僕は永遠に僕でしかない

鈴 -rin-

僕は永遠に僕でしかない




 それは確か、僕が中学一年生の頃だったと思う。

 所謂入れ替わりと呼ばれる現象が、現実でも確認されるようになったのは。


 思い当たる原因はある。

 ちょうどその少し前から、とある映画が公開されていた。高校生の男女二人が、ある日目を覚ましたらその意思に関係なく突然互いの身体を交換されていた、という内容のものだ。

 ストーリー性や美しいビジュアルが評価されたのか、その映画は空前絶後の大ヒットを記録した。それにより、僕の周りも含めた当時の若者の間には、そのような男女間における性転換の類のものに憧れるという、それまでにはなかった強い風潮が生まれた。


 つまりは彼らのその想念が、この不可思議な現象を引き寄せたのだ。


 だが、実際のそれはフィクションで描かれていたものとはやや違っていた。入れ替わりを経験した僕の学生時代の知り合いの九割以上は、あとになってこう言っていた。


 入れ替わりなんて、なければよかった。


 現実で起こるようになった入れ替わりは、思春期真っ只中の中高生同士でのみ経験でき、任意の二人の目が合った瞬間にたまに成立するものだった。

 その条件は、二人のうちどちらか片方だけでも、相手に対してある一定の基準以上の好意を抱いていること。それが面識のなかった人への一目惚れであっても、時間をかけて形になった幼馴染への恋心であっても、関係なく。

 一定の基準がどれほどのものなのかは、はっきりと定義されてはいない。

 入れ替わり状態は丸一日経てば元に戻る。


 そして、現実のそれが想像していたものと明らかに異なるのは、身体だけでなく相手の脳内の情報まですべて取得できるという点だった。

 相手の境遇や家族関係などもすぐに理解して対応できるから、入れ替わりによる弊害はほとんどなく、一日バレずに隠し通すことも可能なのだ。これは長所だろう。


 しかし僕の友人たちは皆、悩み、落胆し、そして悲しんでいた。僕は中学高校と通して、彼らのそんな話をいくつも聞かされたものだ。


 頭の良い女子と入れ替わりをしたら、逆に戻ってから自らのバカさに気づいて絶望した――そんな軽いものも中にはあった。

 だが多くは、もっとずっと深刻な相談だった。

 好きな彼女の知りたくなかった秘密を、辛い過去の記憶を知ってしまった。こちらからの強い好意で入れ替わったが、片想いどころか相手は自分に嫌悪感まで抱いていたことを知ってしまった。さらには男子同士、女子同士で入れ替わってしまい、親しい友達から実は性的な目で見られていたことを知ってしまった……。


 なんと辛いことだろうか。

 当時は僕も、そんな彼ら彼女らに同情し、拙い語彙力とコミュニケーション能力を駆使して慰めようとした。それはきっと、僕は僕にできる最大限のことをすべきだと思ったからだ。


 だが、時を経て僕の考えは変わった。どれだけその闇が深かろうとも――経験できるだけ、奴らは僕よりマシな存在なのだと。


 それは、僕がこの会社の就職面接を受けた時のことだった。


『最も印象に残っている学生時代の記憶は?』

「高校の頃将棋部で、全国大会に出場したことです」

『なるほど。恋愛に関する思い出などは?』

「誰かと付き合ったことはありません」

『では、入れ替わりの経験は何度ありましたか? 覚えている範囲で結構ですので』

「……」

『どうしました?』

「えっと……ゼロです」

『……そうですか』


 噂はすぐに広まった。僕は誰かを愛したことも誰かに愛されたこともない、悲しい人間。

 上司からも同僚からも距離を置かれ、しかし仕事は押しつけられる毎日になった。


 静まり返った夜のオフィスで。

 僕は激しい憎しみの感情をこめて、白い画面にこう打ちつけるのだった。


 入れ替わりなんて、なければよかった。



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僕は永遠に僕でしかない 鈴 -rin- @asagi-yu

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