epilogue

「沖野さんにとって上智さんはとても大事な人だったんですね」

「そうだね。今となっては大事に出来ていたのか疑問だけどね」

「でも、あんな事言うのは……上智さん、ちょっと酷い……」

「何で? 俺はあいつが誰かと幸せなら、嬉しいよ」


 沖野は物言いたげに俯いてしまった大神の顎を掬って額に口付けた。

 擽ったそうに首を竦めた大神の頬へとまたキスを落として、唇を食む前に確かめる様に眸を覗き込む。

 視線を合わせたまま薄く開いた下唇を食むと、大神は驚いたように一度目を見開いて慌てて瞼を閉じた。

 大神の心臓が逸っているのが分かる。

 こんなに純粋なオオカミさんがいて良いもんだろうか、と沖野は苦笑した。


「大神さんってもしかして、ど……んっ」


 両手で口を塞がれてしまった。

 聞かずとも経験はなさそうだったけど、やはり公言するのは拙かった様だ。


「こ、言葉にして言わないで下さいっ。俺だって、この歳まで経験無いのは恥ずかしいんですけど……付き合った事、無いんです……」

「じゃあ、初めてを全部貰えるって事だ」

「そんな良いもんじゃ……」


 控え目なのは彼の美徳かも知れないが、自己評価が時々かなり低くて驚く。

 沖野は言葉を遮る様に大神の鼻先を甘く噛んだ。 


「っ!?」

「大神さん、利明としあきって呼んでも良い?」

「……嫌じゃないですか? その……同じ名前で呼ぶの」

「俺はあいつの事下の名前で呼んだ事無いから。あいつも俺の事沖野って呼んでたし、高校からのダチだから、呼び方もそのまま変わって無かった」

「俺はその方が嬉しいですけど……」

「うん、利明、俺は利明が好きだ」

「嘘……じゃないですよね? 本当に、本当……?」

「嘘ついてどうすんの。返事は?」

「俺も……俺も貴方が好きです」


 ボロボロと大粒の涙を零して沖野の胸に縋り付いた大神のメガネを外してから抱き締めて、背中をゆっくりと擦る。

 胸元に温くてじんわりとしたものが沁みて来る。

 沖野は「お願い聞いてくれる?」と大神の耳元で囁く様に暗号解読の賭けに勝ったご褒美を催促した。


「何すれば良いですか?」

「え、じゃあ全裸で誘って貰おうかな」

「っ!?」

「ウソウソ。利明、今思ってる事を正直に聞かせて」

「今、思ってる事……?」

「今、何思ってる? 上智じょうちの事知って、俺にどうして欲しい?」

「……」

「大丈夫。俺は利明、お前を選ぶよ。だから、不安に思ってる事、正直に教えて」

「…………会いには、行かないで。そんなの……怖い」

「うん、行かないよ。絶対に行かないから、安心して」

「わがまま……ごめんなさい」

「利明はもっと俺を困らせる位で丁度良いよ」


 今度こそ、目の前の愛しい存在を大事にしよう。

 沖野はオオカミの振りしたヒツジの様な利明を膝の上に乗せて下から仰ぎ見た。


「今度二人であいつに仕返ししてやろう」

「仕返し……?」


 わあれお

 せしもう

 によあと

 なるりが


 星って人みたいじゃん。

 一個一個違ってて、見えたり見えなかったり、するじゃん。

 お前はそう言う輝きを作る人になるんだろ――?

 だから、星明りって名前良くね?


 昔の上智の言葉が沖野の記憶を掠めて行った。

 絶対なんて残酷はこの世界には無いから。

 星明りの様な小さな瞬きを、自分だけのたった一つの星を見付けたなら――。

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オオカミさんはラブレターが読めない。 篁 あれん @Allen-Takamura

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