってくるよ」


 リビングから自室に戻って部屋着を着替えて家を後にした。


 今年の夏は歴代でも上位に入るほどの猛暑日が続くと予測され、朝から三十度を超える日が日常的に続いている。カジュアルな服装で出勤を許されているだけ自分は幾分か楽ではあるが、すれ違うスーツ姿のサラリーマンや営業マンを見ると「ご苦労様です」と一言送りたい気持ちになる。これは社会人になって最初に抱く感情だと思う。


「……やっと着いた」


家から掛かる時間は一緒でも体感的に夏の出勤時間は長く感じてしまう。


 会社の自動扉の入り口が開けば冷気が流れてきて火照った体を冷やす。


「冷房? 俺以外にも誰か出勤しているのか?」


予定では自分だけが出勤だった記憶していただけに首を傾げてしまう。おかげで諦めていた会社の冷房の恩恵を受けられたわけだが。


「おはよう、緒方君」


「国枝さん? どうして会社にいるんです?」


直属の上司に当たる国枝朱里が姿を見せたことに再度、首を傾げた。社内で一番優秀だと評価されている彼女が仕事を夏休みに持ち越すとは考えにくいからだ。


「緒方君が夏休みも出社すると聞いて、直属の上司としては放っておけなくてね」


「すみません。貴重な休みを僕のせいで……」


入社日から直々に仕事を教えてもらっていた身としては折角の長期休暇を返上してまで仕事に付き合わせてしまっていることに申し訳ない。


「謝る必要はないさ。放っておけないのもそうだけど、目的の一番としては三ヵ月が過ぎた君の仕事ぶりを確認するためなんだ」


二十代後半になってもウィンクが様になるのは世界中を探しても国枝だけだろう。


「確認ですか?」


「会社の決まりでね。新入社員は三ヵ月を目途で仕事にどれぐらい慣れたかを確認す

るんだよ。そこで得意、不得意を見極めて任せる仕事を選別していくんだ」


国枝は手に持つファイルに綴じられた書類を確認しながら丁寧に説明をする。


「報告書を見る限りはとても新人とは思えない仕事ぶりだね。花丸ものだよ」


鷹也が入社してから過去三ヵ月の報告書を指でなぞりながら確認していく国枝の表情は満足気に映る。報告書の評価は第三者の眼で見る方針がとられており、自分の部下が高く評価されていることは直属の上司として鼻が高い。


「ありがとございます。でも、自分で出来ることを精一杯しているだけですから」


仕事も社会も初めてで右左も分からない鷹也にとって必死に頑張る他に方法がなかった。そのおかげで素晴らしい結果がついてきたから結果オーライである。


「精一杯頑張る、か。言葉にするのは簡単だけど、いざ実行しようとすると難しいものだよ」


仕事に慣れていけばいくほど人は手を抜く術を見つける生物である。力配分を全否定するつもりはなく、どちらかといえば社会人が持つ技術と呼べるものだろう。それだけに鷹也のように常に全力で努力する人物は貴重といえる。


「……ふむ、少々、話込んでしまったね。そろそろ行こうか」


腕時計で時間を確認した国枝は一言謝罪した後、鷹也を引率する形でエレベーターに乗って行先に地下を選択した。


 微かな浮遊感と静かな駆動音に揺られて地下に下っていくこと僅か一分。ポン、という到着音と共に開いた両扉を抜けて地下室に踏み入れた。


 人口の明かりに空気を循環させる為の空調機に厳つい機器。


 それが地下室の全てだ。


 部屋の中央には厳つい機器から伸びるケーブルと繋がれた土台が設置され、土台の上には吹き抜けのリングがある。


「異界穴。初めて来た時ほどではありませんが、それでも驚きは未だ色褪せませんね」


機器を起動させながら入社初日のことを思い馳せる。研修生の札を首元から下げながら地下室に連れてこられて「この機械はね異世界とこの世界を繋ぐことができるんだ」と国枝に説明された。説明を受けた当初は驚きや戸惑いよりも疑問が頭を支配した。異世界などという存在は所詮フィクション、空想の世界でしかないと常識が訴えたからだ。


 だが疑問は実際に異世界に訪れたことで驚愕に変貌した。そして驚愕は感動へと進化するにことになり、それ以降の鷹也は無数の玩具を目の前にした童子のように輝いた眼で異世界に赴く。


 入社当初時に研修官の役を請け負っていた国枝はリングを見る鷹也の双眸を見て細く笑った。


「その眼。君とは研修員の頃からの付き合いだが、見ているだけでこちらも楽しい気

分になれるね」


「楽しんで仕事をするのがモットーですから! ……なんて偉そうなことを言えるほ

ど大人ではないですね。でも異世界は全てが新鮮で楽しいのは事実ですよ」


物語で知り得ない空想の概念が現実で起こり得る世界は年齢関係なく心躍るものだ。もちろん赴く理由が仕事である以上は責任が付き物ではあるが、それでも仕事に取り掛かる士気は常に高い状態を維持できる。


「ふふ、その気持ち分かります。このような体験を一生で出来る人はそういないでしょうから」


国枝が知る限り民間企業で異世界と繫がりを持つのは“異界派遣会社”を置いて他にはない。仮に存在したとしても弊社ほどの規模で事業を展開している会社はないと考えていい。


「これでよし……。こっちは準備が済んだよ」


「こちらも完了しました」


目的地となる座標を設定した二人は異界穴の前に立ち、先程まで吹き抜け状態だったリングには黒の空間が生まれているのを確認した。機器から送られてくる座標情報を電流信号に変換してからリングの中心に集合させて力場を歪めさせ、異空間を開く原理である。


 暗闇で奥が窺えない空間に二人は尻込みすることなく足を踏み入れた。



 飛行機が離陸した時のような浮遊感がある。


 異空間移動をしている感覚だ。それが約二分続くと光が出迎えて視界を白く染めていき、晴れた時には異世界の風景が眼前に広がっている。


 鷹也達の眼前に広がったのは豪華な装飾が施された広い部屋だ。中央には深紅色の絨毯が敷かれ、一段高い所には高価な椅子が設置されている。


 王だけが座ることを許された玉座だ。その玉座に鷹也は畏れ一つ覚えることなく腰を下ろした。


「様になってるわよ」


玉座に座った鷹也を一段下から見上げる形で見る国枝が褒めた。


「それは良かったです。でも王は僕の性にはあわないようで、三ヵ月が過ぎた今でも

玉座に慣れる気がしませんよ」


元より目立つことを苦手とする鷹也にとって王の座は荷が重たい。どちらかといえば王の命令を忠実に熟す方が性に合っている。


「こんな時でもないと王なんて体験できないでしょうから仕方ないわね。でもその緊張も今日までよ。この確認が終われば一度、別の仕事に就いてもらうことになっているの」


「それなら悔いを残さないようにしないとですね」


鷹也は玉座の肘掛け横に備え付けられた鈴を手に取って左右に振った。鈴特有の凛とした高い音と共に玉座の間の扉が開かれて続々と入室してくる。


 入室してきた人物たちは様々だ。


 騎士の鎧を着用している者もいれば魔導師のようにローブを羽織った者もいる。侍女服に身を包んだ色白の美人もいれば、ゴスロリの衣装を着こなす齢十歳の少女もいる。年齢から姿形に恰好まで個性が溢れる面々だが、そんな彼ら彼女らに共通面があるとすれば皆一同、玉座に座る鷹也に頭を垂れ、片膝をつけた姿勢でいることだろう。


「お帰りなさいませ、魔王様!」


面々を代表した騎士鎧を纏った黒髪の女性が鷹也を迎えた。現世では一介の派遣社員でしかない鷹也も異世界では魔王という立場になる。これが彼に与えられた初仕事である。


「僕が留守の間、ご苦労だったな、ルリア」


なるべく面々の主であることを意識しながら自分が留守の間の統率を任せているルリアを労う。


「不在の間に変わりはないか?」


質問にルリアの表情が変化したのを鷹也は見逃さなかった。なるべく主の手を煩わせたくないという臣下の心遣いによるものだろうか、ルリアも含めた幹部のメンバーは気配りすることが多い。


「構わないから言ってみろ」


「はっ! 実は二日前に魔王城に勇者一行が侵入を試みてきまして……」


「勇者が⁉ 早過ぎないか⁉」


魔王の役割として勇者一行の動向は常に把握しており、休みを頂く前に出勤した三日前の時の記録では勇者一行が魔王城に到着することはないと判断していた。


 そもそも魔王という存在を改めて把握しておく必要がある。人類に仇なす敵であることが常識とされているが、その実は勇者を順序良く育成することが使命であり、成長した勇者の手によって討伐されることで魔王の使命は終えるのだが、死が決定している使命を誰が率先してやるだろうか?


 その結果が魔王不足に繫がり、鷹也達と契約することで魔王を派遣してもらっている現実に至る。


「因みに東の勇者か?」


辛うじて思い当たる勇者の一行を名指しすると、ルリアは頷いた。東の勇者一行を一言で表すなら自信過剰と言える。


 物事には何を置いても順序というものが存在する。


 赤子から成人に成長するかのように。又は駆け出しの冒険者が下級モンスター相手に経験値を稼ぐように。そういった身の丈にあった順序を踏むことで成長していくものなのだが、稀に自身の力を過剰して身の丈から外れた状況に身を置く人物たちがいる。


 東の勇者一行がまさにそれだった。


「その様子だとこういった事態は今回が初めてじゃないみたいだね」


困っている鷹也を見兼ねた国枝が会話に介入してきた、


「えぇ。以前は駆け出しにも限らず中盤で関門となるダンジョンにいたことがありまして……」


当然のことレベル差に勇者一行は早々にダンジョンから脱出したわけだが、頭を悩ませる最大の要因はこちらの監視の眼を掻い潜って侵入することだ。その手口を解明しないことには常に監視している身としてはやるせない気持ちになる。


「とにかく魔王城の警備レベルを最大に。それから各層のフロアボスは戦闘待機を頼む」


鷹也の指示に従って玉座の間に集まっていた幹部たちが一斉に動き出した。現実では選ばれた人間だけしか味わうことができない充実感は異世界派遣の醍醐味と言える。


「その東の勇者一行が再度、攻略に挑んでくる可能性は?」


「ほぼ百%です」


自尊心の塊のような彼等は一度の失敗で攻略を断念するような玉ではない。それを証明するようにこれまでも一度で諦めるようなことはしてこなかった。



 一方、東の勇者一行は鷹也の予想通り魔王城の攻略に挑むために城前に陣取っていた。姿も隠さず堂々と侵入を試みようとしているのは勇者のプライドによるものか、それとも考えなしの馬鹿なのかは知るところではないが、少なくともその単純明快な行動のおかげで魔王軍サイドは万全の準備で対処につける。


「今日こそ魔王の首を取るぞ!」


勇者の掛け声に仲間たちも応えると、堂々と正門から東の勇者一行は魔王城の攻略を開始した。



 攻略を開始して約一時間が経過した現在、東の勇者一行は未だ一層の攻略に挑んでいた。一層には幹部は配置しておらず、三層に控えている幹部の部下が徘徊している。魔王城ではレベルが最下位に当たる魔物たちなのだが、身の丈に合っていない東の勇者一行からすればその魔物たちでも手こずってしまう為に攻略が滞っているのだ。


「この様子だと当分は攻略の心配はなさそうね」


玉座から鷹也と一緒に監視役を務めていた国枝は一方的な戦況から判断した。


「油断はできません。少しでも目を離すと彼らは何故か先に進んでいることがありますので……」


物語に良くある勇者補正が本当にあるのではないかと疑いたくなるほどに彼らの行動には常識を覆すものがある。それでも玉座に座る魔王が純粋な魔族から成り立つ魔王であれば問題なかったのだが、あいにく鷹也は戦闘能力が皆無の素人である。この世界では未熟者である東の勇者一行でも鷹也が勝利することは難しい。


 鷹也の苦労を声音から悟った国枝は気を引き締めて監視に戻った矢先、玉座の間に血相を変えたルリアが入室してきた。走ってきたのか、肩から息切れするルリアの体が火照ったことで仄かに頬を蒸気で紅く染める姿は妖艶なものを感じさせる。


「ど、どうした、ルリア?」


ルリアの姿に見惚れていたことを隠すようにしながら鷹也は訊いた。


「じょ、上空を見てください⁉」


尋常じゃない事態だと考えた鷹也は監視の画面を上空に変えると魔王城に目がけて飛来してくる物体が映し出された。


「……まさか、隕石⁉」


先端を紅く染め上げる物体の姿から鷹也はとそう判断した。


「間違いないわね。ルリアさん、隕石が落ちる場所は分かる?」


鷹也の予想に納得した国枝は報せてきたルリアに訊いた。


「正確な位置まではまだ。ですが、この魔王城から数キロ~数十キロの範囲に落ちる

ものと思われます!」


それと、とルリアが言葉を続けようとした瞬間、大振動が魔王城を襲った。どこかにしがみつかなければ体勢を保てないほどの振動だ。


「この振動は隕石⁉ 隕石はまだ上空にあるのではなかったのか⁉」


狼狽える鷹也の問いにルリアは体勢を崩しながらも答えた。


「隕石は一つではありません。確認されただけでも数百個。それも世界各地で存在が

確認されています!」


「つまりこの振動はこことは別の所に落ちた隕石の影響か……、まずい!」


先程のルリアと同様に血相を変えた国枝が異界穴の傍に駆け寄った。不定期な振動に体勢を幾度と崩しながらもどうにか到着できた国枝は異界穴を動かそうと操作を開始する。隕石襲来よりも尋常な事態が起きていると感じ取った鷹也も国枝の傍に近寄った。


 鷹也が傍に寄った頃には国枝の操作する手は止まっており、肩を落として頭を下げていた。


「……どうかなされたんですか?」


訊くことも躊躇うほどに落胆した姿を見せる国枝に勇気を持って鷹也が訊いた。


「……どうか驚かずに聞いてちょうだい。今の振動で異界穴の装置に不具合が生じたわ」


「それはつまり帰ることができないと?」


「……えぇ」


 元より異界穴は寸分の狂いなく座標と座標を繋げる精密機械で成り立っている。その繊細さは赤子を抱くのと同じで、僅かな力や振動が加われば不具合が生じてしまうほど。魔王城ほどの大きな建物であればある程度の振動でも耐えられたかもしれないが、隕石の衝撃ともなれば予定外である。設計上で予想されていた衝撃度を超えた異界穴は機能に不具合を生じて操作不能となった。


 かくして鷹也と国枝は異世界で囚われの身となったのである。

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