第4話 生き観音の行方

祖母の観音様への信心は、後年、益々激しくなって行った。

例の大判小判が埋まっているというお告げは、祖母の中でいつしか確信となり、知り合いの土建屋さんをひきつれて、自分が所有する山奥の土地へと赴き、大穴を掘らせてみたりした。当然だが、大判小判が入った箱など、出てくるはずもなかった。それでも祖母はあきらめることなく、同じようなことを繰り返した。

ご利益を願って観音様を祀っているはずなのだが、なぜか、あれだけ儲かったおもちゃ屋の家業も傾き始めた。祖母が一番かわいがり、ともにおもちゃ屋を経営していた長女(私の伯母)も、散々もめたのちに離婚することになり、おもちゃ屋も、とうとう閉じることになってしまった。

そんな家族間のごたごたに合わせるかのように、祖母の家は、ゴミだらけになって行った。それでも、祖母の観音様への信心だけは、決して消えなかった。

私の年の離れた姉が大学受験に臨む時になると、祖母はあの観音像を大写しにした写真を郵送してきた。

「絶対、観音様の力で合格できる!試験当日は、これを身に着けて行くんや!」

祖母の言うことに気圧されて、姉は入試当日、言われた通りに観音像の写真を服の下に忍ばせて、試験会場へと向かった。

しかし電車に乗っている途中、姉はなぜか、ぞくぞくと妙な悪寒に襲われ、吐き気まで催してきた。結局、その日の姉の試験結果は、散々なものになってしまった。


圧倒的なパワーで生き抜いてきた祖母も、平成の世に変わるころ、心不全で亡くなった。

親族の間で、例の観音像はどうするのか、という話が持ち上がったが、よく分からないうちに、観音像は行方知れずになった。

祖母が亡くなったのを知った近所のひとが、「最後に拝ませてほしい」と言って訪ねてきたとか、骨董品屋が勝手に持って行ってしまったとか、色々な話が聞こえてきたが、祖母の長男夫婦である私の両親さえも、観音像については何も知らない状態だった。それほどまでに祖母の家は、最後には足の踏み場もないくらい、がらくたやゴミで埋め尽くされていた。

祖母の葬儀のあと、無人のゴミ屋敷となってしまった祖母の家をどうにか片づけなければと、私の母は一人、家の中に入った。その時、暗闇から覗く顔に、母はびっくりして飛び上がったという。

ゴミだらけの部屋の中で、まさに助けを求めるかのように、なぜか一体の日本人形が、ケースにも入れられずにすくっと立って、母の方を見つめていたという。母にはその姿がなぜかとても哀れに感じられて、心ある人に引き取ってもらったという。

それから大量のゴミや使い古しの家具、家電が、トラック何台も使って、祖母の家から運び出されていった。しかしあの観音像だけは、最後までどこにも見当たらなかった。


祖母が亡くなってすでに四半世紀以上経った。

まだもし、どこかで、あの観音像が祀られているとしたら、会ってみたい気はする。懐かしい祖母に再会できるような気がするからだ。

しかし、絶対に会いたくない気も、強烈にしている。




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生き観音 天秤宮 かおる @w-kaorui

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